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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
四幕 シンデレラのビーサン
16/50

4-1

 とはいえ。

 夏休みが始まったというのに、圭之進バニラからの連絡はぷっつりと途絶えたらしい。

 つまり私の姿を空港で見て以来、圭之進は連絡してこねえということだ。

 朝っぱらから芽依がしょんぼりと居間のソファに座っているのを見て私はあせる。携帯電話をごそごそいじっている姿が、後ろめたさを誘う。私の血はちゃんと赤いからな。

 芽依が意気消沈していたら、鉄治の追求が入ってしまうではないか。そうなったとき、しらばっくれる自信は正直言ってない。完黙も厳しい。


「め、芽依」

 私は、芽依に声をかけた。

「千代子ちゃん」

 それでもなんとか芽依は私に微笑らしきものを向ける。私が制服を着ているのを見て少し怪訝そうな顔をしたが。

「千代子ちゃん、今日は学校なんだ」

「あ、うん。補講が少し。まあ芽依は今日は鉄治とのんびりしなよ、ね」

 私は鉄治と二人きりになりたくないので、とっとと学校に行くけど。


 昨日夜更かししていた鉄治が起きないうちにと、私はこそこそと玄関に向かった。あいかわらず、芽依の様子がおかしいと鉄治は思っているようだ。ありがたいことに、鉄治は芽依が居る間は、率直になにかを尋ねることはない。逃げろ逃げろ。

 玄関の閉まる音が、ばたんと思ったより大きな音を立てて冷や汗かいたが、私はなんとか庭まで逃亡した。さっさと学校行くぞ。

「千代子さん」

 突然頭上から声が降ってきて、私は硬直した。そのままギシギシいいそうな首を傾けて、振り返る。


「急いでどうしたの。良ければ僕が学校まで送るけど」

 玄関のドアの音で起きたらしい鉄治が、二階の窓から私を見下ろしていた。髪の毛は寝癖だし、着ている物だってなんの変哲もないTシャツだが、まったく朝から神々しいばかりにかっこいい。

「いいえ、おかまいなく!」

「そっちこそ、遠慮しなくていいよ。今行くから」

 冗談ではない、鉄治と二人きりになったら、いろいろ追及されてしまうではないか。しかも動く密室こと車だ。逃げ場がない。


「いいから!」

 私は言い切って背を向けた。半ば走り出すようにして、家の門を飛び出す。どう考えてもこの拒絶っぷりが、明日のさらに濃い追求を招いてしまうことは目に見えているのだけど、しかし、明日のことは明日考えよう。

 そんなわけで、朝っぱらからアルカトラズ大脱出状態だったのだ、が。




 その日、授業が終わってもまっすぐ帰りたくなかった私が立ち寄ったのは、とある沿線上の駅だった。

 先日の中華料理の一件で、私は圭之進の住まいについてある程度の辺りをつけていた。芽依と圭之進を繋ぐものは、いまだ驚いたことにSNSの掲示板でしかない。ダイレクトに連絡のつく携帯電話の番号やメアドは、お互いに知らない。

 だから今、芽依はSNSのサツキの書き込みをスルーするバニラについて、対応の仕様がなく困っているわけだ。そもそも、私が鉄治と手をつないでいるところを見られてしまったのが、今回のバニラのネット落ちの原因だとすれば。


 それはやっぱりちょっとは責任を感じるのだ、私も。


 せめて、バニラのうちがわかれば、偶然を装って、芽依が圭之進に会うことができるのではないかと言う私のアイデアだ。

『あ、こんにちは、圭之進さん』

『あの、どちらさまで……』(圭之進は人の顔おぼえるの苦手そうだから大いにありうる)

『芽依です。ほらSNSのサツキの友人の』

『ああ!(中略)…………サツキさんは本当は、彼氏が居たんですね、ひどいですね!』

『私でよければお話聞きます!』

 とでもなればいい。それなら芽依と圭之進はお友達から始められるからな。むしろ結果オーライと言う感じだ。私が悪人で終わるのはたいしたことでもない。


 というわけで、私は、その駅周辺を探り始めた。圭之進から世間話で掴んだ情報は、圭之進が一人暮らしであること。あと高層マンションであるということだ。しかし、結構古くからの住宅地、二階建て以上の建物はあまりない。私は町の中を制服のまま、小一時間もうろつくことになってしまった。

 そもそも、三階建て以上のワンルームというのがないんだよね。あまり。


「……推理不足かなあ」

 いいかげん疲れて、私は駅前のコーヒーショップで休んでいた。暑くて脱水になりそうだ。ぼんやりと通りを見つめる。

 まあ、一回で見つかるというわけもないから、通うのはいいの。でも、そもそもこの駅周辺だという私のアタリが間違っていたら、無駄足だ。だがこのまま何もしないと圭之進はSNSからもフェイドアウトしかねない。なんか怖い顔して臆病そうなんだよね、あいつ。ウツボみたいな奴だ。

 すっかり疲れ果てて、やる気無しになりアイスコーヒーをすすっていた私の前を、当のウツボがふらりと通り過ぎていったのは、その時だ。ていうか、お前、さっきから横の席にいたのか!圭之進、といえば、スーツ姿、という印象があった私はまったく気がつかなかったけど。


 店を出て行く圭之進を私は呆然と見守った。が、見守っている場合じゃない!いけ自分。

 私は慌てて店を出た。

 前を歩く圭之進の姿に、目は点になるけど。

 だらしないハーフパンツはまだ許せる、暑いから。

 洗濯機で百回は回ったことのありそうなTシャツもまあ勘弁してやってもいい、暑いから。

 どう見てもホームセンター購入のビーサンもまあいい、暑いしな。

 しかし、その全体的なきったなさはなんだ……!?

 圭之進は後もう一歩で異臭で賞くらいな汚さだった。ひげもそっていないし、髪もなんだかペタンとしている。まさかお前……実は、ホームをレス?


 唖然としながら彼をつける私はいままで見ていた圭之進との差に呆然としていた。

 思うんだけど、ドレス姿じゃないシンデレラにあった王子様は、その落差に驚かなかったんだろうか。「人違いでした!すまん!」とか言って逃げ出さなかったのか。

 私は、魔法が解けたシンデレラを見て、今仰天しているが。

 しかも圭之進は様子がおかしい。なにや目の焦点はあってないし、独り言もずっとだ。今、この時のために110番はあるのではなかろうかと思える異常者にしか見えん。私は圭之進にうまいこと遭遇できたラッキーよりも、こんな姿を見てしまった自分の不幸に唖然だ。一体どうやって芽依にこんなひどい話を伝えたらいいのか……。


 圭之進は交差点の信号で止まった。その前にはちびっこが遊んでいる。交差点で危ないなあとか私は思う。親はどこに。

 圭之進からある程度距離をとって眺めているが、見れば見るほどおかしい人だ。

 突然圭之進が、一歩踏み出した。持っていたあの店で買ったらしい紙パックのアイスコーヒーが空を舞う。

「圭之進……!?」

 うっかり叫んでしまった私だが、圭之進はそれどころではなかったみたいだ。信号が赤、通行量も多い交差点へ、急に走り出そうとしたその子どもを慌てて捕まえたのだった。目の前をものすごい速さで通り過ぎていく車を見て、子どもがわあっと泣き出す。


「危ないから!」などと圭之進が子どもに向かって強い口調で怒鳴った。それをきいてなおさら子どもは大泣きし始める。その声を聞いたのか、子どもの母親らしい女性が公園から飛び出してきた、どうやら友達と話し込んでいたらしい。

「あなた、うちの子に何するの!」

 礼を言うかと思いきや、彼女は子どもを圭之進から奪い取っていきなり怒鳴りつけた。


 何するの、はこっちのセリフじゃ!と思った私だが、あっけに取られている間に、圭之進はおろおろしてなんだか意味のわからない言い訳じみたことを言って逃げるように立ち去った。慌てて私も追うけれど、他人事とは言え腹が立っていた。

 お前ちゃんと説明しろよ、いいことしたんだから!

 圭之進がいい人だということは、数回しか会ったことのない私でもわかる。でもお前……どう考えても貧乏クジ引くタイプだろ……。


 私はイラつきながら、後を追った。突然圭之進が立ち止まって振り返る。なにかを思い出したみたいだった。急な事で隠れる場所もなく、私はただ立ち止まる。ああっでも立ち止まっちゃだめだ、怪しいから。うろたえながらも私はうつむき加減で歩き始めた。すれちがったらばれるよなあ……。

 圭之進はその世帯向け高級マンションの前で立ち止まっていた。私を見ているような気がするけど……。

 内心心臓バクバクで、私はうつむいたまま通り過ぎる。


「……サツキさん……は、いないか……」

 すれ違ってしばらくして、そんな独り言が聞こえた。通り過ぎながら私は疑問で一杯だった。彼が立ち止まったのは、私がさっきうっかり叫んでしまった「圭之進!」という声のせいだ。だから彼はサツキを探したのだ。

 でもそれならなんで私に気が付かない……?

 その理由に気がついて、私はつい立ち止まってしまった。


 私が高校の制服を着ているからだ……。

 彼の中で、サツキは大学生。高校の制服を着ている時点で彼の視界からはサツキ以外のものとして排除されるのだ。私がだらしない姿の圭之進に気が付くまでに時間がかかったように。人の認識の不自由さにため息をついてから、私は振り返った。

 そして、圭之進がいないことに気が付く。


「あれ?」

 私は辺りを見回すけれど、彼の姿は見失っていた。

 辺りに隠れたりする場所やわき道はない。だとすれば。

 私はその高級マンションを見上げた。彼はここに入っていったのだろう。しかし、あんな庶民派な姿の人間が、こんな立地条件もいいマンションになんて住めるのか?圭之進の姿と彼の住居とのあまりのバランスに、私は困惑を隠せない。セキュリティもしっかりしているようで、部屋番号も知らない状態では、中に入って探ることもできなそうだ。

 捜査の行き詰まりを感じて、私はため息をついた。まあいい、住まいがわかっただけでも上出来だよねと内心で自分をベタ褒めしてみる。


「で、あの男は誰なの?」

 真後ろからのその言葉に、私はぎくりと肩を震わせた。人影が目の端に映っている。


「て、鉄治」

「もー、大変だった。君を学校からつけて、この辺うろうろするのを見守って、コーヒーショップでぐだぐだして。やっと目的らしきものが見つかったみたいだけど?」

 珍しく、薄笑いではなく心から楽しそうな顔をしていた。目まで笑っている。でもその底にあるひんやりした光。やっべ、死兆星みてしまった。

 付き合いのながーい私は知っているが、この顔は鉄治が最高に機嫌悪いときの御尊顔であります。 

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