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第40話「捕獲作戦」

 俺の忙しい日々が始まった。


 朝の鐘で起きるとすぐ冒険者ギルドに行く。近頃はこの時間帯に毎回ミトナが居るので、いい依頼がなければ一緒に素材狩りへ行く。冒険者としての動きやこのあたりの魔物について教えてもらったり倒したりしながら午前を過ごす。やはり二人だとかなり効率が良い。俺が魔術で足止めをして、ミトナがトドメを刺すなど、いくつかの連携ができあがってきている。懐のほうも少しずつ潤って、何とか期日までに装備の代金に届きそうで一安心。本当にミトナに感謝だ。


 狩りや依頼は余裕を持って切り上げ、夕方からはフェイのところで魔術の修行にいそしむ。ここ数日で魔術の成型はだいぶうまくなったと思う。

 だが、決め手に欠ける。やはり魔物からもいろいろとラーニングしていかないとな。フェイから何かラーニングできるかと思ったが、バルグムの時のように正面から撃ち合うような手合わせはないらしい。

 一度聞いてみたことがあるのだが……。


「手合わせしたい?」

「いや、こうやっていろいろやってみてるんだが、どこまで出来るかを知りたいと思って」

「何言ってるのよ。魔術師が一対一で戦うことって普通はないわよ」


 あわよくばラーニングという気持ちから尋ねた俺に、フェイはありえないものを見る顔で断った。


「いやでも騎士団のやつらとかはどうなんだ?」

「あいつらは特殊な訓練を積んでるのよ。それでも複数人で援護しながらっていうのが普通よね。いい、魔術師というのは弓士と同じなのよ。前衛がきっちりと守っている後ろから高威力の一撃を撃ち込むの。接近される前に叩く、これが基本よね」


 一般的な『魔術師』というのはそんなものか。そりゃあ冒険者ギルドへ行っても野良魔術師というのは見かけないわけだ。魔術師冒険者が一人では本領を発揮できないという理由から見かけないのか、と俺は納得する。


 フェイに別れを告げるころになると、夜も近い。疲れた身体を引きずって『洗う蛙亭』へと帰る。早い時間に帰ると夕食を食べているお客の姿もちらほらと見える。なぜかいつもカウンターに居る絵描きにからかわれながら夕食。

 いろいろ考えたが安さやら居心地やらがとてもいいのであれからもお世話になっている。俺は当のカエル剣士を見たことがないのも居ついている理由のひとつだろう。



 そんな日々が続く中、俺はある計画を実行に移すことにした。


「マルフを捕まえる?」

「そうだ」

「買うとかじゃなくて、捕まえるのでござるか?」

「そうだよ。だからこうやってクィオスのおっちゃんが休みの日にわざわざ付き合ってもらってるんだよ」


 ベルランテ南の門、そこには俺とクーちゃんとミトナ、そしてクィオスのおっちゃんとハーヴェという不思議な組み合わせが存在していた。

 これまでも実はぽっかりと時間があいた時などにクィオスのおっちゃんを訪ねていた。あの時以来ちょっと苦手な感じはするが、相変わらず会えば人当たりのいいおっちゃんにしか感じられないから不思議だ。

 機動力と運搬力強化のためにも、マルフが必須。ただし買うお金は無い。そこで俺は一計を案じた。野良マルフを捕獲する!

 マルフを隷属させるにはマナの繋がり(パス)を繋げられる人材が必要なので、おっちゃんに頼み込んでこうやって休日出勤していただいている。休日なので騎士団の作業服ではない。村人Aといった感じの普通の服装に、旅人よろしく大きめのかばんを肩からかけていた。

 一度でも繋いでもらえばおそらく<ラーニング>できるのだとは思うが、繋ぐ相手も何もない状態ではさすがにほいほいと使ってはくれなかった。

 もしものためにミトナにも手伝いを頼んで、南門で準備を整えているところに、ハーヴェがやってきたのだ。たぶん俺を監視していたか、クィオスのおっちゃんの護衛のためのどちらかだろう。


「マルフってどうやって捕まえるの?」

「ミトナ殿はご存知ではござらんか。マルフは比較的人間とマナの繋がり(パス)が繋げやすい種族でござってな。マルフと信頼関係を築くか、自分より上位だと認めさせるのでござるよ」


 ハーヴェの説明に、ミトナが疑問符を浮かべて小首をかしげる。


「つまり、ボコってこっちが強いと認めさせればよいのでござる」

「なるほど。わかった」

「ただ、マルフの群れを相手にすると相当大変なことになるからね。彼らは連携して獲物を狩る魔物だ。できるだけ一匹だけでいるマルフを狙うんだよ」

「上手くいくかはわからないけど、やってみないことには始まらんだろ」


 俺は荷物をぐっと背負いなおすと、南門を出る。冒険者ギルドの窓口さんから野良マルフの生息地帯は聞きだしている。そこに向かってようようと歩き始めた。

 俺とミトナが先頭、その後ろをハーヴェとおっちゃんがついてくる。


「それにしてもクィオス殿がこのように出かけるのは珍しいでござるな」

「いやあ、マコト君の行動が面白くてね。見ていると若かったころを思い出すんだ」

「そうでござるか……。しかし、できるかぎり危険な行動は控えてほしいでござる」

「他の魔物なら危ないかもしれないけどね。マルフに限ってなら遅れを取るつもりはないよ」


 そう言っておっちゃんは肩掛けかばんをぽんぽんと軽く叩いた。おっちゃんにはおっちゃんの秘策があるのだろう。もしかしたらここまで付き合ってくれているのは、自分でもマルフを捕まえる気なのかもしれない。

 おっちゃんの目的は何であれ、この機会を逃すわけにはいかない。俺は黒金樫の棒をぎゅっと握りなおす。


 休憩を挟みつつ小一時間ほど平原方面に向かって歩くと、目的の場所が見えてくる。柔らかな草が生えた草原地帯。そこにまで来るとマルフの姿がちらほらと見えはじめてくる。

 三匹以上の群れは安全度から考えてパス。一匹狼みたいにはぐれているやつを狙うべく、慎重に移動を続ける。


「ちょっと止まって」


 ミトナの歩みが止まった。ベレー帽の下の耳はぴくぴくと動いてあたりの音を聞き分けているのだろう。耳をすませたまま、情報を俺たちに伝える。


「大型の獣が走る音。たくさん……。けっこう近い」


 走る方向からすると、こっちに気付いて向かってきているわけではないようだ。

 何が起こっているのか確認するために、俺たちは小高い丘の上まで登る。

 丘の上からは、ある程度遠くまで平原の様子を見渡すことができた。


「マコト君。――あれ」


 ミトナの指差す方を見ると、走るマルフの群れが見えた。その数およそ三十匹以上。しかし、その数をして獲物を追いかけるためでなく、脅威から逃げるためにマルフたちは走っていた。

 空間を裂いて火の槍が飛んでいく。マルフ達の進路上に突き刺さると、火の手を上げる。あわててマルフたちは方向転換するが、遠くに逃げようとするとすぐに火の槍がそれを阻む。


「何だあいつら……?」

「冒険者のようでござるな」


 俺の視界に入ったのは、青と黒を基調とした装備や服装をしている冒険者集団だった。反りの強い刀身の剣を手に号令を出す厳ついヒゲ面。軽装の剣使いが二名。バトルアックス使いが一名。さきほどからマルフが逃げないように魔術を放っているのは魔術師だろう。

 誰もが同じチームカラーをしている以上、冒険者チームなのだろう。だが、一人だけ色が違う。シンプルなデザインの白い直剣と、しっかりと構えれば身体ごと隠れそうな大きな白い盾を装備した白尽くめの冒険者が混じっていた。


「あの顔……アジッドでござるな」

青鮫(ブルーシャーク)のリーダーかい?」

「そうでござる」


 いつのまにか単眼鏡を出して確認していたハーヴェが呟いた。アジッド? どっかでその名前聞いたな。

 考え込んだ俺の袖をミトナが引いた。俺が物思いから引き戻されると状況が動いていた。

 マルフ達は逃げるより脅威を殲滅する方を選んだようだ。進路を翻すと、一丸となって冒険者チームへと突撃していく。豚人兵の突撃(チャージ)とはまた違った圧力を感じる。怒涛のごとく押し寄せる獣の波に巻き込まれれば、爪や牙でずたぼろになってしまうだろう。


 すっと白尽くめが前に出た。ぐっと白盾を構える。腰を落とし、衝撃に備える姿は堂に入ったものだ。だが、この激流を前にちっぽけな防御にしか見えない。

 白尽くめがやられるという俺の予想は外れた。

 先頭のマルフが白盾にぶつかり、その脇を抜けようとしたマルフたちも、不可視の壁のような何かに阻まれて、下流に流されたゴミのように詰まっていく。


 なんだあれ!? 見えない壁? 魔術か!?


 マルフの甲高い苦悶の鳴き声が響く。

 そこに魔術師のよく練られた<三鎖火炎槍>が降った。マルフたちの大部分を飲み込み、焦げた死体へと変えていく。仲間の身体が壁になり、運よく火炎の牙を逃れたマルフは、数匹ごとに塊になって散り散りに逃げ始めた。


「うーん……。野良マルフ狩りだねえ。この様子を見ると、残念ながら今日は難しいかもしれないね」

「そうですか……」


 おっちゃんの苦笑いしながらの言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。 

 

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