第250話「不透明な正体」
「フェイさん! そちらはミトナさんですか!? 何があったのです!?」
シルメスタの秘密研究所から出てきたフェイは、息せき切って走って来たルマルと出会った。
後ろにつくハクエイとコクヨウがミトナの様子を手早く確認する。どうやら命に別状はないということに安堵の空気が流れる。
ルマルが全員を見渡す。シルメスタを捕縛して連れているサウロとココットを見て、疑問の表情が浮かぶ。
「何があったのです。マコトさんはどこに」
「いろいろと説明は大変なのよ……」
フェイはルマルにこれまでの経緯を説明した。シルメスタの放つ穢れの死魂。それによる変異レブナント。黒幕がメデロンであること。
メデロンの名前が出たとたん、ルマルの顔色が変わった。
「メデロン卿……! あの方が元凶ということですか?」
「あいつの言うことを信じるなら、そういうことになるわ」
フェイが肩越しにシルメスタを見る。シルメスタはつきものが落ちたように放心状態になっている。サウロに引かれ、素直についてきているのが逆に気持ち悪い。
「それで、急いでいたみたいだけれど、私たちを探していたの?」
「ええ、そうです。メデロン卿をどうにかできないかといろいろと探りを入れていたのですが……」
手を打つと言っていたことをフェイは思い出した。ルマルのことだ、何か成果が出たのだろう。
マコトがいないということで、少し考えこんでいたルマルだったが、サウロとフェイを見ながら口を開いた。
「結論から言いましょう。メデロン卿という貴族は、存在しませんでした」
「…………はぁ? どういうことよ」
フェイはルマルが何を言っているのかわからず、思わず変な声を出した。あそこまで堂々とベルランテ執政会議に乗り込んだメデロン卿が、貴族じゃないなんてことがあるだろうか。
「メデロン卿の持つ通商ルートは確かに存在します。それによってメデロン卿の持つ権力も効力があります。ただ、メデロン卿という貴族の出自ははっきりとしないのです。急に現れ、急に勢力を増した謎の人物なのです」
ルマルはメデロンの笑みを思い出していた。あの何を考えているかわからない顔。思わず背筋が寒くなる。
聖王国の貴族は、聖王国建国時に尽力した有力人物が祖となっている。特に力が強いのは初代聖王の一族だが、その一族たちが〝貴族”という立ち位置となり、聖王国を動かしてきたのだ。ドーシュ卿も聖王の一族に連なる系譜だ。
だが、メデロンはどこにもつながらない。それこそレブナントのようにいきなり出現し、版図を広げてきたのだ。誰が言ったわけでも、誰が証明したわけでもない。いつのまにか〝貴族”としてベルランテの街に食い込んでいたのだ。
「今回の件もおかしいですね。こうやってベルランテ執政会議に食い込むことができるなんて、普通はできないはずなのですが。何か普通ではない手段があるように思います」
「呪い……。<錯乱>や<洗脳>とかの魔術ってことかしら」
「ええ。その可能性もありますね」
フェイは言いながら自分で納得していなかった。仮にも聖王国は魔術騎士団を持ち、教会を擁する魔術大国だ。そんな国が個人の魔術で振り回されるようなことがあるのだろうか。
「それに、変な噂があるのです」
「……噂?」
「メデロン卿はどうも、歳を取らないようなのです。老化しない、というべきでしょうか。古くからメデロン卿と付き合いのある商人と話をしたのですが、どうも不思議がっていました。四十年も前から、彼はあの若々しい姿なのだそうですよ」
そんなことが可能だとすれば、いったいメデロン卿は何者なのか。フェイはその解答を知識の中から探してみたが、該当するものはなかった。なんとなくひっかかるものはあるのだが、のどにひっかかったように出てこない。
ルマルはこの短い時間の間に、かなりの聞き込みをしたのだろう。交渉や話を聞きだすのにルマル本人が走ったのだろう。ルマルの靴はだいぶくたびれていたし、その表情には疲れが見えた。だが、瞳はまだ力を失っておらず、ぎらぎらと輝いていたが。
「不思議な噂はありますが、メデロン卿が貴族でない証拠は掴みました。直接メデロン卿の屋敷まで乗り込んでみます。みなさんはどうなさいますか?」
サウロはしばらく迷っていたが、うなだれているシルメスタにちらりと目をやる。
「シルメスタ大司祭を一度教会まで連れて行かねば動きが取れません。できればこのまま中央まで連行したいところですが、シルメスタ大司祭をこのように変えてしまったメデロン卿も気になります。あとから追いかけます」
「私も……後から行くわ」
フェイは思案顔で言った。マコトが落としていったミオセルタの核をその手の中で転がしながら、ぽつりと言う。
「ミトナを大熊屋に届けた後で、ちょっと試しておきたいことがあるの。それが済んだらすぐに駆けつけるわ」
空を駆ける勢いのまま、メデロン邸に飛び込む。玄関扉をぶち破ったが、俺は気にしなかった。
「……?」
メデロン邸はひっそりとしていた。
夕食どき、普通ならメイドや執事などが忙しく働いているころだろうに。その気配がまるでない。
屋敷の灯りは点いているが、<空間把握>にも人の気配は感知できない。玄関を通り抜け、奥へ。
――――居た。
階段ホールとでも言うべきか。一階と二階を階段でつないで吹き抜けとなっている空間だ。それなりの広さがある。
その階段付近に、メデロンが椅子に座っていた。明らかに俺を待っていたのだ。
「おや。君は確か……ルマル商会の関係者……マコト君だったかな」
「茶番はいい。俺が来るのは知っていた感じだな」
「君か、サウロ君か、ルマル君か。誰かが来るだろうと思っていたよ」
切って捨てる俺の言葉に、メデロンは肩をすくめた。顔には薄ら笑い張り付いている。読めない。
「答えろ。シルメスタに穢れの死魂を渡したのはお前か」
「――――その通りだ」
ぶちっとという音が脳内から聞こえた。こいつ、何で笑ってやがるんだ。楽しいってのか。こっちはもう少しでミトナを失うところだった。
その顔、吹き飛ばしてやる。
「――――<大氷刃>!!」
慣れた大技は瞬時に起動する。意思の通りラグなしに出現した魔法陣が割れ砕けながら、巨大な氷の刃をメデロンに向かって射出した。その身をすりつぶすべく、殺到する。
こいつは、生かしておいちゃいけない奴だ。笑いながら、地獄を用意するタイプだ。俺は胸を焼く炎をぶつける勢いで、射出速度を上げた。
「おやおや、危ないことだ」
メデロンの、のんびりとも言える声がホールに響く。
俺が射出した<大氷刃>が空中で静止していた。まるで写真のように。俺の操作ではない。メデロンが何かをしたのだ。
魔術!?
いや、魔法陣が出るのは見えなかった! 魔法陣なしで超常の現象を使うとなれば、〝天恵”持ちか、魔道具。だが、魔道具を持っている様子もない。
まさか……。
俺の表情から考えを読んだのか、メデロンの笑みが深くなる。
〝ハクリ”があればわかるかもしれない。純粋マナを見せれば確定だろう。
証拠は何一つないが、俺の直観が囁いていた。
ヒトの形を持ち、知的に会話し、人間の政治にも介入する知性を持つ。
だが。メデロン。こいつはたぶん。
――――〝魔物”だ。




