第242話「祝福」
扉の壊れた馬車を中心に、俺達はゆっくりと進む。逃げた神官たちが気になるが、アルドラに追跡させているので、後から辿り着くこともできる。
森を出る際にちらりと大岩を見ると、ハクエイの姿がなかった。おそらく独自に神官たちを追跡してくれているのだろう。アルドラの感応を頼りに近くまでいけば、ハクエイの方から接触してくれるはずだ。
シルメスタの手勢がわざわざ馬車を引き離して襲撃したということは、狙いはバルグムの妻子ということになるだろう。
襲撃を警戒して、俺とミトナとサウロが先頭、馬車の後ろにはフィクツが陣取っている。ミミンは妻子とともに馬車の中だ。どうやら道中知り合いになった際、バルグム夫人に気に入られたらしい。それが本当なら、バルグム夫人はベルランテでも十分やっていけるだろうな。
それより、だ。
「この人たちを狙ったということは……」
「なりふり構わなくなってきたということですね」
暗い顔で答えたのはサウロ。よけいな心配をしないように配慮してか、馬車の中までは聞こえないように小声だった。
「しかし、シルメスタ大司祭殿にしては思い切りがよすぎる気もするのです。中央に居たころの大司祭は、もっと慎重に行動しているように感じたのですが……」
「命令しているのはあの人じゃないってこと?」
「いえ、ミトナさん。あの武装神官たちはシルメスタ大司祭殿の命令しか聞きません。大司祭殿を崇拝していますから。何か焦っているというか、何者かの影が見える気がするのです」
俺の脳内に、つかみどころのない貴族の顔が浮かんだ。
「――――メデロン卿」
サウロが頷いた。何をどう吹き込んだのかはわからないが、このままいけばよくない結果に辿り着く気がする。
「ん。直接かかわりがあるとはっきりしたわけじゃないし、今はシルメスタ大司祭を止めよう」
「そうだな。アルドラに気付かれないように後を追わせてる。別の場所を襲撃するのなら、思念で教えてくれるはずだ。まあ、リーダー格のやつにはけっこう深手を負わせたし、すぐには動けないと思う……。たぶん」
拘束していた他の武装神官も、一週間は動けなくなるくらいに行動不能にしておくべきだったか。
微妙にやりにくいのは、教会のやつら<治癒の秘跡>があるから、負傷は回復して再出場もありえるんだよな。
おそらく教会の任務中の回復魔術は金とられたりはしないだろうし。
<治癒の秘跡>。
回復魔術のことを考えてココットのことを思い出した。<再生者>。怪我をしても瞬時に回復する。白煙をあげて治っていく高速再生そのものより、怪我を怖れず突き進んでいくる勢いが怖い。
「サウロ、<再生者>って何なんだ?」
「……やはり気になりますか」
「もちろん。ココットは知らない仲じゃないしな」
それに、<再生>が魔術の一種なら、ラーニングできればかなり心強い。回復しているココットには疲労も見られなかった。
だが、問いかけたサウロはシルメスタの話題の時より苦い顔をしていた。やってはいけないことをやってしまった時の顔、とでも言おうか。そんな雰囲気だ。
渋っていたが、俺が諦めないことを悟ると、ため息を一つ吐いて話しはじめた。
「私が知っているところまでしかお話できませんが……。<再生>は正確には聖法術ではありません」
あれ……? 違うのか?
「<治癒の秘跡>を教会で掛けてもらったことがあるならお分かりだと思いますが、<治癒の秘跡>は回復の代わりに体力を消耗します。ですが、<祝福>の天恵を持つ者は聖法術との親和性が高く、その副作用がないのです」
つまり、ココットはどれだけダメージを負っても回復し放題というわけだ。
聖法術と親和性が高いという言葉に、ココットと出会った時のことを思い出す。ドマヌ廃坑で怪我を治癒してくれたのはココットだった。
回復するたびに疲れていくことを考えると、とてもほしい天恵だ。
<ちのけいやく>のことを考えると、天恵もラーニングできるはずなのだが、いまいちその方法がわからない。思いつかないだけで、何か手があるのかもしれないが。
「教会の秘儀である<治癒の秘跡>の魔法陣が描かれた聖具を身に付けることで、常時<治癒の秘跡>を起動しつづける。それが<再生者>です。とはいえ、<治癒の秘跡>も万能ではありません」
「怪我が残ったり、歪に修復されたりもするんだね」
ミトナの言葉に、サウロが少し目を見開いた。疲れたように頷く。
「大熊屋には武器を必要な人が多く来るの。人によっては大怪我を繰り返す人も、もちろんいる。大きな怪我は教会で治してもらうらしいけど、うまくいかなかったって人も見たことある」
「それに、回復のリスクやコストが少ないことは確かなので、そのため怪我をしてでも前に出て突破口を開く役目を担うことが多いと聞きます。怪我をした時の痛みはそのままだと言うのに」
「痛みを和らげる聖法術とかはないのか?」
「そうですね……。痛みを和らげる薬草ならあるのですが。常時服用すればそれも副作用が出ますね」
麻酔、というか麻薬の類だろう。痛みを飛ばす薬を服用し、敵を殲滅する。もはやそれは神官ではない。暗殺者だ。
だが、対策は見えた。常時起動状態なら、まずはその聖具を壊すところから始めればいい。すぐに治癒できないなら、こちらにもやりようがある。
「その話、本当か?」
不意に声を掛けられた。ヴェルスナーだ。虎顔には、なんとも言えない表情が張り付いていた。
難民の獣人たちと一緒に居るものだと思っていたが、いつのまにか近くまで来ていた。俺達の話も聞こえていたらしい。
「どうりで人間のくせに拳でオレ様とやりあえるわけだ。骨が折れても平然と向かってくるからな。ガッツがある奴だと感心してたわけだ」
ヴェルスナーは歩調を合わせると、俺達の横に並んだ。身体が大きい分、見上げるような形になってしまう。首が痛くなりそうなので前を向いた。ヴェルスナーの顔は見えないが声は聞こえる。
「ココットの奴、スラムの生まれでな。ガキの弟が三人いるんだよ。教会で働けるようになって、多少はマシな暮らしになったって言ってやがったのによォ」
途切れた言葉の間に、ヴェルスナーの感情が漂う。やられた呪術師の時のことも考えると、人情に厚い人物なのだろう。悪態を浴びせながらも、なにくれと面倒を見てやっていたのかもしれない。
表情が気になって見上げると、じろりと見下ろされた。
「オレ様はガキどもがどうも気になる。そっち確かめるとするか」
ヴェルスナーが前方を指差す。つられて目線をそちらにやると、ベルランテの門が見えていた。門の前には準備を整えたフェイとマカゲ、ハーヴェの姿が見える。その傍らでコクヨウが小さな猿を抱えて待っていた。子猿のお腹には小さな筒がくくりつけられている。伝書鳩ならぬ伝書猿らしい。
ミトナとサウロにことわると、俺は一足先に門へと向かう。俺の姿を認め、コクヨウが落ち着いた顔で一礼した。
「マコト様、お待ちしておりました。ハクエイから連絡は受けています」
ハクエイからすでに状況は伝わっているらしい。補足のために、バルグム夫人と息子のこと、襲撃のことを手短に説明した。
「どうやら武装神官たちはドーシュ卿の幽閉されている場所と同じところのようです」
「乗り込むわよ。こっちは準備が整ってるわ。シルメスタ大司祭とか、メデロン卿とかを叩ければ一番なんだけど、そう簡単にはいかないでしょうね」
「だろうな。権力がある奴ってのは面倒だ」
そのことはこれまでに身に染みている。
ハーヴェが帽子をかぶり直すと口を開いた。
「叩けないのならば、こちらの勝利条件を満たしてしまうでござる。ドーシュ卿を救出し、ベルランテの独立を成立させてしまえばいいでござるよ」
馬車が辿り着く。ミトナとサウロと合流した俺達は、ドーシュ卿救出に向けて動くことにした。




