第222話「妄執の行方」
あれからどれくらい探索しただろうか。それなりの成果物が俺達の前に転がっていた。
希少金属の刀剣類をはじめ、魔術武装などもいくつか。ひとつひとつの状態をマカゲとミトナが確かめていく。それなりのお金になるようなものが手に入っているのだが、ミトナの顔は浮かなかった。
検分するミトナの横に、俺はしゃがみこむと、そのうちの一本を手に取った。
時間が経っているというのに、その美しさは損なわれていない。手入れさえすればすぐにも使えそうだ。
「よさそうに見えるが、何か駄目なのか?」
「ん……。これ自体は悪くないんだよ」
「素材とするにはもったいないのだ」
ミトナの言葉を継いだのはマカゲだった。その顔は苦笑している。
「かなりの業物を造り上げるには、それなりの腕が必要となる。気の遠くなる研鑽の上に成り立ったバランスだ。それを溶かして素材にするというのはもったいなくてな」
マカゲは手に入れた刀剣類を丁寧に包むと、ひとまとめにまとめた。探索を始めてからだいぶ時間が経つ。そろそろ戻る頃合いだろう。
「せめてツヴォルフの玄室でも見つかればな」
マカゲがぽつりと呟いた。
玄室。死者を埋葬する墓室。その言葉にフェイが眉根を寄せる。
「何それ。この城の中にお墓でもあるわけ?」
「ツヴォルフは妄執に取り憑かれながらこの城で亡くなったのは知っておるな。何と戦っていたのかは知らぬが、神剣級の武器と素材を抱え込んだまま死んだ最奥の部屋がある、という噂だ」
「ん。聞いたことある。パパも探してたみたいだけど……」
ミトナの言葉に、フェイは若干驚いた顔になった。どうやらそこまでは知らなかったらしい。
このツヴォルフガーデンは城砦というよりは迷宮と呼んで差し支えない構造になっている。牢屋とも言える各閉鎖工房。増改築され続けてきたのだろう罠を含む防御機構が、九龍城もかくやというほどの複雑さを出している。
「マコト、<空間把握>で隠し部屋とかわかったりしない?」
「いや、ちょくちょく感知できない部屋があるんだよな。マナ対策がされてるのか、マナ的に防御されてる部屋があるみたいだ」
実際壁向こうまで貫通して捕捉できる<空間把握>が役に立たない場所があったりする。壁の真ん中にマナを弾くような素材を埋め込むか何かされているのだ。
遠距離攻撃の魔術で部屋ごと攻撃されるのを嫌ったのか、それとも<空間把握>のようなマッピング系魔術のことを知っていたのか。
もともと<空間把握>は魔術ゴーレムが持っていた魔術だ。ツヴォルフガーデンに古代の武装があることから、もしかすると魔術ゴーレムについても調べていたのかもしれない。
「そういや、こいつは知ってたりしないのか?」
俺はミトナの鞘に収まっている食卓用ナイフを指差した。フェイもなるほどと言った顔になる。
「そうね。もともとここに住んでいるんだから、そういう場所を知ってるかもしれないわ」
「よし、聞いてみるか」
ミトナが鞘からクッカを引き抜くと、床にそっと横たえた。すぐに浮かびあがって直立すると、くるくると回転し始める。
俺はクッカに向かって思念を送る。アルドラに送っている時より明瞭につながった気にならないが、なんとか伝わったらしい。露骨に嫌そうな感情が返ってくる。
俺は呆れてため息をついた。
「まったくやる気出さねえぞ、コイツ」
「ん、まかせて」
しばらく悪戦苦闘していたが、ミトナがしゃがみこんで優しくお願いをすると一発だった。こいつ、へし折ってやろうか。
景気よく進みだしたフライングソードをクーちゃんが追う。なにやら新しいおもちゃと勘違いしている気がする。その後ろを俺達が追いかけることにした。
通りにくいところや、やたら狭い場所も潜り抜け、普通は見つからないであろう一室に俺達は辿り着いた。
入り口の扉は完全に瓦礫に覆われていて、この先に部屋があると知っていてよく見ないと気付かないレベルだ。
フェイが壁際にかかっている燭台に息を吹き掛けると、堆積した埃が舞う。落ちてきた埃を頭にかぶり、クーちゃんがくしゃみを連発しながら逃げていく。この部屋はどれくらい人が足を踏み入れていないのだろう。
「玄室……じゃないみたいね」
「ツヴォルフのミイラもない。閉鎖工房の一つ、といったところだろうな」
「ん。とりあえず調べてみよ」
「そうね」
採光窓すら埋もれてしまっていた。真っ暗な室内を俺とフェイが生み出した魔術の灯りが照らす。
ミトナがやりづらそうにしているのが見えた俺は、魔術の光源を追加で生み出しつつ、その手元を覗いた。閉じられていた鉄の箱はどうやら素材置き場のようで、鉱石がごろごろと入っている。
ふと、ツヴォルフという人物のことを考えた。
大量の武器を集め、戦い続けた男。確かに戦うことというのは、時に人を変える。俺も全力で力を出せるときというのは満ち足りた感覚があるのは否定できない。
「どうしてそんなに戦いつづけてたんだろうな」
「ん……。目的と手段が逆になっちゃったのかもしれないね」
ミトナは大き目の鉱石を裏返して眺めると、そっと脇に置きながら言う。
「武器を身に付けるのも、武術を身に付けるのも、身を守ったり、何かを勝ち得るためにすることだよね。それが、逆になる」
「武器を身に付けるために、戦う?」
「ん。新しい武器を手に入れて、試したいから戦う。戦うことのほうが目的になっちゃう」
「それは……敵だらけにならないか?」
「だから、こんなお城つくったのかなあ」
天井を見上げてミトナが言う。何を見ているのか、しばらく見つめたあと、再び鉱石の選定作業に戻っていく。
俺は蜘蛛の巣の張った鍛冶道具や棚を見やる。この城が生きていたころは使われていただろう道具の数々。
「まあ、死んだらそれまでだろ」
「それはどうかしら。フライングソードや動く鎧って、魔物の構造的にはスケルトンと似ているのよね」
いつのまにかフェイが忍び寄ってきていた。フェイはそう言うと俺の隣に並ぶ。その言葉にひやりとしたものを感じる。
「それに、それだけ妄執に憑かれた魂なんて、幽霊とか穢れの死魂になりそうじゃない?」
「げぇ!? あいつらって人間の魂が元になってるのか!」
「レブナントが人間を乗っ取った後に幽霊を増やしてるから、そうじゃないかと言われてるわ。形状も人間に似てるわよね。そういうことよ」
じゃあ、あの屋敷で見たレブナントや幽霊は、もしかして死んだ屋敷の人間だったり……!?
あなたの知らない世界に一瞬旅立っていた俺は、いきなりミトナが立ち上がったのでびくっとした。
その表情は曇っており、俺と目線があうと首を左右に振る。どうやらここにミトナの要望にかなうものはなかったらしい。
「さて、それじゃ帰――――」
俺は言葉を途中で切る。その理由は、軋みを上げながら動き出そうとする動く鎧が目に入ったからだ。この部屋の入り口は狭く、一度入ると逃げ場はほとんどない。
マカゲが腰の刀を抜き放ち、フェイが短杖を構える。クーちゃんが驚いて隠れ、クッカが威嚇するように刃先を向ける。
黒字に金のラインが入った重厚な鎧は、いかにも堅そうに見える。
「マコト君! これ! これだよ!」
「へ!?」
「この鎧の金属! これがいい!」
俺達は獲物を見つけたマルフの如く目を輝かせた。
何かの圧力を感じたのか、動く鎧がじり、と後ずさる。俺達は包囲の環を狭めた。この部屋の入り口は狭く、逃げ場は、ない。
俺の口に、にやりと笑みが浮かぶ。
「恨みはないが、その身体、置いてってもらうぞ」
十数分後、バラバラになった鎧を抱えて、ほくほく顔で帰り路に着くミトナと俺達の姿があった。




