第210話「狩猟」
ベルランテ東の森は春の模様を見せている。
太陽の光が柔らかく降り積もり、寒季の寒さが和らいだ。
雪解けの水が小川を満たし、草食動物たちがやわらかな新芽を食べる姿が見える。みずみずしい緑が溢れ出していた。
俺とミトナ、フェイとマカゲの四人はベルランテ東の秘密訓練場に来ていた。
「やっぱりか……」
「ん。草だらけになっちゃってるね」
俺はあたりを見渡すとぽつりとこぼした。
森を開いて作った訓練場だが、春の息吹の力で雑草が生えていた。冬越しの寒さや雪も地味にダメージだったのか、いろんな設備が弱っている。大型テントはまだしもいくつかの生活用品は買い替えが必要かもしれない。
家とかは誰も住まないとすぐに廃墟になるっていうしなあ。こういったところもそうなんだろう。しばらく来ていなかったし。
これを再び整備するのはなかなか骨が折れそうだなぁ。
アルドラとクーちゃんはいつもの指定席で伏せの姿勢で休んでいる。身体に当たる木漏れ日が気持ちいいらしい。
フェイとマカゲの二人は大型テントの中を興味深そうに覗き込んでいた。
「へえ。すごいわね」
「よくぞここまでそろえたものだ」
「この場所なら誰にも邪魔されず訓練できるだろ」
俺は威力を弱めた火炎魔術で雑草を焼き払う。森の木々に延焼しないように注意を払う。いちおう消火用の水球を浮遊させておいた。
「フェイ、除草できるような魔術ってないのか」
「あるわけないでしょ」
「じゃあ、地道にやるしかないか」
「まあまあ、拙者も手伝うのでな」
フェイの冷たい目線に俺は思わず視線を逸らす。
いや、だって面倒くさいだもん。
しばらく作業すると、ようやく使えるくらいには整備できた。休憩のためにテントの入り口をくぐると、内部はかなりきれいになっていた。大型テントの中はミトナとフェイが使えるように掃除してくれたようだ。
「ん」
「お、ありがとな」
ミトナが差し出してくれたブリキのカップを受け取る。中には薬草茶が湯気を立てていた。
テントの中にかまどはない。おそらくフェイの火炎魔術を利用したのだろう。
俺達はそれぞれテーブルについた。テーブルの上にはベルランテを中心とした近郊の地図が広げられている。
俺は全員の顔を見渡した。
「じゃ、作戦会議といこうか」
今回の目標はケイブドラゴンの素材の調達。そのためにケイブドラゴンの撃破だ。
主な住処は洞窟で、その奥深くにしか生息しない珍しい魔物だ。前回出会ったのはまさに偶然と言えるだろう。ドラゴンの名前を冠するだけあり、その強さはかなりのものだ。
「まあ、炎を吐いたり雷を吐いたりしない分、他のドラゴンよりは脅威度は落ちるわ。ただ、狭くて暗いシチュエーションだと勝てる気はしないけどね」
フェイがケイブドラゴンが出そうな洞窟にいくつか印をつけながらそう言う。
俺とミトナとマカゲが驚いて目を見合わせた。
「意外に詳しいな、フェイ」
「ケイブドラゴンは特殊だからよ」
フェイは指示棒のように使っていた短杖を手遊びのように振る。
「知ってると思うけど、ケイブドラゴンの革はマナ耐性を持っているわ。食べているものが関係しているのか、そもそもそういった生態なのかわからないけどね」
だから高額でやり取りされるのだ。俺が普段着込んでいるケイブドラゴンの革防具などは、素材から買い集めようと思えばどれほどのお金が必要となるかわかったものではない。
地図を覗き込みながらマカゲが口を開いた。
「それで、この季節にはいるんだな?」
「ええ。そのはずよ。寒季の間は洞窟の奥深くで冬眠。目覚めたては獲物を求めて表を徘徊することもあるらしいし。主に夜だけどね」
「ん。そこを捕まえる……!」
ミトナが拳を握って宣言する。みんなが頷いた。
準備は十分にしてきている。夜まで仮眠を取ればすぐに動き出せるだろう。夜間のケイブドラゴン狩りだ。
俺達は夜になるともそもそと起きだした。
まずはケイブドラゴンが出てきているかの捜索だ。俺とミトナ、フェイとマカゲとチームを分けることにする。フェイはアルドラに騎乗することになった。
俺には<空間把握>とミトナの知覚がある。この訓練場に戻ってくることができる。アルドラとマカゲがいれば向こうのチームも問題ないだろう。
「もし見つけても手を出さないようにしなさいよ? 表に出てきている時は何日かにわけて狩りをするはず。焦らなくても準備を整える時間は作れるわ」
「わかった。そっちこそヘマするなよ?」
俺達はそれぞれ分かれて、夜のベルランテの森を捜索し始める。
夜の森は雰囲気ががらりと変わる。昼間は大ニワトリや歩きキノコといった魔物がうろついているが、夜は眠っているためが姿を見かけない。代わりに夜行性の獣や魔物たちが目を覚ましているらしい。
闇の中で光る瞳や、樹上からこちらをじっとみるフクロウなどがちらほらと見かけられた。
夜でも視覚には問題ないのか、クーちゃんは元気に森の中を駆けている。アルドラはいないがミトナやクーちゃんの感知レーダーは役に立つだろう。頼りにしてるぜ。
もちろん俺も<空間把握>で辺りを探っている。
目標地点であった洞窟付近をうろついてみるが、ケイブドラゴンの影は見当たらない。仮にもドラゴンと名前の付く魔物だ。ほいほいそのあたりにいるわけはないのだろう。
「しっ……!」
ミトナが唇に人差し指を当て、俺の動きを制止した。
喋らないようにハンドサインを出してから、地面を指差す。大型の獣の足跡だ。踏まれた草の様子からするとついさっき踏まれた後らしい。
俺は身を低くするとミトナに警戒を任せた。同時に周囲の地形を<空間把握>で確認する。
一瞬のちに、素早く感知範囲内に忍び寄る魔物を捉えた。俺達を狙っているのか、いつのまにか背後の茂みに迫っている。
ミトナに口の動きだけで伝える。後ろにいる。ケイブドラゴンかと目線だけで問うてくるのがわかる。
俺は首を左右に振って否定した。確かに大型だがこいつは違う。
ケイブドラゴンより小型だし。何より毛がある。毛と言うより、羽根か?
狼のような頭。短い後ろ脚。前腕は羽が生え、翼膜が生えている。前腕の先には鋭い三本の爪が備わっっている。その前腕も使って四足でそっと移動しているのだ。蝙蝠獣とでも言おうか。
ミトナが頷き、そっと腰後ろからバトルハンマーを取り出した。予備武器だ。前使っていたハンマーより若干打撃部分が小さく、軽い。以前使っていた武器らしい。
隠れて背後から奇襲するつもりだろうが、残念ながらバレてるんだよ。
俺は霊樹の棒を握りなおした。あとはタイミングだ。突打のリーチはかなりのもの。鼻を打てば動きを止められるだろう。
俺達が足を止めた瞬間、背後の茂みが揺れた。飛びかかってくる影。ゴリラぐらいのサイズ。こちらより頭一つ大きい。
「――――鋼羽獣!」
ミトナが鋭く叫んだ。
振り向きざまに突打。飛びかかってくる鋼羽獣の鼻面に合わせた。
フェーグルが全身の毛を逆立てた。ガッキイイ、という硬い手応え。
柔らかそうに見える羽が、異様に硬い!
俺の一撃は突進の速度を僅かに削ぐ程度。フェーグルが牙を剥く。
「――――んッ!」
ミトナが身体を回す。十分に腰の捻りを利かせたアッパーカットの一撃がフェーグルの顎を打ち上げる。
牙が無理矢理がちんと打ちあわされ、その巨躯がよろめく。
クリーンヒットの一撃だが、フェーグルは頭を何度か振ると唸り声を上げた。ダメージは大してないらしい。
「魔術で――――」
「ん」
多くは要らない。ミトナが一歩前に出る。構えるバトルハンマーはミトナの牙。フェーグルはさっきの一撃を覚えているらしい。警戒しているのか円を描くように動く。
俺は即座にマナを練り上げた。
森の中に魔法陣の輝き。夜闇を圧し、砕けたマナ粒子から氷の刃を射出する。
「<氷刃・八剣>!!」
八本の氷剣は残像を残して直進した。二本が囮、避けたところを二本で追い込んで本命の四本が突き刺さる。前腕に一本、胴体に三本。
やはり羽は鋼のような硬さがあるらしく、突き刺さるが貫通はしない。フェーグルは鬱陶しそうに腕を振ると刺さった氷剣を抜いた。血が流れるが、すぐに止まる。
「グルルぅルル……」
フェーグルは驚異的な速度を見せる。地面を蹴ると高く跳躍。腕を拡げてグライダーのように滑空しようとした。
獲物を狙う瞬間こそが、一番隙が生まれる。
迎撃しようと構えたミトナの視界に、濁流が流れた。
目が退化した頭部。大きな咢に鋭い牙。白い皮はぶよぶよしているようで、その実かなりの強靭さを持つ。四肢は編み上げた縄のように筋肉が盛り上がっている。尻尾が流れていく。
――――ケイブドラゴン!?
風音すら立てて乱入してきた巨体は、空中にあったフェーグルの胴体に食らいついていた。あの硬い羽にやすやすと牙を突き立て、ずどんと重い音を立てて地面に降り立った。




