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第209話「星辰刀」

 太陽が昇りはじめ、ベルランテの街をしだいに明るく染めていく。

 気持ちがいい空気の中、俺は大きくのびをした。足元ではクーちゃんも四肢を伸ばしてのびをしていた。

 結局あれから何事もなく一晩が過ぎていた。気を張っていたつもりだが、気付けば柔らかいベッドでぐっすり眠っていた。


「さて、大熊屋にいくか」


 いろいろやりたいことはあるが、まずは装備を整えなければ話にならない。今の服に文句はないが、やはり慣れた防具の方がいい。特にケイブドラゴンの革防具はマナ防御の面でも優秀だ。

 もしかすると幽霊(ゴースト)穢れの死魂(レブナント)といった霊魂系魔物にも耐性があるかもしれないしな。


 ミトナのハンマー素材を探すという約束もあることだし、一度寄っておくことにする。


 大熊屋の扉を開けると、大きな熊がエプロンをしているのが見えた。どっしりとカウンターの奥に座っている。

 相変わらずだな。俺は思わず笑みをこぼした。

 どうみても凶悪な熊にしか見えないが、実は面倒見のよい武器屋店主に会うのは久しぶりな気がする。


 ウルススさんは口をぐばっと開けると、その口から豪快な笑い声を出した。


「おお、ボウズ、生きとったか!」

「生きてたよ。けっこう生きてるのが不思議な気がするくらいだけどな……」

「フン。ミトナが追いかけていったんじゃからな。生きてて当然じゃ」


 どこからその自信がくるんだか。

 ウルススさんってけっこう親バカだよな。


「それで、ミトナは?」

「あの子はボウズの防具を修復するための素材を買い出しにいっとるぞ? なかなか見つからんみたいでなあ」

「あー……」


 昨日来た時も居なかったのはそういうことか。

 そもそもケイブドラゴンの革自体がけっこう希少(レア)な素材じゃなかったか?

 俺が手に入れたのも偶然のようなもんだしな。

 しかも、それだとそれなりにお金がかかるんじゃないか?


 俺の表情を読み取ったのか、ウルススさんが苦笑した。


「ボウズが気にすることじゃあない。ミトナがやりたくてやっとることじゃからの」

「いいのか?」

「いやなに、天下の大冒険者様が装備してくれとるんじゃからの、宣伝効果もばっちりじゃろうて」


 ニヤリと牙を剥きだして笑うウルススさんに、今度は俺が苦笑する番だった。いつのまにか得た名声だったが、この武器屋に多少は恩返しできているのだろうか。


「それで、何のようじゃ? 見たところ今日は武器が壊れたわけではないようじゃが」

「壊れた……で思い出したんだけどさ。ミトナのバトルハンマー壊しちゃったんだよ」

「ああ、ミトナにも聞いたわい。最硬級のスォンツ鉱で出来たバトルハンマーじゃぞ? どうやれば壊れると言うのか、ワシには理解できん」


 ウルススさんがお手上げというように毛むくじゃらの腕をあげた。

 ミトナはいないが、どんな素材ならいいかウルススさんに聞いてみるのも手だな。


「新しいハンマー作るにしても、何かいい素材知らないかと思ってさ」

「ふむぅ……。まあ、硬度で言うと南部産のスォンツ鉱が一番なんじゃが……。獣王国産のテクリ鉱もいいのう」


 どんな鉱石かまったくわからないが、とりあえず心のメモにとどめておくことにする。

 そういや、マカゲも鉱石には詳しかったな。


「ウルススさん。マカゲって何してるか知ってる?」

「アイツなら、うちでずっと武器を造っとったぞ」


 その言葉が合図だったかというように、カウンターの奥、工房に続く扉が開いた。

 そこから幽鬼のごとき状態になったマカゲがふらふらと歩いてきた。身体からは陰のオーラが立ち上り、目は何を見ているのか、茫洋とした視線を床に投げるのみ。

 イタチ顔の毛並は艶を失い、鼻は乾いている。ヒゲにいたってはよれていた。


 どうみてもヤバイ状態だ。

 ウルススさんも俺も、不気味さに何も発することができない。


「できた」


 ぽつりとマカゲの口から言葉がこぼれた。


「できたできたできたできた。ようやくだ。これで、行ける……!」

「マカゲ……? どこに行くんだよ」

「どこ……って、もちろん、マコト殿を助けに!」


 ようやくマカゲの瞳の焦点があった。黒目がちの瞳がさらに大きく見開かれる。

 ゾンビのような動きから一転、捕食者の動きで俺に迫り、両肩をがっしと掴む。


「マコト殿ォ――――!?」

「よ、よお」

「剣聖に拉致されていたのでは!?」

「な、なんとかしてきた」

「ぐおおおおおおおおお! 拙者の苦労はなんだったのか!?」


 両目を抑え、天を仰ぐマカゲ。力尽きたのか膝から崩れおち、両手をついてうなだれる。

 何がなんだかわからない。ウルススさんも目を白黒させていた。どうにかしろ、ウルススさんこそ、という目線での会話が何回か繰り返されたあたりで、ようやくマカゲが復活した。


「い、今までどうしてたんだ……?」

「マコト殿の場所を確かめるためにも、まずは剣聖に会う必要があると考えたのだ。もちろん、会える理由などなかった。だから、〝理由”を造ることにしたのだ」


 マカゲは俺を手招きすると、大熊屋鍛冶工房へと向かって歩きだした。付いて行く俺とウルススさん。


「剣聖に献上することが可能なレベルの逸品。それを打っていたのだ」


 いまだ熱気に包まれた鍛冶工房。その作業台の上に二振りの刀身が並んでいた。長刀サイズと脇差サイズの刀身だ。

 拵えもないただあるがままの刃。


「ほお」

「すげえ……」


 思わず俺とウルススさんの口から感嘆の言葉が出ていた。

 刀身は黒。その黒字に輝くような点が彩られている。刃先から美しくカーブを描く刃の紋様はまるで天の川のようになっている。


「――――星辰刀(セレスティアルエッジ)。ツヴォルフガーデンから持ち帰った玉鋼を素材に、休むことなく、〝獣化”も併用して魂を打ち込んだ」


 マカゲの口調からも自信がうかがえる。たしかにこれは芸術品のレベルの刀だ。献上することも十分可能だろう。


「これを餌に、と思っておったのだが、自力で生還されるとはなぁ。まぁ、無事でよかった、本当に」

「マカゲ、ありがとう」


 これほどの逸品を俺を助けるためだけに造り上げたというのは嬉しい。ちょっとマカゲが来ないことを恨む気持ちがあった俺は、自分自身の小ささに恥ずかしくなる。

 俺は星辰刀(セレスティアルエッジ)から目をあげると、まっすぐにマカゲを見た。柔らかい視線とぶつかる。


「それ、マカゲが使ってくれよ。きっとその方が、いいと思う」

「拙者が……?」

「俺は刃物なんて使えないしな」

「……なら、ありがたく」


 マカゲがいとおし気に刀身を指でなぞった。なぞったところから光点が輝きを増すように見えた。


 完全に力尽きたマカゲを宿に送ると、俺はウルススさんとミトナを待つことにした。

 冒険に必要な道具のメンテナンスをしてもらっている間に王都で起きた事件について話すことにした。すでにミトナからも聞いているらしく、その補完といった感じだったが。


 どれくらい時間が経ったか、中天より太陽が傾いたあたりで沈んだ顔のミトナが戻って来た。


「おかえり」

「ん……。マコト君、ただいま」


 この様子じゃ、見つからなかったみたいだな。

 しょんぼりした様子を見るのはいたたまれない。それも、原因が俺だとするとなおさらだ。


「あー……えと。無理、しなくてもいいんだぞ?」

「ん。だいじょうぶ。私が、やりたいから」

「そか。それじゃ、頼む。手伝えることがあったら言ってくれよ」


 ミトナはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて何かに納得したように頷いた。


「市場になければ、取りにいけばいいんだよ。ね?」

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