第204話「遭遇」
サウロに案内してもらいながら、ベルランテの貴族街を抜ける。
サウロもフェイも慣れているのか、特に気にした様子はない。だが俺はお金持ちのゾーンだと思うと、ちょっと気おくれしてしまっていた。
その貴族街を抜けるころ、目的地が見えてきたらしい、サウロの足が止まる。
「見えてきましたよ。あの屋敷です」
サウロが指さしたのは、紫色の屋根が美しい豪邸だった。
敷地も広い。購入するとすれば、どれほどのお金が必要となるのだろう。フェイも驚いたらしい。サウロが前を向いて再び歩き出した後ろで、俺を肘でつついてくる。
恥ずかしいだろ。俺はじろりとフェイを睨んだ。
そうは言っても、〝これ”が報酬になるのかと思うと、かなり心が弾んだのは確かだ。
「サウロさん、ちょっと聞いていいですか?」
「ええ。構いませんよ。それに、サウロと呼んでください。気楽に」
いいのか、と思うが、サウロがそういうのだからいいのだろう。
俺は考える。依頼の成功率を上げるには、少しでも事前情報が欲しい。サウロに質問するべく口を開く。
「その、呪いの屋敷の中にはどんな魔物がいるのかわかったりしますか?」
「いえ、詳しくはワタシにもわからないのです」
サウロが俺に振り返る。困ったような笑みを見せた。
「遺産を相続はしましたが、本当ならベルランテに来る予定はありませんでした。別荘地として置いておこうと思ったのです。ですが、人に害為す存在が棲み付いていると聞いて、じっとしてはいられませんでした」
サウロの決然とした横顔。そこには真剣な気持ちしか見えない。
パルストに対していい思い出がないから、パルスト教なんてと思っていたが、少し考えなおすことにしよう。神がいかに最悪で最低の野郎でも、教義を信仰して他の人のために行動している方々には何も悪くない。むしろ、素晴らしいと言えるだろう。
サウロが門の前で立ち止まった。俺とフェイも足を止める。
大きな門は、珍しいことに円型をしていた。高級そうな木材を使った門は、それだけでだいぶ堅そうだ。
サウロが屋敷を見上げていた。何か見つけたのかと俺も視線を追いかけてみたが、何も見えなかった。ただ窓ガラスが陽光反射するのみだ。
「なにか見えました?」
「いえ。――――何も。行きましょう」
サウロは懐から小さな鍵を取り出した。木製の門につけられた錠前に差し込む。油を差していないからか、すこしさび付きながら鍵が回る。内部機構が跳ねあがる小気味よい音が聞こえた。
サウロが取ってを押すと、ゆっくりと門が開いた。真ん中に切れ込みが入り、両開きに開いていく。
フェイが鞄から指揮者が振るようなタクトぐらいの細い杖を取り出した。ティゼッタの時とは違う武器だ。
サウロがシールドを提げていた腰から外すと、右腕を通した。そうすることで、握らずとも右腕だけで盾を構えることができる。もちろん、盾の持ち手を握ることで、よりがっちりと盾を構えることができるのだ。
俺も霊樹の棒を手に持つ。ベルランテに戻って来てからも、鍛錬は続けている。かなり自在に振り回せるようにはなっているのだ。霊魂系魔物――幽霊にどれほど通じるかはわからないが。
サウロは何度か握りを確認すると、少し緊張した面持ちで俺達に頷く。
俺達は呪いの屋敷へと踏み込んでいった。
「思ったより荒れてないわね……」
フェイがぽつりと呟いた。正面玄関前の庭は、雑草こそ伸びているものの、それほど荒れ果てた様子はない。馬車を玄関につけることも考えた作りなのだろう、石畳が伸びている。
サウロを先頭に進む。フェイが俺を見ずにぽつりと呟いた。
「ミトナも連れてくればよかったのに」
「ちょっとは考えたんだけどな。今、ミトナは武器を失ってるんだよ」
「そうなの?」
「もしかすると予備武器くらいはあるかもしれないけどな」
俺は肩をすくめた。武器屋には武器がある。当たり前のことだ。もちろん武器を失うと新しい物を買うなどして補充するのが当然だ。
だが、その武器に慣れるまでは時間がかかるものなのじゃないか?
以前のように使いこなすようになるまで、どれくらいかかるのか。
それに――――。
「それにさ……。霊魂系魔物相手に殴ったりするのって効果あるのか?」
そうなのだ。
確かにミトナのバトルハンマーは強力だ。だが、それも当てることができてこそではないか。
実体のない幽霊相手では、むしろ危険じゃないか?
「実体がないもの。効果はないわ」
魔法生物について詳しいフェイだ。よどみなく答える。
「幽霊、上位の叫霊とかは実体がないから魔術じゃないと厳しいわね。身を持つ者とかになると、実体と非実体が混ざったりしてるからやっかいなのよ。まあ、もし物理攻撃をしたいのなら……」
サウロが唇に人差し指を当てた。フェイが口をつぐむ。
サウロの反対側の手は扉にかけられていた。いつのまにか屋敷の玄関までたどり着いていたらしい。弛みかけた気を引き締める。
いつものように<魔獣化>を起動しかけて、取りやめた。サウロがいる。俺は<空間把握>、<身体能力上昇>だけを起動することにした。
魔法陣が一瞬で出現、割れると同時に俺を強化する。
あとは、即座に起動できるようにマナを練っておくだけか。
屋敷の中は、静かなものだった。
玄関を入ってすぐはエントランスホール。二階へ続く階段と、一階の部屋へ続く廊下への扉見える。
なんだか不気味な、底なし沼のような雰囲気だけが、あたりに充満している。
採光窓からは光が入り込んでいる。だが、強い光が陰を生むように、明るいからこそ不気味さが色濃く見えた。
ホラー映画のような展開。よく考えたら、これ、かなりまずいんじゃないか?
「外側から家ごと魔術で破壊するってのはダメか?」
「ダメに決まってるでしょ。バカなの?」
フェイが冷たく切って捨てる。俺の素敵な提案は却下された。
しょうがない、一部屋ずついくしかないのか。
「一階の部屋から順に回っていきましょう」
「わかりました」
サウロが西側の廊下に続くドアを開けた。ホテルのように、まっすぐの廊下に、いくつもの部屋。突き当りは左に曲がるようになっていて、まだ先があるらしい。
不気味さが、ぎゅっと集まったかと思うと、二人に警告する間もなく形を為す。
頭蓋骨を内包する人魂。燃えるドクロ。
そうとしか言えないものが、廊下の宙に浮かんでいた。カタカタカタカタと顎の骨を鳴らす姿は、少し透けているようにも見える。確かに実体じゃない。
<空間把握>でも捕捉できていない。実体がないからか!
だが、その姿を見て俺は少しほっとした。怖いといっても、それは魔物としての怖さだ。
弾かれたように動いたのはサウロだった。
「幽霊!!」
大声で叫んだのは、俺とフェイに知らせるためだろう。
幽霊はいきなり速度を上げると、体当たりを仕掛けてくる。迎撃されることを一切考えていない直線の行動だ。
サウロがぐっと盾を構えた。幽霊相手に盾が通用するのか、問いかける前に答えが出た。
「<清らかなれ――!>」
サウロが唱えた言葉に反応して、盾の前面がうすぼんやりと輝く。頭蓋骨を砕く勢いで、思いっきり幽霊が激突した。まるでボールのように思いっきり吹き飛ぶ。
なるほど、魔術的な補助のある武器であれば実体のない幽霊にも物理攻撃が当たるということか。
「この盾は祝福されています! それよりッ!」
サウロは端的に言うと再び盾を構えた。見れば、さらに二体の幽霊が凝縮され出現するところだった。
「灰になりなさい――――!」
俺の後ろから、細い針のような炎が撃ち出された。フェイの魔術だ。
幽霊の頭蓋骨に深々と突き刺さると、その体躯を燃え上がらせた。まるでネズミ花火のように、空中をのたうつ。
「<氷刃>ッ!」
魔法陣が割れる。射出された氷の短剣が、何本も幽霊に突き刺さる。
ヒイイいいイイイイいいいい――――。
鳥肌が立つような叫び声を上げて、幽霊が消滅した。魔術は効果がある。
サウロがふうと一息ついた。
「おそらく、これだけではないでしょう。全ての部屋を見て回ってみましょう」
「待った」
「マコト……?」
足を出そうとしたサウロを俺は制止した。
俺の<空間把握>が、接近する〝何か”を捉えたからだ。
幽霊は捕捉できない。これは、誰だ。




