第197話「誰も知らない英雄たちの帰還」
土龍が王都を目指す。任務を達成し、戻るのだ。
土中を移動するとはいえ、慎重に戻ってきたために時間がかかったのだ。それでも歩きや馬で移動するよりは、はるかに速い。
<守護殻>の中で、俺はぼんやりと座っていた。俺にもたれかかるようにして、ミトナが眠っている。
さっきまでは起きていたのだが、怪我の具合と、こっそりとかけた<治癒の秘蹟>の効果のせいだろう。到着するまでは眠らせてやりたい。
だいぶミトナにはわがままに付き合ってもらっている気がする。何かお礼をしないとな、と思う。
おいしいもの?
プレゼント?
……何をあげたら喜ぶんだろうか。
そういえば、黒塵竜を倒した時に、ミトナのバトルハンマーを失ってしまった。
あの速度と熱量、そして激突時の威力に耐え切れなかったのだ。途中まで形を保っていたことすら、奇跡のような出来事だ。
あのバトルハンマーがなかったら、黒塵竜を倒すことはできなかっただろう。
何も言ってこなかったけど、やっぱり大事な武器だよなあ。
思いかえせば、ミトナはあのバトルハンマーを愛用していた。もしかするとかなりの逸品なのかもしれない。
「マコト殿。少しよろしいか」
「マースさん……。何ですか?」
マースが俺の近くまで来ると、どっかと座り込んだ。あぐらをかく。
その姿は俺に負けず包帯だらけだった。クロンツェンも似たりよったりの姿になっていた。かなりの激戦だった。
無事なのは本を読んで時間をつぶしているテレキアンと、鏡を覗き込んでいるロベールくらいだ。
「マコト殿の望みは、南部連合との戦争をとめること、でしたな」
「そうです」
「おそらくなんとかなるでしょう。王都に戻り次第、テレキアン殿に動いていただくことになります」
「あの人に……?」
俺はちらりとテレキアンを見た。岩のような顔は、穏やかに本を読んでいる。一体あの人は何なのだろう。
心を読んだわけではないだろう。だが、表情から見て取ったらしい。マースは苦笑すると、声を潜めた。顔を近づけてくる。
「あの方は金色です。私以上に有力者とのつながりもあるでしょう。ご心配めされるな」
金色。金騎士。
それもそうだ。銀騎士のほかに、金騎士という存在がいることはこれまでの話から知っていた。
こんな事態に出てこないはずがない。どうりで指揮官クラスにも話が通じるわけだ。
「私もあの方のことをよく知っているわけではありませんが、この国を憂う気持ちは同じはずです」
俺はマースの言葉に少し安心した。なんとかなりそうだ。
戦争は、とめられた。この後どうなっていくのかはわからないが、できうることはしたのだ。
「ところで、です。マコト殿、魔術騎士団に入団しませんか?」
「いえ、いいです」
「即答ですか……。まさか、仕官先がすでにお決まりですかな? マコト殿の魔術の腕があれば、どの貴族も雇いたがるでしょうしな」
「まあ、貴族ってわけではないですけどね。強いて言うならルマル商店ということになる……のかな?」
「なるほど」
マースは腕を組むと、うんうんとうなずいた。鋭い目をして「やはりあの若人、侮れんな」とか呟いた気がするけど、気にしないでおこう。
「では、マコト殿、どなたに師事されているのか教えていただけませんかな? 見れば、私の魔術もすぐに理解され、行使されていたように見える」
マースの雰囲気が変わった。顔は笑顔だ。だが、その目の奥が笑っていない。本気だ。
<加速>の魔術を起動していたのを見られていたのか。鉄殻の向こうで、大丈夫かなと思っていたが甘かったようだ。
<加速>は今まで見たこともない魔術だ。もしかするとマースの編み出したオリジナルの魔術の可能性もある。
「<加速>。あれは私が構築した、これまでの魔術とは一線を画す魔術です。その魔術原理を理解されるとは……」
マースの目が尊敬のまなざしになっていく。そんなすごいことはしていない。たまたま持っていたスキルがラーニングだったから覚えられただけだ。だが、そんなことは言えるわけない。
自然現象に近い魔術、それを超えた魔術が“上級魔術”だ。どこかでそれについて書いた本を読んだ気がする。
「詠唱する魔術に頼っているかぎり、上級魔術は生み出せない、だったかな……」
「魔術は世界に働きかける技術。“アジルトゥア式詠唱魔術”に頼っていては、できないことだらけだ。それをマコト殿はわかっているのですな」
そういえば、フェイからもらった本にそんなことが書いていたような気がする。
『アジルトゥア式詠唱魔術に対する考察』。
<光源><火弾>や<火槍>。詠唱があり、効果が決まっているもの。その“イメージ”を生み出し、一般化したのが大魔導士アジルトゥアだ。
彼のおかげで魔術は制御しやすくなり、簡単に、誰もが一定の魔術を使えるようになった。だが、弊害ももたらす。その魔術しか使えなくなってしまうのだ、とその本には書かれていた。
「俺、それについての本を持ってます。よかったらあげますよ」
「ほお、興味深い。是非お願いしたい」
俺は笑顔でそう申し出た。あの本、どこにやったっけな。たぶんまだ持ってるはずだ。
マース自身の願いがあるとはいえ、これだけやってくれた人だ、お礼をしないとな。
「あがるぞ。準備しておけ」
蟲使いのドルターが低い声で言った。王都に戻ってきたのだ。
俺はミトナを起こすために、やさしく揺り起こすことにした。
出発した時と同じ地点に、俺たちは戻ってきた。さすがにルマル達の姿はなかったが、俺の存在を知覚したのか、アルドラがすぐに来てくれた。
土龍を見て全身の毛を逆立たせていた。ドルターが土龍と共に消えると、ものすごく警戒しながら出迎えてくれた。本当にいやなんだな。
「それでは、我々は次がありますので」
「この作戦のことは、他言無用でお願いします」
「あ、はい。宜しくお願いします」
何を、とは言わなくとも伝わっているだろう。
マースを先頭に、テレキアン達が王都へ向かって歩き出す。俺はその後姿を見送った。
あとは、あの人達に任せよう。
「だいじょうぶ、かな?」
俺の隣で見送っていたミトナがぽつりと呟いた。
「マースさんを信用しよう。あの人なら、やってくれる。たぶんな」
「ん……」
マースはいい人だ。一緒にいるだけで熱くなる、まっすぐな人だった。
「それより、ごめんな」
「ん……? なにが?」
「いや、バトルハンマーだよ」
「ん。いいんだよ」
ミトナは一瞬だけ悲しそうな顔になった。だが、落ち着いた顔をしていた。
「武器って、相手を倒すために作るの。より強く、より効率よく。その武器には、適した相手がいるし、適した使い方があるんだよ」
「…………」
「ん。だから、あの武器は、十分役目を果たしたんだよ。そう、思うよ」
「そっか。……何か俺に出来ることがあったら言ってくれよ。武器の素材集めるとか、手伝えることは手伝うから」
ミトナは表情を輝かせた。一転して嬉しそうな顔になる。パアアという音がつきそうなほどだ。
がしっと俺の両手を掴む。
「ほんと! じゃあ、マコト君、次の武器を造るのを手伝ってくれる?」
「お、おう」
「鱗殻魚の殻で作るとか、フライングソードの剣身の鋼材とかもいいと思ってたの。マコト君がいればとっても助かる! あ、悪霊とかも素材にできないかな。マコト君の影の腕って、掴めたりしない? それにね……」
「み、みとなさーん?」
魔術を語っているときのフェイといい、剣を語っているときのマカゲといい、どうしてフルスロットルに入るとこうなるんだろう。人って。
「ミトナ、とりあえず帰るよ!」
「ん、わかった! それでね……」
結局動かないミトナの背中を押す。それでようやくゆっくりと歩き出した。アルドラが呆れたようにため息をついたような気がする。クーちゃんが楽しそうに草の間を転がりながら俺達を先導する。
王都で、俺はいろいろなことに出会って、いろいろなことを知った。
だが、今、心の中は、晴れやかだった。
俺はミトナの背中を押しながら、王都へと戻る道を歩き出した。




