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第178話「クレーター」

 竜から放たれた砲弾は、王都を揺るがせた。

 まさに爆発のような一撃。勢いの乗った重量は家屋を粉砕する。土砂や瓦礫が巻き上げられ、王都へと降り注いだ。


 王城にも何発かの弾丸が直撃していた。

 尖塔が崩れ、城壁は大きく穴が空いている。自動で起動するタイプなのか、直撃直前に何か魔法陣が出現するのが見えたが、魔法陣が割れて効果が出る前に壁を突き抜けていた。



 王都がざわめいていてる。

 距離があるため悲鳴や怒号は聞こえない。だが、空気が揺れているのは感じられた。


 事態への理解が追い付かず、思考はフリーズしたままだ。


「――――フィクツ!」


 脳裏に浮かんだのは狐耳の兄妹。王都にいる知り合いは、この前別れたばかりだ。


 さっき直撃したのは、フィクツの家のほうじゃなかったか?


「クソッ!」


 俺は吐き捨てるように叫ぶと、<魔獣化(ファウナ)>を起動した。幾重もの支援魔術が掛かる。

 <浮遊(フローティング)>で軽くなった身体を飛ばすようにして、騎士団の屋根へと上った。遠くまでよく見るために、邪魔な覆面とターバンをむしり捨てる。


 俺は絶句した。

 屋根からの景色は酷いものだ。王都のあちこちで煙が上がっている。


「マコト君!」


 ミトナの呼びかけに、俺の頭が動き出した。下を見るとルマルに、コクヨウとハクエイも戻ってきていた。

 屋根から飛び降りると、みんなのもとに合流する。

 いつも笑顔を崩さないルマルが、珍しく青い顔をしていた。それほどの事態か。


「何があったのです? 魔術ですか!?」

(ドラゴン)だ。灰色の鱗のドラゴンが何かを投げた」

「灰色鱗のドラゴン……? ザルンブックの灰竜(アシュバーン)兵ですか!?」

「何だよ、それ」


 ルマルが叫んだ。どうやら知っているらしい。ザルンブック……。どっかで聞いたことあるような。


「ザルンブックは南部連合の首都です。その軍の主力が灰竜(アシュバーン)を使った航空部隊なのです」


 俺が疑問顔をしていたからだろうか、コクヨウが説明をいれてくれた。

 灰竜(アシュバーン)というのが、さっき高空から攻撃をしかけてきたドラゴンのことだろう。

 俺は空を見上げた。すでに空にはドラゴンの姿はない。悪寒もおさまっていることから、たぶん離脱したんだろう。


「ルマル、王都の知り合いが気になるんだ。ちょっと見てきてもいいか?」

「……。わかりました。街道で待つ人たちのためにも、私はガロンサさんのところに一度戻ります。父の店はわかりますか? そこで再度合流しましょう」

「ハスマルさんの店だな、わかった!」


 言うが早いか、俺は駆け出した。いつのまにかちゃっかりとクーちゃんが俺の肩上にしがみついていた。

 もちろんミトナもアルドラを伴ってついて来る。


 俺は記憶を頼りにフィクツの家に向かう。王都を出る前にも一度<空間把握(エリアロケーション)>を使って場所は確認している。迷うことなく最短距離で進む。

 進めば進むほど、人が増えていく。避難のために広場へと向かう人の波が、行く手を阻む。じわりと胃の底から嫌な感じがせり上がってくる。


 目で見るより先に、<空間把握(エリアロケーション)>が嫌な事態を伝えてきた。

 砲弾が直撃したところには、かなり大きなクレーターが出来上がっていた。直撃をしていないところも、衝撃波でなぎ倒されている家もあるくらいだ。

 

 フィクツの家も、直撃ではないが衝撃波の範囲内にあった。せまい場所に建っていたのが幸いしたのか、家の形は残っている。


 俺とミトナはせまい路地を通り、フィクツの家に辿り着いた。

 外はまだ無事だが、物置小屋のような内部は台風でも通ったかのような有様になっていた。一部など二階が崩落してすべて階下に落ちていた。


 居るのはわかっている。俺は大声でフィクツを呼んだ。


「フィクツ! 無事か!」

「その声、ニイさんか!? 頼む、この下や!」


 フィクツは棚の下敷きになっていた。ガラクタがつっかえ棒になって潰されることはなかったらしい。だが、大量の瓦礫が上に乗り、無理に魔術でどかすと、家自体が崩れて今度こそ生き埋めになりそうな状態になっている。


「ちょっとずつ掘り出すしかないか……!?」

「ん。やろう。マコト君」


 俺はミトナと協力しながら、少しずつ瓦礫をどかし始めた。


 崩れないように撤去するにはかなりの時間がかかった。途中<「氷」中級>で生み出した硬化氷をつっかえに挟んだりしつつ、なんとかフィクツが抜け出す隙間を造り出す。


 瓦礫の隙間から這い出したフィクツはミミンを抱えていた。

 ミミンの頭からは血が流れ、狐耳と額を赤く濡らしている。瓦礫にでも挟まれたのか、フィクツの足も変な方向に曲がっていた。


 ミトナがミミンを受け取って抱きかかえる。フィクツは疲れたようにぐったりと壁にもたれかかった。


「ヤコが怯えるから何かあるとは思うたんや。何とかミミンを守ろうとして……」

「いいから喋るな。まずはミミンだな。――――<治癒の秘跡(サクラメント)>」


 魔法陣が割れ、柔らかい光がミミンの頭の傷を包む。最初から気絶しているので傷がふさがったかはわからない。血で濡れた髪もそのままだが、とりあえずはこれで大丈夫なはずだ。


 今度はフィクツの足を癒す。魔術を光を当てていると、フィクツがぽつりと呟いた。


「一体、何があったんや……?」

「ドラゴンが王都を攻撃した」

「……それでヤコが怯えてたんやな」


 曲がっていた足が、きちんとした方向に戻っていく。骨折だけなら疲労で気絶するまではいかないだろう。


「よし、これで歩けるはずだ」

「ほんま、ありがとう、ニイさん。ミミンのこと、感謝や」

「気にするなよ」


 おれはニッとフィクツに笑いかけた。<治癒の秘跡(サクラメント)>の後遺症か、思ったより疲労の濃い顔でフィクツも笑い返してきた。

 言わなかったが、もしかしたらミミンを瓦礫からかばって全身を打撲していたのかもしれない。


「ハスマル商店わかるか? コクヨウさんに会いに行った店だ。そこで集合ってことになってる」

「いや、せやかて……」

「ミミンをここに転がしておくわけにはいかないだろ」

「……ほんま、ありがとうやで、ニイさん」


 俺はフィクツをアルドラに乗せると、ミミンを抱えるようにさせる。これで店まではいけるだろう。



 ――――悪寒がした。


 存在感だけで、空気を圧迫するイキモノ。フィクツとミトナの顔が強張っている。

 この感覚は、さっき味わったばかりだ。


 灰竜(アシュバーン)


 俺はバッと空を見上げた。

 上空から、一つの影が舞い降りてくるのがわかった。

 宙を飛ぶ迎撃の魔術を避けながら、どんどん市街地に向かって近付いて来る。市街地に近くなりすぎると、巻き込まないために魔術が撃てなくなる。


 巨大な灰色の鱗持つ(ドラゴン)は、時計塔のような背の高い建物に取りついた。壁面を爪で砕き、身体を固定する。


 グオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 魂まで消し飛ばしそうな咆哮が空に放たれた。身に受ければ行動阻害の効果で心臓すら止まりそう。

 その口からは細く煙がたなびき、喉の奥には赤い何かが光っている。

 咆哮には怒りが感じられた。強い感情が乗っている。


 竜の瞳が人の世界を睥睨する。


 凍り付いたように動きを止めた眼下を威嚇するように、ドラゴンはその翼を大きく広げた。

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