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第136話「ミトナの魔術」

 早朝のティゼッタは、息が白くなるほど寒かった。

 早朝の空気は肌を切るような冷たさだが、その分すがすがしい感じを受ける。肺一杯まで冷たい空気を吸い込むと、目が覚める。


 俺はまだ少し眠たい頭をさわやかな空気で無理矢理起こした。


 ルマル商店の前には、一台の荷馬車がとまっていた。幌のついたタイプの荷馬車で、馬が二頭で牽引するタイプだ。

 ルマルがいつもの微笑みを浮かべながら、俺達の見送りをしに来てくれていた。


 ルマルが手配してくれた人員で荷物の積み込みは終わっている。陽が昇りはじめたころからの作業だったが、にこやかにこなしてくれた。


「買ったもののチェックをしてくるね」

「わかった」


 ミトナは荷台に這い上がると、品物の最終チェックを始めた。

 ティゼッタでは換金するばかりではなかったらしい。ミトナは目利きした武具類の買い付けも行っていたようだ。買い込まれた剣や鎧などが荷馬車に積まれている。

 そのひとつひとつを丁寧に点検しながら帳面に書きつける姿は、きびきびとしている。いつものバトルハンマーをぶん回しているミトナとは、また違った一面だ。


「荷馬車を貸してくれて助かる。ベルランテまでアルドラでは運びきれない分もあったからな」

「いえいえ。ベルランテに着きましたらジョットという者に引き渡してください。ルマル商店ベルランテ支部の人員です」


 それを聞いて俺は少しばかり驚く。


「ベルランテに支店があったのか」

「いえ、昨日できたばかりの支店ですよ」


 聞けば、俺と契約を結んだ時にはすでにベルランテに人員を派遣していたという。連絡をつけるにも、ベルランテに支店があった方がいいということなのだろう。あいかわらず仕事が速いというか、決断が速いというか。さすがルマルだ。


「ここ数日蟲竜狩りが強化されていますからね。ベルランテへの道は安全でしょう」

「そりゃあなあ。赤蟲竜が飛ぶってことは、普通の蟲竜も飛ぶかもしれないし。それで強化されてるんだろ」


 そうなるとハイロンもかなり大変だな。蟲狩りにあの男がついていかないわけはないだろう。心中で同情する。街を守る責任というのも大変なものだな。



 通りの向こうから眠そうなフェイといつも通りなマカゲが歩いてくるのが見えた。

 やはり雪山の疲れが出ているのだろうか。

 マカゲが手をあげて俺に挨拶するのを、俺も片手を上げて返す。マカゲとフェイも自分たちの荷物を持っていた。荷馬車があるので荷台に積み込むように指示する。帰りは一緒の予定だ。


「それでは、道中お気を付けください。……まあ、みなさんには無用の心配かもしれませんけどね」


 ルマルが笑顔で告げる。総合的な魔術が使える俺に、近接物理攻撃のミトナ、火炎系統魔術のエキスパートのフェイ、技巧の刀使いのマカゲがそろっている。赤蟲竜すら渡り合ったメンバーだ。その辺の魔物に負ける気はしない。


 御者がルマルに一礼すると、荷車を牽く馬車ゆっくりと荷馬車を走らせ始めた。

 俺達はルマルに手を振ると、荷馬車についていく。ミトナとフェイは荷台の後ろにちょこんと腰かけ、俺とマカゲはゆっくりと歩いていくことにした。


 街のはずれで一度アルドラを回収しに寄っただけで、後は一直線に門を目指す。

 門のところで荷物の準備をしているレジェルとシーナさんに出会った。


「おう、もう出立か?」

「お世話になりました。レジェルさんが助けてくれなかったらどうなっていたことか」

「気にするな」

「そうだよ。レジェルの持論なんだから。人助けをしてこそ冒険者、ってね」


 茶化して言うシーナさんをレジェルが睨む。本当にこの二人には助けてもらってばっかりな気がする。いつか、この人たちが困ったことが起きた時には、絶対に助けになろう。

 俺は深く頭を下げる。レジェルが気にするな、というように俺を見ずに手を振った。

 シーナさんがぶんぶん手を振って見送ってくれる中、俺達はティゼッタの街を後にした。



 ティゼッタの跳ね橋門を通り過ぎたら、アルドラに乗ることにした。フェイとマカゲが荷台に座り、ミトナがアルドラの横を歩く。アルドラなら二人くらい余裕なので、後ろに乗るか誘ってみたが、歩きたいということだった。


 いくつもの石門を通り過ぎて行く。

 何重にも重ねられた石塀を眺めながら、ひとつひとつ野菜の皮をむくように通り過ぎて行く。

 いろいろあったよなあ。

 初めは暗殺依頼の取り消しに来たんだっけ。ボッツはどうなったんだろうな。まあ、どうでもいいけど。


 やわらかな日差しが気持ちいい。ティゼッタは気温こそ低かったが、あまり天候が崩れたりはしなかったな。そんなことを考えていると、不意にミオセルタがうごめいた。俺ではなくミトナの近くへと宙を泳いでいく。


「のう、熊娘よ」


 ミトナはちらりとミオセルタをいつもの眠たそうな目で見た。その奥にギラリと光るものを見て、一瞬ミオセルタが引きかけるが、気を取り直したらしい。


「熊娘よ、おぬしは魔術を使えるのか?」

「使えないよ。どうして?」


 ミオセルタが一瞬沈黙する。表情が読み取りづらいが、マナの繋がり(パス)からは〝興味深い”というような気持ちが漏れ出ているのがわかる。


「熊娘よ。魔術を覚える気はないかの?」


 …………は?


 誰が? ミトナが?


 俺は杖を持って魔術を唱えているミトナを想像してみた。似合わない、と思うのは偏見だろうか。

 ミトナもびっくりしたらしい。目を見開いてミオセルタを凝視している。


「ちょ、ちょっと待て。ミトナが魔術を?」

「うるさいのう。そうじゃ」

「今までミトナは魔術なんて使ってなかったんだぞ。できるのか、そんなこと」


 ミオセルタは尾鰭を一打ちして俺の前まで戻ってくる。


「確かに魔術は人間の固有技術じゃ。獣人は使えん」


 思い返してみると、マカゲが獣化は使っていても、魔術を使っているところは見たことがない。

 そういえば、ベルランテ駐屯騎士団であるバルグムの部隊にも獣人はいないし、ハイロンが率いていたティゼッタの魔術師隊にも獣人はいなかった。

 何か差別的な意味合いや好みの問題でいないのかと思っていたら、獣人の魔術師はいないからなのか。


「じゃが、半獣人は半分獣人で、半分人間よの? 人間の部分があるならば、魔術は使えるはずじゃて。実際、ワシの時代にはそういった術者がようさんいたものよ」


 ミオセルタが遠くを見るようにして言う。当時のことを思い出しているのだろう。


「それで、どうする?」

「ん。覚える」

「ちょ、ちょっと待てミトナ! そんな簡単に! 魔術を覚えるだなんて危険かもしれないだろ?」


 どうしてこれほどまで自分が動揺しているのか、俺にもわからない。

 不安? わからない。

 とにかくミトナが遠くにいってしまうような、変わってしまうような気がして、気が付いたらそう言いつのっていた。


「ミオセルタも、自分が実験したいだけじゃないのか? 〝元始の炎”の時もわざわざ爆発させたし。それに――」

「――――マコト君はちょっと黙ってて」


 俺の言葉をぶった切ると、ミトナはミオセルタの尾鰭を掴んで歩調を速めた。


「あ……」


 伸ばした手が所在なく空を切る。ミトナを掴むには高さも距離もありすぎた。

 ミトナは少し離れた位置でミオセルタと何かを話している。俺の居るところまでは聞こえてこない。


 ミトナの傍へ行って、そんなことはやめろと言うか?

 そうしようという衝動はあったが、それをしている自分が独占欲まるだしの情けないヤツに見えることは必至だ。


 結局、俺は何も言えずにアルドラの背で揺られるままになった。 

獣人の魔術師は、精霊に力を借りて魔術を行使する、「精霊魔術師」になります。人間の魔術師と同じような異能の力を振るえますが、ちょっと違う存在なのです。

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