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第108話「領主の依頼」

 蟲竜(ヴェフラ)の襲撃は当たり前のことなのだ、そう語るハイロンの口調は落ち着いていた。そんな様子にフェイが口を開いた。


蟲竜(ヴェフラ)って、あの巨大な虫みたいなやつですよね。集中的に街を狙うなんて、魔物にそんな知恵が?」

蟲竜(ヴェフラ)は地中にて孵化し、地上に上がってくる。地上に上がってすぐは力を蓄えるために食べ物を求めるのだ。一定数存在し、かつ肉も柔らかい。そんな餌場はここらあたりにティゼッタしかない」

「もともとこの街は、魔物の侵攻を防ぐ防衛基地という役割だ」


 領主オーロウが言う。昔を懐かしむ口調、遠くを見る目線は昔のことを思い出しているのだろうか。


「最初は小さな町で苦労したものさ。作物もたいしてとれないし、寒さが厳しくなると蟲竜は襲ってくるし。だけどね、自分たちの領地は、自分たちの領地だ。何とかやってきたのさ」

「今は街の自警団が蟲竜を狩る。それができるようになった。まあ、冬竜祭で武芸に関わる出し物が多いのも、そういったことだ。蟲竜の対策にも強い者の仕官が望まれているのだ」


 なるほど。どうりで冒険者や荒くれ者どもの鼻息が荒くなるわけだ。商家の後援を受けて仕官となれば、その商家もひいきにしてもらえるかもしれないしな。実はあいつらはギブアンドテイクの関係だったわけだ。

 ルマルもそれが狙いなのか?

 ちらりとルマルの方を見ると、何食わぬ顔で紅茶をすすっていた。表情からは内心は読めない。


「確かに見たわ、雷撃で蟲竜を倒す姿を。蟲竜を狩る部隊も、かなりの練度だったわ」


 フェイがぽつりと呟くように言う。俺は見てないからいまいちわからないが、どうやらフェイは見たことがあるようだ。


蟲竜(ヴェフラ)は巨大なカマキリと表現すると想像しやすいだろう。胸部は大きく膨らんでいて、そこから強烈な音の塊を吐く。身体を叩くような一撃でな、直撃すると身体の弱い者なら骨を折る。鼓膜も破れるな」


 想像するに<たけるけもの>のようなものだろう。だが、その威力は話を聞く限りかなりのものだ。

 俺はラーニングのために自分自身の身体に受けることを考えて、とりあえずやめておこうと結論付けた。生身で食らうものじゃないだろう、たぶん。


「問題はその蟲竜(ヴェフラ)の数だ、例年に比べると、今年は極端に襲撃数が少ない」


 領主が真剣な表情になった。みんなの動きが止まる。


「これまでの撃退で個体が減ったかとも思ったんだが、そうでもなかったときが恐ろしい。だから、有能な冒険者を募って森の調査に行ってほしいというわけだ。もちろん、この時期の森は危険だ。霊峰に近付くほど蟲竜の数も多くなるし、雪の精も出るからな」


 俺は腕組みをすると考え込んだ。ドマヌ廃坑の時も調査だったからだ。調査と聞いていい思い出がない。だが、異変が起こると調査が必要になるというのは頷ける。ドマヌ廃坑の時も、放っておけばベルランテの街に被害が出る可能性があったのだ。

 それに、領主は他の冒険者にも声を掛けるといった素振りを見せている。冬竜祭が終わったのでティゼッタの冒険者ギルドに顔を出してどんな依頼があるか覗こうと思っていたのだが、これでは緊急依頼一色になってしまう可能性もあるのだ。

 名指しで依頼されていることも考えれば、ここは受けておくのにこしたことはない。あとはどれだけ報酬を吊りあげられるかだ。

 俺はできるだけ受ける気配を見せぬよう表情に配慮しつつ、領主に目線を向けた。


「危険度が高い。受けるかどうかは報酬によります」

「報酬に関わらず、ぜひ受けてほしいものだ。本当ならハイロンを向かわせようと思っていたのだが、ほら、この通り腕が使い物にならなくなってしまったからな」


 テーブルについていた青年がなじるような口調で言う。おそらく領主オーロウの養子。歳から考えるとハイロンよりは下だろう。下手すると二十歳もいってないんじゃないだろうか。若い顔には少しの固さが浮かんでいた。

 俺は眉根を寄せた。確かにハイロンの腕はまだ吊られた状態だ。さきほどまでの料理も片腕で食べていた。

 何だ。腕を奪ったからには、俺が働け、とそういうことか?



「その理屈はおかしい」



 イラっときた俺が口を開く前に、きっぱりと言い切ったのはミトナだった。

 先ほどまでずっと静かだったが、しっかりと話は聞いていたらしい。しっかりと、物怖じせず、領主をまっすぐに見据えていた。

 俺は吠えるタイミングを失い、口を閉ざす。


「闘技大会での怪我は、本人達もわかった上での戦いだったはず。そうやって、負い目を感じさせる言い方は、おかしい」


 ミトナの言うことが、圧倒的に正しい。青年の理屈が通るなら、権力者が圧倒的に強いということになる。

 青年はパクパク口を動かしていたが、結局何も言えずに押し黙った。


「お前の負けだよ、トゥリオ。すまないな、マコト。そのことを盾にどうこうするつもりはない。純粋に君の実力を見込んで頼みたいのさ」


 領主はトゥリオと呼んだ青年を諌める。トゥリオはまだ何かを言おうとしていたが、領主の視線を受けて沈黙した。

 領主は改めて俺に視線を合わせる。


「一応報酬としては危険に見合う額を用意しようと考えている。他に何かほしいものがあれば言ってくれ。受けてくれるならできるだけ意見に沿おう」

「それなら――」


 フェイが片手を挙げて言う。


「それならば、古代神殿の探索許可を頂ける、とかはどうかしら。霊峰のふもとに位置する古代神殿の管轄は領主オーロウ様だったと思うわ」


 俺はハッとした。そういえば魔道具好きのショーンも、ティゼッタ地方の霊峰コォールに何かヒントがあるかも、とは言っていた。その探索許可をもらえるのならば、この依頼にも意味が出る。

 俺はフェイの顔を見て、頷いた。


「わかった。許可しよう」


 領主はしばらく考えていたが、やがてこちらの要望を認めた。



「わ、私もついていっていい、ですか!」

「アルマ!?」


 まとまりかけた場を、アルマの言葉が吹き飛ばした。マオが慌ててアルマに詰め寄る。

 アルマはやんわりと、だが、きっぱりとした意志を持ってマオを押しとどめた。


「私、ここから出て、おにいさんについていきたいと考えています」


 いや、ちょっと待って。

 確かにアルマとマオの二人は、命を懸けて助けたからこそ、その後のことが気になっていた。たぶん、それだけだ。領主の館という安定した職場を捨て、冒険者の俺についてくるとか、何でそんなことを!


 助けを求めてミトナの方を窺うが、いつもは眠そうな目を見開いた顔がそこにあるだけだった。俺の方を見てもくれない。フェイを見るがこちらは何やら感情のこもらぬ目でアルマを見つめていた。こっちもダメか。

 ルマルはダメだ、利用されるのがオチだ。


 アルマはうつむきかけた顔をあげると、テーブルにつくみんなの顔を見渡した。その瞳にこもる決意は固い。


「おにいさんについていくために、おにいさんのことを知りたいんです。だから、私がいけるところまででいいから、行きたいんです」

「ちょ、ちょっと! 俺の意向とかはないのか?」

「おにいさんには迷惑をかけませんから、お願いします……」


 アルマは深々と頭を下げる。その、なんだ。女の子に頭を下げられると、弱る。

 こんな経験は今までない。俺はおろおろするばかりで、何ら建設的な意見が出てこない。


 流れを断ち切るように、領主が言葉を放つ。


「ハイロン、拠点キャンプは必要だろう。何とかしておやり」


「……母上は、いつもアルマには甘い」


 ハイロンの声が苦いように思えたのは、気のせいだっただろうか。ハイロンはそのまま無言で席を立った。そのまま食堂を出て行く。その後をアルマがぱたぱたとついていく。食堂を出る前に、こちらに一礼をしていった。

 アルマやマオは、侍女として働いているが、かなり自由な立場みたいだ。領主自身の性格というか、意向だろうか。



「言われたことはきちんとする息子さ」


 領主がぽつりとつぶやいた。

 それ以上は誰も何も言わなかった。


蟲竜(ヴェフラ)調査の件、よろしく頼んだよ。それに、あの子のこともね」

 

 領主にそう言われ、俺は頷くしかできなかった。

アルマさんの芯が強くなっています。押せ押せの勢いですね。がんばれヒロイン達。あとマカゲはかわいそうだと思います。

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