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第105話「視線の先」

 力が、身体に満ちる。

 持てる力を解放した今、とても気持ちがいい。


 闘技場の壁近くから、俺はハイロンを睨みつけていた。

 腰を低く落とし、いつでも飛び出せる姿勢を保つ。多少の距離ならば、ハイロンは一瞬で距離を詰めてくる。打撃力はミトナより上、さらにあの鱗、革鎧よりは防御力が高いと見るべきだろう。

 ハイロンのスタイルは格闘。竜人の膂力を余すことなく叩き込んでくる。

 接近戦は避ける!


「――――ぬん!」


 ゆらり、とハイロンが前傾姿勢を取る。前へ出る前兆。ここだ!


「<氷刃(アイシクルエッジ)>、<フリージングジャベリン>ッ!」


 氷の短剣を二本射出。もちろん牽制だ。ついでに<フリージングジャベリン>を起動、マナチャージに入る。

 ハイロンの対応は迅速。氷の短剣を走って避けると、そのまま距離を詰めてくる。さっきほどの速度がないのは、<フリージングジャベリン>でのカウンターを恐れてだろう。


「<雷蛇ライトニングサーペント>!!」


 魔法陣が割れた。雷で造られた蛇がハイロンに牙を剥く。最大威力は<輝点爆轟(フレアバースト)>に劣るが、瞬間の点の火力、そして速度は十分。


「竜族に(いかづち)など、――――笑止!」


 ハイロンの腕を、雷がまとわりつくのが見えた。手の甲から肘までの動きで、雷蛇の頭を跳ね上げる。トラックにでもぶつかったかのように身体をねじりながら吹っ飛んでいく雷の蛇。

 俺はハイロンの様子をじっと観察していた。驚くほどではない、俺ですら装備を揃えて魔術を(はじ)く。竜の鱗などというものがあれば、同じことはたやすいと予測できる。


 集中しろ! 回避しろ!

 これ以上拳をもらうと、布石を使う前に俺が沈む!


 凝視する。<空間把握(エリアロケーション)>でハイロンの動きは捉えられている。脳みそが熱を持ちそうなほど見る。見ろ!


 避けた。

 突き出される拳を、身体を開いて回避。ハイロンの驚いた気配。ざまあみろ。

 即座にミドルキックが飛んでくる。これは避けきれない。右腕でブロック。ズドンと鈍い音。下から撃ち抜くような蹴りが、俺の身体を揺らす。


「――――ぬぅ!?」


 攻撃をしかけたハイロンが驚愕の声を漏らす。

 俺の身体は空中に浮いていた。多少浮くことはハイロンも予想していただろうが、ホームランのごとく人間がカッ飛んでいくとは思ってもいなかっただろう。<浮遊(フローティング)>の効果に、ハイロンの力を使わせてもらった。空中で姿勢を制御するのは修練を積んでいる。


「おおおおおッ!!」


 ズドッ、と音を立てながらチャージ中のフリージングジャベリンが炸裂した。極低温の空気をまき散らす。飛ばしてぶつけるのが難しいなら、範囲攻撃にしてしまえばいい。竜が爬虫類かはわからないが、生き物なら低温は効果があるだろう。気温の差と吹き荒れた粉塵で、目隠しの煙が吹き上がる。


「――<氷刃(アイシクルエッジ)>ッ!!」


 空中から叩き込んだ。魔法陣が三連続で割れ、射出された氷の短剣の数は計六本。どれもが<いてつくかけら>+<「氷」初級>の強化魔術。

 氷の短剣は微妙に軌道をずらしながら、かなりの速度で煙の中に突っ込んでいく。ハイロンからは見えないだろう。こちらは煙だろうが<空間把握>で位置を掴ませてもらっている。一つたりとも外すことなく射出していく。

 まだだ。この程度で竜の鱗は貫けるとは思えない。


「<拘束(バインド)>っ! ……<輝点爆轟(フレアバースト)>!!」


 まだ俺の身体は空中を滞空している。この状態でさらに魔術を起動する。

 <いてつくかけら>+<拘束>を二発同時。さらに丸ごと吹き飛ばす<輝点爆轟>。着弾したハイロンを中心に、すさまじい火柱が吹き上がる。

 ようやく俺はそこで着地した。勢いがついていたためブーツが地面を削る。


 魔術師の弱点は機動性だ。集中するためとか、理由はいろいろあるがその場から動けないことが多い。だが、マルフに騎乗する魔術師はその弱点を補っていた。手の届かない場所から、高速で移動しながら魔術を使う。<浮遊(フローティング)>を用いる三次元機動ができれば可能なのだ。


 俺は燃え盛る火炎を見ながら、次の動きを練る。

 ハイロンは未だ火炎の中だ。さらに追撃の魔術を放つか、ここで決着か。さすがにちょっとやりすぎたかと思ってしまう。


『おおぉおあお! すさまじい魔術ゥゥゥ! ――――!?」

『あれは――――』


 司会者の声とフェイの声が思考の隅に聞こえる。何を言っているのか気にしてられない。


 いきなり空中から落ちてきた閃光が俺の目を焼いた。

 火柱を圧する太さの雷が、空間を縦に裂いて地面に突き刺さる。火柱は真っ二つに裂け、さらに雷によって散り散りに分解されていく。


「何が……!?」


 いや、なんとなくわかる。さっきもハイロンは雷を腕にまとわせていた。竜は雷を操る。この落雷もハイロンの仕業だろう。

 雷の柱が消える。その中から悠々と歩み出るハイロンの姿が見えた。炎のせいか一部煙を上げているが、どれほどのダメージか。


「<フリージングジャベリン>ッ!!」


 魔法陣が割れる。大きな氷の刃が空中に出現。同時に<氷刃>も起動。二本の氷の短剣を浮かべる。

 ハイロンが足を踏み出す。即座に氷の短剣を射出。ハイロンが嫌な顔をしながら回避。命中した瞬間炸裂して氷漬けになるのを警戒しているのだろう。

 続けて起動した<氷結拘束>。足元から這い寄る呪いは、雷をまとったひと踏みで粉砕された。


「くそッ!」


 接近されるのはまずい。俺は大氷刃を残したまま、<身体能力上昇>の力で空中に跳びあがる。

 そんな俺を、ハイロンが冷たく見つめた。


「――――落ちろ」


 まずい。


 ハイロンが腕を振るう。腕から放たれた雷撃が、空中の俺を直撃した。


体得(ラーニング)! 魔法「りゅうのいかづち」 をラーニングしました>


 溜めも詠唱も魔法陣もいらない。コイツの雷は、スライムの氷と一緒か!

 地上に落ちるまで、さらに二発。小さな雷撃が俺を打つ。対魔術防具がなければ決まるほどの一撃。だが、まだやれる。

 ハイロンが駆け出すのが分かった。着地と同時に拳で狙い撃つつもりだ。


「いけッ!!」


 <フリージングジャベリン>が射出される。すでにチャージは終わっている。これが直撃すれば、さすがの竜人といえども沈むはず!

 ぐんと加速した一撃は、正面からハイロンを狙う。だが、命中するには加速度が足りない。一度射出された魔術は軌道を変えることができない。回避コースを取られると厳しい。


「<氷刃(アイシクルエッジ)>……!」


 体勢が崩れながらも魔術を起動できた俺を褒めるべき!

 氷の短剣がハイロンの意識をそらすために飛ぶ。ハイロンが回避するだろうコースを予測して、そこにブチ込む。


 ハイロンは冷静だった。<フリージングジャベリン>を回避するコースを取り、飛来した二本の氷の短剣を雷をまとったジャブで叩き割る。


 ――――そこに<フリージングジャベリン>が突き刺さった。


「ぐおおおああああッッ!?」


 よし! かかった!!


『ハイロン選手に魔術が刺さったああああ!!? いきなり曲がったように見えましたが! いつの間に!』

『あの曲がり方! <(マーカー)>だわ。でも、いつの間に……?』


 最初の咆哮の時から、すでに仕込んである。<たけるけもの>+<印>による、範囲マーキングだ。あとはここからトドメを……!


 何だ? この足。


 胸の中心に、ハイロンの拳が突き刺さった。

 息が無理矢理肺から押し出され、俺の口から乾いた声が漏れる。


 <フリージングジャベリン>はハイロンの右腕を中心に右肩まで完全に凍結させていた。確実にしばらくは使い物にならないはずだ。右半身は霜すらついている。だが、その状態でもハイロンは一撃を優先させてきた。恐るべき耐久力。

 ハイロンは左拳を引き戻すと、そのまま左ストレート。俺の顔を跳ね上げる。

 ただで、沈んでたまるか!

 

「――――カあッ!」


 <たけるけもの>+<「火」中級>。収束させたブレスのごとき熱線が俺の口から発射される。

 だが、傾けられたハイロンの顔をかする程度。

 一瞬の空白。俺とハイロンの目が、合った。


「沈め!」



 ――――音が焼ける。


「――――ッ!?」


 視界を埋め尽くす閃光は、降り注いだ雷だったと、食らった後で気付いた。

 顔の横に、大きな壁がある。

 いや、これは地面。俺が、倒れてるのか。


 いや、まだやれる。やれるはずだ。

 だから、動け。動けよ身体。まだ試してない戦術が、見破ってない弱点が、あるはずなんだよ。


 俺の身体は、駆け巡る脳内に反して、動かない。


「…………終わりだ」


 動かない。


『マコト選手、動けないィィイイ! さすが優勝候補、接戦でしたが勝利を収めたのはハイロン選手だあああああ!! 勝者、ハイロン選手ぅぅぅううぅう!!』


 違う。まだやれる! 強くなったんだ!


 いや、そんなことが言いたいんじゃない。頭の中がまとまらない。頭の中を、ミトナの顔が、フェイの顔が、人子と猫子の顔が浮かぶ。そして、俺を見つめるクーちゃんも。マナの使い過ぎ、ダメージのもらいすぎ、要因はいくらでもある。


「…………ちくしょう」


 そう呻くのが、精いっぱいだった。 

 身体はとうに限界にきていた。わかっていた。あれだけ魔術を使い、あれだけ攻撃を受けた。当然だ。

 俺の動かない身体は、係員に担架で運ばれていった。

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