第102話「近接戦闘士」
控室まで戻った俺は、次の試合を見るとはなしに見つめていた。司会者の絶叫とフェイの解説が耳に聞こえてくる。フェイの解説は時折やけに長い。
動けなくなるほどの怪我は無かったが、<治癒の秘跡>で傷を癒しておいた。回復と引き換えに、軽い疲労が身体を包んでいる。
このトーナメントって何人くらいいるんだっけ。確か二回勝てば三戦目が決勝だったはず。つまり、決勝戦合わせて三回勝てばこのブロックは優勝だ。ほかのブロックが三つあるので、総合決勝が別で行われる予定だったはずだ。
そうしているとミトナがクーちゃんを抱えて走ってきた。眠そうな目が興奮で開いているのがちょっとかわいい。後ろからはルマル一行が一緒に来ていた。
「マコト君! 勝ったね!」
「お疲れ様です、さすがですね。雷の魔術にやられた時は幾分か焦りましたが、あれも計算だったんですね」
「ああ。とりあえず見ている大勢にもあいつらがいらん詐欺を働いてるってことを知らさなきゃならんかったしな」
納得顔で頷くルマル。一応予定ではフェイに協力してもらって相手の詐欺を暴くことが計画だったからな。最初の防戦一方な展開はルマルもハラハラしたんだろう。
「しかし、何だってこんな詐欺を」
「ニセモノはどうやらここで名声をさらに高め、ティゼッタの冒険者依頼を牛耳るつもりだったようですね。ティネドット商会が後ろ盾につくことで、冒険者ギルドのほうに食い込むつもりだったようです。また、その名声を利用して資金出資者や商売提携主を集めるのも目的だったようで」
「なるほどな……。それで、ルマルの方の首尾は?」
「お任せください。ばっちりです。ですが、動くなら早い方がいいですね」
俺は少し困った顔をした。ティネドットとの賭けでは、ティネドット商店に展示されているものを何でも一ついただけるはずだ。ということは、その賭けのことを思い出したなら、高価な品や希少な品を展示から外すことも考えられる。
だが、次の試合にいつ呼ばれるかわからない状態では、俺がここから動くわけにはいかない。
そのことをルマルに言うと、少し考えた後口を開いた。
「ルマル商会の代表ですからね。僕が代わりに行きましょう。それでもよろしいですか?」
「任せる。できるならティネドットに一番ダメージを与えられるものにしてくれ」
「わかりました。お任せください」
ルマルは一礼するとすぐに控室から去っていく。いやもう、ほんと頼りになる。ハスマルさん譲りなんだろうが、裏にも手が回るあの行動力。こういう人が味方だとかなり助かるな。よく不条理な展開で使われてしまうことが多いから、その辺のサポートをしてくれる人がほしいよなあ。
「……?」
クーちゃんを抱えたミトナをちらりと見る。ふたりして同時に首を傾げた。クーちゃんは地面に降りると辺りを散策し始める。
まあ、ミトナは戦闘要員兼商人だしな。うん。
「うーん。ミトナ、どう思う?」
「ん? なにが?」
「優勝、できると思う?」
「がんばって」
ぐっ、と拳を握るミトナ。
「いや、そうじゃなくて。たぶん近接戦闘士みたいな人が多いと思うから、なんかアドバイスあるか?」
「んー……。武器の間合いを見ることかな」
「武器の間合いか……」
武器の攻撃有効範囲。
武器の形状によって、どこを当てれば一番威力が高いかは変わってくる。片刃か両刃か。柄は長いか短いか。どこまで届くか、どういうふうに繰り出されるか、それが分かれば回避や距離を置くのは難しくない。
棒はその点いろんな部分で攻撃しやすいので、便利だ。だが、そういう修練を積んできた人と武器で打ち合いたくはないなあ。
やっぱり魔術を使うのが一番か。接近される前に魔術で仕留めるか、距離を開けて魔術で仕留める。これがパターンだろう。いつも通り<ブロック>で行動範囲を制限してもいい。こちらがイニシアチブを握るのが一番だろう。
今なら先ほどのニセモノからラーニングした<拘束>もある。意外といいところまで行くんじゃないか、俺。
「まあ、頑張ってみるか」
「ん!」
司会のアナウンスが聞こえる。疲労は気にならないレベルにまでは抜けている。
俺は転がって遊んでいたクーちゃんを拾い上げると、ミトナに託した。
『さあ、やってまいりました。トーナメント二回戦です。だいぶ激戦が続いており、ワタクシちょっと興奮気味! とても素晴らしいです!! 解説のフェイさんはどうですか!?』
『ま、魔術師が意外といることに驚きですね』
司会ちょっと落ち着け、フェイがちょっと引いてるぞ。
『そぉぉおおですね! さあ、それでは次も魔術師の登場でぇぇえええす! アキンド・マコト選手!』
「その名前はやめろ! マコトでいいから!」
<たけるけもの>を利用した叫びを司会席にぶつける。まさか咆哮をこんな使い方するとは思わなかった。しかもなぜか司会者は微妙にぶぅたれた顔になる。やめてくれ。うまいこと言えてないから。思いつかずに封印してくれ。
『対する相手選手は、〝剛腕”マスチモス選手ウウウウウ!』
あ、この人予選の時も居たな。
両手を挙げ、歓声を受けながら入場してきたのは筋骨隆々とした大男だった。なんだかアメリカ製コミックスのヒーローのような体格。アゴが二つに割れていることをのぞけば、かなりの濃いイケメンだ。
背中に担いでいる巨大な両手剣は伊達ではないことは予選で証明されている。
『ハルート商会代表として四年目。冒険者としても人望の厚い彼の登場だアアア! 今日も両手剣捌きは抜群です!!』
『魔術師の一般的な戦略としては、距離を取って魔術を撃つというのが基本ね』
『マスチモス選手は攻撃可能距離にどうやって近付くかがポイントになるわけですね。さあ、どんな試合になるのか楽しみです!』
マスチモスは無駄に歯を光らせた笑顔で、俺にツカツカと近寄ってくる。がっしとこちらの手に無理矢理握手をすると、空いてる手でサムズアップ。暑苦しい。
「良い試合にしようじゃないか!!」
「あ、はい」
熱血系戦士って感じの勢いに、なんだか気の抜けた返事しかできなかったな。距離をとって向き合う。マスチモスはまだ両手剣を背中に背負ったまま。
俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸。
『それでは、試合――――』
ぐっ、と身体に力が入る。初手はブースト系の魔術。術式は脳内に、マナは練りきってある。
『――――開始!』
後ろにジャンプ。距離を取りながら魔術を起動。
「<身体能力上昇>!」
「<身体能力上昇>ッ!!」
…………え?
「フぅン――――ッ!!」
マスチモスの足元が爆発した。実際は錯覚だったのだが、俺にはそう感じられた。
鍛えている一流の戦士が、<身体能力上昇>を使えばどうなるか。
開いていた間合いなど、一瞬で溶けた。踏み込み。真正面からの抜き打ち。
「瞬、速、兜割ィィ!!」
ぼっ、という空気を突き抜ける音すら出して、両手剣が迫る。
「い――――ぎッ!?」
身体を剣閃から逃していたが、右腕を強打される。痛みより衝撃で口から声が漏れる。霊樹の棒を手放さなかっただけ上出来。
避けきれるか! こんなもん!
左腕を突き出すと、魔術を警戒してかすごい速度で後退するマスチモス。距離が空く。
腕を突き出したのはただのハッタリだ。深読みしてくれて相手から距離を離してくれた。あのまま連撃で攻撃されたら終わりだった!
腕は折れてない。普通なら折れるほどの威力だろう。マスチモスも行動不能を狙っての一撃だった。<身体能力上昇>と同時に起動していたのが<やみのかいな>で助かった。ケイブドラゴンの革ガントレットの中身は、影の腕で詰まっている。骨すらなくなるマナ体の腕は、打撃攻撃には強い。折れたりしない。ちぎれたらどうなってしまうのかわからないから怖いが。
右腕を振って調子を確かめる。マスチモスの顔に驚きの色を浮かんだ。
「折れたと思ったが、頑丈だな!! どうやったんだい? 根性かな? 根性だね!」
「教えねえよ」
距離は開いた。近付かせたら終わりだ。
「<氷刃>!」
魔法陣が割れ、氷の短剣が射出される。マスチモスはダッシュで回避。さらに四本の氷短剣を放つが、すべて回避される。
低い姿勢で前に出るマスチモス。ダッキングで氷の短剣をかわしながら、距離を確実に詰めてくる。魔術でいかに遠距離から攻撃できようが、当たらなければどうしようもない!
「<拘束>ッ!」
呪いの靄が跳ねる。獲物に食らいつく蛇のごとく、高速でマスチモスに向かう。触れれば捕縛。こちらの勝利だ。
「ふ、ぅウんヌッ!!」
下から上へ、天をも切り裂くような一閃で呪いの靄はかき消えた。続けて出した身体ごと一回転する横切りで、残った靄も完全に霧散する。
いやいやいや! そういう対処法もありなのか!?
「――――<ブロック>!!」
「ふぉっ!?」
白い歯を光らせながら肉薄するマスチモス。苦し紛れに出した炎の直方体がその行く手を阻む。さすがにこの塊を直線で突破はしてこれないみたいだな。
まあ、回り込まれるだろうから大した時間稼ぎにはならないだろうが。
<魔術「氷」>、回避される。
<魔術「拘束」>、引きちぎられる。たぶん炎系魔術も似た末路を辿りそう。
いやこれ、どうやって倒せって言うんだよ。




