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第95話「冬竜自由市」

 ドォン、という腹に響く音で目が覚めた。


「なっ、何だ!?」


 半ば覚醒していない頭が重い。何とか身体をベッドから起こすと音の源を探した。そうしている間も断続的に爆発音がしている。

 窓の外に目をやると、空中に爆発の花が咲くのがちょうど見えた。

 ワアアア! という歓声と、宙を飛ぶ魔術光。どうやら爆発ではなく、魔術を利用した花火なのだ。

 ほっと胸をなでおろすと同時に、なんだかウキウキしてきた。そうだ。祭りなのだ。


 冬竜祭(フォルペン・テコス)、その開幕だ。 


 冬竜祭は三日間開催される。三日間通して開催される自由市や、祭りを盛り上げる各種イベントが盛りだくさんのお祭りらしい。

 一日目のイベントは闘技大会予選。

 二日目は冬竜ランニングレース。

 三日目にはオークションと闘技大会決勝戦。以上が主なイベントらしい。

 これらのティゼッタの街が主催するイベント以外にも、見所は多くある。普段は表に出ない特別販売の店舗や、旅芸人や大道芸人のパフォーマンス。街の大広場ではテントを組み立てて演劇をしている一座まであるようだ。


「もともとから人を集めるためのお祭りです。寒季の時期には農作業もはかどらないし、交易をいかに活性化するかが問題になったようです。そこで、お祭りを開催することで活性化を図ったわけなんですね」


 お祭りのことを何も知らない、そう言うとルマルがしたり顔で解説をしてくれた。

 ルマルが持ってきた朝ごはんがテーブルには並んでいる。パンとチーズ、ウィンナーに果物。リンゴのような果実もあれば、胡桃を大きくしたような元の世界では見たことのない果物も並んでいた。テーブルの下、俺の足元ではクーちゃんがでっかいソーセージにかぶりついて食べていた。必死に押さえる前足から、絶対分けてやらないぞという気迫が伝わってくる。

 俺はナイフとフォークででかい胡桃をつついていたが、なかなかに硬い感触だ。

 まさか殻ごと食べるわけではないだろう。これ、どうやって食べるんだ?

 ミトナの方を盗み見ると、殻ごとかじりついていた。うん。あれは違うだろう。ていうかミトナまだ寝てるだろ絶対。


「あ、それはシェルクァットという果実です。殻は硬いですが中身はやわらかく甘いですよ。ティゼッタの特産品です」


 俺が悩んでいるのを察したのか、ルマルが説明しながら殻を剥いてくれた。貝のように真っ二つにひらいた殻の中には、中心に種、その周りに桃のような実が収まっていた。

 ナイフで切り取り、フォークで口に運ぶと、確かに甘い。桃をさらに糖度をあげたような味。水分も多く。いくらでも入りそうだ。


「シェルクァットの実でお酒を作ったものも人気なんですよ」

「へぇ。んじゃ、この季節はシェルクァットの実で大もうけなんじゃないか?」

「ところが、そうもいかないのが現実で。この寒季の森には、この季節にだけ出る魔物があるんですよ。こいつがめっぽう強くて、森に入って実を採るのが難しいわけなのです」


 俺の脳内では、冬に餌がなくなってお腹を空かせたクマが再生されていた。野生の動物でも、野山が雪に閉ざされて食べるものがなくなれば、人里に下りてくるのはよくあることなのだろう。


「街に下りてきても、街の討伐部隊が退治してしまうので、街が襲われたということはこれまでありませんね。外周へ行けば、運がよければですが討伐の様子を見ることができるかもしれません」


 なるほどな。あの街を何重にも取り囲む石壁は、森から食べ物を求めて降りてくる魔物を防ぐためのものだったわけだ。


「マコトさんも腕に覚えはありますよね。闘技大会に出場される気はございませんか?」

「あー、ちょっとやめておこうかなあ。本気でやってる人らに勝てる気がしない」

「そうですか? いいところまでいけそうな気がするのですが」


 ルマルは不思議そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 ラーニングのチャンスだから、と考えてはいたものの。闘技大会に出場したらミトナと祭りを見て回れない気がするのだ。一日目と三日目がつぶれる気がするしな。

 先日のボッツの件を考えても、それなりにやれる気がしないでもない。だが、よく考えてみれば出場するのは魔術師だけとは限らないのだ。一発目からグラデュエーターさながらのマッチョとやりあうことになったらどうするというのだ。


 朝食が終わると、ルマルは店を開くつもりのようだった。手伝おうかと思ったが、先にミトナの露店を手伝ったほうがいいと返されてしまった。ルマルが何か狙ってそうな気がするので、できるだけ簡単なお礼で済まそうとか考えたのが見抜かれていたのかもしれないな。


 冬竜自由市は、ティゼッタの大きな広場を貸しきる形で行われていた。ティゼッタにはこういった軍隊でも入れそうなほど大きな広場がいくつか存在する。そのうちの一つだ。

 三日間をこの広場で過ごす露店主もいる。寒さをしのげる移動屋台の形をしたものや、小型ストーブらしきものを持ち込んでいる猛者もいるようだ。

 全体的な雰囲気はフリーマーケットといったところか。様々な人が放つ活気ある声で、広場が熱を持っているように感じる。その熱気の中、ミトナが生き生きと露店を準備するのを俺は見ていた。シートのようなものを広げ、その上にツヴォルフガーデンで手に入れた剣を並べていく。すでに値札は取り付けてある。

 何度か剣の並びを変えているのは、見栄えや値段がかかわっているのだろうか。いつもの眠そうな目が真剣に細められているのを見ると、なんだか俺も笑顔になってしまう。

 ミトナは最後に椅子や研ぎ用の道具なども出し終えると、自慢げに俺のほうを振り返った。


「さすが、手際いいな」

「ん。慣れてるから」

「それも売りに出すのか?」


 俺は売り物の剣の横に並べられた、古代の剣を指差した。一級品の剣と並んでいると、切れそうになり丸みを帯びた剣身と掘り込まれた文字が玩具の剣のように見える。

 俺の言葉に、ミトナは首を左右に振った。


「ううん。非売品のタグを付けてる。何か知ってる人がいれば、と思って」

「なるほどな。さすがミトナ」


 俺が褒めると、ミトナが照れた顔で笑う。

 ショーンは古代神殿で何かわかるかもしれない、と言っていた。だが、これだけ色々な人の往来があるのだ、これが何かを知っているいる人が居てもおかしくないだろう。ミトナの機転に感謝だ。

 さっそく続々と集まる見物客の邪魔にならないように、俺はそっと立ち位置を変えて見守ることにした。


 がめつい人間というのはすごい。いや、商人というのはすごい、と言うべきだろうか。

 値切り交渉である。

 剣の状態や良さを褒めて値切ろうとする商人。ミトナの容姿やスタイルを褒めて値切ろうとする商人。

 逆に、剣の出所や状態などに難癖をつけて値切ろうとする商人なども存在した。

 そのどれもにミトナは的確に対応していく。中にはミトナが半獣人ということを見て、買わずに去った人もいたが、それにも怒ることはなかった。はたから見ていてミトナの商売スキルが高いのはよくわかった。


 俺にもできることをすることにした。魔術剣の実演だ。

 マナを通して剣身に雷や炎を纏わせたり、魔術で生み出した氷の塊を斬って見せたりだ。もちろん分厚い氷の塊を斬るほどの剣術技能は俺にはない。もとより切れやすいようにいじくった状態で生成しているのだ。

 それでも、やはり目の前で見ることができると違うらしい。買いたい人の間でちょっとした値上げ合戦が起きたほどだ。


 品物を渡し、代金を受け取る。顔と顔を突き合わせ、声をかけあうからこそ、あたたかさが生まれる。

 物を売ったり買ったりって、こんな面白さがあるんだよな。熱のない、データの上でのやりとりの売り買いとは違う、人の熱がそこにはあった。


 そんなことを考えながらミトナの顔を見つめていた俺は、隣に誰か立ったことに気付くことに遅れた。

 俺の横からミトナの露店を覗き込むのは、薄桃色のストレートヘアーの女の子だった。一目見て上品な仕立てだとわかる薄黄色のドレスの上から、防寒のためのコートを纏っていた。顔立ちは綺麗というよりはかわいい系で、ふわふわした印象を受ける。

 冬竜市場はいわゆる蚤の市だ。こんなお嬢様みたいな子も来るんだな、と俺は意外に思う。しかも、アクセサリーや小物ならともかく、興味深そうに見ているのが剣ときた。ちらりと辺りを覗うと、眼光鋭いおじ様たちが何人か何気ないふりをして控えているのがわかった。

 まあ、ちょっとした社会勉強ということで見に来たのだろうな。

 薄桃髪のお嬢様はおもむろに古代の剣に手を伸ばすと、手に取った。ミトナと俺が見つめるなかで、お嬢様はぺたぺたと古代の剣を触っていた。

 そろそろ一声かけたほうがいいかと思ったころに、それは起きた。


「えいっ」


 柄をひねるように動かすと、ガシャッと言う音を立てて、剣身が開いた。

 剣身が縦に裂け、三つに分かれていた。根元はつながっているので、変な花が開いたようなようにも見える。


「おおー?」

「何ソレ!?」


 気の抜けたお嬢様の声に俺は思いっきり突っ込む。お嬢様は首をかしげた。サラリと薄桃色の髪が流れる。


「わかんない」

「いや、わかんないって!? えェ!?」

「はい。かえす」


 お嬢様は開いたままの剣を俺の手に押し付けてくる。同じように柄をひねると、音を立てて元の形に戻ったのでちょっと安心した。


「いや、ほんとに何だこれ」


 開き方がわかった俺は、動作を確認するために何度か剣身の開閉を繰り返す。いよいよ以て『剣』と呼んでいいのかわからなくなってきたな。


「ゆびっぽいから、なにかつかむのかも?」


 お嬢様の声に顔を上げると、お嬢様の小さな背が人ごみに消えていくところだった。

 なんだったんだろう、今のお嬢様は。

 俺とミトナは顔を見合わせた。


「マコトさん! やはりここでしたね! 大変なんです!」


 慌てたようにな声に俺は振り返った。ルマルだ。コクヨウとハクエイを連れて、焦ったような顔でこちらに近付こうとしていた。人が多くなかなかうまく近付けないことにイライラしている。

 何が起きたんだ?

 俺は眉根を寄せると、ルマルを出迎えた。



<NOTICE>

マコトとミトナはお金を手に入れた!

古代の剣 > 謎の開閉できる何か に ランクアップ!

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