第九六話 大河内城の死闘 その二
▽一五七一年十一月、簗田広正(三十一歳)二の丸
織田家が、大河内城の本丸を包囲してから 二日目。
「出陣せよ!」
「はっ!」
簗田広正が率いる約五千の兵は、二の丸から出陣し、堀の前まで出てきた。
カァーカァー。
広正は、思わず顔を顰めた。
なんと、カラスが多いな……。
戦場には付き物のカラスが飛び交い、不吉な鳴き声を響かせている。
堀を覗くと、堀の中には死体がそのまま残っており、酷い腐臭を放っていた。
死肉目当てのカラスが死体を啄み、まるで地獄絵図を見ているようだ。
「広正様、こ、これは……」
広正の家臣が、鼻を押さえながら、顔を歪ませている。
「あ、ああ……」
広正は、狐顔を歪め、青ざめている。
味方の兵たちを見ても、堀に目を背け、中には吐いている者までいる。
味方が急速に戦意を喪失しているのが分かる。
「本丸が燃えるまでは、少し後退して待機だ!」
広正は、兵たちのために、腐臭を感じない距離まで後退することにした。
「秀隆殿が、二の丸から火矢で攻める……。本丸が燃え広がったら、攻めこむぞ!」
「「は、はい……」」
味方の兵は、昨日の勢いがなく、おそるおそる遠巻きに堀を眺める。
目の前に原型を留めていない死体がこれほどあったら、士気が下がるのは当然か……。
ただ、火矢で本丸が焼け落ちれば、昨日のように石攻めはできないはずだ。
それまでは、待機するか。
広正が本丸を眺めていると、二の丸の城壁上から、辺りが影でかすむような量の火矢が放たれた。
▽
ビュヒュヒュヒュ!
大河内城に向かって、それこそ天が翳るほどの赤い雨が無慈悲に降り注いできた。
「ンアッ!?」
勘兵衛の隣にいた城兵が、素っ頓狂な声を出し、力なく頽れる。
頭に一本、矢が突き立っていた。
即死だ。
痛みも感じなかったに違いない。
ドドドドド!
「あぐっ」
「いぎゃ」
「くそっ! しゃがめ!」
本能的にしゃがんだ勘兵衛が大声で、城兵たちに注意を促す。
勘兵衛は、火矢を避けるため、腰を屈めながら、近くの兵に尋ねた。
「火矢は二の丸からだな……。敵の動きはどうなっている!?」
「は、はい! 敵の動きがおかしいです。二の丸から出てきた敵兵はゆっくりと動き、攻めてきません!」
「……ふん、なるほど、そうか。敵はこの本丸が燃えるのを待っているな……」
本丸が燃えれば、昨日のように、集中した迎撃ができない。
その隙に、堀を登ってくるつもりだろう。
ただ、この本丸は燃えん。
「矢に当たった怪我人は後ろに下がらせろ! ちゃんと木盾を持てよ!」
勘兵衛の指示で、木盾を掲げた兵が火矢を防ぎながら、複数で怪我人を担ぎ、城内に下がっていく。
勘兵衛は、それを見て頷くと、城兵に声をかける。
「かがめっ! 城壁の縁に密着しろ! 火矢は放物線を描いて飛んでくる。縁に密着すれば、おいそれとは当たらない。それと、城が多少燃えても動揺はするなよ! 延焼はしない!」
ヒュッヒュッと風を切る音を立てながら、次々と飛んでくる火矢。
その量は凄まじく、屋根や壁に当たるごとにカンカンカンと喧しい音が辺りに鳴り響き、肝が冷える。
「ゴホッゴホッ……」
火矢が当たった箇所から煙が立ち込め、燻ったにおいが充満して咳き込むが、炎は出ない。
これ以上、燃え広がることはないようだ。
「煙を直接吸い込むな! 肺がやられるぞ! 湿った布を口に当てろ!」
「ははっ!」
勘兵衛たちは、白い煙に包まれながら、火矢の攻撃に耐え続けた。
▽
大河内城の本丸に火矢が次々と当たり、白い煙が立ち込めていく。
本丸は、数えきれないほどの火矢を生やして針鼠のようになっていく。
それを注意深く眺めていた広正は、首をかしげた。
「おかしい。なぜ、城が燃えない!?」
火矢は城に命中しているのに、赤い炎が上がらない。
味方の兵も、おかしいのに気付き、騒然としてきた。
「私語を慎め! そのまま待機を続けろ!」
広正は、味方に待機を命じて、本丸を見続ける。
白い煙は、益々増え、本丸が見えないほど白くなっているが、赤い色は出てこない。
一刻ほど待っていたが、状況は変わらず、二の丸からの火矢も止んだ。
どうやら城を火攻めするのを中断したらしい。
退き鐘が聞こえてきた。
鐘の音を聞くと、広正は眉を顰めて、顔を歪めた。
「くそッ! ひ、一先ず退却しろっ」
広正率いる部隊は、何もしないで退却した。
こうして、火矢での攻撃は、あっけなく終わった。
▽
勘兵衛は、疼く左肩に顔をしかめた。
火矢が運悪く左肩を掠り、酷い火傷を負っていた。
火矢の雨がおさまった後、本丸を隅々まで確認したが、針鼠のように矢は突き刺さっているが、どこも延焼はしていなかった。
この本丸だが……澄隆様の指示で壁や屋根の上に漆喰を厚く塗っていた。
漆喰の主原料は、澄隆様から頂いたサンゴ。
このサンゴを焼いて、麻などの繊維質の材料や海藻を混ぜ、壁や屋根に塗りたくった。
自然乾燥するまでに時間がかかったが、固まると岩のような強度になった。
この漆喰のおかげで、火矢で攻められても城が燃えるのを抑えてくれた。
本当に、澄隆様は凄い……。
澄隆様の指示で、漆喰を塗っていなかったら、今頃、城は燃えかすのようになっていただろう。
澄隆様は、いつでも、先を見越して行動している。
それで、このあと、織田家は、どう出る?
火矢は効果が薄いことは分かっただろう。
また、堀を登って攻めてくるのか?
それとも、夜襲か?
今のところ、拙者たちには、この本丸で守ることしかできない。
澄隆様たちが紀伊国から駆けつけてくれるまで、一度でも負けたら終わりだ。
そう思って、世鬼一族に警戒するよう伝えていたところ、深夜になって、世鬼政定が現れた。
「本丸の東側から夜襲ダ」
政定が現れてすぐ、遠くから、カランカランという音が聞こえる。
「これは、鳴子か!?」
本丸からみて東側の崖は、断崖絶壁になっているが、念のため、世鬼一族が用意した麻縄が張り巡らされていた。
麻縄は、茶褐色に塗りつぶされていて、崖と見分けがつかない工夫になっている。
その麻縄は本丸に繋がり、鳴子が結いつけてあった。
その鳴子が鳴った。
「あの急峻な崖を、この暗闇の中で登ってくるのか……」
信じられんと、勘兵衛は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
足場のないあの崖を登るのは、昼間でも相当大変だ。
夜なら足を踏み外して死ぬ者も出るだろう。
どんな敵が登ってくるのか……?
「ああ。来るゾ」
「城兵を起こせ! 迎撃の準備だ!」
北側を守る伴三兄弟の隊以外は、東側の迎撃に向かわせることにした。
………………
城兵を東側の城壁の縁から約三丈ほど離れて沿うように配置し、世鬼一族も見張り以外は全員、勘兵衛の側に集まっている。
世鬼一族は、全員が統一された藍の布で顔を覆い、一目で分かる程に濃厚な闇の気配を放ち、物の怪のように不気味だ。
勘兵衛たちは、準備が整っているのを敵に気づかれないように、松明もなく、まるで墨汁をぶちまけたような暗闇の中で、待ち構える。
これから夜襲を受けるというのに、耳が痛いほど静かな本丸。
時刻が丑三つ時というのもあり、空気も冷たい。
その時、勘兵衛は、多くの殺気を感じ取った。
「……火矢が効かないと分かるとすぐにこれだけの規模の夜襲を仕掛けてくるか……。動きが速い」
隣にいる若い兵などは、殺気に気づいていなかった。
「勘兵衛様。な、何か?」
「来るぞ。音を立てずに矢を構えろ」
焦るな……。
勘兵衛は、逸る気持ちを押さえ込む。
こういう時は、慌てたほうが負けだ。
城兵たちに矢を構えさせながらじっと待つ。
世鬼政定は、同じく、気付いた様子で勘兵衛に顔を向けた。
布で覆われているため、顔は分からないが、勘兵衛が切れ長の目を向け、ゆっくり頷くと、政定は、持っている鉄扇をフワッと振った。
すると、世鬼一族が暗闇に向かって、一斉に棒手裏剣を投げ、吹き矢を飛ばす。
暗闇の中から、複数の悲鳴が上がった。
その暗闇から、浮かび上がるように手裏剣が飛んできて、勘兵衛のすぐそばを掠めていく。
勘兵衛は、咄嗟に避けると、腹の底から出すような大声を張り上げた。
「よし、松明に火をつけろ!」
松明の明かりが照らされると、忍者たちが、続々と城壁の縁に手をかけているのが分かる。
忍者たちは、登器である熊手のような手甲鉤をしていた。
「矢を放てっ!」
シャシャシャシャ!
「「!? ベギャ!」」
「「ぐぇ!」」
城兵たちが次々に矢を放つと、忍者たちが、城壁から消えるように落ちていく。
よしっ! 待ち伏せが上手くいった。
ただ、敵忍者の数が多い。
最初の迎撃で、数十人の忍者に攻撃が当たって闇に消えたが、城壁を登りきった忍者たちがいる。
背中に括り付けていた忍者小太刀を抜き、『シャァァ』と叫びながら、小走りに向かってくる。
その忍者たちは、農作業をするような野良着の者、修行僧のような結袈裟と頭巾をつけた者、首から数珠をかけた山伏のような者など、様々な服装をしているが、顔には一様に、濃紺色の上質な六尺手拭を覆面のように巻いていて、万全の整った装備をしている。
勘兵衛は、傷跡だらけの顔を歪めて笑う。
あの濃紺色は、伊賀のクレ染めか。
伊賀忍者が明確に敵に回ったな……。
「皆、弓を捨て、短槍を構えろ! 複数で敵に当たれよ!」
勘兵衛は、特徴的な槍を構えた。
先端が左右上下組み違いになった卍鎌になっていて、柄は短く、室内で戦うことに特化した短槍。
澄隆様から頂いた物で、無銘ではあるが、斬れ味抜群の槍だ。
城兵たちも、全員、短槍を持っており、こちらはシンプルな直刃がついている。
短槍の利点は、長槍より小回りが利き、軽く、城内でも使えること。
特に、刀より攻撃距離が長く、有利に戦えるため、城兵には全員配備していた。
城兵たちは、数人が固まって短槍の間合いから突きを繰り返し、忍者たちの攻撃をなんとかいなしている。
勘兵衛は短槍を鉢巻きをした忍者に向けながら、乱暴に言い放った。
「おう、お前ら伊賀忍者だな!? 澄隆様に敵対するとは万死に値するぞっ!」
勘兵衛の問いを無視して、その忍者は素早い動きで突撃してきた。
その動きは素早く、勘兵衛でさえ目を見張るような速さで小太刀を突いてきた。
勘兵衛、わずかに驚きながらも卍鎌でその突きを受け止め、捻るように柄を回転させて刀を絡めとると、体勢の崩れた敵の胴を斬り裂く。
「ぐげっ」
勘兵衛は、敵の返り血を浴びながら、城壁を見る。
伊賀忍者は、後から後から、続々と登ってくる。
後から登ってきた伊賀忍者は、十字手裏剣を飛ばし、味方の城兵たちの喉仏を正確に狙ってきた。
「ぴっ!」
「ぐぷっ!」
躱しきれない城兵たちの喉に手裏剣が刺さり、溺れたような声を出しながら倒れていく。
伊賀忍者たちは、訓練の行き届いた相当の手練れらしい。
くそっ。
このままだとジリ貧だな。
勘兵衛は、身を晒す覚悟を決め、腹に響くような大音量で叫ぶ。
「拙者が城主の渡辺勘兵衛だ! 命知らずの者は、かかってこいっ!」
勘兵衛がそう吼えると、たちまち、伊賀忍者たちの手裏剣が勘兵衛に集まると共に、刀を持った忍者たちが、光に集まる蛾のように迫ってきた。
こうなったら、拙者が死ぬか、伊賀忍者が全滅するか、二つに一つだ。
勘兵衛は、手裏剣を卍鎌で弾きながら、無我夢中で槍を突きまくった。
姿勢を低くして飛び掛かってきた伊賀忍者を卍鎌で斬り伏せ、次いでその影から現れた忍者の鼻面に蹴りを入れる勘兵衛。
忍者の鼻の軟骨がへし折れる音が響く。
勘兵衛は、澄隆様から頂いた赤い当世具足を着ていたため、手裏剣が身体にいくつか当たっても致命傷にならずに済んでいたが、イライラが募る。
澄隆様から頂いた鎧に傷がついただろっ!
続いて飛び掛かってきた忍者の頭を卍鎌で二つに割ると、辺りを見回す。
周囲では、城兵だけでなく世鬼一族も、伊賀忍者と壮絶な殺し合いを始めている。
小男の世鬼政矩は、『キヒヒ』と奇声を上げ、クルクルと回りながら、持っている鉄扇で、敵の首や足の脛などの急所を斬りつけている。
痩せぎすの世鬼政定は、敵の忍刀の一撃を鉄扇で受け止めると、利き手の人差し指と中指で敵の目を躊躇なく突き刺した。
伊賀忍者は次々に倒れるが、味方を味方と思っていないのか、血を吹き出しながら倒れる味方を踏み台にして突っ込んでくる。
まるで、心がない、冷徹な機械のようだ。
城兵たちも、そして世鬼一族も、伊賀忍者のなりふり構わない攻撃に、一人また一人と倒れていく。
どのくらい経っただろうか?
時の感覚は既にない。
勘兵衛は、敵の一撃を躱すと、鋭い蹴りを放ち、その忍者の首の骨を砕いて始末した。
勘兵衛の獅子奮迅の働きで、勘兵衛の周りには伊賀忍者たちの死体が積み重なっている。
勘兵衛は、攻撃の途切れた僅かな間に、意識して呼吸を整える。
ギリギリまで身体を休ませることで、体力を出来る限り回復させていく。
その勘兵衛の目の前に、忍刀が瞬間移動のように現れ、勘兵衛の顔に向かって突き出された。
勘兵衛は目を見開いて、咄嗟に槍を上げてガードする。
ガキッ!
無意識に近い反応だったが、間一髪、その反応に命を救われた。
勘兵衛が、警戒するように一歩下がって、槍を構えると、そこに全身黒尽くめの伊賀忍者が暗闇に同化するように立っていた。
その忍者は、会釈をしながら、世間話をするように声をかけてきた。
「伊賀上忍の智仙と申します。働きお見事。わたしがお相手させて頂きますよ」
その伊賀忍者だけは、他の忍者と違って、上等な厚手の布地の黒服を着ている。
顔は傷だらけで、眉間に特に大きな十字傷がある男だった。
勘兵衛に穏やかな目を向けながらも、身に纏う濃密な殺気が只者ではないことを物語っている。
ねっとりとした不気味な風が吹き抜け、勘兵衛は背中に冷や汗が流れる。
その智仙と名乗った忍者は、挨拶が終わるとフッと消えたかのように一瞬で勘兵衛に接近し、下から上に斬り上げる一撃を放った。
くそっ!
舐めるなっ!
勘兵衛は、目で追えない程の斬撃を短槍の先端の卍鎌で受け止めると、そのまま智仙の持つ刀に沿うように卍鎌を滑らせ、智仙の持ち手を狙った一撃を放つ。
ザシュッッッ!
智仙は躱しきれず、左手の親指が斬れて飛ぶ。
智仙は、片方の口の端を大きく引き上げ、ニィ〜と犬歯を見せるような歪んだ笑みを浮かべる。
「す、素晴らしい! あなた、抱きたくなるほど素敵ですね!」
血が吹き出る左手を笑顔で見ながら、目が爛々と輝いている。
気が弱い者であれば失禁でもしてしまいそうな凄まじい目つきだ。
こ、こいつ、き、気持ち悪いぞ……。
勘兵衛は背筋にゾワリと悪寒を感じながら、槍を構えるが、智仙は親指を失った左手をワザと前に出し、勘兵衛の卍鎌を躊躇なく掴んだ。
智仙の左手は、卍鎌の刃でぐちゃぐちゃになったが、刃に喰い込んだ左手を使って強引に卍鎌を左に押しやり、その勢いを利用して、右手で持った忍刀を横に凪いだ。
勘兵衛は辛うじてその刀を避けたが、兜に当たって、その兜が勘兵衛の後ろにはじけ飛ぶ。
体勢の崩れた勘兵衛に、さらに智仙が追撃し、勘兵衛は仰け反って躱したが、左耳を斬り飛ばされた。
左耳が取れた箇所から、血がしたたり落ちる。
……くそっ。
これで本当の耳なしになったか。
勘兵衛は、左耳があった箇所に意識を向けるが、それも一瞬。
致命傷ではないと判断し、全神経を智仙に傾けた。
智仙は、勘兵衛の耳を斬り飛ばすと、口角が上がった。
つり上がり過ぎて、耳元まで口が裂けたような不気味な顔になる。
「くふふ、わたしの左手のお返しができましたねっ!」
周辺に響き渡る狂気の声。
智仙を睨み付けた勘兵衛は、槍を手放し、脇差を抜く。
勘兵衛と智仙が、敵味方の血飛沫が舞う中で対峙する。
お互いに見つめ合う中、ほぼ同時に動いた。
「シッ!」
勘兵衛は、素早い動きで一気に間合いをつめると、左手が使えない智仙の左腹を狙った斬撃を放つ。
だが、智仙はそれを半歩下がって華麗にヒラリと躱すと、勘兵衛の顔を狙った鋭い突きを繰り出す。
勘兵衛は、脇差でその攻撃の軌道を変えるが、勘兵衛の左頬を掠った。
智仙の一撃は、攻撃に入る時のモーションが限りなく零に近いため、動きが読みづらい。
勘兵衛は心の底から感嘆する。
こ、こいつ、生理的に受け付けないが、とんでもなく凄腕だな……。
刀を上段に構えた勘兵衛は、智仙の頭を目掛けて斜めに鋭く振り抜いたが、予想外のことが起きる。
「なにっ!?」
ガキャァァァン!
智仙の忍刀は、細工刀になっていて、鋏のように二枚に分かれると、勘兵衛の刀を受け止めて根元から折ってしまった。
武器を失った勘兵衛の首筋を狙って智仙の刀が迫る。
く、くそっ!
間一髪、勘兵衛はしゃがんで攻撃を躱すと、ゴロゴロと地面を転がった。
智仙は、勝利を確信したかのように満面の笑みになりながら、転がった勘兵衛の首を刈り取るため、大きく踏み込んで水平に刀を振るう。
……だが、丸腰のはずの勘兵衛は、智仙の刀を何かで弾く。
目を見開く智仙。
驚いた智仙の一瞬の隙を勘兵衛は見逃さず、智仙の胸の中に飛び込むように、手に持った何かを正面に構えて突っ込んだ。
「でえぇぇぇい!」
「ふぉぉぉぉお!」
裂帛の気合いの下で、抱き締め合うような姿勢になった勘兵衛と智仙。
………………。
…………。
……。
「……グフッ!」
血を吐く智仙の胸には、折れた脇差が刺さっていた。
勘兵衛は、折れた脇差を転がった時に手でそのまま持ち、手に刃が喰い込むのを意に介さず、武器として使ったために、勘兵衛の両手は刃で傷つき、ボタボタと血が流れ落ちている。
智仙は、ヒューヒューと苦しそうに息を吐きながら、ニヤ〜と笑うと嬉しそうな声を出した。
「くふふふふ。ほ、ほんとに、素晴らしい男ですね……。愉しかったですよ。ハハハハハッ!」
智仙は、歓喜の哄笑を上げながら、そのまま両腕を広げ、仰向けに倒れた。
勘兵衛は、倒れた智仙を見ながら、顔を顰めた。
き、気持ち悪い、か、変わった敵だったな……。
「な、なんと、あの智仙様が殺られた……」
「し、信じられん……」
これまで、味方がどんなに殺されても無表情で淡々と攻撃を繰り返してきた伊賀忍者たちが、初めて驚愕で目を見開き、動きを止めた。
勘兵衛は、呼吸を整えると、大きな声を張り上げた。
「よーし! お前らは一人も逃さんぞ! 狩りつくせ!」
城兵や世鬼一族が、伊賀忍者に一斉に襲いかかる。
両者の攻防はしばらく続いたが、智仙を討ち取ったこともあって、勢いの違いは明らかだった。
伊賀忍者たちは、全員が手練れだったが次々と討ち取られ、やがて周囲が次第に静かになってきた。
ふと気がつくと、伊賀忍者は誰も立っていなかった。
「お前ら、勝鬨を上げろー!」
「「「う、うおぉぉぉ!!」」」
勘兵衛は切れ長の目を細め、満足そうに頷く。
数刻に及ぶ死闘は、勘兵衛たちの勝利に終わった……。
楽しんで頂けたら幸いです。




