第九四話 神宮湊
▽一五七一年十一月、澄隆(十六歳)紀伊国 神宮城
九鬼家が神宮城を占領してから、慌ただしく動いていたら、早いもので三日経った。
豪族たちの挨拶も少しは落ち着き、三成、行長などは朝から深夜まで、従属した豪族たちとの調整で慌ただしく動いている。
皆、疲れがたまって顔色が悪くなっている。
ブラックでごめんね!
ただ、俺も皆に丸投げだけしている訳ではない。
毎日、俺も慌ただしく動き、今は、熊野海賊が船を停泊している神宮湊の視察とスカウトに来ている。
熊野衆たちとの戦の時は、雨が降らなかったのに、運が悪いのか、今日は早朝から土砂降りだ。
滝のような雨が降り、体が濡れるが、気にせずに、神宮湊に視察に来た。
俺の側には、近郷と左近、護衛として近習が十人ほどいる。
近郷はずぶ濡れで、ぶつくさ言っている。
城で待っていても良いんだぞ。
「おお、いっぱい停泊しているな!」
俺は、感嘆の声をあげる。
神宮湊は熊野川の河口に位置し、波が少なく天然の良湊だった。
温暖で雨が多い紀伊国では、木々が乱立し、木材が確保できることから、古くから造船が盛んだったらしい。
良湊があり、造船が盛んな熊野は、海に活路を見出だし、海賊衆が発達したのだろう。
大型の安宅船は造っていないようだが、ここから見える範囲でも、大小様々な船が停泊している。
「澄隆様、よく、いらっしゃいました!」
神宮湊の統治をするように指示したダーク吉継が、俺を見て笑顔を浮かべた。
「澄隆様、見てください。関船や小早船があんなにありますぞ。お、あそこには大型の関船もありますな」
近郷が、急に元気な声で、嬉しそうに俺に言う。
「船で戦う人員が足りないがな……」
俺は軽く溜息をつく。
この一帯を支配していた海賊である熊野衆は、この前の戦でその多くが死に、さらに、九鬼家の捕虜殺害にかかわった者を国外追放にした。
熊野衆の船は全て没収して、船はあるが、動かす人が足りない。
ただ、神宮城を占領した時、海賊ではない水夫たちは、お咎めなしにした。
その水夫たちが、俺が視察に来るのを聞いて、遠巻きに立っている。
思った以上に人数が多い。
人だかりの数からして、ざっと七百から八百人ぐらいかな。
「澄隆様、この水夫たちは、九鬼家で働くと言っております。皆、船の操縦に手慣れた者たちで、身元も確認済みです。雇うことに問題はないかと」
吉継は、相変わらず、事前に地ならしをしてくれたようで、ここにいる水夫たちは、俺に従うようだ。
それなら、水夫たちを雇って、この中の一部を足軽として取り立てるか…… 。
俺は、水夫たちの方に歩いていくと、近郷が俺の前に出て、護衛を始めた。
風魔一族に指示して、周辺警備は厳重に行っているし、身元が怪しい者はいないし、危険はないと思うが、近郷は心配らしい。
俺が水夫たちの前に立つと、皆、少し怯えた顔で、三丈ぐらいの距離を保った。
「おーい、水夫たち。俺は、お前たち全員を雇うことにする。その上で、お前たちの一部を足軽として取り立てようと思う。力自慢の者は手を上げてくれ」
俺が話し掛けると、おずおずと、だいたい水夫の半分ほどが手を上げた。
殺し合いをするのが足軽だし、敬遠する者もいると思っていたが、俺が予想していた人数より多いな。
「よし、左近。この中から足軽に取り立てる人数を二百名に絞ってくれ。やり方は任せる」
左近は、ニヤリと笑って頷く。
左近のことだから、変態的に追い立てて、絞りに絞り、上手く選別してくれるだろう。
水夫たちを足軽に昇格させたら、能力のある者には、この神宮湊に停泊している船の船長を任せよう。
神宮湊から沖に出た辺りは熊野灘と呼ばれているが、黒潮が入り組んでいる航路の難所で、船が頻繁に沈没する水域として有名だった。
熊野灘に詳しい者たちに操船を任せれば、航路の安全が確保できるだろう。
あとは、この周辺の地域のスカウトだな。
俺は、期待を胸に、吉継に指示して神宮湊に集めてもらった地元の名士に会うことにした。
………………
だめだ、いない……。
俺は、神宮湊の一番大きな屋敷に集まってもらった地元の名士に握手をしてステータスを確認したが、戦巧者が高い人材がほとんどいない。
数人は政巧者が30をこえていたので、内政担当として雇うことにしたが、それだけだ。
自画自賛する名士たちにうんざりしながら、受け答えをしたが、その能力では抜擢はしないぞ。
俺は早々に大人のスカウトを諦めた。
青田刈りに変えよう。
「近郷、戦で身寄りがいない者や浮浪児がいたら、神宮城に集めてくれ。大和国でも実施した人集めをやるぞ」
「はぁ、またですか……」
近郷は、嫌な顔を隠すこともせず、ため息を吐く。
近郷にとっては氏素性が分からない人材を九鬼家に入れるのは、相変わらず嫌なのだろう。
ただ、良い人材を増やさないことには、拡大した九鬼家が回らない。
前回、大和国で集めた子供たちも、風魔一族の忍者として働きだした者や、多羅尾一族の澄み酒や干しシイタケ作りを手伝う者など、戦力として着実に育っている。
この紀伊国でも、人集めをしていこう。
▽
次の日、昨日の雨が嘘のようにからっと晴れた。
俺が集めた子供たちは、ほとんどがビクビクした顔で、神宮城の外の空き地で座っている。
集まったのは五百名ほどだ。
痩せている子供が多く、日頃の生活の大変さが分かる。
今日は、近郷に無用心だと小言を言われたので、青い鎧を着て鬼の面をつけた完全防備だ。
蒸し暑くて汗をかきながら、俺は子供たちに声をかけた。
俺の近くには、護衛として近郷がぴったりとくっついている。
暑苦しいぞ。
「俺は九鬼澄隆だ。子供たち、まずは、ここに用意した握り飯を食べて良い。そして、食べた後は、希望する子供は全員、志摩国に連れていくぞ。食事は出すから、希望者は九鬼家で働いてくれ」
子供たちは、握り飯に目線が釘付けだ。
俺の姿に怯えてはいるが、握り飯の効果か、誰も逃げない。
俺は、握り飯を子供たちに渡し、食べ終わった子供の手を一人一人握り、ステータスを確認する。
政巧者が40ぐらい数値の子供が何人かいる。
この子供たちは宗政に預けよう。
そして、戦巧者だが、40をこえる子供が数人いたが、その中の一人、突出して数値が高い子供がいた!
【ステータス機能】
[名前:浅利平八]
[年齢:16]
[状態:良好]
[職種:無し]
[称号:無し]
[戦巧者:28(68迄)]
[政巧者:8(39迄)]
[稀代者:伍]
[風雲氣:参]
[天運氣:伍]
~武適正~
歩士術:陸
騎士術:壱
弓士術:壱
銃士術:壱
船士術:陸
築士術:肆
策士術:肆
忍士術:漆
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:麻の小袖(壱等級)
腕:無し
腰:麻の袴(壱等級)
脚:草鞋(壱等級)
騎乗:無し
其他:無し
親は既に戦で亡くなり、城で雑用係として働いていた。
熊野衆が滅びたため、行くあてもなく、困っていたらしい。
眉毛が濃く、えらのはった顔で、魚顔の体格の良い子供だ。
話すと素直そうだし、この子供は、小姓に抜擢しよう。
▽
人集めが終わると、今度は雑賀衆が訓練している、城から歩いて小半刻ほどにある広場に向かった。
俺を待っていた重秀に、訓練の様子を尋ねる。
「重秀、遅くなった。五人組の訓練は、うまくいってるか?」
「ええ、上々ね。最初は戸惑っていたけど、役割を決めたら、すぐに慣れたわよ」
見れば、訓練している雑賀衆は、自分の役を手慣れた動きで行っている。
「おい、弾込めがまだ遅ぇぞ!」
「うるせえ! これでどうだ!」
「おい、俺とお前の位置を替えた方が流れが良いんだよ!」
「あーん? それなら、そこをどけ!」
口が悪いのが気になるが、さすが、火縄銃に詳しい雑賀衆だ。
このまま戦に出ても、何とかなる感じだ。
訓練を感心して眺めていると、重秀は俺の腕にソッと触れてきた。
俺は、ドキッとして思わず重秀を見返すと、重秀は色気たっぷりにニンマリ笑った。
「澄隆様、聞いたわよ。ここでも子供たちを救うために動かれたそうね…… 」
「ん? あ、ああ」
本音は、働く人材が足りないから、人集めだ。
俺は歯切れ悪く、重秀に頷く。
「ああ! 澄隆様に仕えられて光栄よ。澄隆様は本当に神様みたいね」
俺は、気恥ずかしくなって、訓練している兵たちの方に顔を向ける。
「重秀、すぐに戦になる可能性もある。このまま訓練をしっかりして、準備万端の状態にしてくれ」
「はぁい。任せて」
そう言いながらウィンクをしてきた姿には、背中がゾクゾクとさせられたが、身寄りのない子供たちのことを気にかけるなんて、本当は善良な人間なのだろう。
古参の家臣たちとも関係は良好だと聞いているし、重秀たちのことを信用しても良さそうだ。
俺の腕から手を離して訓練を始めた様子を見ると、重秀は顔をガラッと変えて、女豹を思わせるような鋭い眼光になる。
そのあと、重秀は俺には気付けない不備な点を兵たちに事細かに指導していく。
火縄銃のことは、重秀に任せれば、大丈夫だな。
………………
今日は動き過ぎた。
左腕と脇腹が熱を持って痛い。
昨日の雨に打たれたのも良くなかったのだろう。
左腕は傷が深く、動くとズキズキと痛みが増す。
少し休憩しようと、俺は神宮城に戻った。
ちょうど、夕食の時間だからと、用意されたのが太刀魚の焼き物だった。
前世で食べた太刀魚と一緒で、表面は鮮やかな銀色に焼き目がついている。
「これは美味いな」
毒味役の近習が食べた後に、俺が食べるので、焼き魚は冷めてはいるが、それでも美味しい。
香ばしい香りが鼻を抜け、新鮮さが分かる。
奈々と妙にも食べさせたいな。
俺が左腕の痛みを堪えながら、焼き魚に舌鼓を打っていると、急に部屋の外がざわめきだした。
「ん? どうした?」
近習の返答より早く、俺の耳にドスドスという足音が聞こえてくる。
あの大きな足音は近郷だろう。
何か起きたのか。
血相を変えて部屋に飛び込んできた近郷は、俺が食事をしているのに気付いたが、そのまま声を上げる。
「澄隆様! 一大事です! 南伊勢の大河内城からの報告で、織田家の軍勢が侵攻してきたとのこと! 九鬼家の兵力が分散したのを知って、攻めてきたようですぞ!」
くそう、また、織田家か……。
俺は、食べていた箸をすぐさま置くと、食事の途中だが立ち上がる。
「近郷、主だった家臣を内々に大広間に集めよ! それと、光俊に、この情報が紀伊国内に伝わるのを出来る限り抑えるように伝えてくれ」
俺は、これ以上の食事を諦め、そのまま、大広間に向かった。
▽
城内は天と地がひっくり返ったような、慌ただしい足音や声によって満たされている。
俺の非常呼集に、家臣たちはすぐに動いた。
神宮城の広間に大至急集まった家臣たち。
「よし、改めて、大河内城の状況の報告をしてくれ」
大河内城から来た伝令の報告を聞く。
「侵攻してきた織田家の兵数は約一万。信忠自らの出陣なのか、配下の軍なのかは不明でございます……。織田家に潜ませている多羅尾一族が、動きに気付いて大河内城に伝えたため、籠城の準備は間に合いましたが、至急、後詰めが必要な状況です」
伝令が話している間、家臣たちから憤懣を漏らす声が聞こえる。
深々と頭を下げる伝令に、俺は頷く。
一万の兵だと、信忠ではないはずだ。
しかし、中途半端の一万の兵とは、どういうことだ?
石山本願寺と血みどろの戦いを繰り広げている織田家だから、大規模な兵力は出せないのだろうが、一万では鳥羽城は落ちない。
近郷が首を傾げている。
「い、一万ですか?」
ダーク吉継が、やはり首を傾げながら、発言した。
「これは大河内城を落としにきたのかと……」
うん、そうだろうな。
「ああ、俺もそう思う。狙いは大河内城だ。南伊勢奪還の第一歩にするつもりだろう。すぐに、大河内城に向けて出発だ!」
俺は、全員を見渡す。
状況は逼迫している。
一万の軍勢に攻められれば、大河内城は陥落してしまう可能性がある。
そうなればあの勘兵衛のことだ。
降伏しないで、腹を斬って自害してしまうかもしれない。
俺は気持ちが焦るが、一度、目を閉じて苛つく心を抑え込む。
俺が焦ると皆も動揺する。
今は平常心が大事だ。
「宗厳が率いる部隊は、すまないが負傷者と一緒に、この神宮城に残ってくれ。吉継も一緒に紀伊国の統治を頼む。そして、光俊たち多羅尾一族は大河内城までの物見だ……。そして、小太郎たち風魔一族は、引き続き、紀伊国内の治安の確保だ。不審な動きをする者がいたら、宗厳や吉継に知らせて、対処してくれ」
「ははっ。承知しました」
宗厳や吉継が膝をついて頷く。
「残りの部隊は、大河内城に向かうぞ。重秀たち雑賀衆も同行してくれ。火縄銃などの重い荷物は馬に括り付けて運ぶぞ。すぐに行軍の準備だ。まずは、大和国に戻り、そこから整備した九鬼街道を使えば、大河内城まで時間をかけずに戻れるだろう。よし、皆、時間との勝負だっ。急げっ!」
「「「ははっ!」」」
皆、飛び出すように広間から出ていく。
勘兵衛、無事でいてくれよ……。
―――――――status―――――――
[名前:浅利平八]
[年齢:16]
[状態:良好]
[職種:無し]
[称号:無し]
[戦巧者:28(68迄)]
[政巧者:8(39迄)]
[稀代者:伍]
[風雲氣:参]
[天運氣:伍]
~武適正~
歩士術:陸
騎士術:壱
弓士術:壱
銃士術:壱
船士術:陸
築士術:肆
策士術:肆
忍士術:漆
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:麻の小袖(壱等級)
腕:無し
腰:麻の袴(壱等級)
脚:草鞋(壱等級)
騎乗:無し
其他:無し
親は、漁師をしていたが、二年前に戦に駆り出された時に亡くなっている。
えらのはった魚顔が特徴。
泳ぐのが大得意で、何時間でも泳いでいられる。
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織田家リターンズ!
さて、織田家は、誰が攻めてきたのでしょうか!?
予想、お待ちしております。
次回もお楽しみに!




