第九二話 重秀たちのスカウト
▽一五七一年十月、澄隆(十六歳)紀伊国 戦後
「痛っ……」
俺は、霖に、左腕の傷を澄み酒で洗ってもらうと、焼けるような鋭い痛みで顔を顰める。
この時代、ペニシリンはもちろんない。
感染症にならないためには、アルコール消毒は必要な処置だ。
そして、消毒だけでは化膿する可能性があるため、多羅尾一族特製の軟膏を塗って布地を当ててもらう。
手当が終わった俺の腕をキュッと縛る霖。
霖は優しく縛ってくれたが、俺は痛みで思わずウッと声が出た。
俺は、傷の処置が終わると、戦後処理をしている近郷を呼んで確認する。
「捕虜にした兵はどのくらいだ?」
「逃げられないと降伏した者が五百人ほどですな……」
近郷は、ゴホンと一呼吸置いて、話し続ける。
「……それと、討ち取った敵を確認したところ、熊野衆当主の堀内氏虎と家臣の周参見氏長が手榴弾で死亡。根来衆の津田算正は、霖が討ち取っておりました。そして、雑賀衆の土橋守重は光俊たちが仕掛けた焼夷弾に焼かれて死亡しております」
近郷は、俺の顔を覗きこむ。
「それと、澄隆様が一騎討ちで討ち取った男は、豪勇で近隣に名が上がっていた津田照算でしたぞ! 澄隆様が剣豪の豊前に続いて、有名な剛の者を討ったと評判になっております」
確かに、あの相撲取りは強かった。
おかげで、身体中がボロボロだ。
柳生宗厳に教わった剣術がなければ、俺が負けていたかもしれない。
後で、宗厳にお礼を言っておこう。
俺に話しかける近郷の鼻息が俺の顔にかかる。
顔が近いぞ。
「それで、澄隆様……。危ないことはしないと約束したのに、また破りましたな」
俺は苦笑いをしながら答える。
「ああ、悪かった。気を付ける」
俺は、気が入っていない返事をした。
近郷はギロっと俺を見て呟く。
「……ふう。まあ、あの状況では仕方なかったのは分かりますが……。敵兵ですが、予想以上に手強かったですな」
「ああ、お経をあげながら突っ込んできたし、本当に狂信的な敵だった」
「まったくですな」
うん…………。
勝ったには勝ったが、反省すべきことが多々ある戦だった。
九鬼家の被害を確認すると、千人をこえる死傷者を出してしまった……。
俺は、最善の判断をしたつもりだったが、これだけの死傷者を出して、胸が痛む。
腕の斬り傷なんかより、ずっと心が痛い。
亡くなった兵の家族には、俺の偽善かもしれないが、十分な補償をしてあげないとな。
俺は、戦後処理が落ち着くと、主だった家臣を集めて、今後の方針を決めることにした。
………………
「皆、勇敢に戦ってくれたな。皆のおかげで勝つことができた。礼を言う」
俺は、集まった家臣たち全員の健闘を称えた。
朱百足隊を任せた柳生厳勝は、当世具足が役立ったみたいで、運悪く弾がいくつか当たったようだが、大きな怪我を負うことはなかった。
他の指揮官たちも無事だ。
朱百足隊としても、斬り合いによる死者は出たが、火縄銃の弾による死者は少なかった。
左翼と右翼を任せていた面々も、包囲して敵を討ち取る際の戦闘で、包帯を巻いている者が目につくが、元気そうだ。
小姓たちも、待機していた後方からここに戻したが、皆、キラキラとした顔で俺を見ている。
俺は、軽く咳払いをすると、皆に話し出した。
「まずは、部隊の再編だ。敵がまだ周辺に潜んでいるかもしれない。光俊たちは、周辺の物見についてくれ」
「ははっ!」
光俊を見ると、左腕に火傷の跡がある。
光俊の配下もどこかしら焦げている。
相当無茶したらしいな。
俺は、光俊たちに感謝の目を向けながら頷くと、他の家臣たちを見る。
「部隊の再編が終わったら、熊野衆が支配している城の攻略だ。堀内氏虎の首を全面に押し立てて攻めるぞ」
次に大谷吉継を見る。
「吉継は、根来寺に行ってほしい。なぜ熊野衆に味方をしたのか、しっかり詰問して脅してきてくれ。それで、降伏勧告をしてほしい。……降伏の条件だが、無条件降伏するなら、ある程度の自治は認め、布教も今まで通りで構わない。右翼部隊から千名を引き連れて向かってくれ」
「はっ! 津田算正と照算の首を根来寺にお返しをしてもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、構わない」
根来寺への脅しに使うつもりだろう。
本当に腹黒くなった。
吉継は、いつも考えを張り巡らせているからか、眉間にシワが寄り、目つきが悪くなっている。
ダーク吉継だな。
俺は、敵対したと言っても、根来寺の自治を認めるつもりだ。
石山本願寺もそうだが、お寺を追い詰め過ぎると、泥沼の戦になる。
ある程度、自治を認めた方が手っ取り早い。
獅子身中の虫になる可能性はあるが、それもこれからの俺の統治次第だろう。
「次に重秀殿たち、前に来てくれ」
俺は、鈴木重秀と的場昌長の処遇を急いで決めたいと思っていた。
「澄隆様、戦勝、おめでとうございます」
重秀と昌長は、俺の家臣たちの視線を気にもせず、堂々としている。
俺は、重秀の目を真正面からじっくり見る。
「重秀殿、この結果、予想していたか?」
俺はいつもより低い声で、重秀に問いかける。
「……いいえ、火縄銃に存分に叩かれ、敗退すると思っていたわよ」
重秀は舌をペロっと出して、小憎らしい表情を浮かべた。
やっぱりそうか。
「敗退したら、どうするつもりだった?」
重秀はそれには答えず、肩を竦めるような仕草をすると、俺にこう告げる。
「これで、熊野衆は終わりね……。根来衆、そして、雑賀衆も大きく力を落としたわ。味方として戦わなかった私たちをこの場で殺して、雑賀衆を征服するのも容易い。……私をこの場で殺しても恨まないわよ」
家臣たちが重秀の話にざわつく。
俺は軽く咳払いをする。
「……重秀殿たちが中立のおかげで、今回の戦が楽になったのは事実だ。重秀殿に感謝こそすれ、殺すことはしない。それでだ。重秀殿、昌長殿、俺の家臣にならないか?」
重秀の眉が大きく上下し、顔色がさっと変わった。
昌長も、愕然として、目を見開いている。
呆気にとられた顔で、俺の顔をまじまじと見つめている二人。
まさか、勧誘されると思っていなかったのだろう。
「重秀殿と昌長殿には、雑賀五組の説得を任せよう。雑賀荘には、雑賀五組を任せても良いと思っている」
俺がそう伝えると、数秒置いて重秀が口を開いた。
「なぜか聞いても?」
重秀の声が、いつも聞く声より少し高い。
俺は、あえてニヤリと笑うと、重秀に体の正面を向けて腕を組みながら答える。
「俺は今回、火縄銃を無力化したが、火縄銃を侮ることはしない。火縄銃が今後の主力武器になるのは時代の流れだ。雑賀衆が味方になるなら、俺は雑賀衆に火縄銃を任せたい。ただし、味方にならないなら容赦はしない。雑賀衆は根絶やしにする」
俺は重秀と昌長に、詰め寄るように声をかける。
「俺の家臣になれ。家臣になれば雑賀衆も生き残る」
重秀は、人差し指をトントンと顎に触れて、しばし考えていたが、深く頷いた。
「あのね……。澄隆様が鬼神様と呼ばれている理由が、今回の戦で良く分かった気がするわ」
片目を瞑って、色っぽいウインクをする。
「なんだ、鬼神様を知っているのか」
紀伊国にも鬼神様が伝わっているのか。
はぁ……。
この時代、迷信好きだし、広まるのも早いらしい。
「ええ、言ってなかったけど、私は澄隆様のことが知りたくて、一族を説得して、ここに来たのよ。昌長も説得に応じた一人……。私、澄隆様が大和国で子供たちを救ったのを聞いた時、信じられなかったの……。私は澄隆様が噂通りの人なら、今回の戦で、九鬼家が破れたら助けるつもりで中立になったのよ……」
腰が抜けそうなほどに凄まじい色気で笑う重秀。
「澄隆様が私たちを家臣にしたいのなら喜んで。これからは澄隆様に従うわ」
ドロボウ髭の昌長も黙って頷いて、同意の意思を示している。
「……そうか。よろしく頼む」
随分、あっさりとスカウトに応じたな。
重秀の言っていることが全部、正直に言っているとは思わないが、家臣になってくれるなら、まずは有り難い。
ある程度は信用しよう。
俺は、早速、重秀と昌長に握手することにした。
重秀の手は、指がすらっと長く、彫刻のように綺麗だった。
ソバカスのように手に火傷の跡があるのが分かる。
火縄銃で撃った際に出来たのだろう。
昌長の手は、体型と一緒で熊の手みたいだ。
二人のステータスはこうだった。
【ステータス機能】
[名前:鈴木重秀]
[年齢:25]
[状態:良好]
[職種:銃侍]
[称号:無し]
[戦巧者:73(92迄)]
[政巧者:36(70迄)]
[稀代者:拾]
[風雲氣:漆]
[天運氣:捌]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:伍
弓士術:捌
銃士術:拾
船士術:陸
築士術:捌
策士術:陸
忍士術:伍
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:黒熊皮樫鳥糸威胴丸(陸等級)
腕:黒熊皮籠手(陸等級)
腰:黒熊皮佩楯(陸等級)
脚:黒熊皮脛当て(陸等級)
騎乗:無し
其他:孔雀の羽の羽織(伍等級)
【ステータス機能】
[名前:的場昌長]
[年齢:28]
[状態:良好]
[職種:銃侍]
[称号:無し]
[戦巧者:49(78迄)]
[政巧者:11(48迄)]
[稀代者:漆]
[風雲氣:参]
[天運氣:陸]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:弐
弓士術:陸
銃士術:捌
船士術:伍
築士術:陸
策士術:肆
忍士術:肆
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:黒熊皮樫鳥糸威胴丸(陸等級)
腕:黒熊皮籠手(陸等級)
腰:黒熊皮佩楯(陸等級)
脚:黒熊皮脛当て(陸等級)
騎乗:無し
其他:無し
鈴木重秀と的場昌長が仲間になった!
二人の戦闘力は申し分ない。
特に、重秀の戦巧者の数値は、90オーバー!
左近に近い。
それに、稀代者の数値は拾。
これまで、出会った人材で、稀代者の最高数値は拾だ。
拾だった左近の異常な強さを考えると、同じく拾の重秀もどのくらいの強さなのか……。
武適性の銃士術の数値も拾だし、楽しみしかないな!
「では、これからは、重秀と昌長と呼ぶぞ。二人は雑賀五組の説得に向かってくれ。引き続き、小太郎をつける。よろしく頼む」
「ええ、分かったわ」
重秀と昌長は、初めて深々と頭を下げた。
▽▽▽▽▽
私、鈴木重秀は、後ろを振り返った。
そこには、死闘の後、部隊の再編を急いでいる九鬼家の兵たちが見える。
重秀は、その中で、指示を出しているであろう、美しい澄隆様の顔を思い出す。
こんな結果になるなんて思わなかったわ。
火縄銃が二千挺以上よ。
その火縄銃に完勝してみせた。
あの百足のような鎧も竹束の工夫も信じられない。
火縄銃の長所も短所も知り尽くして、対応したみたい。
いったいどこまで先を見越して準備をしていたのか。
……本当に噂通り、神様の生まれ変わりなのかしらね。
それに、家臣たちの澄隆様を見る目を眺めていると、崇拝と尊敬を感じる。
澄隆様か……。
…………。
……。
雑賀荘は、貧しく、昔は口べらしで、実の子供を売ることも日常茶飯時。
重秀がまだ物心ついたばかりの幼かった頃から、この世は地獄だと思っていた。
雑賀荘に火縄銃が伝わり、傭兵として生計をたてられるようになって、やっと子供たちにも普通に食べさせることができるようになった。
弱いものは死ぬのが当たり前。
この弱肉強食が当然の世界で、赤の他人の子供を助ける発想が出てくることが信じられなかった。
重秀は、ただ、感動していた。
澄隆様に会いたいと思った。
そのあと、雑賀荘を説得し、中立の使者として、澄隆様に会うことができた。
澄隆様は大変美しい若者だった。
今まで見たこともないほどの美貌の持ち主。
そして、これまで出会っていた大名とは、考え方が根本から違った。
中立の私にも、優しく接してくる。
不気味な面を被った小太郎と呼ばれている忍者にも、澄隆様は目線がとても優しい。
忍者など、下賎な者共と、冷たい目を向けるのが普通の感覚なのにだ。
私は澄隆様の器の大きさをまざまざと感じた……。
噂で聞いた澄隆様の善政も、澄隆様を見ていると本当なのだろう。
私が澄隆様に初めて会った時、雑賀荘と十ヶ郷の中立は認められた。
後は、澄隆様が戦に負けた時、なんとかして助けてあげようと思った。
……なのに、どう?
澄隆様は、火縄銃二千挺を用意した軍勢をあっさりと打ち破った。
戦の最後は、多少ばたついたが、完勝してみせた。
そして、利用価値が減った私たちを家臣として雇いたいと言った。
私は、澄隆様に殺されることを覚悟していた。
だけど、澄隆様は私を殺さなかった。
私は、中立になっていた理由を話したが、澄隆様は信じていないのは分かった。
一瞬、失望を感じたが、それは仕方ないわね。
これからの姿勢で澄隆様の信頼を勝ち取るしかない。
私は、右手を見る。
『では、握手だ』と言って、喜色満面で手を出す澄隆様の顔を思い出すと、思わずウフフと笑いが出る。
握手した時に、心が繋がったように感じたのも不思議な感覚だった。
澄隆様の綺麗な目が、私の心の棚を見ていくように感じたが、不快な感じはせず、心が暖かくなった。
私は、これから、身も心も捧げて、澄隆様に仕えよう。
私は全身を震わせながら、面白そうに笑うと、決意を新たに、雑賀荘への歩みを始めた。
―――――――status―――――――
[名前:鈴木重秀]
[年齢:25]
[状態:良好]
[職種:銃侍]
[称号:無し]
[戦巧者:73(92迄)]
[政巧者:36(70迄)]
[稀代者:拾]
[風雲氣:漆]
[天運氣:捌]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:伍
弓士術:捌
銃士術:拾
船士術:陸
築士術:捌
策士術:陸
忍士術:伍
〜装備(戦闘時)〜
主武器:八咫烏の火縄銃特注品・無銘(捌等級)
副武器:短刀・無銘(肆等級)
頭:無し
顔:無し
胴:黒熊皮樫鳥糸威胴丸(陸等級)
腕:黒熊皮籠手(陸等級)
腰:黒熊皮佩楯(陸等級)
脚:黒熊皮脛当て(陸等級)
騎乗:無し
其他:孔雀の羽の羽織(伍等級)
見た目は、ツリ目の美人さん。
圧倒的な銃術の腕を持っている。
敵には容赦しないが、家族思いの優しい面も持っている。
鬼神様と呼ばれる澄隆の評判を聞きつけ、一族郎党のために九鬼家に仕官することにした。
―――――――――――――――――
[名前:的場昌長]
[年齢:28]
[状態:良好]
[職種:銃侍]
[称号:無し]
[戦巧者:49(78迄)]
[政巧者:11(48迄)]
[稀代者:漆]
[風雲氣:参]
[天運氣:陸]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:弐
弓士術:陸
銃士術:捌
船士術:伍
築士術:陸
策士術:肆
忍士術:肆
〜装備(戦闘時)〜
主武器:六角棒鋼・無銘(陸等級)
副武器:短刀・無銘(肆等級)
頭:無し
顔:無し
胴:黒熊皮樫鳥糸威胴丸(陸等級)
腕:黒熊皮籠手(陸等級)
腰:黒熊皮佩楯(陸等級)
脚:黒熊皮脛当て(陸等級)
騎乗:無し
其他:無し
ドロボウ髭をした見た目はむさ苦しい男だが、性格は律儀。
鈴木重秀とは幼馴染で、九鬼家の軍に単身乗り込もうとした重秀の護衛を買って出た。
背丈程もある六角棒鋼を扱う。
―――――――――――――――――
新しく二人が仲間になりました。
重秀たちのこれからの活躍、お楽しみに!




