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第九一話 百足大行進大作戦 その七

▽一五七一年十月、澄隆(十六歳)紀伊国 戦中



 俺は、左翼と右翼の部隊に伝令を出すことにした。



「光雅は、左翼と右翼の部隊に伝令を頼む。本陣に奇襲してきた敵を大至急包囲するように伝えてきてくれ」

 小太りな光雅は、真剣な顔で胸を張る。

「し、承知しました! お任せください! 行って参ります!」



 光雅とその配下の忍者が走り出す。

 その中で光雅が一番早い。

 あっという間に見えなくなった。



 次は、隣に控えている光俊への指示だ。

「光俊! 多羅尾一族は風魔一族と連携して、後方撹乱をしてくれ……。奇襲の勢いをそそぎ、出来るだけ敵を減らして欲しい。味方に被害が出ないなら、手榴弾と焼夷弾の使用を許可する」

「ははっ、畏まりました」

 光俊はいつもの通り、渋い声で答えると、配下たちを連れて走っていく。

 


 光俊たちには危ない任務を任せて申し訳ないが頼む。 



 俺が指示を続ける中、ザンバラ髪の兵たちは、土煙を巻き上げながら、俺がいるこの本陣目掛けて突き進んでくる。



 左近のおかげで、方円の陣を敷くことはできた。

 混乱することなく、準備万端の態勢で迎え撃てる。

「構えたまま待機!」

 左近は、兵たちに待機を命じる。



 ザンバラ髪の兵たちとの距離は刻一刻と詰まってくるが、左近は目を見開いて動かない。

 敵と激突する数十秒前になって、左近が叫ぶ。

「叩きつけ準備! ……今だぁっ!」

「ははっ!」

「やぁぁぁう!」

 左近隊は、まるで、波を打つように槍を動かすと、敵が繰り出す槍をものともせず、敵の頭に槍を叩きつける。

 

 

 グシャャアァァァ!

「ぐぎゃ」

「うごっ」

 ザンバラ髪の兵たちは、兜を被っていない。

 それを見越して、左近は、上から槍を叩きつける戦法にしたらしい。


 

 前世で何かの文献で読んだが、槍を叩きつけると、重さ百貫以上の凄い衝撃になる。

 兜がない頭に直撃したら普通に死ぬ。

 左近の変態訓練で仕込まれた、連携して槍を叩きつける動きが生かされ、頭を割られた敵の死者が増え、地面に重なって倒れていく。



 こちらも敵の槍に貫かれ、倒れる兵も出てきているが、九鬼家が優位に迎撃できているようだ。



「澄隆様。敵兵の数は千をこえていますな……」

 左近は十文字槍を肩に担ぎながら、敵が黒煙から続々と現れるのを見ている。



 危険な状況だが、左近隊が上手く迎撃したことで、何とかまだ対応できている。

 これが無防備で突っ込まれていたとしたら、ゾッとするな。



「澄隆様、あちらをご覧ください!」

 うお。

 近郷が指を指す方向を見る。

 ザンバラ髪の兵たちと、別の方向だ。



 今度は、毛皮を着た軍勢が突撃してきた。

 鬨の声が高らかに上がる。

「ウォォォォォォ!」

 この軍勢の突撃で、九鬼家の本陣を挟撃する形になっている。



 敵もなかなか考えてるな。



 その時、毛皮を着た敵の軍勢から大きな悲鳴があがるのが聞こえた。

 なんと、毛皮を着た敵のいる辺りに、炎高く燃え盛る火の手が見える。



 あの炎の勢いは火薬しかない。

 光俊たちが、焼夷弾を使ったのだろう。

 ここからでは遠くて、よく見えないが、火の勢いは凄まじく、煙の量から火の手が急拡大しているのが分かる。



 毛皮に燃え移って、敵は悲惨な状況になっているのかもしれない。

 毛皮の軍勢は、光俊たちに任せて問題なさそうだな……。



 あと残るは、ザンバラ髪の兵たち。

 その兵の多くは、方円の陣を抜けられず、血を流して倒れている。



 だが、方円の陣を食い破り、少しずつ俺がいる陣の真ん中目指して突き進んでくる集団がある。



 その集団は、何かブツブツと叫んではいるが、お経っぽいので、俺には意味が分からない。



 敵兵たちは目の瞳孔が開いていて、理性をどこかに飛ばしてしまったように槍衾に突撃し、自らの命を顧みずに串刺しになっていく。

 その死体を踏みつけながら、敵兵は進んでくる。



 ……死を恐れない狂信的な突撃だ。

 イカれてる……。

 味方は、この突撃を見て、顔が青くなっている。



 これは、俺がいる所まで、届きそうだ。

 俺は息を吐くと、刀を抜いて構えた。



 俺と同じ青い鎧を着ている光太も、持っていた太鼓を優しく地面に置くと、槍を構えて俺を守るように前に立った。


 

 そして霖も、背中に担いでいた大剣を取り外す。

 巻いていた布を取ると、珍しい形状の大剣が現れた。

 うお、格好いい剣だな。

 刀身が波打っており、その揺らめきが炎のようだ。

 太陽の光で反射した刃が、綺羅綺羅と輝いている。



 左近は、方円の陣を抜けそうな集団を睨みつけながら、俺に向かって叫ぶ。

「澄隆様! ここは拙者がっ!」 

 俺が信頼して頷くと、左近は疾風のように走り出し、敵の行く手を阻む位置に仁王立ちになった。

 


 そのまま、陣を抜けて襲い掛かってきた敵たちの槍の攻撃を十文字槍で弾き返す。

 ギャキン!

 刃物が交錯して赤い火花が散る。



「ハァァォ!!」

 左近は力任せに水平に槍を振り抜く。

 ブァァァン! 

 すると、衝撃波を受けたように、敵が吹き飛ばされた。



 ただ、敵は退かない。

 次々と左近を恐れず、お経を唱えながら突撃してくる。

 左近が槍を振るたびに、敵が吹き飛び、血飛沫が舞う。

「よぉぉぉし! 皆、ここで踏み留まれぇぇ! アッハァァァァ!」

「オォぉぉ!」

 左近の掛け声に応えるように、味方が敵に打ちかかっていく。

 相変わらず左近の豪勇は凄い。

 味方は勇気付けられ、敵は怯える。

 左近が防いでいる所は、問題ないな。



 だが、左近のいる所から離れた場所から、また新たな集団が陣を抜けて突っ込んできた。

 

 

 その集団の先頭には、返り血で服を真っ赤に染めたお多福顔の男がいる。

 その男の槍だけ、他の兵より豪華で、宝石が散りばめられているのかキラキラ輝いているのが分かる。

 他のザンバラ兵を従えている雰囲気があり、相当身分が高い男のようだ。

 その男が手を振ると、それに合わせて敵兵達が規律正しく動いていく。

 


 くそ。

 あの集団は手ごわそうだ。

 どうする?

 左近を呼び戻す訳にもいかない。

 前線が崩壊してしまう。

 


「澄隆様。あの集団は、私が何とかしますっ!」

 霖が、哀の面を俺に向けて叫ぶ。

「だ、大丈夫か?」

「お任せくださいっ!」

「お、おぃ!」



 霖は、大剣を担いだまま、力強く地面を蹴り、その一団に向かって一人で突進していった。



 俺は、霖の動きに目を疑う。

 人の背丈程もある重そうな大剣を持っているのに、動きが信じられないほど素早い。

 


 ただ、ザンバラ兵達も精鋭らしく、動きが早い。

 霖を待ち構えるように、瞬時に槍衾を作る。



「霖! 危ないっ!」

 俺は、思わず、大声を出した。 

 そこで、また、目を疑うことが起きる。



「イヤァァァ!」

 ガキャァァァン!

 なんと、霖は、甲高い掛け声を上げると、大剣を真一文字に一閃し、隙間なく並べられた槍衾を薙ぎ払った。

 


 何本もの槍の穂先が斬られ、空にヒラヒラと舞い散っていく。


 

「「なっ!?」」

「ハァッ! ヤァッ!」

 霖は、槍を斬られた驚きで動きが止まるザンバラ兵達の隙を突くように、敵陣に肉薄すると、大剣を縦横無尽に振り回し、敵の首を次々と跳ね飛ばしていく。



 お多福顔の男は、次々と討たれるザンバラ兵を見ながらニンマリと笑った。

 両端に刃がついた豪華な槍をクルクルと回し、霖に向かって歩き始めた。



 ビュンビュンと不穏な音が響き渡る。

「死にさらせっ!」

 お多福顔の男は大声で物騒なことを言うと、槍を回転させながら、霖の頭を狙って振り抜く。



 霖は、頭を傾けて躱そうとしたが、咄嗟にフィギュアスケート技のイナバウアーのように、上半身を後ろに大きく仰け反った。

 なんと敵の槍は、細工槍になっていて、先端の刃が飛び出して伸びていた。



 カラン……。

 霖の面に槍が掠り、割れた面が音を立てて落ちる

「面白い武器……」

 霖は笑みを浮かべる。

 男を虜にしそうな、そんな笑みだ。

 


「……初見で、細工槍を躱されたのは初めてやっ!」

 お多福男は、剣呑な目を霖に向けながら、槍を高速に回転させて、霖に攻撃を仕掛けていく。

 ゴッゴッガッ!



 円を描くような独特の槍さばき。 

 暴れる大蛇の如く槍を振り回し、霖に攻撃を入れる。

 お多福男も相当の腕だ。



 霖がお多福男と戦っている中、今度はまた別の集団がお経を唱えながら、俺がいるこの本陣目掛けて突撃してくる。



 敵もやる。

 時間差をつけて、俺たちの陣の綻びを確実に突いてくる。



「迎撃せよ!」

 雄叫びをあげた近郷は、力任せに太刀を振り回し、敵を打ち倒していく。

「やぁぁ!」

「ばぁぎゃ!」

 近習たちも必死に頑張っているが、特に、光太の動きが最も目立っている。



 まず、光太の槍さばきは、左近の動きに酷似している……。

 光太は影武者として、俺の体型まで似せているし、模倣する能力が高いのかな。

 左近と同じ動きで、敵の喉を的確に次々と突いている。



 そして乱戦の最中、影武者である光太が、大声を上げた。

「儂が九鬼家当主、九鬼澄隆であぁぁるっ! 手柄が欲しければかかってこーい!」



 光太は、俺のために、敵を引き寄せようとしているようだ。

 光太の雄叫びに呼応するように、敵が光太に殺到する。



 ただ、乱戦が続く中で、近郷たちの守りを強引に突破したずんぐりむっくりとしたとんでもない巨漢の敵兵が一人だけ、俺に向かって槍を構えたまま突き進んできた。



「……な、なんだ?」

 俺の口から、間抜けな声が漏れる。

 戦国時代では珍しいほどの巨漢。

「す、相撲取りみたいだな……」

 凶悪な面構え。

 背は低いが、俺の三倍は横に大きい。

 身体が分厚く、溢れ出さんばかりの筋肉が鎧の上からでも分かる。

 


 その相撲取りみたいな敵兵は、目が爛々と輝き、瞳孔が開いているのが怖い。

 俺の近習が二人、その敵兵の前に立ち塞がったが、槍を左右に乱暴に振り回して、近習たちを殴り飛ばした。



 ドガシャン!

 鎧が砕ける音が響き、殴られた二人の近習の首が曲がってはいけない方向に曲がりながら、まるで木の葉のように空を舞う。



 相撲取りは、その身体に似合わぬ速度で土煙を巻き上げて、ズンズンと地を揺らすような足音を立てながら俺に向かって迫ってくる。



 俺はこの状況を必死に考える。 



 この敵は、光太の雄叫びを聞いていなかったのか。

 それとも、たまたま目の前にいた俺に向かって、考え無しに野獣のように突っ込んできただけなのか。



 この相撲取りの顔つきを見ると、絶対に後者だな……。

 理性があるようには見えない。



 相撲取りの足は思ったより速く、逃げたら後ろから刺されそうだ。

 この相撲取りは、俺が迎撃するしかないだろう。



 俺は、深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせながら、剣道で習った正眼の構えを取った。

 肩に力を入れることなく腰を締める『上虚下実』を心掛ける。



「ハヤキホへェェ!」

 相撲取りは大気を震わせるような奇声をあげながら、激しい突きを放ってきた。

 猛然と突いてきた槍は、スピードはあるが、巨体なのでモーションは大きく、狙いが分かりやすい。



「くぉっ!」

 俺は刀身を使って、向かってきた槍を弾く。



 ギィィィンという耳をつんざく音が鳴り、手にジーンと衝撃が走る。

 なんと、弾く時に、俺の体が浮き上がった。

 


 ビリビリ……。

 な、なんて、威力だ。

 右腕が痺れた。

 利き腕が痺れると、刀の細かい操作が難しくなる。

 


 俺は、相撲取りの次の突きを受け損い、上手く軌道をずらせなかった槍の穂先が、俺の左腕を抉った。



「痛っ!」

 硬くて弾力に富んでいる昆虫のような鎧のおかげで、重傷にはならなかったが、穂先が当たった箇所が裂け、傷口から血が流れ出す。



 肉が抉られた傷口を見ると、ジワ〜と変色してきていて、絶叫しそうになるほどの痛みが左腕から全身に広がる。

 泣きそうになるぐらい痛い。

 もちろん、泣けないが……。

 


 傷口の止血をしたいが、今すぐは勿論無理だ。

 俺は、歯を食いしばって痛みを堪え、刀を構えた。



 周辺では、味方と敵が入り乱れて戦っているのが見えるが、この相撲取り以外は、皆が優勢に抑えてくれているようだ。



 近郷は、『すぐに向かいますぞ~!』と叫びながら、二人のザンバラ兵と戦っており、すぐには俺の所には来れないだろう。



 この敵は俺が仕留めるしかないか……。

 俺にできるか?



 ギロリと、相撲取りの大きな目が俺の一挙手一投足を捉えている。

 まるで、獲物を仕留めようとする野獣の目だ。

「ヨッヨッヨッ! しィィネェェ! ヤァーオ!」

 耳をつんざかんばかりの相撲取りの咆吼が周囲に響き渡る。

 ドクンと心臓が強く脈打つ。

 ……やるしかない。



「疾雷刀…………」



 俺は、覚悟を決めて、刀を上段に構えると、柳生宗厳に習った『疾雷刀』の構えを取った。

 俺は毎日、毎日、時間が許す限り、この型をひたすら修練してきた。

 最近になって、ようやく形になってきた。

  


 上段に構えたことで、胴ががら空きになっているが、青い鎧を着ているから、相撲取りの凄まじい突きでも、直撃でなければ重傷にならないはずだと思うことにする。



 懐には、奈々と妙からもらった御守りが入っている。

 奈々、妙、俺を守ってくれ……。

 御守りを思い出し、一呼吸おく。

 動揺していた心が、不思議と凪のように落ち着いてきた。



 上段に構えた腕をつたって、地面へと血がポタポタと零れ落ちる。

 気持ちを落ち着けて考えると、ここは、『待ち剣』しかない。


 

 今のところ、方円の陣を抜けてきた敵と乱戦にはなっているが、味方の方が優勢だ。

 このまま俺が待っていれば、この相撲取りは、味方に囲まれるはずだ。



 剣道には『打って勝つな、勝って打て』という言葉がある。 

 俺が自分の間合いで我慢していれば、相撲取りは焦れて打ってくるだろう。

 俺は、上段に構えたまま、摺り足でジリジリと敵との間合いを近づけ、自分の間合いに変えていく。



 俺は心を集中し、手に持つ刀に意識を同調させる。

 右手の痺れは取れた。



 焦れてきた相撲取りが、気合を入れようとしたのか『ヨウヨウ〜!』という野太い声を出す。

 相撲取りは、こちらを警戒するように姿勢を低くし、槍の先端を俺に向けた。

 突きを打つ時の構えだ。



 ……ここは我慢だ。


 

 相撲取りの動きを見逃がさぬように、集中力をさらに高める。

 血が沸騰するかのように、心臓が熱くドクドクと脈打つ。



 俺は、相撲取りの槍を躱して、一太刀を浴びせる『後の先』を狙う。

 極限の集中の中で、自分のすべてが上段に構えた刀に集約されていくのを感じた。

 相撲取りの頬には、一筋の汗が垂れているのが分かる。



「イヤヨォォ〜!」

 その時、叫んだ相撲取りが、予測通りにがら空きの俺の胴を狙って、鋭い突きを打ってきた。



 シャァァァッ!

 相撲取りの槍が風を切って、俺の胴に向かってくる。



 今だぁぁぁぁぁぁっ!



 俺は、そこを見逃さず、右足を大きく前に出し、半身になって槍を躱しながら、相撲取りの頭を狙って、右手一本で面を打ちきった。

 俺の最速の一撃である、無駄な動きを削ぎ落とした『疾雷刀の一拍子の打ち』だ!



「るぁぁあぁぁぁ!」

 ……………。

 …………。

 ……。



 ザシュッ!

 相撲取りが渾身の一撃とばかりに放った必殺の槍は、さすがの一撃で、俺の胴を掠めた。

 お腹にズキンという鈍い傷みを感じる。



 そして、俺の刀は…………相撲取りの頭に食い込んでいた。



 刀は、刃筋がしっかり立っていないと、どんな名刀でも斬れないが、片手でも上手く振れたようだ。

 前世の高等学校剣道大会で日本一になった時を含めて、最も上手く振れた一撃かもしれない。



「な、ななな……」

「す、凄い……」

 俺の助けに入ろうと、敵を蹴散らしながら駆け付けてきた近郷と近習たちが呆然とした声をあげた。



 俺は、相撲取りの動きを注視する。

「ハ、ハッキョイ……」

 頭に刀を生やした相撲取りは、一瞬、身体を硬直させたが、それでもすぐに俺に向かって太い腕を伸ばしてきた。

 俺を捕まえようとしているようだ。

 リンゴを丸呑みできそうなほど大きく口を開きながら、一歩一歩向かってくる。



 う、うわっ。怖わっ!

 俺は、テンパりながら、持っていた刀を離して後ろに大きく下がると、腰に差している脇差しを抜き、相撲取りに向かって力いっぱい投げつけた。



 グサッ!

 その脇差しは、運良く相撲取りの喉を貫いた。



「ノ、ノコッ……」

 相撲取りは、それでも歩こうとするが、少しずつ目から光が消え、そのまま仰向けにぶっ倒れた。

 ズズンと重い音が辺りに響く。

 

 

「う、うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 近習たちの声が感動を伴って戦場を伝わっていき、地面が震える程の歓声と化した。



 あ、あっぶなかった……。

 ズキン……。

 急いで自分の胴を見ると、昆虫のような鎧の一部が裂け、破けた防弾チョッキが見えている。

 素早く自分のお腹の状況を確認すると、血は出ていない。 

 この鈍い痛みは打撲だろう。



 我慢比べに勝ち、自分の間合いで打つべき好機に繋げたから勝てたが、心臓に悪い、紙一重の勝利だった……。



 俺が血が滴る左腕を押さえ、痛みに呻きながらも前を見ると、敵を蹴散らした近郷が青ざめた顔をして走ってくる。

「澄隆様ぁぁぁ! 大丈夫ですかぁぁ」

 近郷は、頭を上下させて俺の全身をくまなく観察し、俺の体をベタベタ触って怪我を確かめている。



「近郷、大丈夫だって」

「澄隆様、よ、良かったぁぁぁ。はぁぁぁ〜。……い、今の一撃、す、凄まじかったですな! さらに腕が上がりましたなぁぁ〜」

 近郷は、ホッとした顔をしながら、俺のことを褒めてきた。

 近郷、そんなことより早く、持ち場に戻れ。


 

 俺が近郷に気持ち悪くベタベタと触られていると、鉄がねじ切れるような、耳が痛くなる嫌な音が響き渡った。



 驚いて、音が出た辺りを見ると、霖がお多福男の槍を真っ二つに折っているのが見える。

 そのまま、霖は流麗な動きで水平に大剣を振ると、お多福男の首がポーンと斬られて飛んだ。



 首を失ったお多福男の体がフラフラとよろめき、崩れるように前のめりに倒れた。



 お多福男が討たれて唖然とする敵兵たち。

 そこを見逃さず、霖は旋風のように大剣を振り回して、敵を蹴散らす。

 敵兵たちは、霖の大剣で、頭蓋を割られ、胸や腹を裂かれて倒れていく。


 

 方円の陣を抜けてきたザンバラ髪の兵たちをあらかた討ち取ると、霖は俺の所にまた走って戻ってきた。

「澄隆様! 大丈夫ですか!? お怪我の手当てを致します」

 返り血で濡れた霖は、周りに注意を向けながらも、俺の傷の手当てを始める。



 俺は霖に話しかける。

「霖、よく敵を防いでくれた。それで、どうやって敵の槍を折ったんだ?」

「あ、はい、槍は高速に回転しても、支点となる槍の中心は動きません。そこを狙いました」

 回転する槍の中心を折ったのか。

 凄いな。



 俺が霖と話していると、敵が突撃を繰り返している辺りから鬨の声が上がった。

 あの方向は第一陣が戻ってきたのだろう。



 遠くには土煙も見える。

 別働隊の太鼓係の懸太鼓が微かに聞こえてきた。

 左翼か右翼の部隊か。



 俺は、相撲取りの頭に刺さっている血だらけの刀をぐいっと引き抜く。

 その刀を右手に持ち、周囲を眺めていると、ザンバラ髪の兵たちはこれ以上の突撃を諦め、撤退しているのが見える。



 左近が中心となって、その敵兵たちを後ろから追いまくっている。



 ズキズキと痛む左腕と脇腹。

 くそ、凄く痛い……。

 俺は、顔をしかめながら、戻ってきた第一陣の動きを確認する。



 第一陣は、敵兵たちを背後から攻撃し始めたようだ。

 敵の絶叫がここまで聞こえてくる。



 ……この後、敵兵は、士気が崩壊し、逃げたところを左翼と右翼の部隊に包囲され、生き残った者は降伏した。



 九鬼家にとって初めての大軍同士の戦い。



「なんとか勝てたか……」

 とんでもなく苦戦して、俺は大怪我もしたが、辛くも勝利を手にした。

……ということで、『百足大行進大作戦』はここまでとなります。 

引き続き、頑張りますので、戦国クッキーをよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろい [気になる点] 澄隆の戦巧者の数値って、どのくらいなのでしょうか? かな~り高そうですけど。
[一言] 作者さんて、剣道経験者かしら? たまに出てくる言葉が、経験者っぽい
[良い点] 戦闘回もとっても面白かったです!! リンちゃんが激つよで良い!
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