第八八話 百足大行進大作戦 その四
▽一五七一年十月、澄隆(十六歳)鳥羽城 禁秘ノ部屋
俺が支配する領地が増え、統治が進むにつれて、常備兵に志願する領民も現れ、今では一万一千人ぐらいの兵を動かせるようになった。
本当は、もっと早急に兵を増やしたい所だが、領民にも生活があり、ゲームのように簡単には増えていかない……。
引き続き、支度金を弾んで勧誘していこう。
それで、今回の熊野衆討伐には、この中から約八千の兵を出す。
俺は、禁秘ノ部屋で各部隊の編成を書いている。
『中央本陣 総数四千人(九木浦近郷、島左近、島勘左衛門、木全忠澄、多羅尾一族、風魔一族 等)』
『中央先陣 朱百足隊三百人(柳生厳勝、柳生久斎、吉田兼宗 等)』
『右翼部隊 総数二千人(九鬼光隆、柳生宗厳、大谷吉継、大仏供政忠、中井正吉 等)』
『左翼部隊 総数二千人(井上専正、芝山秀時、大宮景連、小西行長、石田三成 等)』
各部隊の編成をするにあたっては、戦巧者や政巧者の数値を加味して、割り振った。
各武将のステータスが分かっているので、能力を踏まえて、デッキを組むように編成した。
うん……。
編成表を見て感じるのは、八千の兵力の割に、率いる武将の数が、まだまだ不足していることだ。
チート大名たちと正面切って戦うとなると、九鬼家の兵力が足りないのもあるが、今のままではまず勝てないだろう。
歴史オタクの知識を活用しての青田刈りや、右手のステータス機能のおかげで、人材を増やすことはできた。
粒ぞろいではある。
だが、どうしても数が足りない気がする。
仇敵の織田家のチート武将たちを相手にするなら、もっと人材を集めなくてはならないな……。
そのためには、スカウトを強化していくだけでなく、未だ野に埋もれている才能を秘めたる右手の力を使って拾い上げていく必要がある。
ただ、現時点では、今いる人材で戦うしかない。
それで、右翼部隊は大和国で雇った常備兵を使い、左翼部隊は南伊勢で雇った常備兵を使う予定だ。
今回の作戦は、中央先陣の朱百足隊が鍵となる。
中央部隊には、光俊が率いる多羅尾一族や小太郎が率いる風魔一族にも同行してもらうが、状況によって、右翼や左翼に回すことにする。
ベストな布陣にはしたと思うが、腕を組みながら、これで良いか悩む。
これだけの大規模な戦闘は初めてだ。
正直、不安が募る。
それに、これだけの大規模な兵を動かすと、織田家が攻めてこないか気にかかる。
そういえば、史実よりだいぶ遅くなったが、長島一向一揆も起きた。
石山本願寺との血みどろの戦で、織田家には余裕がないかもしれないが、絶対に大丈夫とはいえない。
念のために、織田家対策として大河内城にも常備兵を増やしておこう。
そして、大河内城には、世鬼一族も護衛につける。
城主は相変わらず渡辺勘兵衛だ。
俺は、手元にある鬼の鉄仮面を眺めながら、ため息をつく。
今回も青い鎧を着ていくつもりだ。
重くて、蒸し暑くて嫌だが、奈々と妙が狙撃による暗殺を心配するから、しょうがない。
今回の戦から、馬に乗っていけるのが救いだな。
…………………
竹束盾の製作は無事に済み、出陣の準備も終わった。
出陣する人数が多すぎて、城内に入れない兵のために、鳥羽城の外にも陣が置かれている。
俺は、準備が終わった兵たちを眺めているが、その中で朱百足隊が特に目立つ。
全員が同じ光沢のある赤い鎧を着て竹束を抱え、異様なオーラを放っていた。
目の前で一糸乱れぬ動きで整列する朱百足隊。
左近の二ヶ月にもわたる地獄の訓練で死ぬほど鍛えられたのだろう。
顔を覆う頬当てを外しているため、全員の顔が見えるが、一人残らず死んだ魚のような目をしている。
それに、皆……なんか、でかくなってない?
そう。
皆、赤い鎧が弾けそうなほど筋肉ムキムキだ。
まるで、華奢な百足が、ゴツくて立派な大百足になったようだ。
え?
ちょっと怖いほどの変わりようなんだけど。
へ、変態訓練、大変だったんだろうな……。
この朱百足隊を見ている家臣たちが、その変わりように呆然とした顔で固まっている。
朱百足隊には、厳しい訓練で可哀想なことをしたが、これは戦場で期待できそうだ。
ちなみに、現在の朱百足隊の装備は、こちらだ。
〜装備〜
主武器:刀・無銘(肆等級)
副武器:数打・無銘(参等級)
頭:百足型朱塗鋲付鉢形鉄兜(拾等級)
顔:百足型朱塗鉄面(捌等級)
胴:百足型朱塗総甲板(拾等級)
腕:百足型朱塗鉄籠手(拾等級)
腰:百足型朱塗鉄佩楯(拾等級)
脚:百足型朱塗鉄靴(拾等級)
騎乗:無し
其他:無し
俺は、城内に戻ると、出陣前に奈々と妙がいる部屋に向かった。
奈々と妙は、『三献の儀』を準備してくれていた。
二人とも、お腹回りがだいぶふっくらしてきている。
お腹の子も順調に大きくなっているようだ。
俺は、奈々と妙から、お酒を注いでもらいながら、声をかける。
「奈々、妙、必ず勝って帰ってくる。この城で待っていてくれ……。しっかり食べて、よく休むんだぞ」
「はい……。ご武運をお祈りいたします」
奈々も妙も色白の顔を一層白くしながら、俺に頭を下げる。
戦場では何が起きるか分からない。
不安もあるのだろう。
「今回は、八千も兵を連れていく。もうすぐ子供も生まれるんだ……。俺が直接戦うことはしない。安心していてくれ。お腹の子のことも含め、留守を頼むな」
俺は笑顔で話すが、奈々も妙も心配そうな顔をしている。
妙なんて、もう少しで泣きそうだ。
俺は、二人を安心させるように、微笑みながらコクっと頷く。
また、何かフラグをたてたような気がするが、気にしたら負けだ。
さあ、出陣だ。
▽
紀伊国内に攻め入った初日、特に小競り合いもなく、順調に進軍している。
八千人もの人数が粛々と進軍している景色は、壮観だ。
俺は愛馬赤兎に跨り、目線が高い所から周りを見渡しているが、特に気になるところはない。
ブルル……
赤兎は、俺にもすっかり慣れ、俺が首を撫でると嬉しそうに嘶き、俺の服をたまに甘噛みするようになった。
前世では、乗馬なんてしたこともなかったが、馬って可愛いものだな。
撫でていると気分が落ち着く。
赤兎には、俺の身体に合わせて、鞍橋、鐙、轡、面繋、手綱を着けていて、長時間の乗馬でも疲れにくくなっている。
また、馬は、腹の側面から攻撃されるのが弱点のため、腹の両脇を覆う泥障を付けている。
今の俺の装備はこう。
〜装備〜
主武器:三日月刃文の刀・銘 三条宗近(拾参等級)
副武器:刀・無銘 兼元(漆等級)
頭:百足型蒼塗鋲付鉢形重鉄兜(拾弐等級)
顔:百足型蒼塗鬼鉄面(拾弐等級)
胴:百足型蒼塗重総甲板(拾弐等級)
腕:百足型蒼塗重鉄籠手(拾弐等級)
腰:百足型蒼塗重鉄佩楯(拾弐等級)
脚:百足型蒼塗重鉄靴(拾弐等級)
騎乗:赤兎・土佐馬
其他:奈々と妙のお手製お守り
それと、今回の行軍から変わったことがもう一つある。
それは、俺の侍女をしている風魔の霖が、忍者姿で俺の隣を歩いている。
どうも、俺が信貴山城で撃たれたことから、戦場でも護衛として付いてくることにしたようだ。
その霖が異質なのは、霖の体型に不釣り合いなほどの大きさの剣を背中に背負っていることだ。
気になって、大剣のことを聞くと、父親の形見とのこと。
その見た目の大きさから、相当の重さに感じるが、霖は、平然と行軍に付いてくる。
体力があるんだな。
それで、周辺の状況だが、物見に出した多羅尾一族の忍者たちの報告も特に問題はなかった。
熊野衆は、紀伊国の最南端だ。
迎撃に現れるなら、もう少し奥に入った段階だろう。
………………
日も暮れて、辺りは夜の帳が降りている。
所々に松明を焚いて、少しの明かりが周囲を照らしてはいるが、薄暗い。
八千もの軍勢を夜に動かすのは危険なので、休むための陣幕を作った。
陣幕を作り終わると、霖が忍者姿のまま、お茶を持ってきてくれた。
そっとお茶を口に含む。
そのお茶は、甘くすっきりした香りで、クセのない味が美味かったので、霖に何のお茶か聞いたら、ナツメ茶だという。
霖は、いつも干しナツメを携帯しているそうだ。
これは良いな。
落ち着く味だ。
霖には、これからいつもナツメ茶を頼もう。
陣地内で、落ち着いていると、なんと、雑賀衆の使者が来たらしい。
俺たちが攻め入るのを待ち構えていたようにタイミングが良い。
俺は、とりあえず会うことにした。
近郷、近習たちを引き連れて、雑賀衆の使者が控えている陣幕の一角に向かった。
そこには、特徴的な二人の人物が立って待っていた。
二人の武器は全て取り上げ、俺たちは帯刀しており、危険はないはずだか、二人を見ると、なんだか背筋が寒くなる。
「あら? 良い男じゃない」
俺に馴れ馴れしい声をかけてきたのが、男か女か分からない人物だった。
毛皮をベースにした服に身を包んでいる。
所々に孔雀の羽が付けられているのが印象的だ。
漆黒の髪をポニーテールのように後ろで縛っていて、腰まで伸びているのが珍しい。
背もこの時代にしては高く、手足がすらっとしていて、まるで、現代のモデルのようだ。
顔も凄い美形だが、つり目で、雰囲気は刺々しく感じる。
極上の獲物を前にした女豹の如く、熱い眼差しを俺に向けてくる。
何か初対面だというのにいきなり好感度が高い。
なんで?
この人物の後ろにはドロボウ髭で、熊のような体型の男が立っている。
こちらの熊男は、こちらをじぃっと見詰め、その眼からは怜悧な印象を受ける。
獲物を狙う狩人みたいな目だ。
俺は一応、九鬼家当主で、獲物じゃないぞ。
目の前の二人が発する雰囲気に、強者としての圧を感じる。
その熊男の持っている旗印は、三本足の『八咫烏』だ。
「八咫烏……。鈴木家の家紋だな」
「ええ……。私は、鈴木重秀よ。後ろの大男は的場昌長。私たち雑賀衆を味方にしたいそうね?」
おお、鈴木重秀か!
織田信長を苦しめた戦上手で有名な武将だよな。
それに、的場昌長も聞いたことがある名前だ。
「ああ、ここまで来てくれたということは、味方になってくれるということか?」
重秀は、戦場で殺気だっている俺の近習たちの視線を受け止めながら、涼しい顔で俺の顔を見詰め、黙っている。
近郷が、眉間にシワを寄せて、怒鳴り声をあげた。
「重秀殿! 澄隆様が聞いておられる! 返答はいかがか!?」
俺が見詰める中、ニヤリと笑う重秀。
ぞくりと背筋が凍るような感覚を味わい、思わず右手に力が入る。
危険な香りがするな。
それにしても男だよな?
色気が凄い。
「ここまで苦労して来たのに、怒鳴るなんて、ひどいわね。せっかく、澄隆様の顔を見に来たのに」
「ん? 顔を見に来ただけか?」
重秀は目を細める。
「ええ、今のところは……。だって、貴方達が勝てるか分からないもの。だから、雑賀衆のうち、雑賀荘と十ヶ郷は中立を取らせて頂くわ。ただ、わざわざ、勧誘に来てくれたから、私たち二人は人質として、澄隆様の陣地にいても良いわよ」
俺はその場で天を見上げる。
これは、虫の良い言い分だな。
俺たちの戦ぶりを目の前で眺めて、これからの去就を決めるつもりか。
ここまで舐めた口で言い切るなら、ここで、俺が怒って斬り殺される覚悟もあるのだろう。
重秀も後ろの熊男も、死を恐れていない目をしているし、血の気も多そうだ。
「ああ、重秀殿は次男だったかな? 当主は鈴木佐大夫殿、嫡男は重兼殿。重秀殿は次男だし、俺に殺されても良いと思って、ここまで来たのか?」
「へぇ……鋭いわね。それに、良く調べていて驚いたわ。その通りよ」
うん、ここまで言っても、まったく動揺しない。
色気のある目で、俺を興味深げに見つめている。
さて、どうするか。
獅子身中の虫になりそうで、怖いな。
そうだ……。
「小太郎! 小太郎はいるか?」
「ホホホ、ここにおります……」
いつの間にか、俺の後ろに控えていた。
今日は、何かいつも以上に禍々しい気配を感じる。
俺への舐めた態度に我慢できなかったのかな?
殺意を纏った小太郎は怖いな。
重秀も、後ろの的場昌長も、目を見開いている。
驚いたらしいが、声は出さないのは流石だ。
「重秀殿。中立の件、良いだろう。この戦の間、本陣で過ごしてくれ。ただ、二人に何かあると鈴木佐大夫殿に申し訳ない。この風魔小太郎をずっと護衛につけよう」
重秀たちも危ない雰囲気だが、面をつけた風魔一族も不気味さ満載だ。
小太郎に、監視を任せれば、重秀たちも勝手には動けないだろう。
「ふーん……。大胆な人って好きよ。ああ、そうそう。手土産に一つ、良いことを教えてあげる。雑賀衆の一部と根来寺は、澄隆様の敵に回るそうよ」
なるほど。
頭も回るようだ。
自分たちが中立でも価値があることを上手く伝えてくる。
それに、小太郎の殺気にも全く動じす、普通に話せるのは凄いな。
「ああ、その情報は有り難い。活用させてもらおう」
「じゃあ、よろしくね」
色っぽく片目を瞑る重秀。
ほんと、男だよな?
拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
新登場のキャラ達がこれから物語でどう絡んでくるのか、お楽しみに!




