第八七話 百足大行進大作戦 その三
今回は敵勢力視点です。
▽一五七一年九月、熊野衆 堀内氏虎(四十二歳)堀内神宮城
紀伊国の南端にある堀内神宮城で、熊野衆の頭領の堀内氏虎が不機嫌そうに顔をしかめながら、家臣たちに向かって喚いていた。
氏虎は海賊上がりの日焼けした男で、目がぎらつき、豪放だが強欲そうな粗野な雰囲気が顔立ちから溢れている。
「大和国の懇意にしている豪族から書状が届いた! 九鬼家が儂ら熊野衆に攻め込む準備をしているらしいではないか!? 九鬼家の船を取り逃がしたから、九鬼家に目を付けられたではないかっ! お前らのせいだぞっ!」
海賊生業をしている氏虎の家臣たちが、怯えた顔で平伏している。
九鬼家の船を襲った時に捕らえた九鬼の兵や水夫は、氏虎の指示で、既に全員、打ち首にしてしまった。
打ち首の仲間に入りたくない氏虎の家臣たちは、頭を上げずに固まっていた。
この中で、家中で知恵者と呼ばれる周参見氏長が、氏虎を仰ぎ見ながら、問いかけた。
「氏虎様……。我らと良好な関係を築いている根来衆と雑賀衆に助けを求めてはいかがですか?」
「氏長、そんなことは分かっている! ただ、莫大な見返りを求められるぞっ!」
氏長は、大きく頷きながら発言する。
「それなら拙者に良い案がございます。九鬼家は、今でこそ運良く、大名と言っていい勢力になっておりますが、以前は志摩国の一地頭に過ぎなかったとのこと……。その組織は紙風船のように中身のない脆弱なものでありましょう。九鬼家が紀伊国の支配を目論んでいると根来衆と雑賀衆に伝え、お味方になってもらえれば、我々も数は揃えてはおりますが、あの新兵器が多数使えるようになります……。さすれば、紙風船を叩いて壊すように、勝つのは容易かと」
氏虎が真剣な顔で、氏長が得意気に喋るのを凝視している。
「その後、大和国に攻め入り、九鬼家から大和国を奪い、氏虎様、根来衆と雑賀衆とで分割して大和国を支配します。……それと、九鬼家は、織田家とも敵対関係とのこと。織田家にも熊野海賊を使って、この状況をお伝えすれば、手薄になった九鬼家の領内を背後から襲いましょう。我々が勝つのは必定。これなら、根来衆、雑賀衆も見返りが多く、お味方になるかと。……いかがでしょうか?」
聞いていた氏虎は、ニンマリと下卑た顔で笑った。
「なるほどな……。さすが、知恵者の氏長だっ! この際、紀伊国に攻め入ってきた澄隆を討ち取って、大和国を奪うかっ!」
「その意気でございます。拙者が根来衆と雑賀衆の交渉をしてまいります」
「ああ、氏長、頼むぞ。我々熊野衆が飛躍する絶好の機会だ。皆、戦の準備だっ!」
「「「ははっ!!!」」」
新たな野望が芽生えた氏虎は、今までの不機嫌さが嘘のように、脂ぎった顔で豪快に笑いだした。
▽
氏長が、根来衆と雑賀衆との交渉に出た数日後。
堀内神宮城の評定部屋に、特徴的な二人の男が座り、その背後に各々配下が座っていた。
その一人は、ザンバラ髪で、お多福のような顔をした恰幅の良い男。
手には豪華な槍を持っている。
もう一人は、髪や顎髭がすべて白く、鼻が高くて、顎が突き出た痩せた男。
黒い毛皮をベースにした服に身を包んでいる。
その前には腕を組み、目を血走らせながら、ニヤニヤと破顔している堀内氏虎がいた。
「よく来てくれたっ! 初めて見る顔もあるな……。儂が堀内氏虎だっ! よろしく頼む!」
氏虎の言葉に頷くのは、ザンバラ髪のお多福顔の男。
「氏虎殿、久しぶりやな。皆々様、よろしゅう、根来衆旗頭の津田算正や。えへん……。興教大師、覚鑁上人を開祖とする根来寺は、この乱世でも独立した崇高な存在。新たな支配者は望みませんのや……。取り急ぎ用意できる根来衆総勢二千、氏虎殿のお味方をするで」
続いて、痩せぎすの白髪の男が、ウォーと気合いを入れると、声を張り上げた。
「我は土橋守重! 我ら雑賀三組は先祖代々、根来寺のお味方! このたび、雑賀三組の二千名、根来寺と歩調を合わせ、九鬼家を討ち果たす所存!!」
二人に大きく頷く氏虎。
「お二人とも、儂の求めに応じてくれて感謝するぞ……。そう言えば、雑賀荘と十ヶ郷の二組は、いないようだな?」
「ふんっ! あいつらは中立を貫くそうだ! あの二組とはいつも、そりが合わんっ!」
腕を組んで悪態をつく守重。
「そうか……。守重殿が味方になるだけでも有り難い。急な要請で、これだけ集まるとなれば、九鬼家などものの数でもない」
今回、九鬼家討伐のために用意した兵は、熊野衆が一千、根来衆と雑賀衆がそれぞれ二千、総数五千人の軍勢になった。
それぞれがこれまで力を蓄え、準備した火縄銃を持ち込んでいて、火縄銃を持つ兵は、五千のうちの四割、約二千人にもなる。
「これだけの火縄銃を揃えた軍勢は日本初だろう。勝つのは必定! 九鬼家の領地を分配するのが楽しみだ!」
「あいや、暫く! よろしいですか?」
氏虎の雄弁を遮り、手を上げているのは周参見氏長だった。
「氏長、なんだ!?」
話の腰を折られて不機嫌そうな氏虎。
「はい……。拙者に良い案がございます。火縄銃がこれだけ揃っているのです。隊を二つに分けて、間断なく九鬼家に撃ちかかるのは、いかがでしょうか? さすれば、九鬼家を全滅させることなど、赤子の手をひねるように簡単でしょう」
白髪の土橋守重が、氏長の話に、膝を打つ。
「おお……。なるほど! 火縄銃の弱点は、次の弾を撃つまでに時間がかかること。これは良い案だ! さすが、熊野衆の知恵者と名高い氏長殿だな!」
お多福顔の津田算正もニンマリと笑いながら発言する。
「さすれば、魚鱗の陣をしくのはどうやろうか? 敵の正面を火縄銃で打ち砕き、九鬼家に我らの恐ろしさを教えたる」
誉められて得意満面な氏長と、魚鱗の陣を提案した算正を見ながら、氏虎も笑顔になる。
「氏長、良く考え付いた! それに、算正殿の提案ももっともだな……。では、魚鱗の陣で九鬼家を待ち構えるぞ!」
満面の笑みをした氏虎が手を叩くと、女中たちが酒を持って部屋に入ってきた。
「前祝いに、澄み酒を用意した。皆、遠慮せずに飲んでくれ!」
津田算正の後ろに控えていた男が、盃に注がれた澄み酒を眩しそうに眺めると、『ウイヤッ』と奇声をあげて一気にあおった。
その男は、野獣のような粗暴な顔をした、横に極端に大きい、とんでもない巨漢の男だった。
上品な袈裟を着こんでいるが、その身から発する暴力的な気配は隠しようもない。
その男は、瞳孔の開いた目をニンマリと細めながら、鴉の鳴き声のような濁った声を上げた。
「グヒッ! 敵がツクった酒かぁ? 戦の前に敵をノみコむとは縁起がイいわぃ!」
巨漢の男の大言壮語を満足そうに眺める氏虎。
「ぐはは! お主は確か、算正殿の弟の照算殿だな? 牛の首を手でねじ切れる怪力の持ち主と聞いているぞ……。照算殿の言う通りだ! 九鬼家は丸飲みだ!」
堀内氏虎の発言に、それを聞いた皆が笑い始める。
誰も勝つのを疑っていなかった。
拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
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