第八六話 百足大行進大作戦 その二
▽一五七一年八月、澄隆(十六歳)鳥羽城
宗政が紀伊国から戻ってきた。
無事で安心した。
ただ、交渉は上手くいかなかった。
雑賀荘と十ヶ郷に行って、味方になるように雑賀衆を説得したところ、すぐには決められないと、態度を保留にされたらしい。
そして、宗政が持っていったお金は、渡すつもりだったが、受け取らなかった。
伊賀国のお金のがめつさに比べて、誠実そうな感じはするが、味方になるかどうかは、半々というところかな。
現状、九鬼家だけで、熊野衆を討伐できるよう準備するか。
▽
「左近、相変わらず、無茶苦茶な訓練だな……」
俺は今、左近にしごかれている兵たちを近郷と一緒に視察中だ。
三百人の赤い鎧を着た兵たちが、走り回っている。
「わっはっは! そい! そい!」
「「ウゲッ! ボガッ!」」
左近は、一番後ろから竹槍を持って、笑い声を発しながら兵たちを追い立てている。
左近の持つ竹槍の先端は布で巻かれて丸くなっており、怪我はしなそうだが、その先端で遅れ気味の兵のお尻を力強くこずいている。
兵たちは、顔を真っ赤にして、今にも倒れそうだ。
指揮官である柳生厳勝たちは赤色の当世具足、三百人の兵たちは赤色の量産型具足を着て、まるで赤い百足が連なって行進しているような印象を受ける。
この隊は、鎧が完成した時、近郷が『百足みたいだ』と呟いたせいで、朱百足隊と呼ばれている。
その朱百足隊の全員が、今は竹束を持っている。
「澄隆様、あの竹束は何ですかな?」
近郷が不思議そうな顔をして、俺に聞いてくる。
「ああ、あれは……弾除けの竹束盾だ。あの具足も防御力は高いが、弾の当たり所が悪いと、骨を折ったり、最悪死ぬこともある。竹束盾でさらに安全性を高めたいんだ」
「な、なるほど……」
特に、隊長の柳生厳勝は、天運氣が壱だ。
厳勝は、史実だと火縄銃に撃たれて半身不随になっているし、出来るだけ安全性を高めておきたい。
火縄銃の弾が当たった時の衝撃の凄さは俺の身体で体験済み。
気を失うほど、痛かった。
三百人の兵たちは、竹束を持って死ぬ気で走っているが、本当に死ぬよりは良いだろ。
「あ、そうだ、近郷。あの竹束は、ただ竹を纏めて縛っただけだ。竹束の工夫がしたいから、宗政、光俊と宗介、理右衛門を集めてくれ」
俺のお願いに、頷く近郷。
また変なことを始めるのかと顔に書いてあるぞ。
俺のイメージ通りの竹束盾にするため、皆に集まってもらおう。
▽
鳥羽城の評定部屋。
今では増築が進み、二百人以上は入れる大広間になっている。
そこに、俺が指示したメンバーに集まってもらった。
総監督の田中宗政、火薬の専門家の多羅尾光俊、鎧の専門家の明珍宗介、鍛冶の専門家の芝辻理右衛門。
そして、呼んではいないが、いつも側にいる近郷だ。
この広い部屋にこの人数しかいないと、寒々しいな。
「皆、忙しいところ、すまない。まずはこの弾を見てくれ」
俺は、竹束盾を作る前に、光俊にお願いして、九鬼家の周辺の国で使われている火縄銃の弾丸を集めてもらった。
以前、火縄銃の試し撃ちの弾丸も同じだったが、どの弾丸も歪な丸い形をしており、線条痕も無い。
「この弾なら貫通力は弱い。竹束で盾を作れば、十分に火縄銃用の防具として活用できるだろう。ただ、これに、このような工夫をしたい。手を貸してくれ」
また、いつも通り、俺が描いた不味い絵を見せた。
皆、前のめりになって俺の絵を見ている。
宗介なんて、もじゃもじゃ髭の顔を真っ赤に上気して目がキラキラしている。
新しい物好きなんだろうな。
「まず、原料の竹は、どこにでも生えているし、軽いから持ち運びに便利だ。竹の準備は宗政に頼む。束にしても何とか走れる重さになるように、竹束盾は高さ約一間、直径が約一尺、円筒状に束ねる。そして、竹束の中には防弾用チョッキと同じ、多羅尾一族手製の蜘蛛の巣織りを入れてくれ」
名前を呼ばれた宗政と光俊が頷く。
「そして持ちやすいように、竹束盾の裏側には金具の取っ手を複数付け、走りながら使えるようにする。あとは、竹は比較的燃えやすいという欠点がある。そこで、盾の表面を布で覆って水を吹き付けられるようにする。これは宗介と理右衛門にお願いする」
宗介は歯が抜けた愛嬌のある顔で楽しそうに笑い、理右衛門は無表情で重く頷く。
「竹は、硬いものとやわらかいもの、材質の違うものを交互に配置してくれ。衝撃を殺しやすくなるだろう」
俺は、ここで、一呼吸置き、重要なことを伝える。
「それで、ここからが大事だ。円筒状に束ねた竹束の中に、ある工夫をしたい。絵を見てくれ。火縄銃を持つ軍勢に打ち勝つために、必要なことだ……。これは、ここにいる皆が頼りだ。あまり時間はないが、知恵を絞って何とか作ってほしい」
俺が頼むと全員が一斉に頷いた。
近郷も頷いているが、近郷には何も頼んでいないぞ。
また、変な名前を付けるなよ。
さあ、これで、指示は終わった。
準備が終わったら、熊野衆討伐だ。
忙しくなるぞ。
次回は、敵勢力の武将が続々登場(の予定)!




