第八三話 一万貫
▽一五七一年四月、澄隆(十六歳)鳥羽城
花見をしてから、数日後。
九鬼家の旗を靡かせた大型の安宅船が、鳥羽湾の入口に見えたと、見張り台から連絡が入った。
出航して約四ヶ月の船旅。
如清達が無事に帰って来てくれた!
俺は早速、近郷や宗政と一緒に鳥羽港に向かった。
出発は大湊港だったが、帰りは鳥羽港に入港させることにしていた。
鳥羽港なら、九鬼家の直轄港だし、入港税などはかからない。
積んでる荷で価格が決まる入港税や、売り上げの何パーセントかが取られる運上税など、この蝦夷地からの商品だと、その税金も莫大だろう。
税を他の勢力に取られない対策としても、直轄港である鳥羽港を発展させてきた。
鳥羽港で、安宅船が停泊できる場所は限られているが、港の整備が間に合って良かった。
鳥羽港に入港してくる安宅船を見ると、全体的に傷んでおり、帆も所々破れている。
ボロボロだな……。
航海の大変さが伝わってくる。
俺が見ている前で、安宅船に梯子がかけられ、如清たちが降りてきた。
「よく無事に戻った! 嬉しいぞ!」
俺は、両手を広げ笑顔を向ける。
「な、なんと、わざわざのお出迎え、恐縮です」
驚き、頭を下げる如清。
その後ろには、一緒に船に乗っていた面々が揃っている。
心配だったが、誰も欠けていないようで何よりだ。
皆、目に見えて痩せている。
長い船旅による疲労や船上での食糧事情の影響があったのか……。
「如清、皆、大変な航海だったようだな……。礼を言う。食事や澄み酒を用意してある。疲れを癒してくれ」
「な、なんと恐れ多い。ありがとうございます」
如清たち一同が一斉に頭を下げた。
中には、感極まって泣き出す者もいる。
服も薄汚れ、臭いもきつい。
本当に大変な航海だったのだろう。
食事をしながら、話を聞こう。
………………
俺は、身分に関係なく、航海に参加した全員を招いた慰労会を開いた。
用意したのは宗政だ。
「皆、改めて困難な航海を成功させてくれて礼を言う。今日は無礼講だ。遠慮なく飲んでくれ」
「「「ははっ!」」」
俺の挨拶が終わると、皆、澄み酒を一気に呷って、食事を始める。
手品のように、用意した料理が次々無くなる。
俺は、近習に料理を増やすように指示すると、服を着替えて身綺麗になった如清に話しかける。
如清は、やつれて五歳は年を取ったように感じる。
「如清、本当に大変だったようだな……」
「はい……。仰る通り、悪天候などもあり、言葉に尽くせないほど大変でした……。ただ、澄隆様から頂いた日本地図のおかげで、難所も事前に分かっておりましたし、危険を見越して航海ができました。特に、次に寄港できる場所が分かっていたことが、水や食料の補給にどんなに役立ったか……。感謝いたします」
如清は、深々と頭を下げた。
俺が命令して蝦夷地まで行ってもらったんだ。
頭を下げることなんかしなくて良い。
それに、俺が描いたモニャモニャ日本地図が役立ったのなら、何よりだ。
「ああ……。船上での生活は苦労が多かったか?」
「長い間の船旅、心配だったのが流行り病の対策でしたが、それも、澄隆様から頂いた澄み石鹸が大変役立ちました……。雨の日は、石鹸を持って一斉に矢倉上に出て、体を洗い、洗濯もしておりましたが、そのおかげもあってか、皆、清潔な体が保たれ、病に掛かる者がおりませんでした。色々なことがありましたが、良い経験を致しました」
都会育ちの如清が、精悍な顔になり、一本芯が通った雰囲気になった。
相変わらずの悪代官顔ではあるが、今回の航海での成長を感じる。
これなら、九鬼問屋の大元締めを宗政から変更して、如清に任せても良さそうだ。
うん、抜擢しよう。
このあと、航海に参加した小姓の岸嘉明、福島正則、加藤清正、柳生兄弟にも話を聞いたが、良い意味で、異なるアイヌ民族の文化に触れ、カルチャーショックを受けたようだ。
これからの九鬼家を担う者たちだ。
見聞を広めて、将来に生かしてほしい。
………………
慰労会をした次の日。
今度は、九鬼問屋の倉庫に積まれた蝦夷地との交易品を近郷と一緒に眺めている。
「す、凄い量ですな!」
近郷が倉庫内にビリビリと響き渡る声を出す。
相変わらず、うるさい。
ただ、確かに、実際に目にすると壮観だ。
その量と種類の多さに圧倒される。
まず、目につくのが獣皮だ。
熊や蝦夷鹿などの他、珍しい物だとラッコやアザラシの皮もある。また、明国から蝦夷地に流通してきた虎の皮もあった。
続いて、干物。
干しアワビ、干し鮭、干し鱈、干し鰊、昆布、イリコなどがある。見ても何か分からない干物も多い。
後は、熊の胆、鷲羽、薬用茸のエブリコなど、高値で売れそうな物か山のように積まれている。
多少は倉庫に残しておくが、如清を通じて、堺の小西屋に持ち込み、全部、売ってしまおう。
ちょうど良い。
鳥羽港から堺まで、九鬼問屋を使って、中型の安宅船で運ぼう。
高値で売れれば良いな!
▽
な、なんと…………。
「い、いちまんかぁぁん?」
声が裏返った。
俺は、思わずあんぐりと口を開けて、呆然としてしまった。
蝦夷地から仕入れた商品を、小西屋に頼んで堺で売り出したところ、全部で一万貫の売り上げになったとの如清からの報告だ。
昔、干しシイタケを売った時にも驚きの値段で驚いたが、それ以上の衝撃だ。
現代のお金に換算すると、なんと…………十億だ。
「じ、如清、凄いな」
「は、はい。私も驚きました。珍しい商品も多かったことから人気を博し、また、海外への輸出向けに買いたいという堺の商人が多数おりました」
そうか……。
堺から蝦夷地まで、日本海経由で向かう北前船もこの時代から始まるが、まだ、今の段階では未開通だったな。
蝦夷地からの商品が珍しいから、付加価値が付いたようだ。
ずっとこの値段では売れないだろうが、今回は凄い儲けが出た。
大収穫だ。
儲けたお金は、九鬼家の戦力に直結する。
これからの蝦夷地との交易で、どれほどの儲けを九鬼家にもたらすのか、考えるだけでもワクワクしてくる。
「分かっていると思うが、今回の航海の詳細は門外不出だ。いいな?」
「は、はい。それはもちろんでございます。今回の航海に当たっては、信頼がおける者たちだけを人選しました。裏切って口を滑らす者はおりません」
如清は、遠い目をして、悟ったような声で呟いた。
「この儲けを見て、真似をする商人が出ると思いますが、蝦夷地までは危険が溢れております。澄隆様から頂いた日本地図がなければ、蝦夷地までたどり着けるとは、到底思えません」
まあ、確かに、この時代の蝦夷地は遠い異国だ。
地図もなく、何も事前情報がない手探りの状態で、蝦夷地にまで到達するのは、相当に危険な航海になるだろう。
それでも、いつかは航路が確立する。
それまで、九鬼問屋の独占事業として、定期航路にして、儲けを出していこう。
初回の航海は如清を船内の責任者にしたが、如清は九鬼問屋の大元締めに抜擢した。
次回以降の航海は、大宮吉守と長谷川重吉の二人に任せよう。
それと、今回、一万貫も儲けを出したから、航海で苦労した皆にも褒美を出さないとな。
如清に聞くと、部下は古参の者ばかりで誰も裏切らないと言うが、人の気持ちは信用できない。
前世で嫌っていうほど、味わった。
褒美を弾めば、裏切り防止にも繋がるだろう。
……そして、次回の航海用の米などの交易品は、既に集め始めている。
集まり次第、第二回航海に出発してもらう予定だ。
次回……か次々回、久しぶりに澄隆が戦を始めます!
どの勢力と戦うのか、お楽しみに!
引き続き、よろしくお願い致します。




