第八〇話 領内視察と戦国コンビニ
▽一五七〇年十二月、澄隆(十五歳)鳥羽城 評定部屋
「本願寺が立ち上がったか……」
前世の史実より少し遅いが、本願寺が決起した。
「澄隆様の読み通りになりましたな」
近郷が感心した声を出した。
俺は、光俊にお願いして、石山の本願寺の動向を見張ってもらっていた。
光俊の配下が、本願寺に潜り込み、逐次、動きを伝えてくる。
今日は、定期的な評定で、主だった家臣が集まっているが、皆、感嘆の声を出したり、顔を上気させて頷いている。
まあ、前世の知識で分かっていただけだ。
俺が凄いわけではない。
俺は、皆の顔を見ながら、話しかける。
「皆、本願寺が織田家打倒を決めた。本願寺顕如が各地に檄文を出し、一揆を扇動しているようだ……。織田家は、この対応でかかりきりになるだろう。この隙に、拡大した九鬼家領内の統治を進めるぞ!」
「「「ははっ!」」」
「近郷、宗政! まずは、領内視察をしたい。準備してくれ。それと、今回の視察は、すまないが俺の我儘を聞いてくれ……」
久しぶりの領内視察だ。
まずは鳥羽港の様子を視察しよう。
………………
俺は、近郷と宗政と一緒に鳥羽港に向かった。
今回の視察は、俺の我儘で、奈々と妙も一緒だ。
近郷は、万が一を考えて、護衛を増やしたようだ。
ゾロゾロと歩くのは、目立つが仕方がない。
世鬼一族も何処にいるか分からないが、同行しているらしい。
皆、忙しいのに悪いな。
城を出ると、空にはカラッとした晴天が広がっている。
青い空には雲一つ浮かんではおらず、強い日差しが降りそそいでいた。
視察日和の良い天気だな。
鳥羽港に向かって歩いていくと、真新しい倉庫が建ち並んでいた。
「まるで、別の港に来たような気がしますな……」
発展した港を眺める近郷が、驚いた声で呟いている。
確かに、だいぶ変わった。
砂利で舗装された道など、細かな部分で港が改善されているのが分かる。
また、物を売り買いする市も続々と出来上がっている様子で、そこらかしこに商人の声が賑やかに聞こえる。
関所がないおかげで、近隣から商人が商品を持って集まってきている。
商人たちは、皆、明るい顔をしている。
治安も良く、安心して商いができているようだ。
そして、どこを歩いても、浮浪者がいない。
俺の指示通り、宗政や光俊が対応してくれているのだろう。
浮浪者は身元を確認した上で、領内の仕事を斡旋したり、新しく開拓した田畑で働いてもらっている。
中には、他国の間者が身元を隠しているかもしれないが、風魔一族や世鬼一族が目を光らせている。
そうそう、紛れ込むことはできないはずだ。
街に入ると、俺は、隣を歩く奈々と妙に話しかける。
「奈々、妙、一緒に歩くのも久しぶりだな……。これまであまり一緒にいる時間を作れず、すまない」
三人で並んで歩くのは、キノコ狩りに行って以来か。
ずっと、戦いに明け暮れていて、余裕がなかったからな。
戦いが終わっても、次の戦いに向けて色々、悪巧みをやっている内に時間が過ぎてしまった。
俺の言葉に、奈々と妙が、首を横に振る。
「澄隆様がずっと大変だったのはよく分かっております。今日は、私たちも誘って頂き、ありがとうございました……。それにしても凄く賑わっていますねぇ。澄隆様が支配してから、短い期間にこれだけ発展したこと、奇跡のようです……」
確かに賑わいが凄い。
数えきれない人の波で、溢れかえっている。
荷を降ろすのも、降ろした荷を倉庫に運ぶのも基本は全部人力である。
力仕事にたくさんの人数が必要であり、そのために人が集まる。
人が集まれば、消費を当てにした商人が集まる。
良い循環になっているようだ。
辺鄙な漁港のような鳥羽港が、賑やかで、それでいて温かい港に生まれ変わった。
奈々が、出来たばかりの様々な店舗を見ながら、『わあ……』と感動した声を出している。
妙も楽しそうに、キョロキョロと眺めている。
確かに、いつの間にか、街が大きくなって、こと活気だけみれば、隣の大湊の街並みぐらいにはなった。
俺は、移動や流通のし易さを目的とした区画整理のため、碁盤目状に計画した道作りと、雨水を流す下水道の配置などには、十分なお金を出したが、街自体の整備には、いっさい出していない。
九鬼問屋の一部を任せている小西如清に、街を案内させたが、詳しく話を聞くと、街作りの資金は、商人たちが分担して出しているそうだ。
鳥羽港に店を出すのが儲かりそうだと、商人自ら投資をしたらしい。
俺は、街並みの賑やかさに感心しながら歩いていると、街の一角に出店している櫛屋を見つけたので、今日の視察の記念に、奈々と妙に櫛をプレゼントすることにした。
瞳をキラキラと輝かせ、櫛を選ぶ奈々と妙。
この時代だと、色鮮やかな櫛はなく、実用的な物が主みたいだが、どの櫛も彫刻が彫られ、形が綺麗だ。
奈々と妙は、心から嬉しさが分かる笑みを浮かべている。
俺は、思わず、二人の横顔に見惚れながら、声をかける。
「ど、どうだ? 決まったか?」
二人は俺を見て、満面の笑顔で頷く。
その表情に、俺は心臓がドキリとはね上がる。
くっ、可愛いな……。
「そ、そうか。気に入った櫛が見つかったのなら良かったよ」
「はい! あ、でも、私たちばかり頂いて、申し訳ないです。何か、澄隆様にお返しできる物があれば良いのですが……」
妙も奈々の話を聞いて、頷いている。
俺は、二人に笑顔を向ける。
「あぁ、俺にとっては、二人が笑っているだけで、お返しになる。気にしないで良い」
俺のために、二人が温かい笑顔を向けてくれる。
それだけで、俺は十分だ。
「は、はい、ありがとうございます」
奈々は、顔を赤く染めながら、お礼を言う。
俺は、恥ずかしくなって顔をそむけると、視察を再開することにした。
近郷に目を向けると、俺を見て、ニヤニヤしている。
なんだよ、当主に向ける顔じゃないぞ。
俺は、視察が終わると、小西如清に新たな資金を渡し、このまま港の整備を推進するように指示して、城に戻った。
▽
次の日は、街道作りの視察だ。
今日は、練習した馬に乗って、出かけることにした。
同行は、近郷と宗政と近習たちだ。
今日は、遠出をするので、残念だが、奈々と妙は城で留守番だ。
馬に乗るのは俺と近郷。
俺の馬は、やっと振り落とされずに乗れるようになった赤兎だ。
宗政と近習たちは歩いて、同行している。
宗政はいくら練習しても、すぐに馬から振り落とされるので、乗馬は諦めたとのこと。
まあ、宗政に大怪我をされると困るし、戦に出すつもりもないので、諦めても構わないかな。
鳥羽城から大和国に向かって進むと、周囲の田畑に、俺が渡した竜骨車が見える。
ちゃんと、田に水を引き入れるのに、活用されているようだ。
領民は、俺に気付くと、慇懃に頭を下げ、年老いた農民は、手を合わせてお祈りを始める。
「澄隆様、ありがたやありがたや」
祈りながら、神様を眺めるような目で俺を見ている。
だから、俺は豆は怖くないぞ。
俺は、農民の作業の邪魔をしたくなかったので、領民たちに手を振ると、先を急ぐことにした。
馬に乗ること、一刻ほど。
整備中の場所に着いた。
「おーい! この木を切ってくれ!」
「この石をどかすぞーっ!」
「次は、砂利を持ってこーい! しっかり敷き詰めるぞ!」
人夫に雇った周辺の領民たちが、土地を整地し、麻袋に入った砂利を運んでは、整地した場所に丁寧に砂利を敷き詰めている。
ここでも、俺が来たことが分かると、領民たちは慇懃に頭を下げたが、俺のことを気にせず、作業に戻るよう指示した。
俺の言葉に従った領民たちは、俺が見ているからか、これまで以上に気合を入れた動きをしている。
まだ、整備を始めたばかりで、できた距離は短いが、道幅は俺が指示した通り、三丈ほどあり、見た目は思った以上に広々としている。
多くの領民が快く手伝ってくれているおかげで、俺の想定よりも街道作りは進んでいるようだ。
家臣の中には、敵に攻められにくいように、道は狭く、ぐねぐねしていた方が良いと言う反対意見もあったが、俺が大和国の大半を鮮やかに奪ってからは、信頼したのか、そういう意見は少なくなった。
まあ、家臣たちの心配は分かる。
物見櫓を増やして、狼煙で連絡できるネットワークを形成しよう。
あとは、街道沿いには、日陰を作るために松や杉を植えることにしているが、それ以外にも、休憩場所として一定間隔に出茶屋を作りたいな。
出茶屋の店先には、人用の草鞋と馬用の丸い草鞋を吊るして、商人たちが交換のために購入できるようにしてあげよう。
それと、道中弁当も将来的にはあると喜ばれそうだ。
あとは、小瓶に入れた澄み酒や、澄み薬、軟膏、近隣の野菜、手拭いや編笠などの日用雑貨も置こう。
戦国時代のコンビニだな!
そして、この戦国コンビニには綺麗なトイレも配備しよう。
この時代にも庶民用のトイレはあった。
辻便所と呼ばれているが、道端に簡易的な小屋が置かれ、なんと、仕切りが三方向しかなく、丸見え状態のトイレだった。
現代人の感覚がある俺にとっては、不特定多数の人に、お尻を見られるのは、絶対に嫌だ!
折角、戦国コンビニを作るのだから、四方向が仕切られている現代風のトイレが欲しいな。
ただし、水洗トイレにはできないから、ボットン便所だけどな。
排泄された便は、汲み取れば、肥料や硝石作りにも活用できるメリットがあるし、全ての戦国コンビニにトイレを作ろう。
この辺りのことは、俺が案を出して、宗政と小西如清に丸投げだな。
それと、歩いているとよく分かるが、関所も撤去が急ピッチで進んでいる。
収入が減る寺社などから、九鬼家がもともと家格の低い家だったことで反発があったが、俺が六十万石をこえる大名になったことや、将軍に謁見して直接官位を賜ったことが圧力になっているのか、急に撤去に応じるようになった。
俺は、根に持たれたくはないので、一時金を渡して出来る限り良好な関係を築いた上で撤去をお願いしている。
関所がなくなったことで、零細の商人たちでも、鳥羽港に容易に商品を持ち込めるようになるだろう。
引き続き頑張りますので、よろしくお願い致します。




