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第七八話 ポニーは男の浪漫

▽一五七〇年十二月、澄隆(十五歳)鳥羽城 



 足利義昭への謁見は滞りなく終わり、無事に鳥羽城に戻ってこられた。



「ただいま帰ったぞ」

 鳥羽城に帰ってくると、奈々と妙に出迎えられる。



 俺は、奈々と妙に微笑み、二人もまた応えるように、木漏れ日が差し込むような柔らかな笑みを浮かべている。

 久しぶりに会う奈々と妙は、相変わらず眩しいほど綺麗で、こんな二人が俺の妻だということが未だに信じられない。



「お帰りなさいませ……。澄隆様、着替えの準備ができております」

 奈々が頭を下げながら、嬉しそうな声で言う。



「お、おう、分かった」

 二人に連れられて、俺の部屋まで進む。

 妙は喋ることができないが、奈々は妙に笑いかけながら声をかけ、妙は笑顔で頷いている。

 奈々と妙は本当に仲が良い。 

 俺にとっては、有り難いな。



 俺は、用意されていた蒸し風呂で掻いた汗を拭き、さっぱりした気分になる。

 蒸し風呂は、この時代では数少ない娯楽だ。

 俺も気に入っている。



 この後、奈々と妙と一緒に早めの夕食を取ることにした。

 俺は、足利義昭との謁見の様子などを奈々と妙に詳しく話すと、二人とも感動と喜び、そして安堵が混ざったような顔で頷いている。



 やっと、自分の城に帰ってきたことを実感して、気持ちが落ち着く。

 三人での夕食は楽しいな。



 それで……………。 

 夜だが、最初は奈々、次に妙の部屋に行くことにした。



  


 チュンチュン。

 朝日が眩しい。



 俺は、身支度を終えて、妙の部屋を出ようとすると、妙の表情は不満そうであり、少しでも長く一緒に居たいという気持ちが伝わってくる。



 妙は俺が背を向けると、俺の背中にフワッと飛びついてきたので、そのままオンブした。

 抱きついてきた妙の肉感が背中に感じられて、鼓動が早くなる。



 長い美脚を絡め、まるで逃げられないように背後から抱き締められる。

 うん、動きづらいぞ。



 肩越しに妙の顔を見ると、可愛いらしく眉毛をハの字にして、縋るような表情で離れない。

 寂しかったみたいだし、少しの間、オンブするか……。

 妙の息が俺の耳元にかかって、こそばゆいな。



………………



 近習が呼びにくるまでオンブした。

 その後、俺は、襟を直して、評定部屋に向かう。



 評定部屋には、朝から、主だった家臣に集まってもらった。

 足利義昭との謁見のことなど、家臣たちに伝えるためだ。



 俺は評定部屋に入ると、早速、皆に話しかけた。

「皆、公方様との謁見も無事に終わった。新しい官位も頂いたぞ。志摩守だ」

「「「おめでとうござりまする!!!」」」

 皆、練習してきたかのように、一斉に平伏した。

 感極まった家臣の一人が涙を流す。

 興奮はすぐに他の者へと伝染し、やがて評定部屋全体が熱狂的な空気に包まれる。



 俺が思っているより、官位の威力が凄いのを、改めて実感する。



「これで、名実ともに志摩国の支配者になった。ただ、九鬼家の周りは敵だらけだ。皆のこれまで以上の働きを期待している……。さあ、今日は、お祝いに宴会だ!」



 皆、その言葉を期待していたのか、『オオ!』と歓声をあげる。

 家臣たちは、いつも以上にテキパキと動き、あれよあれよという間に宴会の準備が完了した。

 本当にお酒好きだよな。

 

 



 昨日の宴会は、深夜まで続いた。



 昨日は、地元の豪族や名士などが、俺が志摩守の官位を得たことのお祝いをしたいと、俺にお酒を注ぐための列ができた。

 皆、天下の大将軍に謁見したことに感動していて、将軍から官位を得たことに、志摩国の誇りだと涙を流す者さえいた。



 将軍に会った途端に、周囲の俺に対する評価がさらに爆上がりした。

 将軍に謁見して官位を貰ったことが近隣の多くの人に拡散され、注目を浴びるという、前世でいう『バズった』状態になった。



 俺は義昭を傀儡の将軍ぐらいにしか考えていなかったが、将軍謁見と、領地を治めるお墨付きの官位獲得は、この時代の感覚だと予想以上の影響力があったようだ。  

 正直、凄く落ち着かない……。



 気を紛らわせるため、昨日は飲みすぎた。

 まだ、お酒が残っていて、身体がだるい。 



 ただ、だるいのは上洛の疲れもある。

 二条御所まで、重くて暑い鎧を着たままの徒歩での往復は、本当に疲れた。

 


 ……馬が欲しいな。



 これまで、九鬼家では馬の運用は考えてこなかった。

 それは、なぜかと言うと……。



 この時代、日本にサラブレッドという馬がいないからだ。

 どの馬も、ポニーぐらいの大きさしかない。

 首が太く、胴回りは丸々、肢は短く、ずんぐりむっくりした体形をしている。

 たてがみや尾毛はふさふさして、見た目は可愛らしいが、どう見ても、戦場で戦っているイメージがわかない。

 


 それが、戦国時代の馬だ。

 俺は、戦国時代で騎馬隊が使う馬を、現代でよく見るサラブレッドのような馬がいるのだろうと誤解していた。

 前世で好きだった時代劇でも、サラブレッドを使っていたし、この時代でも、戦場で馬を見るまでは信じられなかった。


 

 堺の商人、小西隆佐にも聞いてみたが、日本にいる在来馬は、どの馬も、体高がだいたい四尺五寸ぐらいのポニー体形らしい。

 どうも日本が極東の島嶼で、外来馬の大量輸入もなく、品種改良がさほど進んでいないため、在来馬が大きくならなかったようだ。



 ……それで、興味が出たのが、騎馬隊で有名な武田家だ。

 武田家が支配している甲斐国は、『甲斐の黒駒』と呼ばれるポニーの生産地だった。



 前世の知識によると、チート有名大名の武田信玄が当主の時は、約一万頭もの馬を育て、戦国最強と謳われた武田騎馬軍団を作っていたらしい。

 ただ、ポニーでは、戦場を長時間、縦横無尽に駆け回って、敵を蹴散らすような戦い方はできなかっただろう。



 そうなると、できるのは、敵陣に一直線に突撃し、一気に崩すという役目になるのかな。

 実際に、武田騎馬軍団の戦い方を見ていないので、分からないが、史実では馬に乗っていたのは指揮官クラスだけという説もあったし、一度、光俊の配下に甲斐国に行ってもらって、詳細を探ってもらうか……。



 それで今回、俺がしたいのは、出来るだけ体格の良い馬を仕入れて、俺が乗るために育てることだ。



 この時代の平均身長は、だいたい五尺二寸ぐらいだから、ポニーでも十分な大きさなのかもしれないが、俺は子供の頃から澄み薬で寄生虫を殺しているし、食事も十分に取っているため、平均身長より五寸以上、高くなっている。



 俺に合う馬を仕入れたい。

 そして、できれば、九鬼家に騎馬隊も作れたら、浪漫があって良いな!

 仕入れるとなると、宗政だ。

 


「宗政! 宗政はいるか?」

 近習に宗政を呼ぶように伝えると、宗政は鳥羽港に行っていたらしく、汗をかきながら、俺の部屋に入ってきた。

 髪の毛がぺったりして、こけしらしさが増している。

  


「澄隆様、お待たせしました。今度は何でしょうか?」

 宗政に早速、用件を伝える。

「馬だ。馬が欲しいぞ」

「馬ですか……。仕入れるとなると、確か一頭当たり安くても十貫ぐらい、高いものだと五十貫ぐらいかかりますが、よろしいですか?」



 なんと……思ったより高いな。

 それだけ、この時代、馬はとても貴重な存在なのか。



 武将にとって、無性に手に入れたくなる男の浪漫なのだろう。

 ポニーだけど。



「ああ、高くても構わない。少しずつでも良い。出来るだけ体格の良い馬を仕入れてくれ」

「ははっ」

「あとは、波切城の近くで空いている場所を切り開いて、馬を育てる牧場を作ってほしい」

「は、はい? どのくらいの規模に致しましょうか?」

「そうだなぁ……。まずは千頭ぐらいは育てられるようにしたいな。出来るか?」



「せ、千頭ですか!? や、山をいくつか切り開き、柵で囲めば可能かと……。ただ、人夫を雇うのに相当のお金がかかります」

「ああ、構わないぞ。早速、始めてくれ。これ以外も、馬を育てるのに必要なものがあったら、調べて対応してくれ。出来るだけ早くな。それと餌は必要だろう? 高取城の光隆叔父や、大河内城の勘兵衛にも伝えて、各領地で藁を大量に集めさせてくれ。頼むぞ」



 宗政は、お腹をさすりながら、頷いた。

 いつも無茶振り、ごめんね!





 数週間後。

 鳥羽城の広場。

 俺の前には、二十頭のポニーがいる。



「宗政、色んな馬がいるんだな!

 凄いな!」

「は、はい、小西隆佐殿に相談したところ、各方面の商人の伝を使って、二十頭ほど集めて頂きました」

「そうか、今度、隆佐にあったら、礼を言っておくか」



 ここにいる馬は、木曽馬、三河馬、能登馬、土佐馬だという。

 馬の毛色は、茶だけでなく、黒や灰色、白色など、様々な色がある。

 残念ながら、甲斐の黒駒は手に入らなかったが、仕入れた中で一頭だけ、立派というか立派すぎるほどの大きさの馬がいた。

 筋肉質で脚も太い。

 聞いたら、隆佐秘蔵の赤茶色の馬を特別にもらい受けたそう。



 この馬なら、俺でも乗れるだろう。

 赤茶色だから、名前は、中二病っぽい気がするが、赤兎にしよう。

 それに赤兎以外の馬も、平均よりは大きいそうだ。

 隆佐に感謝だ。



 早速、乗馬の練習だ。

 そういえば、左近が得意と言っていたな。

 乗馬のコツを聞いてみるか。



………………



 馬が手に入ったことに浮かれて、左近の性格を失念していた。

 左近にコツを聞いたところ、嬉々として地獄の乗馬訓練が始まってしまった。



 『軽く訓練しましょう!』と言って、数刻ぶっ通しで、乗馬訓練をするとか頭のネジが外れているとしか思えない。



「ウギャァォォガッヒョォオオ!!」

 何度も落馬し、止めどなく悲鳴を上げる俺の声が、澄みきった青空に響き渡る。

 死ぬ……。

 きつすぎて死んでまう。



 ポニーという見た目の可愛さから、大人しいと勝手に思っていたが、この当時のポニーは気が荒かった。



 去勢という文化がないことも理由の一つだと思うが、そもそも人を乗せるのに慣れていない。

 俺が乗るだけで、俺をふるい落とそうと身体を乱暴に振り回す。



 俺だけ辛いのは悔しいので、目についた家臣や小姓を引きずり込んで、地獄を味わってもらおう。



………………



「ぐげゃ!」と、とんがり三成。

「うげっ!!」と、おにぎり行長。

「ごげっ!!!」と、いのしし正則。

「あっわっびっ!」と、奇声をあげながら転げ落ちるキチキチ清正。



 左近の地獄の乗馬訓練に引きずり込んだ面々が、落馬するごとに潰れたような声を出す。

 俺も落馬が続いて、地面には怪我防止の藁を敷き詰めてはいるが、青アザや擦り傷だらけだ。



 当主にこんな仕打ちをするのは、左近ぐらいだろう。

 まあ、俺も早く馬に乗れるようになりたいので、文句は言わない。

 近郷も引きずり込もうとしたら、既に馬に乗れると言って、逃げられた。



 ここにいるのは、ほとんどが若い者ばかりだ。

 皆、左近の指導で、死にそうな声をあげて、カエルの合唱状態になっているが、顔は生き生きとしている。



 カエルの合唱をしながらも、全員の口元が僅かに綻んでいるな……。

 さすが、男の浪漫、ポニー。 

 男にとって、馬に乗れるのは望外の喜びなのだろう。



 特に上達が早いのが、いのしし正則とキチキチ清正だ。

 そういえば、武適性の騎士術の数値が、正則が玖、清正が拾だったな。

 適性があると、上達も早いのだろう。



 俺も自分の適性は分からないが、光成や行長ぐらいには乗りこなせている。

 俺を含め、これなら、次の戦いには馬に乗って出陣できるかな?  

 まあ、まだまだ馬が少ないから、行軍用にしか使えないと思うけど。

感想、応援ありがとうございます!

次回は、掲示板回になります。

『義昭と愉快な仲間たち その二』お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] ポニーの騎馬軍団での突撃、シュール過ぎる
[良い点] 更新お疲れ様ですー ポニーって、現代のマイカーみたいな位置づけなんですかねー? 見栄えの良いポニーは、皆の垂涎の的みたいな?
[一言] 間違っても主君の諱を呼ぶことは無いと思います。 義昭公と呼ぶのは大変に不敬です。この場合大樹が適切かと思います。
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