第七〇話 知らない天井
▽一五七〇年十月、澄隆(十五歳)?
ここはどこだ?
知らない天井が見える。
白っぽいな……。
……んん?
だんだんと脳が活性化する。
天井をよく見る……。
上下に僅かに揺れている。
これは、テントか?
………………。
…………。
……。
俺が目を開けたまま、右に顔を向けると、むさ苦しいゴリラ顔が、目を真っ赤にして俺を見ていた。
「澄隆様ぁぁぁ! 目を覚まさないかと思いましたぞぉぉぉ! 良かった、本当に良かった」
近郷は、ぐちゃぐちゃな顔で、涙ぐんでいる。
その顔には涙の跡がくっきり見える。
近郷の後ろには、他の家臣たちも泣いていたり、心配そうな顔をしている。
俺はボーとした頭で、皆の顔を眺めていると、ハッと思い出した。
「俺は、撃たれたのか? ここはどこだ? どうなったんだ?」
「澄隆様ぁぁぁ! 本当に良かったぁぁぁ!」
近郷は、泣きじゃくって話を聞いていない。
近郷、うるさい。
俺は、仕方なく、近郷の隣にいる光隆叔父に聞いた。
「澄隆様、本当にご無事で心より安心いたしました……。この場所は、信貴山城近くに設けた陣地内です」
「……俺は、助かったのか?」
「はっ。まずは、こちらの鎧をご覧ください」
光隆叔父が指差す方向を見ると、俺が着ていた青い百足のような鎧が置いてあった。
胸に一円玉ぐらいの穴が空いていた。
「あれは……弾が当たった穴か?」
「はい。弾は、鎧を貫通はしましたが、その時に弾の威力が弱まり、防弾層の部分で止まったのだと思われます……」
なんと、戦国版防弾チョッキが俺の命を助けたようだ。
今回、俺は、明珍宗介が作ってくれた鎧、当世具足を着てきた。
まだ、数着しか作ることができず、今回の実戦投入は諦めていたが、奈々に戦場は危ないからと無理矢理、着させられた。
本当は、筋肉がつかない俺には重くて蒸し暑くて着たくはなかったが、この鎧のおかげで命拾いしたようだ。
奈々に救われたな……。
俺は、やっと少し落ち着いた近郷に背中を支えてもらって、上体を起こしてもらい、胸の状態を見る。
胸は赤く内出血しているが、骨は折れていないようだ。
痛みが強いからヒビは入っているかもしれないが。
俺は、胸の痛みに耐えて、皆に声をかける。
「皆、心配をかけたな。俺は大丈夫だ」
光太と光俊が、俺の側に来て深々と平伏した。
沈んだ声を出す光太。
「この度は、澄隆様をお守りできず、申し訳ありませんでした。この責めはいかようにも……。命をもってお詫びすることも吝かではございません」
俺と光太は同じ鎧を着て、一緒に歩いていたのに、運悪く俺が撃たれたようだ。
確か、光太の天運氣は参だったな……。
俺のステータスは、見れないから分からないが、天運氣の数値は相当低いのかもしれないな。
光太は、深々と頭を下げている。
うん、まあ、助かったから別に気にしなくて良いぞ。
「ああ、今回は俺の油断が招いた結果だ。気にしないで良い。これからは俺も気を付ける。光太、引き続き守ってくれ」
顔をくしゃくしゃにして平伏する光太。
光太も忠義者だな。
俺は改めて、光俊達に聞く。
「それで、俺が撃たれた状況を教えてくれ」
俺の言葉に涙ぐんだ光俊が代表して話し出す。
だから、気にしなくて良いって。
「澄隆様を撃ったのは、石垣の中の部屋に潜んでいた敵兵たちです。小太郎殿たちがすぐに追いかけましたが、全員、逃げられないと悟ったのか、途中で自害して果てました。その中の指揮官らしき男は火縄銃で自分の頭を撃ち抜き、顔さえ分からなくなっております」
なんと、全員自害とは……。
指揮官は顔も分からなくするとは、とってもキナ臭いな。
「何か、その兵たちに特徴はなかったか? 例えば、興福寺にかかわるものは?」
「特に、何も出てきませんでした。身元も全員、分かりません。火縄銃も作りを調べましたが、堺で売られているもので珍しいものではないとのこと。……澄隆様は、興福寺を疑っておいでですか?」
「ああ、信貴山城が降伏後に、俺が撃たれる……。興福寺にとって、都合が良すぎる。それに、死人に口無しだが、俺を撃った敵兵が全員自害は、さすがに潔すぎると思ってな」
光俊は頷きながら、話す。
「拙者も今回の黒幕は筒井順慶だと思います。ただ、証拠はございません。いかがしましょう?」
光俊と光太の雰囲気から、俺が撃たれた報復に、順慶の暗殺をしたい気持ちなのが伝わる。
俺は、首を振り、目でダメだと伝える。
光俊と光太の気持ちは有り難いが、俺の復讐のために、興福寺に乗り込んでの暗殺は危険すぎる。
順慶を暗殺するメリットより、光俊たちを失うかもしれないデメリットの方が大きい。
俺は、光俊と光太を目で抑えるとすぐ、皆に聞こえる大きな声で言った。
痛てて。
「俺は無事だった。撃った敵兵も死んだ。このことは、もう終わりでいい。今は、先にやることがある。すぐに、興福寺に対して、俺が存命なこと、領地配分の打合せをしたいことを伝えてくれ」
俺は、光隆叔父に指示を出す。
「興福寺との打合せは、光隆に頼みたい。良いな?」
「はっ! 承知しました。それで、お願いがございます。ここにいる大谷吉継を同行させたいと思います。よろしいですか?」
俺は、光隆に呼ばれて、俺の側まで来たクール吉継を見た。
なんで?
「この吉継の智謀に、私は今回、随分助けられました。領地配分の打合せでも、吉継の力をお借りしたいと思います」
光隆叔父曰く、吉継は軍師のように光隆叔父に、適時的確に助言していたようだ。
クール吉継の政巧者90オーバーの能力が少しずつ、発揮されているのかな。
今回、おにぎり行長も、とんがり光成も活躍したし、若いながらも、各々が自らの高い能力を発揮し出した。
俺は、嬉しくなった。
「構わないぞ。光隆、そして吉継、よろしく頼む」
俺は、痛みを堪えて、二人に笑顔を向けた。
▽
「…… いったいどうなっている?」
筒井順慶は、慈明寺順国をジロリと睨む。
「澄隆は火縄銃に撃たれ、倒れたのは確認しているのですが……」
「ではなぜ生きている?」
「……澄隆は、見たこともない風変わりな鎧を着ていました。ひょっとしたら弾を防げる鎧なのかもしれません」
「……鎧のおかげか」
慈明寺順国が、残念な知らせを持ってきた。
ふん、九鬼澄隆はしぶとく生き残ったようだ。
澄隆を上手く撃ち殺したと、喜んでおったのに、順貞は無駄死にか。
役立たずが。
「分かった。順国、下がっていい」
「ははっ」
順国は、深々と平伏すると、頭を下げたまま部屋を退出していく。
順慶は、順国が退出したのを確認すると、軽く舌打ちをして眉間に皺を寄せた。
澄隆は、怪我はしたようだが死ななかった。
これでは、約定を有耶無耶にできん。
興福寺の門徒の目がある手前、約定をすぐに破棄するのは、この順慶の評判を落とすことになり難しい。
仕方がない……。
今のところは、折れよう。
だが、今だけだ。
順慶は、手に持っていた数珠をギュッと握る。
ジャリっと数珠が擦れた音が部屋に響く。
興福寺の力が高まれば、九鬼家など、すぐに大和国から追い出してやる。
筒井順慶は、薄暗い部屋の中で、一人、笑顔の仮面を外し、冷たい目をしながら、口だけは笑っていた。
▽
俺が、陣地内で療養している間に、光隆叔父とクール吉継が興福寺と領地配分を交渉してくれた。
約定に沿って九鬼家有利に上手く交渉を進めてくれて、結果、大和国の約四十五万石のうち、北側の八万石は興福寺の領地となったが、それ以外は九鬼家が支配することになった。
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次回は、身寄りのない子供たちを九鬼家で働いてもらうために集めます。
題名『鬼神様降臨』、お楽しみに!




