第六八話 鉄仮面大作戦 その五
▽一五七〇年十月、澄隆(十五歳)高取城
高取城を落とした翌日、高取城の大広間に家臣を集めた。
「皆、良くやってくれた。特に、行長と紺、そして本丸を攻めた別動隊の者たちの働きがなければ、この城は落とせなかった。感謝している……。怪我をした者は、この城で養生してくれ」
「あ、ありがとうございます! 澄隆様に描いて頂いた見取り図のおかげで、本丸まで行くことができました!」
大きな声で、笑顔でハキハキ答えるおにぎり行長。
「はい~。ありがとうございます~」
間延びした声で、ゆっくり答える風魔の紺。
行長と紺は、二人で連携して、本丸内で上手く戦ったようだし、良い組み合わせだったみたいだな。
行長は傷だらけのボロボロ、紺は足を挫いたようだし、この城でよく休んでくれ。
「次に、これからの戦略だ。左近隊は、兵一千を率いて、引き続き、高取城から南側の城を落としてもらう。それと、政忠、ここに」
大仏供政忠は、ゆったりと前に出てきた。
「投降してきた政忠は、左近隊と一緒に周辺の城を落としてもらうぞ。政忠、調略でも力攻めでも構わない。できるだけ早く、周辺の城を落としてくれ」
「はっ。まず、高取城から近い、越智城を落とす手はずを整えました。城内にいる拙者の血縁者に接触したところ、内応を了承しました」
「おお、やることが早いな。よろしく頼む。よし! 高取城の周りが落ち着いたら、残りの兵一千は、俺と一緒に北側に向かうぞ」
俺は、光俊を見て指示する。
「あとは、光俊。引き続き、この一帯を情報封鎖してくれ。興福寺には九鬼家が我ら別動隊で攻めていることを気付れないようにな」
「はっ、澄隆様の指示で、情報封鎖をしております。問題は起きておりません」
俺は、光俊に頷いた。
光隆率いる北側の別動隊は、どうしているだろうか……。
▽
私、大谷吉継は、首を回しながら肩の力を抜くように努力した。
初陣で気持ちが高ぶっている。
早く、戦場の雰囲気に慣れなくては。
私は、大和国に侵攻すると、すぐに戦いになるかと考えていた。
ただ、特に大きな障害もなく、大和国の北側まで進んできた。
途中、興福寺系列のお寺で、筒井順慶の家臣である慈明寺順国が待っていた。
順国は、興福寺では身分が相当高いらしく、豪華な袈裟を着ている。
ここで、両家が連携するために、会合を開くようだ。
私も五助と共に、順国との打合せに参加した。
………………
「それは皮算用でございます!」
九鬼家の北側軍大将の光隆様が苦々しく言った。
順国は、薄ら笑いをしたまま、話し続けている。
「九鬼家は多聞山城を攻め、我々興福寺は筒井城を攻める。むしろ、筒井城の方が、松永家の本城である信貴山城に近い。興福寺の方が危険です」
光隆様が何を言っても順国は全く動じない。
私は、順国の話を聞きながら、筒井順慶の真意をはかる。
順国の言っていることは、屁理屈だ。
多聞山城の規模は、信貴山城と同規模な巨大な城で、攻め取るには、甚大な被害を出すだろう。
それに比べ、筒井城は、筒井順慶が松永家から奪われた城だ。
城の規模は、大和国の中では大きめだが、興福寺にとっては構造も詳しく知っている城だし、攻めるのも容易いだろう。
筒井順慶は、筒井城と多聞山城を落とし、松永家の本城である信貴山城を丸裸にしようとしている。
それ自体に反対はない。
ただ、多聞山城は、九鬼家の力攻めだけで落とすには、相当の無理をしなければならない。
「順慶様は、九鬼家が多聞山城、興福寺が筒井城を攻めるのが良いと仰っており、これは譲れません」
順国は、頑として意見を変えない。
私は、こう着状態の話し合いに割って入った。
緊張で膝が少し震える。
まず、私は鬼の鉄仮面を被っている光太殿を見て、話しかける。
「澄隆様、発言してよろしいですか?」
光太殿は、私を見て、声を出さずに頷く。
「順国殿にひとつお聞きしたい」
「……なんですかな?」
「信貴山城の敵が、城から打って出る可能性もあるかと。そのことにはどうお考えか?」
「…………ほう」
順国は、私を睨み、よく気付いたなという顔をしながら、話し出す。
「興福寺の門徒は、これまで松永家に押さえ込まれておりました。その怨みは相当のもの。信貴山城は興福寺に近く、門徒も多い。順慶様が決起すれば、必ずや立ち上がりましょう。くふふ……」
押し殺したような笑い声を上げる順国。
なるほど。
筒井順慶は、信貴山城を興福寺の一揆勢に、多聞山城を九鬼家の軍に抑えさせ、筒井城を取る算段か。
順慶は、この二千人を九鬼家の主力全部とみて、信貴山城と多聞山城をすぐに落とすのを諦め、筒井城の奪還を主目的とした計画に変えたと見た。
筒井城を奪還でき、九鬼家の力を疲弊させる一挙両得の計画なのだろう。
それなら、やることは決まっている。
我々、光隆様率いる北側部隊が、敵をひきつける中、澄隆様率いる主攻部隊が南側の城を平らげる。
澄隆様なら必ず、大和国の南側を平定し、こちらに駆けつけてくれるはず。
それまで、時間潰しをすればいい。
「澄隆様、ご提案がございますが、よろしいでしょうか?」
私は、光太殿、そして、隣に座っている光隆様に顔を向ける。
光太殿が軽く頷くのを確認して、話し出す。
「九鬼家が多聞山城を攻めるにしても、短期間での攻略は無理でございます。そこで……」
私は、広げられている地図を指さし、くるっと回り込むように線を引いた。
「我々、九鬼家は、この線に陣をひき、筒井城と多聞山城を分断します」
皆が地図を眺めているなか、説明を続ける。
「九鬼家の陣からは、多聞山城を火縄銃や弓で攻撃致します。その間に、興福寺は筒井城を攻撃すればいかがか?」
この案なら、助攻に徹すべきという澄隆様のお考えにも合致する。
「ほうほう……」
順国は、私をずっと睨みながら、右手の人差し指で、膝をトントンと叩いている。
「それなら我々としては良い案ですが、九鬼家は多聞山城を落とすのに時間がかかりますぞ。よろしいのですかな?」
「はい、まずは、興福寺に筒井城を落として頂きたい。その上で、興福寺と九鬼家の両家合同で多聞山城を攻めましょう」
順国は、顔を少し上に向けて暫し考えると、ゆっくり頷く。
「よろしいでしょう。では、これで失礼します。澄隆様、ご武運をお祈りしておりますぞ」
順国は、澄隆に化けている光太に、心にもないことを言い、席を立った。
………………
順国たちが離席すると、光隆様が、私に話しかけてきた。
「吉継、よくまとめてくれた。助かった」
「はっ。若輩者が発言して、申し訳ありません。澄隆様のお考えに沿って、提案させて頂きました」
私は、筒井順慶の真意を皆に伝えて、今後の方針を伝えた。
光隆様は、感心した顔をしながら、私に言う。
「吉継、これからも私の側にいて欲しい。興福寺との話し合い、頼むぞ」
私は、緊張した顔で頷いた。
拙作への応援、感想等、ありがとうございます!
次回は、澄隆が北側の部隊に合流し、多聞山城、そして、信貴山城の攻略を進めます。
『鉄仮面大作戦その六』、お楽しみに!




