第六七話 鉄仮面大作戦 その四
▽一五七〇年十月、横江紺(二十四歳)高取城 本丸内
「や、夜襲だ! で、出合え出合えぇ!」
「ど、何処から侵入した!?」
行長と紺、三百人の兵たちが、城内を進んでいくと、城兵たちは夜襲に気付き、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
城の上層階に攻め入ると、そこに城兵たちが集まって、待ち構えていた。
城兵は、慌てて駆け付けたのか、鎧を着ている者はほとんどいない。
お互いが怒声をあげながら、激突する。
「ま、まもれぇぇ!」
「う、うぎゃゃゃ!」
斬られた城兵の血が、壁に飛び散る。
弓矢を構えて、行長を狙っている城兵を見つけた紺は、右手を振り、銀鎖でその城兵の右目を貫いた。
「ふ~。守る人数がそれなりにいますね~」
「はぁはぁ。進みましょう」
行長は、初陣の緊張からか、動きが固いが、刀にはすでに血がついていた。
左近推薦の常備兵たちも奮戦し、城兵たちを連携して倒していく。
そして、風魔の楽の隊が、城兵に向かって、一斉に渦巻きのような六方手裏剣を投げた。
手裏剣は、ブーメランのように曲がりながら、味方を避けるように飛び、城兵の顔や喉に当たった。
血を吹き出しながら、倒れていく城兵を見ながら、楽の隊の一人が言った。
「姐さん、あちらに城兵が集まっています。おそらく、その先に城主がいるかと」
指し示した方向は、城の右奥に進む通路だった。
紺は、は~いと頷きながら、右腕を振り抜く。
銀鎖が城内の狭い空間をクネクネと生き物のように動き、城兵たちを次々に突き刺し、倒していく。
「ひ、ひぃ」
城兵が紺の銀鎖に怯む中、忍刀、クナイ、手裏剣などが楽の面をした忍者たちによって振るわれ、城兵たちの頭蓋を割り、首を斬り払った。
………………
あれから、奥に奥に進んだ。
城は、迷路のように入り組んだ構造になっており、方向感覚が失われる。
紺たちが走りながら、通路の曲がり角に出ると、その死角から熊のような大きな男がヌッと現れ、紺の目の前に、刺のついた巨大なハンマーのような掛矢が振り落とされた。
「!? くっ!」
バゴッ!!!
紺が体制を崩しながら辛うじて避けると、掛矢が嫌な音を立てて床に当たり、破壊した床の破片をまき散らした。
紺が顔を上げれば、身長六尺はこえる大男がいた。
「ガハハ、よく、避けたなっ! 儂が高取城の城主、越智家高だ!」
紺は、無理な体制で攻撃を躱して足を挫いたのか、左足を少し引き摺りながら、サッと銀鎖を放つ。
すると、家高の大型の掛矢は、鉄で補強されているらしく、紺の銀鎖を弾いてみせた。
カッカッカッ!
紺が銀鎖を放つ度、二人の間に火花が飛び散るが、二人の距離が近く、紺は押し込まれていく。
家高の横薙ぎの掛矢を紺が身を屈めて避ける。
「くっ!」
すると、掛矢はそのまま壁に派手に衝突し、ズドンという一際大きな音が鳴り響いた。
破壊された壁の破片が床にパラパラと降る。
「姐さんっ!」
楽の隊の一人が、紺の横から家高に飛び掛かった。
家高は、ニヤリと笑って、壁に埋まった掛矢を力任せに横薙ぎに振る。
グシャ!
その忍者は避けきれずに頭を潰され、大量の鮮血が壁に飛び散った。
「グフフ、どうやって忍び込んだかは知らんが、儂を倒せる訳がないんだ。今からでも降伏するなら、命を助けてやってもいいぞぉ!」
家高は大型の掛矢を構え、紺の凹凸のある煽情的な身体を舐め回すように見ながら、欲望を隠そうともしない下卑た笑い声をあげる。
開いた口から見える、黄ばんだ歯が、とても汚かった。
「下品な男は嫌いです~」
紺は、腰から短刀を抜き、左手に短刀を構え、右手は後ろに引き、銀鎖を飛ばす体勢を取った。
「グフフフフ、身体付きが良いから、気味が悪い仮面をしていても、抱いてやろうと思ったのに、では死ねぇ」
二人の間でさらに火花が飛び散るが、紺が一歩一歩じりじりと足を引き摺りながら下がっていく。
家高が踏み込みと共に掛矢を振り落とすと、紺は短刀で受けたが、大きく後ろに飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられた。
ドカァァァン!
「うぐ……」
背中を強打し、肺から空気が押し出されたような声を出す紺。
「ガハハ! これで最後だ!」
家高が、悦に浸った顔をしながら、その巨腕を振り上げ、壁に追い詰められて逃げ場のない紺にとどめの一撃を浴びせようとする。
………………。
…………。
……。
間一髪、二人の間に飛び込んだ者がいる。
「紺殿、危ない!」
ドゴンッ!
家高の掛矢を行長が刀で受け止める。
「ぬがっ。ぐっ、お、重い」
家高は、見下したような顔で、行長を見る。
「なんだぁ? まだ小僧じゃないかぁ。邪魔をするな!」
激情に鼻息を荒くした家高は、掛矢を大きく振り回すが、行長は、一撃一撃、派手に仰け反りながらも受け止めていく。
「うぐ、うげ、うごっ!」
骨が軋むような強烈な攻撃で行長の身体中に傷がつき、血が流れる。
行長は、汗や血が目に入らないように、左手の袖で額をぐいっと拭くと、刀を両手で持って構えた。
「く、くそっ! こ、小僧、しつこいぞっ! 早く死ねぇっ!」
家高は、固く守る行長に焦れたのか、さらに大振りの一撃を放とうと、巨大な掛矢を大きく振りかぶった。
「!? ぬがっ!」
その時、家高が粗雑な悲鳴を上げる。
家高が激痛に顔を顰めながら、己の左足を見ると、左足の甲の部分に紺の銀鎖が刺さっていた。
家高の注意が行長から外れた隙。
その隙を行長は見逃さず、初めて前に踏み出し、刀を真正面に持ちながら家高に向かって突っ込んだ。
「どりゃぁぁぁ!」
ドゴスッ!
驚いて目を開く家高と行長が交錯して、行長だけが吹っ飛ぶ。
ごろごろと転がる行長。
行長は、起き上がれず、倒れたままだが、その場に立っている家高は前に進めずにいた。
「ヌヌヌ、バ、バカな……」
家高は、掛矢を手放すと、手をブルブルと震わせながら、自分の胸を見る。
……家高の胸には、行長の刀が刺さっていた。
家高は、驚愕の顔をしたまま白目になり、ガハっと血を吐くと、そのまま後ろ向きに大きな音を立ててドサリと倒れる。
「う、うお。げ、げほ、げほ」
行長は、ぼろぼろになって、咳き込みながらも、歯をくい縛って立とうともがいている。
「うふふ、男の顔になりましたね~」
紺が、そう呟いて足を引き摺りながら行長に近づき、行長の手を握り立たせた。
「か、からかわないでください」
行長は転げ回った結果か、全身に擦り傷が増えていたが、致命傷は受けていない。
行長が顔を真っ赤にして答えると、紺はうふふと笑いながら、行長の巻き毛掛かった黒髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
城兵たちは、家高が死んだことが信じられず、呆然としている。
「い、家高様が討たれるなんて……」
「し、信じられん」
行長は、城兵たちの様子を見ると、力一杯声を張り上げて勝鬨をあげた。
「わ、われわれの勝利だぁぁぁ! 大人しく降伏しろぉ!」
猛将であり城主の越智家高が討たれたことで、城兵たちは戦意を喪失していく。
「ま、まだ、こちらの方が数が多いのだ! 諦めるな! え、ぐえ!」
城兵の一人が、抗戦を叫ぶが、その喉に銀鎖が刺さる。
「これ以上の抵抗は無駄ですよ~」
楽の隊が、各々手裏剣を構えると、城兵は苦虫を噛み潰したような顔をして、一人また一人と、武器を捨てていった。
「か、勝てた……」
越智家高を相手に勝利した行長や紺たちは、本丸を占領した。
▽
高取城の本丸を眺めていた俺は思わず大声で叫んだ。
「行長と紺が本丸攻略に成功したな!」
高取城の本丸の最上階に、九鬼家の旗が掲げられた。
俺は、すぐに左近に指示する。
「左近! 高取城の本丸は無事に落ちた。行長たちを守るためにも、三の丸をできる限り早く落としてきてくれ」
左近は、両手をパチンと小気味良い音をたてて合わせ、満面の笑顔で頷いた。
………………
左近隊が三の丸に向かうと、大仏供政忠という男が、残った城兵をまとめ戦わずに降伏に応じたようだ。
敵も味方も、これ以上の血が流れずに良かった。
政忠は、俺の家臣になりたいとのことで、早速、会うことにした。
もちろん、政忠の武器は全て没収した。
「お? 大きいな」
左近に連れられてきた政忠は、横にも縦にも大きく、筋骨隆々な大仏のような男だった。
六尺五寸はありそうだ。
首からは巨大な数珠を下げている。
本人は、悠然と歩き、俺に膝をついた。
「大仏供政忠と申します」
「九鬼澄隆だ。俺の家臣になりたいとのことだが、今まで敵だった俺に、直ぐに従うことにしたのはなぜだ?」
政忠は、野太い声で言う。
「拙者、家高様の強さに惹かれて、家高様の家臣になっておりました。家高様が討たれたと聞き、これ以上抵抗するより澄隆様の下につきたいと考えたまで」
よく見ると、顔や腕が傷だらけだ。
発達した上半身で、腕などは丸太みたいだ。
脳筋タイプなのだろう。
裏切らないなら雇ってやろう。
「よし、まずは、高取城周辺の城を落としてくれたら、家臣として取り立てよう。島左近の指揮下に入れ」
「はっ!」
政忠は、バシッと手を合わせ、頷いた。
本当に太い腕だな。
今、握手したら、手を握りつぶされそうで怖いから、信用できるまで、握手は延期だ。
どのくらいの戦巧者の数値か、楽しみだけどな。
拙作への応援、感想ありがとうございます。
次回は、光隆率いる北側の部隊が舞台になります。
『鉄仮面大作戦その五』、お楽しみに!




