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第六六話 鉄仮面大作戦 その三

▽一五七〇年十月、横江紺(二十四歳)廃寺



 紺は、高取城の本丸を急襲する前に、九鬼家本陣から直近にある廃寺に出向いた。

 ここに、風魔一族の頭領の風魔小太郎がいる。 



 紺が廃寺の中に入ると、障子は閉じられ、明かりは蝋燭一つ、異様に薄暗い部屋の中に小太郎が座っていた。

 小太郎は、いつも被っている面を外し、手持ちの忍具の手入れをしているところだった。



 部屋には数匹の猫が気持ち良さそうに寝転がっている。

 紺に気付くと、何匹かの猫が走って部屋の外に逃げていった。



 小太郎は、紺のいる方を見ることなく喋りだした。

「ホホホ、紺が城攻めですか……。自分から動くなんて珍しいですね」



 紺は、まだ寝ている猫をちらりと見てから間延びした声で言った。

「そうですね~、あの行長という子、助けないと死んじゃうと思うので~。あんな若い子が無益に死ぬのはかわいそうじゃないですか~」



 小太郎は、ピタッと手を止めると、紺の方にぐるりと顔を向け、紺の目を覗きこむ。

 その目は、青く光っていた。

「ホホホ、言いたくなければ、言わなくても良いですが……本音は何です?」



 紺は、ゆっくりと目を瞑った。

 数秒後……。

「…………あの子、弟に似ているんですよね……。ぶぶ~。これ以上は言いたくありません~」

 小太郎は、紺の話を聞くと、表情を変えることなく顔を前に戻し、忍具の手入れをまた始めた。

「楽の隊は、紺に任せています。隊をどう使うかは、紺の好きにして良いですよ」



「……ふふふ。はい〜。分かりました~」

 紺は、そう言うと、小太郎の前から、スッと消えるように離れていく。



 小太郎は、寝ている猫に優しい目線を向けながら頷く。

 その後、部屋の中は、小太郎が小刀を研ぐ音だけが響いていた。



 


 朝焼けの霧が立ち込めるなか、紺は、行長と一緒に歩いている。 

 少しだけ肌寒い風が二人の肌を撫でていく。

「お、驚きました。お綺麗なのですね!」

 行長は、楽の面を外した紺を見て、赤くなっている。



 行長と紺は、澄隆様が描いた間取り図と現地の状況が合致するかを事前に確認するため、農民に化けて、高取山の麓を歩いていた。

 他人から見ると、右手に鍬、左手にかごを持ち、山菜採りをしている姉弟のようだ。



 紺は、長く艶のある闇夜のような黒髪をアップで纏め、細い肩も、激しく主張する豊かな胸の膨らみも、滑らかにくびれた煽情的な体型も、すらりとした足も、農民の服が薄い布だからか良く分かる。

 肌は玉のように輝き、蝶が花の蜜に誘われるように、紺の姿は魅力に溢れ、目が惹きつけられる。



「うふふ、おませさんですね~」

 紺は、垂れ目の美しい瞳を細めて、ほんのりおっとりな雰囲気で行長に朗らかに笑いかけながら、間取り図と現地とを見比べている。

 紺の仕草は優雅で、大人の色気を放っており、近付くと甘い匂いが漂ってくる。

 行長は、さらに顔を赤くした。



 行長は、照れたように頬をポリポリと掻くと、間取り図を覗き込んだ。

 それから半刻ほど歩くと、ちょうど間取り図と現地がぴったり合う場所があった。



「澄隆様が描いた図ですが、ここで間違いないと思います~。どうして、澄隆様は行ってもいないのに、こんな図が描けるのが不思議ですね……。やっぱり鬼神様なんですかね~」

「す、澄隆様が鬼の神様と言われていることですか? 本当なのでしょうか?」

「私は、そう思っていますよ~。そうじゃないと説明がつきません~」

「そ、そうなのか……」



 行長が、紺の意見を聞いて、素直に頷いている。

 紺は、ふわっと穏やかな表情になると、にこやかに笑いながら背伸びをして、行長の頭を撫で撫でした。

 ちょっとした動きで、たわわに波打つ双丘に、行長の目が釘付けになる。



「ふふ、それより、そろそろ戻りましょう~。目印を付けておいて、夕方からが本番です~」

 顔が真っ赤になった行長は、紺と一緒に、かごに石を入れると、その場に置いて、戻って行った。

  


………………



 数刻後。

「雨が降りそうですね~」

 天を見上げながら、紺は呟いた。



 空は、雲が重くのしかかり、まだ日が沈む前だというのに、辺りは薄暗くなっている。

 吹く風も湿っていて、濡れた草のにおいがしてくる。

「雨が降りだす前に、行きましょう!」

 行長と紺以下、三百名は、完全武装で、目印をつけた所から、本丸を目指して、進みだした。



 農民姿だった行長は武者姿に、紺は不気味な楽の面を付けた忍者姿に戻っている。

「姐さん、では、周辺の見張りに出ます」

「はい~。敵がいたら、合図をお願いします~」

 楽の隊のうち、夜目が利く数人が見張りのために、周辺に散った。



 澄隆様の図を頼りに、奥に進むと、ヤブが凄い。

 か細い獣道しかない山中を鉈で切り開きながら進む。 

 人が一人通るのがやっとの道だ。

 その途中で断崖絶壁になり、崖に沿って歩ける道の幅は二尺ぐらいになった。

「あ、危ないですが、気を付けて進みましょう」

「下を見ない方が良いですよ~」

 薄暗いのもあるが、絶壁からは下が深くて見えない。

 足を踏み外したら命はない。



 狭い道を歩き続けると、平らの面と滑りやすい急な斜面からなる階段状の段丘層が見えてきた。

 段丘層は所々に緑色の苔が生え、凹んだ箇所には水たまりができていた。

「す、滑らないように、気を付けて行きましょう」

「平らの面を歩けば、大丈夫ですよ~」



 行長は、恐る恐る歩いていく。

 命綱を付けて、三百人が距離を空けて慎重に歩いていくことで、一人の脱落もなく、奥へ奥へと進んでいく。

  


 さらに奥に進むと、これまで以上の坂道になっていて、道は、二股に分かれていた。

 雨も降り出し、地面もぬかるんできた。

「もう、暗すぎてこれ以上は危険ですね……。ここで少し休んで、日が出てきたら進みましょう」

 行長の指示のもと、野営の準備をしながら、紺がしみじみ呟く。

「澄隆様に頂いた、この布は良いですね~」

 澄隆様が、高価な綿の布を各隊に配給してくれたため、布製の天幕を作り、雨を防げるようになった。

 食事は堅餅と焼き味噌という簡易なものだったが、雨露を気にせず、落ち着いて食べることができるのは有り難い。



 食後、交代で休み、日が明けてきたら、さらに奥に進んでいく。

 赤褐色の岩が、あちこちにごろごろと転がり、足が取られて歩きづらい中、慎重に進むと、高取城の本丸がうっすらと見えてきた。

 行長は息をついて顔を上げる。

「こ、ここまで来たら、気付かれないように夜まで待ちましょう」

 紺が行長を見て頷く。

「そうですね~。楽の隊が周辺を見張りますね~」

  


 行長は、緊張感からか、腰に差していた刀の柄を握ったまま、その場に座る。

 幸い、この辺りは、樹木が生い茂り、身を隠すには最適だったが、行長は一睡もできなかった。

  


………………


 

 丑三つ時。

 雨は止み、空には星が煌めいている。

 月はなく、辺りはほとんど見えない。



 本丸に近付いても、城は静かだ。 

 行長が小声で皆に声を掛ける。

「さ、さあ、行きましょう」 

「まずは、登る道を確保しましょうね~」

 本丸に入るには、高さ二丈ほどの石垣を登らなければならなかった。

 楽の隊の一人が、用意していた忍具、縄の先に鉄かぎがついた鉤縄を振り回すと、外壁の上に上手に引っ掛け、よじ登っていく。

「途中、登りやすいように、クナイを突き刺してくださいね~」

「はいっ姐さん」 

 足がかりの無い石垣に、クナイが取り付けられ、鎧を着た兵たちも登れるようにしていく。

 


「……これは、気付かれずに侵入できそうですね」

 行長にとっては、初めての戦が始まる。

 緊張で顔を赤らめながら、呟くように声を出した。

「皆、攻め込みましょう」

 楽の面をした忍者たちと鎧をまとった兵たちが、一斉に石垣を登っていく。


 

 行長も石垣を登り始めると、顔に小石がパラパラとぶつかってくる。

 先に登っている兵たちの振動で、石垣から小石が落ちてくるようだ。



 行長が石垣を登りきる前に、人が登る振動に気付いた二人の城兵が、寝巻き姿のまま現れた。

「だ、だれ、ぐぇ」

 シャッと音がすると、城兵の喉に銀鎖が生えていた。



「し~ですよ~」

 紺が、再び、右腕を振ると、別の城兵の喉に吸い込まれるように銀鎖が刺さった。

「こ、紺殿。ありがとうございます」

「うふふ、では、城主を倒しに行きましょう~」

 行長と紺たちは、全員無事に本丸の中に侵入した。

拙作への応援、感想等、本当にありがとうございます。

次回は、行長と風魔の紺が活躍します。

城の攻略は無事にできるのか!?

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
『他人から見ると、右手に鍬、左手にかごを持ち、山菜採りをしている姉妹のようだ。』 小西行長は女装してるのでしょうか? 一応、『姉弟』と誤字報告しておきます。 おにぎり君の女装姿を想像させる為の表現なら…
[良い点] 弟(行長)を見守る姉(紺)の描写、なんだかホッコリしました。
[良い点] そういえば、風魔小太郎の『status』の中に、可愛い動物が好きと書いてありましたね 猫好きなんですねー
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