第六五話 鉄仮面大作戦 その二
▽一五七〇年十月、澄隆(十五歳)高取城 麓
大和国の中央南部に、高取城という城がある。
高取城は、高取山の上に築かれた城で、城の面積は約二町、土塁や石垣で囲んだ城郭を含めると約六町にも及ぶ巨大な山城だ。
前世の知識では、高取城は日本三大山城の一つとして有名な城だった。
この城の特徴は、連郭式と呼ばれる配置だ。
本丸と二の丸、三の丸が、山の尾根筋を活用して並列に配置されていて、奥行きが深く、前世では最強の城の一つと呼ばれていた。
▽
俺たちは、秋葉城を落としてから順調に進軍し、高取城の麓まで来た。
高取城を下から眺めると、驚くほど巨大な城で唖然とする。
目をいっぱいに見開いても視界に収めきれないほどの大きさと、恐ろしいまでの威圧感。
雲に届きそうなほどの大きさの城で、まさに天空の城といった感じがする。
この高取城を落とさないと、大和国の中央から南側は支配できない。
逆に、この城を落とせば、大和国の南側には攻めやすい平城や砦のような城しか残っていない。
この巨城を落とせば大和国で調略に応じる者もでるだろうし、時間をかけずに大和国の南側を攻略できるだろう。
ただ、見た目、本当に凄い城だ。
そして、俺は、今世で、実物の高取城を間近に見ることができて感動している。
「これは、攻めるのに相当苦労しますな……。こんな城が落とせるのか……」
近郷が、口をポカンと開きながら城を眺めている。
普通に考えたら、二千人の兵で落とせる城には見えない。
攻略する立場でこの城を見ると、巨大過ぎて、どこから攻めていいのか分からなくなる。
……ただ、俺には秘策がある。
この城を攻めると決めた時から、頭の中で様々なシミュレーションを組み立て、作戦を練っていた。
「んん? 澄隆様、どうしたのですか?」
近郷が声を掛けてくる。
「いや、俺の想像していた通りの城だと思ってな」
俺は無意識に笑みを浮かべていたのだろう。
「近郷、作戦会議だ。皆を集めてくれ」
「はいっ! ただちに」
近郷は、ドカドカと皆を呼ぶために走っていった。
………………
集まった家臣たちは、皆、顔が強ばっている。
高取城の大きさに圧倒されているようだ。
「みんな、これを見てくれ」
俺は、高取城の間取り図を広げた。
図には、地形を含め、詳細な城の配置が描かれていた。
「高取城は、連郭式の山城だ。城の配置に奥行きがあって、正攻法で攻めるとなると、三の丸、二の丸、本丸の順に落とすしかない。まさに、難攻不落と言ってもいい城だ」
俺の話に誰も言葉を発しない。
皆、同じ意見なのだろう。
「ただ、あの城には弱点がある。ここだ! 郭が並列に配置されているため、本丸の脇に隙がある。この辺りは断崖絶壁になっていて、登るのは不可能に見えるが、この場所には登ることができる獣道がある。ここを突けば、直接、本丸に攻め込めるはずだ」
皆、俺の話に驚いている。
「澄隆様……。この間取り図、もしかして、描いたのは澄隆様ですか? なんで、現地を歩いたような詳細な図を描けるのですか?」
近郷は、下手な図を見て俺が描いたものだと察したようだ。
珍しく上手く描けた図だと思ったが、俺が書いたものとバレたか。
詳細な図を描けて、弱点を知っている理由だが……俺は前世で高取城の跡地探索をしたからだ!
だって、日本三大山城なんて、歴史オタクとしては見に行くしかないじゃないか。
高取城の間取り図や現地の地形を見て、俺ならここから攻めるな~と歩きながら、前世では妄想を膨らませていた。
敵に悟られることなく、現地をくまなく歩けるなんて、前世でしかできない経験だ。
あの時の経験が、こんな形で生かされるなんて思わなかった。
「近郷、ヘックチ! 時間がない。そんなことより、本丸を直接攻める隊を決めるぞ」
俺は、鼻をこすってくしゃみをして誤魔化すと、話を先に進める。
「城兵には、死力を尽くして正攻法で攻めているように見せ掛ける必要がある。正面から攻めるのは、戦上手の左近に頼むしかないだろう……。そうすると、裏から攻めるのは誰にするか」
俺が迷っていると、意外な人物が手をあげた。
「こ、ここは、私にお任せください!」
なんと、ビシッと手をあげているのは、おにぎり行長だ。
行長を見ると、緊張からか、上気して顔がピンク色になって、赤飯おにぎりみたいになっている。
う~ん、行長か。
行長は、最近、身長も急激に伸びて、左近の変態訓練で力もつけたし、戦巧者の高さからすると、適任なのかもしれない。
だが、行長は初陣だし、危険な任務を任せるのは心配だな。
俺が迷っていると、もう一人、手をあげた。
「私も行きましょうか~」
俺が、声をあげた人物を見ると、楽の面を付けた忍者だった。
おお、紺か。
ボンキュッボンのグラマーなシルエットだから、誰だかすぐに分かる。
紺は、戦巧者も高いし、紺や風魔一族が一緒なら、任せても良いか。
「よし! 行長と紺に任せる。精鋭三百人で攻めること。人選は左近も手伝ってやってくれ」
左近は、頷きながら、行長を見て言う。
「はい、畏まりました。行長、死ぬ気で頑張れよ」
「は、はい! 頑張ります」
いやいや、死んじゃダメだぞ。
左近、行長を助ける人選、よろしく頼むぞ。
………………
行長と紺が率いる隊だが、左近の意見も加味して、小西行長、横江紺と、風魔一族の楽の隊が五十名、残りは左近の変態訓練をくぐり抜けた常備兵を入れて、計三百人とした。
さあ、戦の時間だ。
まずは、高取城の正面から攻めてみよう。
………………
ゴゴゴゴ……。
見ているだけで、圧倒される城だ。
「澄隆様、城兵は守りを固めておりますな」
左近は、城の動静を見つめながら呟く。
九鬼家が城攻めのために陣をはると、高取城は、三の丸の城壁の上に兵を集め、迎撃の動きを見せている。
「ああ、左近、予想通りだ。出来るだけ、兵を損ぜず攻めてくれ」
左近は心得たと、大きく頷く。
行長と紺が率いる別動隊のためにも、こちらが派手に動き、城兵の目をずっと俺たちに向けさせておかないとな……。
九鬼家の真意に気付かれないことが、今回、成功するための絶対条件だ。
「澄隆様。では、攻めてまいります」
「ああ、左近なら大丈夫だと思うが、引き揚げ時に城兵に噛み付かれないように注意してくれ」
さあ、高取城攻略戦だ。
左近、上手くやってくれよ。
▽
高取城内。
「グフフ! こんな小数で攻めてくるとは、九鬼家は阿呆か!」
高取城の城主である越智家高が、本丸から三の丸まで出張り、自信満々に言い放った。
家高は筋肉が膨れ上がった巨大な体躯で、額にはバツ印の傷があり、顔には品がなく、あからさまに粗雑。
反して身なりは豪奢な鎧を着て、威圧感を放っていた。
九鬼家の兵は、見た限り、二千人ほど。
難攻不落な高取城を攻めるには無謀な人数だ。
傍らに控えていた、三の丸の将である大仏供政忠が、丸太のような太い腕に力を込めながら言った。
「九鬼家は小勢でも、噂を聞くと精強とのこと。まずは、油断せず、三の丸で迎撃致しますぞ」
「グフフフ、政忠、頼もしいぞ。儂は本丸に戻るが、しっかりもてなしてやれ!」
政忠は、ふと眉をひそめた。
「ただ、九鬼家も、この人数で、この城を攻め取れるとは思っていないでしょう。何か策があるのかもしれないですぞ……」
それを聞いて、家高が不快そうに声を荒げた。
「フン! 九鬼家は、この前まで志摩のいち地頭だったらしいではないか。そんな田舎者に、儂が負けるはずがないっ!」
家高は笑みを浮かべながら、言った。
「だが、政忠が心配しているなら、三の丸の兵を増やしてやる。儂は待つのは好かん。場合によっては、三の丸から打って出るように準備しておけ」
「承知しました。まずは、城に取り付く敵を粉砕してみせまするぞ」
「グフフ! ここで、織田家を破った九鬼家を撃退すれば、大和国での儂の評価が高まる。今までは松永家の下にいたが、久秀殿はすでに亡くなっていない……。九鬼家の当主の首を手土産に織田家に取り入れば、儂が大和国の支配者になれるだろう」
そう言って家高は、豪快に笑った。
高取城で迎撃の準備を進めているうちに、黒い雲が目に見える早さで近づいてくる。
あと数刻で、雨になりそうな天気だった。
………………
夕刻……。
雨が降りだし、城壁や地面についた血が洗い流されていく。
「グフフ。圧倒的ではないか! 我が軍は!」
越智家高は、三の丸で九鬼家を撃退したと聞いて、すぐに三の丸まで出張ってきた。
九鬼家は、三の丸に全軍で攻めてきて城壁に登ってきたが、政忠率いる城兵たちが奮戦して撃退した。
九鬼家は、何もできず退却していった。
「政忠、さすがだな!」
政忠は、血が付いたハンマーのような大型の掛矢を肩に担ぎながら、笑って言った。
「九鬼家の兵、骨がある者が多く、楽しかったですぞ」
政忠の丸太のような腕にはいくつもの切り傷がついていた。
「ガハハハ! なんと頼もしい。グフフ、そうだな……。七日後だ。七日後に九鬼家が攻め疲れたところを見計らって、城から打って出ろ! 三の丸に、もっと兵を増やすから政忠が使え」
「では、城から打って出る準備もしておきますぞ」
「グフフフフ! 七日後が楽しみだな!」
家高は、辺りに響き渡る声をあげながら、残忍な笑みを浮かべた。
▽
俺は、左近隊がいる陣に様子を見に行った。
俺は、左近に、労いを兼ねて、澄み酒の樽を渡しながら、敵のことを確認した。
「左近、お疲れさま。敵はどうだった?」
左近を見ると、かすり傷一つ負っていないようだ。
さすが、左近。
「はい、高取城の兵の錬度は高く、なかなかの手強さですな……。特に、大型の掛矢を持った、ひときわ大きな男が目立っておりました」
「死傷者の数はどうだ?」
「はっ。攻撃した人数のうち、死傷者は百名ほどです。ただ、死者は出ないよう気を付けました。亡くなったのは十数名ほどかと」
島勘左衛門や木全忠澄が、上手く指揮を取ったようだ。
「そうか……。怪我人は、多羅尾一族の膏薬を使ってしっかり手当てをしてくれ」
「はい、承知しております。それで、高取城ですが、期待通り、三の丸に兵を集中しておりますな」
「そのようだな。別動隊が攻め込むまで、今日と同じように攻めてくれ。できるだけ、死者を出さないようにな」
「はっ。皆、訓練の成果もあって、長時間、戦うのに慣れてきました。無理のない範囲で、攻撃を続けます」
左近の変態訓練、役立っているようだな。
応援、感想、ありがとうございます。
まだまだ鉄仮面大作戦が続きます!




