第六四話 鉄仮面大作戦 その一
感想、ありがとうございます。
皆様、視点が鋭い!
▽一五七〇年九月、澄隆(十五歳)鳥羽城
光隆叔父は、無事に興福寺と約定を結んできた。
ただ、筒井順慶は、光隆叔父の話を聞くと、一癖も二癖もある男のようだ。
味方になったといっても、信用できる相手ではないだろう……。
その前提で作戦を考えよう。
▽
南伊勢を統治し始めてから早いもので、数ヶ月が経った。
この日、光俊から、待ちに待った報告がもたらされた。
「澄隆様、急報でございます! 織田家が戦の準備を始めました。攻めるのは、信長を裏切った近江国の浅井家! 同盟国の徳川家康にも動員の依頼を出しました」
織田家に忍ばせている光俊の配下は、本当に良い仕事をしている。
前世の時期より少し遅いが、史実で有名な姉川の戦いだろう。
織田家にとって、裏切った浅井家を破って京への安全な道を確保することは絶対条件だ。
そのために、姉川の戦いは、必ず起こると思っていた。
これで予定通りに動ける。
「そうか、評定を開くぞ! 皆を呼んでくれ」
俺は、早速、主だった家臣たちを集めることにした。
………………
集まった家臣たちに、俺の考えた作戦を伝える。
「織田家が、同盟を結んでいる徳川家と一緒に、浅井家を攻めるようだ。今回、浅井家は朝倉家に援軍を求めるだろう。織田家も総力をかけた戦いになる。これで、織田家が九鬼家を攻める可能性は限りなく低くなった」
俺は、皆が認識するように、間を空けた。
「俺たちは、この隙に大和国を攻めるぞ! 松永久秀がいなくなって、大和国での松永家の影響力は低下している。今が攻め時だ。光俊が作ってくれたこの地図を見てくれ……」
皆、身を乗り出して、地図を見ている。
「九鬼家は、こことここ、この二つの街道を通って、北側と南側の二方面から攻めるぞ。いつも通り、略奪狼藉は厳禁だ。兵たちにも周知してほしい」
「……なるほど。しかし、二方面から攻めるのですか……」
近郷が言った。声に少し、心配の色があった。
心配するのは、当然だろう。
大和国の石高は、九鬼家の二倍。
戦力を集中しないのは、基本的に悪手だ。
ただ、興福寺が味方についた。
光俊たちが大和国を探ったところ、これまで松永家に従っていた豪族たちも、松永久秀というカリスマがいなくなり、新当主の松永久通になって浮き足だっている。
戦力は集中できないだろう。
今回は、南側には主力を集めた主攻部隊、北側にはそれ以外の助攻部隊、この二つに分けて、大和国に攻め入ることにする。
戦力がまだまだ足りない九鬼家だからこそ、主力を主攻部隊に集めて、有効に使おうと思っている。
俺は、各部隊の編成を書いた紙を皆に見せた。
『北側部隊 総数二千人(九鬼光隆、大宮景連、芝山秀時、吉田兼宗、大谷吉継 等)』
『南側部隊 総数二千人(九鬼澄隆、九木浦近郷、島左近、島勘左衛門、木全忠澄、小西行長、石田三成、多羅尾一族、風魔一族、世鬼一族 等)』
現在、守備に必要な兵を除き、九鬼家が出せる最大戦力だ。
北側部隊は、南伊勢の半農半兵を活用し、南側部隊は、ほとんどを常備兵にする予定だ。
今回の主力は、もちろん、島左近率いる隊だ。
小姓だった、おにぎり小西、とんがり三成は左近隊に入り、クール吉継は光隆叔父の隊に入って、初陣となる。
また、まだ信頼しきれていない旧北畠家の家臣たちも、今回の大和国攻めには、ある程度連れていくことにした。
俺たちが大和国に攻めている間に、南伊勢で反乱を起こされないようにする。
それに、南側部隊には、多羅尾光俊や風魔小太郎、世鬼政定たちにも同行してもらう。
「北側を攻める部隊が手薄だと思いますが、大丈夫ですかな?」
近郷が心配そうに言った。
「北側の部隊は、興福寺と連携して戦う想定のため、攻略ではなく助攻を基本とする。ただし、戦うことも考えて編成したつもりだ」
北側の部隊には、数は少ないが杉谷善住坊が率いる鉄砲隊、大宮景連が率いる弓隊を入れた。
攻城戦での活躍を期待している。
俺は、腕を組みながら、家臣たちに作戦名を伝える。
「今回の作戦は、その名も鉄仮面大作戦だ!」
皆、俺の言うことを聞きもらさないように、シーンとしながら聞いている。
俺のネーミングセンスに呆れている訳ではないよな?
「俺は、南側を攻める部隊に入るが、多羅尾光太には、俺の替え玉として北側の部隊に入ってもらう。それで、理右衛門にこれを作ってもらった」
俺は、理右衛門から届いたばかりの鬼の鉄仮面を皆に見せる。
「俺も光太も同じこの鬼の鉄仮面を付けていく。もちろん、当家の旗印も二つ用意する。北側の部隊に俺がいるように大々的に見せつけて、その裏で、南側の部隊を使って大和国を攻略するぞ」
俺は、鬼の鉄仮面を付けてみて、皆を見渡す。
「「はっ!!!」」
皆が俺に平伏する中、俺は咳払いをして、面を付けたまま光隆叔父に顔を向ける。
うん、鬼の鉄仮面をしていると、視界がだいぶ狭くなるな。
「光隆は、興福寺に対して、俺が近日中に出陣すること、大和国の北側にある城の攻略に九鬼家の軍勢を差し向けることを伝えてくれ。そして、戦場では光太を俺だと思って接して欲しい。ただ、北側の部隊の大将は光隆だ。興福寺との連携を考え、戦力をできるだけ損耗しないよう気を付けてくれ」
光隆叔父は、北側の部隊の大将を命じられ、少し驚いていたが、俺の企みを理解したのか、悪い笑みを浮かべて頷いた。
北畠家の旧臣たちも、顔を見ると、士気は高いようだ。
俺は、働いた分は、ちゃんと評価するぞ。頑張ってくれ。
…………………
数日後、出陣の準備が終わった。
城内が人で溢れ、慌ただしく動いている中、奈々と妙が、重要な出陣の儀式である『三献の儀』を準備してくれた。
俺の前には、澄酒と三種類の肴が置かれている。
肴は、打鮑、勝栗、昆布だ。
俺は、奈々と妙から、お酒を注いでもらう。
奈々は相変わらず透き通るような美しさ、妙はフワッとした暖かみのある美しさで、二人がいるだけで場が華やかになる。
二人の不安そうな目が俺をまっすぐに見つめてきた。
戦に行く以上、俺が死ぬ可能性はある。
心配してくれているのか……。
俺は、お酒に口をつけて、二人に小声で話し掛ける。
「奈々、妙、すまないが留守を頼む……。か、帰ったら、俺は元服の儀式をするつもりだ。必ず無事に戻ってくる。そ、そうしたら、結婚しよう」
「は、はい……」
俺の言葉を聞くと、奈々は小さく声を出し、妙はコクコク何度も頷いている。
奈々と妙は、顔が真っ赤になった。
『俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ……』という、死亡フラグが立った気がするが、奈々と妙の不安そうな顔を見たら、つい言ってしまった。
女の子と付き合ったこともない俺にとっては、戦場から戻ったら結婚するという、前世では夢にも思わなかった状況。
……ただ、俺は、今回の戦に激しい不安を感じた。
この不安が的中しなければ良いが……。
俺は、不安を握り潰すように、右手にギュッと力を入れた。
………………
俺たちが大和国を攻略している間、鳥羽城は宗政に預け、織田領に近い大河内城は引き続き渡辺勘兵衛と伴三兄弟に守ってもらう。
俺は、宗政、奈々と妙などに見送られて、鳥羽城を出発した。
「よし、皆のもの、出陣するぞ!」
鳥羽城から南伊勢に向かい、そこで、元北畠家の家臣たちと合流した。
大和国を二方面から攻略するため、軍を二つに分ける予定の場所で、光俊の息子の光雅が待っていた。
光太は俺の影武者になったが、光太の弟の光雅は変わらずに報告担当をしてもらっている。
光雅は、相変わらず、見た目がずんぐりむっくりしていて可愛らしい体系だ。
織田家の動きを調べてもらっていたが、予定通り、浅井家に向かっているようだ。
念のため、光雅には、織田家の動きを引き続き調べるよう指示した。
南伊勢を西に進み大和国との国境辺りで、太陽が西に沈み辺りが暗くなってきた。
今回の戦でも、まずは夜襲を考えている。
一度、ここで陣を張り小休止する。
深夜になるまで仮眠だ。
鎧がとても重くて暑くて疲れた……。
野営だが、しっかり寝ておかないとな。
それと、松永家の間者が探りに来て夜襲がばれる可能性があるため、世鬼一族には周辺警備を頼んだ。
今回の作戦の肝は、俺たち南側部隊の動向を興福寺や松永家にできる限り悟らせないことだ。
そのためには、諜報活動が得意な忍者の力がいる。
疲れているところ、すまないが頼む。
………………
丑三つ時になったため、大和国に攻め込むことにする。
世鬼政定からは、間者らしき怪しい人間を数人、捕まえたとの報告があった。
さすが、世鬼一族だ。
警備を頼んでおいて、良かった。
ここからは、あらかじめ調べていた多羅尾一族の道案内のもと、二千人が行軍する。
これだけの人数が動くと、地面を踏む足音だけでも、ズシャズシャと地鳴りのように響く。
空を見ると、星が綺麗だ。
星座のことはチンプンカンプンだが、空から零れ落ちそうなほどの数の星々が見えた。
暗闇に目が慣れると、月明りで周りが見えてきた。
ただ、近くが見えるだけだ。
多羅尾一族には夜目がきく者がいて、道を間違えることなく進んでいく。
木の葉の擦れる音が辺りに響く。
鼻をくすぐる澄んだ空気の香り。
俺たちを包み込むような闇の中、数刻ほど歩くと、目当ての城が見えてきた。
秋葉城だ。
菅野川と神末川の間にそびえる高さ五町ほどの山上にある城。
規模は大きくはないが、この城が大和国侵攻の橋頭堡になる。
光俊に確認すると、現在、秋葉城には、国境沿いの城ということもあり、四百人ほどが守っているとのこと。
城の様子が分かる所まで近づくと、堅固な城という訳ではないが、城の周辺には柵を立てられ、簡単には攻められないようになっていた。
城には、松明の明かりが見える。
見張りは、いるようだ。
「城壁の高さはそれほどではありませんな。取り敢えず、攻めてみますか?」
城を見ながら、島左近が発言する。
「そうだな。大和国攻略の最初の戦いだ。左近、頼めるか?」
左近は、力強く頷いた。
………………
城へ繋がる道は狭く、柵も道を塞ぐように配置されていたが、左近隊は勢いよく、城に向かってズンズンと進んでいく。
俺たちは、全軍、縦列になりながら、左近隊の後に続いていった。
城に近づく前に、夜襲に気付かれ城から矢を射かけられたが、夜の視界の悪い状況では効果的な攻撃にはならず、左近隊の動きは落ちない。
左近隊は、無事に城門まで近づき、縄ばしごをかけて城壁を登っていく。
「よし、左近隊が取りついた。全軍攻撃だ! 左近隊に続け!」
「いけぇぇぇ!」
「おらぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉ!」
全軍で攻めこみ、城兵の五倍の兵で、城の至る所に縄ばしごをかけて城壁を登っていく。
城兵は守る箇所が多くなり、薄皮のように兵を配置し防ぐことになる。
城内に侵入されれば蹂躙されるのだから、城兵たちも必死に守る。
「アッハッハー! このまま、押し込めぇぇいッ!!」
左近が、腹の底から声を出す。
左近の馬鹿笑いは味方の士気を上げ、敵の勢いを挫く。
やがて、島左近率いる部隊が、まず最初に薄皮を破り城内に侵入した。
▽
敵兵たちが、刀を構え待ち受けている中、左近は笑い声を上げながら突撃していく。
その動きを合図に、左近隊も勢いよく突っ込む。
左近は、身近な敵に槍をたたきつける。
その兵は、左近の一撃を刀で受けようとしたが、左近の槍は閃光のように振り抜かれ、敵は受けきれずに頭が叩き割られた。
その兵が、くずれ落ちる一瞬の間に、左近が槍を水平に振り抜くと、避けられなかった別の敵の首が飛ぶ。
それを見て立ち竦む敵を左近が袈裟斬りにすると、まるでバターを斬り裂くように易々と両断された。
敵の大量の血が、辺り一面を赤色に染める。
「ワッハー! 我が名は島左近! 腕に覚えかある者は、掛かってこーい!」
刃についた血糊を振り払いながら、高らかに十文字槍を掲げる左近。
「ひぃぃぃ。なんだ、こいつは?」
「お、鬼だ!」
敵兵たちが、左近の強さに浮き足だつ中、一人の大柄の敵兵が長槍を持ちながら前に出てきた。
「儂は吐山七郎っ! 相手になるッ!!」
七郎の長槍は、左近の十文字槍に比べて、三尺ほど長かった。
七郎は、自分の槍と左近の槍を見比べると、ニヤリと笑った。
このままの間合いで突けば、七郎の槍の方が、左近の身体を先に刺し貫く。
七郎は、槍の刃先を左近に向けると、会心の力を篭めて突きを放った。
「くらえぇぇ!!」
「遅いっ!」
「!?」
七郎の突き出した槍の刃先を、左近は十文字槍の横刃を回転させて器用に捲き落とすと、バランスを崩した七郎の頭を目掛けて神速の突きを放つ。
ザシュ!!
七郎は、頭を縦二つに裂かれる。
驚きで目を大きく見開き、半分になった口を歪めながら、七郎は崩れるように倒れた。
「ひぃぃぃ、七郎様がやられたぁ!」
左近の鬼のような強さに、敵兵たちは大混乱に陥り、味方の士気は上がっていく。
「よぉぉぉし! 突っ込めぇい!」
「「応!!!」」
左近隊も左近に負けじと暴れまわった。
木全忠澄と島勘左衛門が、見事な槍さばきで敵兵の喉を突いていく。
「忠澄と勘左衛門は、門を開けろ!」
左近は、左足を軸にして十文字槍を振り回し、三人の敵兵を纏めて吹き飛ばしながら、二人に指示する。
「ははっ!」
……一刻後、左近隊は、城門を内側から開けることに成功。
開いた城門からは、さらに九鬼家の兵が城内に乱入し、五倍の兵数差が生かされ、城内を蹂躙していく。
朝日が東の空から登り始める頃、勝敗が決した。
九鬼家は、秋葉城を落とした。
……………
「城は落ちたぞぉ! これ以上の抵抗は止めよ!」
近郷が、大声で城内に降伏を促す。
「澄隆様! 城主を討ちましたぞ!」
左近が身体中、血だらけで現れた。
ギョッとして見たが、全て返り血のようだ。
左近、何人、倒したんだよ。
左近の隣に、左近隊に配属した、とんがり三成が、生首を大事そうに抱えている。
「三成が城主である新発掃部介を討ちました。なんと、三成は逃げる場所を予測して待ち伏せし、弓で討ち取りましたぞ!」
左近が、そう言いながら、三成を俺の前に連れてくる。
生首は、掃部介か。
「三成! 城主を討ち取るなんて良くやった! すごいな!」
俺は、感心して、手放しで誉めた。
「はいっ! ありがとうございます。逃げる道を検証したわたしは、ここで待ち伏せすれば討ち取れると直感が働きましたっ!」
こうなることは分かってましたよ的な、ドヤ顔の三成。
生首を持ったまま、顔を綻ばせている。
うん、三成、嬉しいのは分かるが、生首を置こうね。
俺は、三成を労って下がらせると、城の中庭に主だった家臣を集めた。
「皆、良くやった! 被害はどうだ?」
常備兵のうち、百名ほどの死傷者が出たが、完勝に近いだろう。
降伏した敵兵は、秋葉城の牢に入れ、俺たちは、城で休むことにする。
多羅尾一族と風魔一族には、周辺の状況確認を交代でするように命令した。
いよいよ、大和国攻略が始まりました。
お楽しみに!




