第六三話 大和国
▽一五七〇年九月、澄隆(十五歳)鳥羽城 禁秘ノ部屋
大和国は、日本で初めて都ができた地だ。
宗教が強い力を持つ国でもあり、その中でも興福寺が最も大きな勢力を持っていた。
興福寺には多数の僧兵がいて、この興福寺と京都の延暦寺は、『南都北嶺』と呼ばれ、近隣から怖れられていた。
その大和国に、乗り込んできたのが、松永久秀だ。
興福寺に属する筒井順慶と激戦を繰り広げたが、乱世の梟雄と呼ばれる悪逆非道の謀略を駆使して勝利をおさめ、大和国全域を平定した。
その後、将軍足利義昭と、織田信長からも大和国の支配を認められ、松永家は栄華を極めた。
その久秀だが……朽木谷で小太郎たち風魔一族によって、討つことができた。
久秀がいなくなり、求心力を失った松永家。
俺は、次に混乱している松永家を攻め、大和国をとりたいと考えている。
そこで、興福寺だ。
興福寺を味方につけて、大和国の攻略を有利に進めたい。
ちょうど、興福寺に在籍していた光隆叔父が家臣となっている。
光隆叔父を呼ぼう。
………………
光隆叔父は、禁秘ノ部屋に初めて入ったからか、落ち着かなそうに身動ぎしている。
「急にすまない。お願いがあって、呼んだ。ここでの話は内密に頼む」
光隆叔父は、俺に何を頼まれるのかと、構えているのが分かる。
「うん、他でもない。俺は、次に大和国を攻める! その際、興福寺を味方につけたい。すまないが、興福寺に行って、味方になるよう説得してきてほしい」
猛禽のような鋭い目をしながら、光隆叔父は掠れた声を出す。
「し、承知しましたが、興福寺が簡単に味方になるとは思いませぬ。なびかせるためには、それ相応の見返りが必要です。いかがされますか?」
「それについては考えがある……。俺は、興福寺が味方になる見返りとして、大和国の北側を渡しても良いと思っている。九鬼家が東から、そして興福寺が北から松永家を攻め、松永家を滅ぼした後、興福寺がある北側を興福寺、南側を九鬼家が支配する。それなら、力を落としている興福寺も話に乗る気になるだろう」
光隆叔父は、しばし考えると大きく頷いた。
「そ、それなら、興福寺もお味方になるかもしれません。興福寺の筒井順慶殿には面識があります。私めにお任せくださいませ」
俺は、笑顔で、光隆叔父に、お金が入った袋を渡す。
「活動資金だ。好きに使って良い。興福寺には九鬼家と同時期に松永家を攻めること、大和国の北側は興福寺で、南側は九鬼家が支配とすること、ただし戦後の領地配分は奪った土地の大きさで決めること、この三つでの説得、よろしく頼む」
光隆叔父は大きく頷く。
「な、なるほど。九鬼家が土地を多く奪えば、当家の領地配分が増えるということですな。興福寺としても力を尽くして戦うでしょうし、良案だと思います」
これで、大和国が大きく動きだすはずだ。
内々に、軍の整備を進めていこう。
▽
「ふぅふぅ……」
足場の悪い山道を息を切らせながら歩いていると、高さ約五段にもなる五重塔が見えてきた。
私、九鬼光隆が還俗して、数ヵ月ぶりの興福寺だ。
興福寺に入ってから、寺の中を見渡しても何も変わっていない。
まあ、数ヶ月では、変わらないか。
興福寺に着くと、早速、興福寺一乗院に属する筒井順慶殿への面会を申し出た。
以前、順慶殿は筒井城を居城とし、その周辺を支配していたが、松永久秀に破れ、今は興福寺に落ちのびている。
待つこと数刻、順慶殿と会うことができた。
順慶殿はお供も付けず、一人で私が待つ部屋に入ってきた。
順慶殿は、いつも笑顔を絶やさない印象だったが、会うと、とても上機嫌になっていた。
「ご、ご無沙汰しております」
「おお、光隆殿か。お久しぶりだな。九鬼家で働くことになったと聞いたぞ。健勝そうで何より」
「順慶殿もご機嫌麗しゅう」
順慶殿は、人の良さそうな笑みを浮かべて、手を叩いた。
「そうそう、光隆殿、知っているか? あの憎き仏敵、松永久秀が討たれたと聞いてな。これで、この順慶、興福寺の復権を果たすことができる……」
私は、少し前に出て、声を絞り出した。
「そ、そこで、ご相談が……。九鬼家の当主、澄隆様は興福寺と誼を結びたいとのこと。この金子は、ご寄進したいと預かってまいりました」
順慶殿は、袋の中身を見ることなく、笑い出す。
「ははは、誼だけではないはず。九鬼家といえば、織田家を破って、南伊勢を奪ったばかり。次は、この大和国を狙っているのかな?」
さすが、順慶殿は鋭い。
私は、早速、澄隆様の言っていた三つの提案を順慶殿に伝えた。
「…………。九鬼家の当主は敏いな。大和国のことを良く分かっている。確かに、興福寺としては、大和国の北側は喉から手が出るほど欲しい」
順慶殿は、顎を何度も擦りながら、上を向いて考えている。
「よかろう。九鬼家の提案に乗ろう。ただし、条件がある。興福寺としては、筒井城、信貴山城、多聞山城を手に入れたい。この三城の攻略には、九鬼家に助勢願いたい」
なるほど。その三城は、すべて北側の城だ。
興福寺が三城を攻める際、九鬼家の力を利用しようとする魂胆か。
「し、承知しました。ただ、こちらの条件、攻める期日については、九鬼家で決めさせて頂きたい」
順慶殿は、口元に笑みを浮かべながら頷く。
ただ、目の奥が笑ってない。
人を殺し慣れているような冷たさを感じる。
順慶殿は顔が温厚そうに見えるだけに、私は魂の底から震えた。
九鬼家の人間になる前は気が付かなかった。
今は順慶殿の前にいるのが恐ろしい。
「ははは、九鬼家は、南伊勢を支配したばかり。他国を攻めるには、もう少し時間がかかるのは分かっている。興福寺としても、攻勢に出るには準備が必要。いいだろう。九鬼家からの連絡を待とう」
私は、冷や汗をかきながら、頷く。
「で、では、約定の書簡を用意させて頂きましたので。よろしくお願いいたします」
順慶殿は、ずっと顎を触りながら、ニッコリと笑顔になる。
ただ、目つきは、さらに冷たくなり、私は蛇に睨まれた蛙のような気分になる。
「久しぶりなのだ。ゆっくりしていきなされ。光隆殿が九鬼家で見知ったことなど、飲みながら聞きたい」
私は、心の中でため息をつく。
早く帰りたかったが、順慶殿は九鬼家の内情を私から聞き出すつもりのようだ。
興福寺に恩義はあるが、私は、すでに九鬼家の人間。
できる限り、当たり障りのない話に終始しよう。
いつも応援ありがとうございます!
次回から、澄隆は、大和国攻略を開始します!
今回は、どういう作戦でいくのか……。
(予想等、感想頂けると嬉しいです)
お楽しみに!




