第六〇話 関所廃止とレンガ道
▽一五七〇年八月、澄隆(十五歳)鳥羽城
この時代、戦が続く中で道路網はボロボロになっている。
その中で、寺社や豪族などが、自分の領地を通る道を細々と整備し、私的に関所を作り、通行人から関銭(通行税だね)を取るシステムになっていた。
建前上は、その関銭で道の維持管理をしていることになっていて、『おらおら、誰に断ってこの道を通ってんだぁ! 関銭払え!』がこの時代の常識だ。
関所の数は膨大で、俺が堺の商人である小西隆佐に関所の数を確認すると、だいたい一里毎にあるようだ。
隆佐曰く、関所は京に近づくほどに多くなり、京周辺では半里毎にある道もあるとのこと。
こりゃ、多すぎるだろ……。
関銭は私的なものだから、お金は関所を作った者の懐に入り、大名には一銭も入ってこなかった。
このシステムがあるせいで、寺社や豪族の力が増して治安の悪化を招くし、多数の関所で人や物の流通の邪魔になっている。
それに、商人にとっては、関銭を何十回、下手をすれば何百回も取られるため、その分を商品の値段に上乗せするしかなく、領民にとっても弊害のあるシステムだった。
このシステムを撤廃しようとしたのが織田信長、このシステムを活用して関銭を取ったのが武田信玄だ。
短期的には、武田信玄の方がお金が入るが、長期的には商品が流通して領内にお金が潤う織田信長に軍配があがった。
織田信長が武田信玄に勝ったのは、この辺りの経済感覚も要因の一つだったと思う。
俺は、もちろん、関所の撤廃派だ。
ただ、関所の撤廃は、閉鎖的で変化を嫌う寺社や豪族に恨まれちゃうんだよな。
信長も関所の撤廃後の統治に、苦労している。
寺社や豪族にも、少しは還元しないといけない。
何をするにも、先立つ物は必要だ。
そこで、関所を廃止する代わりに、道の維持管理は九鬼家で行うことにしようと思う。
それなら、寺社や豪族の手間も省けるし、道が良くなって商品の流通が円滑になれば、商品の値段が下がって、寺社や豪族も生活しやすくなるだろう。
関所を廃止する際、寺社や豪族に、ある程度お金を渡しても良い。
それでは、近郷と宗政だ。
「近郷! 宗政! お願いがあるから来てくれ!」
近郷は、また、変なことを始めるのかと、態度から嫌々感が伝わってくる。
俺は、コホンと咳払いして、俺の考えを伝える。
「俺は、関所の廃止を領内に発表するぞ! 今度は道づくりだ。今ある道は、狭くて曲がりくねっている。川にも橋がない。俺は、道を整備し、橋も作るぞ!」
心配性な近郷が、また、大声を上げる。
「澄隆様! そんな道や橋を作ったら、他国にこの城まですぐに攻め込まれますぞ!」
この時代、道を悪路にして、川に橋を架けないのが常識だった。
近郷の心配は理解できる。
「あ~、それは分かるが、そのために、国境沿いの各所に見張り台を設け、狼煙や鐘、法螺貝で知らせる形を取る。それに、忍者たちが周辺の国の状況を常に探っているんだ。奇襲の心配は少ないだろ? 他国に攻め込まれても十分、迎撃する時間は取れるはずだ」
近郷が心配そうな顔をしたまま、頷く中、宗政がお腹をさすりながら、聞いてくる。
「道や橋作りには、多くの費用がかかります。まずは、優先順位をつける必要があるかと」
さすが、宗政、よく分かっている。
俺も、優先順位をつけようと思っていた。
「宗政、良い所に気づいたな。俺は、鳥羽港を中心にして、そこから北は大河内城まで、西は南伊勢の国境沿いまで、南は波切城まで繋げたいと考えている。その道は九鬼街道と名付けるぞ」
宗政は、それなら何とかなります……と呟いている。
「九鬼街道は、三丈の幅員を基本にするぞ。街道には、往来する者が休めるように松と柳を植えよう。並木道があれば夏の暑い盛りでも商人が行き来し易いだろう。それと整備する舗装は、今のところ砂利道で良いが、将来はレンガを敷き詰めたい」
俺の考えに、近郷も宗政もビックリしたようだ。
俺は、とにかく鳥羽港を中心にした道路ネットワークとなる道を広げたい。
まずは、ここからだ。
道づくりには時間はかかるだろうが、完成すれば物流を飛躍的にスピードアップさせることができるし、商いが盛んになって、俺の支配下にある領地の人口も増えるだろう。
将来的に人口が増えれば、常備兵をさらに増やせるようになる。
いわゆる富国強兵だ。
「レンガは、耐火レンガをすでに作っているが、舗装にはそれほど強度はいらない。多羅尾一族にお願いして、耐火レンガを作るついでに、普通の焼成レンガを作ってもらおう」
維持管理を考えると、焼成レンガが最適だ。
砂利道は耐久性が低いし、焼成レンガなら壊れた箇所のみ取り替えれば良いからな。
俺の発言に、二人は呆然とした顔で頷いた。
▽
九鬼街道の事業着手から一ヶ月。
寺社や豪族などへの関所廃止の説得は、宗政が主に行い、順調に進んでいる。
やはり、まずはお金の交渉になったが、交渉に時間をかけたくなかったので、宗政には銭をたんまり渡し、説得に使ってもらった。
それでも難色を示す輩は、ゴリラっぽい近郷が、脅しに行って、半ば強引に廃止を認めさせた。
近郷の見た目も、たまには役に立つな……。
それで、今回の説得で思ったのは、関所廃止は、九鬼家が大軍で行軍するときのボトルネック解消にも繋がるということだ。
毎回、行軍する度に、関所を持つ様々な寺社や豪族などと調整するのは時間の無駄だ。
敵国攻略にも支障があるし、そもそも豪族に事前に調整すると、敵国にも、俺たちの動きが筒抜けになるおそれもある。
俺が支配する領内には必ず九鬼街道を作ることにしよう。
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次回の題名は『石山本願寺と鳥羽港』です。
内政担当の家臣を新たにスカウトしますよ!
(あと数話、内政をします。その後は、九鬼家拡大に向けた戦を始めます!)




