第五九話 大湊
▽一五七〇年七月、澄隆(十五歳)鳥羽城 評定室
俺の目の前には、大湊の商人たちが平伏している。
「あ~、畏まらなくて良い。話を聞こう」
俺は、南伊勢を取ったことで、南伊勢内にある商業都市の大湊も手に入れた。
この当時の大湊は、堺や博多などと並ぶ日本の代表的な都市の一つだった。
織田家は、大湊と大湊港を支配下に置くと、大湊の自治を司っていた商人たちを脅して自治権を奪い、織田家の支配下に置いていたようだ。
俺が、織田家を大湊から追い払うと、商人たちが、嬉々として、わざわざ鳥羽城にいる俺に面会に来た。
「澄隆様、ご機嫌麗しゅう」
商人たちは、皆、薄ら笑いをしながら平伏した。
「早速ですが、我々の自治権を認めて頂きたく……」
商人たちを見ると、皆、色とりどりの明らかに高級そうな生地の服を着ていて、裕福なのがすぐ分かる。
俺は、商人たちに会う前に、予め考えていたことを伝えた。
「そうだな……。大湊にある港の入港税として、積み荷の二分を九鬼家に支払うこと、大湊港に九鬼家の代官を置くこと、この二つを了承するなら、大湊の自治権は認めてやろう」
俺の言葉を聞くと、大湊の商人たちは、お互いに顔を見合わせて何か考えているようだったが、一番先頭に座っている最も偉そうな商人が頷くと、皆、同じように頷いた。
「了解しました。入港税と代官の件、澄隆様のご意見に従いましょう。これからも、よしなに……」
俺が頷くと、商人たちは、用事が終わったとばかりに、すぐに退出していく。
俺の考えとしては、今のところ大湊を味方にしておく。
将来は、鳥羽城の近くにある直轄港である鳥羽港を発展させて、大湊港の機能を鳥羽港に移していきたい。
商人たちが全員帰ると、俺は、小西行長と、そのお供の木戸末郷を呼んだ。
俺は、奈々が入れてくれた白湯を飲みながら、行長たちを待つ。
奈々と今日の夜、何が食べたいかを話していたら、行長と末郷が来たので、真面目な顔をする。
「ごほん……。行長、新しく手に入れた大湊港に九鬼家の代官を置くことになった。大変重要な役目だ……。そこで、堺で商いの経験がある木戸末郷を大湊港の代官に抜擢したい。良いな?」
俺が真剣な口調で話すと行長は、末郷を一度見て、はいっ!と元気に頷いた。
末郷が抜擢されて嬉しいみたいだ。
末郷は、眠そうな目を開いて、驚いている。
末郷は、見た目はいつも寝ているみたいな顔だが、政巧者の能力値が50オーバーだし、期待しているぞ。
……ちなみに、今日の夕食は、奈々が好きな魚の煮付けになった。
煮付けを食べて、顔を綻ばせる奈々が可愛かった。
…………………
俺は、木戸末郷を代官に置いてから数週間後、大湊港を訪問した。
早朝の港に来たが、活気がある。
入港した船から荷が下ろされ、体格の良い水夫たちが忙しそうに運んでいる。
今後のことを相談したかったので、宗政と、内政担当を考えている大宮吉守や長谷川重吉も連れてきた。
吉守は相変わらず目を合わせてくれず、重吉は俺を神様のように崇めてくる。
俺は、背中がムズムズする。
港に着くと、出迎えた末郷に、代官用に作った屋敷に案内された。
俺は、屋敷の大広間に着くと、早速、近況を聞く。
「末郷、大湊港の様子はどうだ?」
「はい、さすが発展している港です。一ヶ月で百艘以上、入港してございます」
末郷は帳簿をつけているようで、それを見ながら、説明してくれた。
「澄隆様、港の入港税ですが、ひと月で百貫をこえました」
「ひと月、百貫か!?」
思った以上に税金が入ってくるな。
木戸末郷は、堺で働いていた経験を生かして、代官としてしっかり港の管理をしているようだ。
俺は、末郷に良くやっていることを褒め、これからの方針を伝えた。
「末郷、俺は、直轄港の鳥羽港を発展させたいと考えている。まずは、鳥羽港と大湊港との水運を盛んにしたい。入港税のうち、半分は大湊港で保管し、残り半分は鳥羽港に送ってくれ」
「なるほど……。承知いたしました」
「ああ、大湊港より南に位置する鳥羽港の方が、外洋に近い。将来は、鳥羽港を中心に、堺の港などの各港と繋ぎたい」
俺は、鳥羽港を発展させることで、これまでは堺から大湊港に運ばれていた荷物を、鳥羽港経由にしたいことを伝える。
「将来は、鳥羽港に荷物を集約し、そこから領内に行き渡るような流れをつくるぞ。末郷、少しずつで良い。まずは、大湊港と鳥羽港を繋げるよう商人たちを促して欲しい」
「長期的な動きになりますが、よろしいですか?」
「ああ、構わない。大湊港からの入港税は予想以上だったが、直轄港の鳥羽港が発展すれば、入港税だけでなく、商人の売上の一部を税金とする運上金など、莫大な収入が入ることになる」
俺は、皆を見渡しながら、小声で話す。
「そこでだ。俺は、鳥羽港の入港税を積み荷の一分にするぞ。これにより、大湊港より鳥羽港に入港しやすくする。末郷は、その情報を大湊港周辺にわざとらしくない範囲で少しずつ広めてくれ」
俺の悪巧みに、皆、驚いている。
「す、澄隆様は、それを狙って、大湊の商人たちに、入港税の割合を提示したのですか?」
末郷が聞いてきた。
「もちろん、そうだ」
末郷は、目を瞬かせて、すぐに噴き出すように笑った。
「何と……。澄隆様は、堺の商人でも大出世間違いなしですな」
末郷の誉め言葉に、皆、顔を上気して頷く。
皆のキラキラした目を見ていると、居心地が悪いぞ。
現代の感覚だと、入港税を引き下げて他の港より流通量を増やそうとすることなんて、普通に思いつく。
俺は、手をパンパンと叩き、この話を打ち切った。
次の話題は、造船だ。
この大湊港、古くから造船が盛んで、造船に関連して、船釘などを扱う鉄工業も発達している。
織田水軍には一度、壊滅的な打撃を与えたが、九鬼家とは国力が違う。
また、水軍を整えて、海から攻めてくる可能性もある。
そこで、大湊港において、九鬼家の安宅船と関船の造船を始めるよう、末郷に指示を出した。
その費用は、入港税のうち、大湊港に保管した金を原資にする。
あとは、九鬼嘉隆と戦った時に接収した三艘の安宅船も、まだ修理が終わっていなかったので、大湊港で直すよう指示した。
この三艘は、ある目的のために、使う予定だ。
次回は、物流対策に取り組みます。
題名は『関所廃止とレンガ道』です。
(あと数話、内政をしたら、戦を始めます!)




