第五八話 灰吹法
▽一五七〇年七月、澄隆(十五歳)鳥羽城
隆佐にお願いして、信長の通貨改革を継続して行う道筋はつけた。
まだまだ抵抗はあると思うが、米を通貨にしないこと、金と銀を通貨にすることは、日本のためにもなる。
絶対に改革を進めていきたい。
…………………
やることは、まだまだ山積みだ。
隆佐に会った後、俺は、宗政に骨灰を集めるように指示を出した。
骨灰を使ってこれから実験を始めるのは…………灰吹法だ。
日本国内の鉱石から製錬された粗銅は金銀を含んでいたが、この時代の日本には、粗銅から金銀を分離する灰吹法の技術が無かった。
そのため、古くからこの技術をもつ明の商人は、日本から安価に粗銅を大量に手に入れ、そこから金銀を取り出す事で利益を得ていた。
確か、今の時代から二十年後に、南蛮人から日本に灰吹法が伝わるまで、ぼったくられていたはずだ。
俺は、前世の知識で、灰吹法をある程度、知っている。
日本の富が外国にぼったくられるぐらいなら、俺が日本の粗銅から金銀を集めたい。
俺は、『ぐふふ』と人に聞かせられない笑い声を出しながら、灰吹法のやり方をまとめておくことにした。
………………
宗政は、堺などを通して、粗銅、鉛、そして、悪巧みの肝となる骨灰を集めてくれた。
俺は、周辺環境への影響を考慮して、人が住んでいない田城城に、届いた荷物を移した。
俺は、宗政と奈々と護衛の霖たちを連れて、田城城に先に向かった光俊に会いに行くと近郷に伝えた。
近郷は、また何か始めるのかと、白い目でため息をついたが、何も言わなかった。
俺は光俊に会うと、早速、俺の考えを伝える。
「光俊、これも多羅尾一族の秘匿とする。絶対に他国に悟られるな」
「はっ。畏まりました」
俺の命令に頷く光俊に、炉を二つ用意させる。
ここで取り出すは、俺が作ったイタズラ描きのような設計図。
二つの炉の作り方を、この設計図を見せながら説明した。
タタラ製鉄で、忍者たちは炉作りに慣れているからか、絶望的な下手さの設計図にも関わらず、すぐに炉ができた。
そして、事前に頼んでいた、蜘蛛の巣織りの防塵マスクを全員に付けさせる。
灰吹法は、気絶と呼ばれる呼吸器疾患が大きな問題と記憶している。
炉から出る煙を呼吸の際に吸い込み、肺に蓄積してしまうことで起きる疾患だ。
俺は、光俊達に健康被害が出ないように、作業中は必ず防塵マスクを付けること、少しでも体調が悪くなったら、俺に報告することを伝えた。
「まず、一つめの炉に木炭を敷き詰めて、その上に粗銅を並べてくれ」
多羅尾忍者たちは、テキパキと粗銅を並べ、炉に火を入れる。
炉が高温になり銅が融解したところを見ると、新たな指示を出す。
「よし! 炉の中に、鉛を入れてくれ。ふいごで空気を送って、銅と良く攪拌してみてくれ」
部屋の中は、炉から漏れる熱気で猛暑のようになり、皆、汗だくになる。
防塵マスクをすると、息をすることも大変だ。
俺は、汗を拭きながら、次の指示を出す。
「よく溶けたな? 溶けた銅と鉛を炉から出して、水で冷却してくれ。火傷しないように気を付けてな」
炉から取り出した銅と鉛の合金を集め、もう一つの特殊な形にした炉に入れて、火をつける。
この特殊な炉は、絞り炉だ。
銅は千度以下になると固まり出す。
それに比べ、鉛は三百度以下にならないと固まらない。
銅と鉛の融点の違いを利用して、銅と鉛の合金から鉛だけを絞り出す。
「火を止めると銅が固まり出すから、注意深く見ていてくれ。銅が固まったら、まだ液状化している鉛だけを絞り出せるか?」
多羅尾忍者たちは、器用に粘土製の炉の口を切って、ドロッとした鉛だけを絞り出した。
絞られた鉛は、骨灰を強く押し固めて作った小山の上に、少しずつかける。
そうすると、鉛は骨灰の山に徐々に吸収され、骨灰の表面に、金銀が浮き出てきた。
「な、なな、ななな……」
奈々は驚いて、口に手を当てながら、目を剥いて驚いている。
「なんと、不思議な……」
「神の御業だ……」
多羅尾忍者たちは、浮き出た金銀を見て、固まっている。
宗政なんて固まったこけし人形になっている。
おーし!
実験は上手くいった。
初めてにしては上出来だね。
俺は、金銀を見ながら皆に話しかける。
「この金銀を取る方法は絶対に外に漏れないように気を付けてくれ。光俊、悪いが、これからは金銀の抽出も多羅尾一族にお願いしたい。やってくれるな?」
光俊は、真剣な顔で大きく頷いた。
これが、どれ程の利益をあげるか分かったのだろう。
………………
俺は、宗政に粗銅を買い集めるよう指示を出した。
粗銅の産地で、金が多く取れたり、銀が多く取れたりするようだ。
澄み酒を売ったお金は、全部、粗銅の買い取りに充てても良いと伝えた。
今後は粗銅を集め、金銀を抽出した後の純銅を売るという、錬金術を推進していこう。
なお、堺の隆佐に、純銅を見せたら、これほど高純度な銅は見たことがないらしく、粗銅より少し高めの値段で売れるらしい。
これは、嬉しい誤算だ。
九鬼家が物を購入するときには、純銅で支払えば、相手はお得に感じるだろう。
それと、金銀の価値も少し上げる悪巧みもしたから、すぐには効果が出ないと思うが、九鬼家に金銀が集まるはずだ。
楽しみだな!
………………
……あれから一ヶ月間。
光俊たちの頑張りで、粗銅から、金が五十貫、銀が百貫ほど抽出できた。
光俊からは、将来的には施設を増やし、数倍の抽出を目指したいとのこと。
このままの抽出量でも、年あたり約二千貫の儲けだ。
九鬼家の将来のために、光俊たちには、さらに頑張ってもらおう。
ただし、健康被害にはくれぐれも注意してくれよ。
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次回の題名は、『大湊』になります。
あと、数話、内政などを行ったら、大規模な戦を始めます。
お楽しみに!




