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第四九話 全身肌襦袢大作戦 その一

▽一五七〇年四月、澄隆(十五歳)鳥羽城



 連日、織田家と北畠家の猛攻を受け続けた。

 毎日、死ぬ目にあいながらも、鳥羽城を大軍の敵から守りやすい構造に工夫していたこと、島左近をはじめ皆が死力を尽くして砦を守ってくれたこと、九鬼家の兵たちの士気が下がらなかったことなどが幸いし、何とか防ぎきっている。



 ただし、疲労が積み重なり、討ち死にする者、深手を負う者も増え、いつ守りが決壊するか分からない日々。



 毎日、死と隣り合わせの状況で、ギリギリな戦いを続けていた。



 血と汗にまみれて疲労困憊な中、四月も終わりに近づいてきた。



 俺は毎日、首を長くして、風魔一族が狼煙を上げる予定の山を眺めていた。

 すると、よく晴れた早朝、狼煙が上がった!

 


 俺は目を凝らして、狼煙の数を数えると、三本だった。

 あの狼煙の数は、『事を成した』だ。

 それは、信長を討ったという知らせに他ならない。


 

 俺は、涙が溢れる。

 よーし!

 小太郎たち、大仕事を成し遂げてくれたな……。



 戦国時代の覇者、織田信長。

 その信長を討った。



 九鬼家が生き残る目が出てきた。

 風魔一族に心から感謝だ。



 俺は、涙を手の甲で拭きながら、近郷に、声をかける。

「近郷。今日の攻撃を撃退できたら、主だった家臣をここに集めてくれ」

「? 畏まりました」



 俺は、希望の狼煙を見続ける。

 


 空は雲ひとつなく、太陽の光が燦々と、辺り一面を照らしている。 

 昨日とはまるで違う景色に思えた。





 砦の上は、敵の火矢が刺さり、焦げ付いた臭いが充満している。



 今日も死傷者を多数出しながらも敵勢を撃退した。

 砦には固いムクの木を採用して泥で塗りたくり、屋根は粘土瓦にしたから、延焼はしていない。



 その日の夜、多羅尾一族に周辺の警戒を指示すると、家臣たちを砦にある一番広い部屋に集めた。 



「皆、これまでよく耐えてくれた。風魔一族から、織田家の当主、織田信長を討ったとの知らせが入った」

 皆、俺の言葉に呆然としている。



「す、澄隆様、意味がよく分かりませんが」

 近郷が皆を代表して聞いてくる。

「俺の命令で、浅井家に裏切られて朽木谷に逃げ込んだ織田信長を風魔一族に討ってもらった」

「も、もっと意味が分かりませんが」

 この後、俺は呆然とした近郷たちに、詳しく話した。



「そ、そう言うことは、最初から言ってくだされ」

 近郷は顔を引き攣らせている。

「春になれば情勢が変わるとは伝えたが、不確定要素が多く、俺の予想通りに実現出来るか分からなかった。皆には、籠城に集中してほしくてな……。詳しく話せなくてすまん」



「す、澄隆様は、籠城する時から信長を討つ算段をしていたのですか!?」

 奈々が、綺麗な眉根を寄せて唇を震わせながら驚きの声を出す。

「ああ、そうだ。この時を待っていた」

 


 近郷も、口を開けて驚いている。

 いや、近郷だけではない。

 この場にいる全員が同じような表情を浮かべていた。



 近習のおにぎり行長やクール吉継などは、キラキラした目で俺を眺めている。

 渡辺勘兵衛は顔を赤くしながら、鼻息荒く、俺を見ている。



「それで、風魔一族が信長を討ったことは、九鬼家の極秘事項とする。織田家から目の敵にされたくはないからな……。これから織田家は、新しい当主が決まるまで、混乱が続くだろう……。戦どころでは、なくなるはずだ」



 俺は、皆を見渡して宣言する。

「そこで今だ! 今が強大な織田家に一矢報いることができる絶好の機会となる……。まずは、この城を包囲している敵勢に対して、こちらから攻撃を仕掛けるぞ。信長が死んだ情報が敵勢に伝わっていない今の段階なら、敵の警戒も緩いだろう」

 皆、まだ、呆然とした顔で頷く。



「光俊、例のものをここに」

 光俊が、風呂敷に入れたある物を持ってきた。

 その風呂敷から、皆が見えるように、中の物を広げた。

「みんな褌一丁になって、これを着ろー!」

「「「え、えー!!!」」」

 俺が皆に見せたのは、藍色の全身肌襦袢だ。

 肌襦袢は、この時代の下着に当たる。

 今日のために、蜘蛛の巣織りの生地を使った肌襦袢を、光俊に準備させた。 



 誰もがこの全身肌襦袢に驚いているが、俺が率先して着始めたからか、皆、渋々、首から足の先まで覆われた肌襦袢を着た。

 頭にも同じ生地で作った頭巾を巻く。

 そして、肩周り、頸周り、胸周りを守るための満智羅と呼ばれる厚手の生地の上着を着る。

 ちなみに、満智羅も同じ蜘蛛の巣織りの生地を重ねたものだ。



 勘兵衛は、顔が真っ赤になって、着替えている俺を見ている。

 視線が怖いぞ。



 全身肌襦袢になると、何だか、前世のお笑いタレントがコントで着る時みたいな格好になった。

 あ、奈々は、別の場所で着替えて良いから。



「皆、この服装に慣れておけ。この肌襦袢は、防御力が高く、ある程度の攻撃は防げる。丑三つ時になったら、この服装で夜襲をかけるぞ。夜襲を必ず成功させるためにも、音が出る物は絶対につけては駄目だ。良いな?」

 俺は、肌襦袢の防御力に太鼓判を押しながら、夜襲に向けて注意を伝える。



 大人数での夜襲は、包囲している敵に気取られる確率が高い。 

 鎧は、どんなに静かに歩いても音が鳴る。 

 少人数かつ包囲されていない状況の奇襲ならまだしも、これだけの大人数で一緒に動くと、カチャカチャという音が必ず響いて、城を包囲している敵勢に、絶対に気付かれてしまう。

 


 そこでだ!

 身軽に動けて、防御力がある程度あって、敵に動向を悟られない全身肌襦袢を考えた。


 

 ムキムキな近郷などは、肌襦袢がパツパツになっていて、もし、テレビがあったら撮せない雰囲気を醸し出している。

 皆、恥ずかしそうな顔をしながら、お互い顔を見合わせている中、俺は号令をかける。

「よし! 耐える時は終わった! まずは、夜襲を成功させるぞ。全身肌襦袢大作戦開始だ!」





 丑三つ時になる前に、全員を集めた。

「これより、作戦開始だ。今日は首を取っても手柄にしないぞ。すべて打ち捨てること。いいな」

「「「畏まりました!!!」」」



 俺が小声で声掛すると、皆、これまでの鬱憤から、弾かれたように頭を下げた。

 あとは、世鬼一族だ。

「政定はいるか? いるな? 俺たちの夜襲に合わせて、敵の陣地に火を着けてくれ。敵が混乱するようにな。それと、城の周辺にいる見張りをできる限り片付けてほしい。特に、桟橋付近を見張っている敵は必ず片付けてくれ」

「分かっタ……」

 世鬼政定がヌッと柱の影から出てきて、頭を下げる。

 政定はシュン! と掻き消えるように姿を消した。 

 いつも、影のような動きにビックリするな。



………………



 丑三つ時を過ぎると、俺たちは、北の砦に穴太衆の秘技で作った闇り通路を使った抜け道から、そっと砦の外へ出た。

 


 この時期は、この時刻になると気温も下がり、肌寒く感じる。



 周囲には薄く霧がたちこめ、特に地面は白く深い霧で覆われている。

 転んで大きな音を出さないように、慎重に歩を進めていく。



 これから包囲している敵の陣地を攻める。



 物音を全く出さず、前傾姿勢で歩いていくと、敵に気取られることなく、敵が休んでいる陣地と目と鼻の先の距離まで無事に進むことができた。

 見張りもいたはずだが、世鬼一族が上手く片付けてくれたようで、誰にも会わない。



「よしっ。今こそ攻め時だ。声は出さずに打ちかかれっ」

 俺が小声で号令を出すと、百人ぐらいに分けた各隊ごとに、無言のまま、敵の陣地に殺到した。


 

 俺たちは、泥を跳ね上げながら走る。

 敵の陣地の至るところから、敵兵の悲鳴が響き渡った。





「何事か! まさか九鬼の奇襲か!? 見張りは、なぜ奇襲に気が付かなかったぁぁ!?」

 滝川一益が、息をのんで、陣屋から外に出た。



 そこに、全身肌襦袢姿の九鬼家の兵が現れた。

「「オオォォォォ!」」

「き、きたぞ、敵だ!」

「み、味方の、う、裏切りか!?」

「な、なんだ、あの格好は!?」



 寝静まった丑三つ時に攻められたこと、九鬼家の数も分からないこと、周りも暗く敵味方が判別できないことから、同士討ちも始まった。

 突然の攻撃に動揺が広がっていく。



 特に、北畠家の兵の士気は緩み、農民兵を含めた寄せ集めの集団のため、一度、混乱すると収集がつかなくなった。


 

 一益は、家臣たちに迎撃の指示を出しながら、冷徹に状況を分析する。

 


 くそ……九鬼家のあの格好は、なんだ?

 こんな間近に現れるまで、全く音がしなかったぞ。

 それに、全身が薄暗い色に統一されていて、暗闇と同化している……。

 奇襲のために、あの服を事前に準備していたのか……?



 これは、まずい。

 敵は、信雄様の陣所まで届くぞ……。



 これまで、何度も戦場で戦ってきた一益の直感が、そう告げていた。

「信雄様の所まで急ぐぞっ!」

「ははっ!」

 一益は、立て掛けていた愛用の千鳥十文字槍を引ったくるように持つと、信雄のいる場所を目指して駆け出していった。





 世鬼一族が、俺たちが攻めるのに合わせて、上手く陣地に火を着けたようで、所々で火の手が上がって、道しるべのように明るくなっている。



 俺は、近郷や奈々、島左近隊と一緒に、敵の本陣に向かって駆けた。 



 北畠家の旗印がある本陣に着くと、十名ほどの北畠家の重臣と思わしき者たちが向かってきた。



 そこに、いつ現れた分からないが、世鬼政定と政矩の兄弟が炎を背にして、まるで物の怪のように腕を組んで立っていた。

 顔は藍色の布で覆われていたが、暗闇の中、赤く爛々と光る目が不気味さを増している。



「クフフ、ここは、我らに任せてくレ」

 背の高い方の政定が喋ると、二人は敵陣に突っ込む。

 二人は並んで走りながら、フッフッフッという、息のあった声が響く。

 一気にスピードを上げ、敵に近づくと、手に持っていた何かをぱっと広げた。



 それを水平に振ると、シュパッという音がでた。

 その音の後、敵たちの喉から血が吹き出し、そのまま崩れ落ちていく。

「な……!」

「馬鹿な! 速過ぎる!?」  

 目で追うのがやっとという速度に驚愕の声を上げる敵勢。



 うおっ! 格好いい。

 瞬き一つほどの時間で、数人の命を奪い取った……。

 恐るべき早業である。

 


 持っているのは扇かな?

 武器として使っているから、鉄製みたいだ。

 まるで、日本舞踊をしているようだ。



 世鬼の兄弟の攻撃に怯え、残りの兵たちは泣きわめつつ、逃げ始めている。



 そこに、鎧も着ていない少年兵が声を張り上げていた。

「に、逃げるなぁぁぁ!」

 皆、その少年兵を置いて逃げていく。

「た、助けろぉぉぉ!」

 腰を抜かさんばかりに狼狽した少年兵。



 そこへ、鎧を着た一団が、俺たちと少年兵の間に割って入ってきた。

「信雄様っ! 早く、お逃げくだされ。ここは拙者たちがしんがりになり申すっ!」

 信雄と呼ばれた少年兵は、返事もせず、あわてて逃げていく。



 あいつが信雄か。 

 逃がしたくはないが、しんがりの敵たちは手強そうだ。

「拙者、織田家家臣、滝川一益! まいる!」 

 一益と名乗った武将が率いる兵たちが突っ込んできた。 



 おお、滝川一益か!

 今から数年後には織田四天王の一人に数えられることになる男で、『進むも退くも滝川』とも称賛された文武両道の名将だ。

 この戦国時代の武将の中でも最高ランクの存在だろう。

 その男が今、目の前で勇猛な瞳を俺たちに向けている。



 一益は、眉毛が濃く威圧感のある相貌だが、華のある雰囲気でオーラがあり、イメージ通りの見栄えのする男だった。



 俺の近くにいた左近が、一益の兵たちを薙ぎ倒しながら前に出た。

「拙者、島左近! 押し通るっ!」

「よし、こーい!」

 島左近が名乗りながら槍の一閃を叩き込むが、一益はなんとその槍に合わせて、自らの槍をカウンターのようにぶつけた。



 ガキィィン!

 左近の十文字槍のうち、片方の刃が折れ、L字のような片鎌槍になっている。

 左近が折れた槍を見ながら笑い出した。

「アッハッハ! 一益殿、お強いなっ!」

 一益は、愛嬌のある顔でニヤリと笑って、千鳥十文字槍の刃先を左近の方に向け、悠然と構えている。

 どうやら、信雄を逃がすための時間稼ぎをするつもりのようだ。



 左近と一益は、一瞬間を置くと、地面が抉れるような勢いで飛び出した。

「トォォォオ!」

「ヌン!」

 二人は目にも留まらぬ速さで近づくと、相手の急所を狙って槍をくり出す。

 ガギャンガギャン!

 僅か数瞬の間に、金属と金属が擦れ合う甲高い音が断続して響き渡る。



 恐ろしく速い……。

 化物じみた戦闘力。

 漫画の世界のような戦闘をしている左近と一益。



 ズドドドドッ!

 二人の槍は、光の軌跡だけが視界に入るほどの信じられないような速度で四方八方に振り回され、風を切る音が聞こえる。

 左近と一益の攻撃は、相当の重みがあるのか、お互いに地面に足が埋まりそうなほど、踏ん張っているのが分かる。

 一発一発が相手を吹き飛ばすほどの威力がありそうだ。



 互いが、全ての力を懸けて、槍を繰り出す。

「な、なんて動きだ……!」

「し、信じられん……!」

 左近も一益も技量が高く、敵も味方も二人の戦いぶりに見惚れて、動きが止まった。



 左近が槍を振り回して、物理的にありえないような直角軌道を描く攻撃を仕掛けるが、一益は強靭な足腰でどっしりと構えながら、反射的に槍を繰り出し、打ち返していく。



「うぉ……」

 俺はそれを見ながら、思わず感嘆の溜息が出た。

 空間がビリビリと震えるような凄まじい二人の戦いに、肌が粟立つ。



 こんな戦い見たことない……。

 たゆまぬ鍛錬から昇華した二人の技は、まさに神業。 

 膂力も速度も常軌を逸している。

 左近の異常な強さは、三砦亀籠大作戦で嫌というほど実感してきたが、一益も頭がおかしいレベルの強さだ。



………………



 どのくらいの時間が経っただろうか……。

 さらに激化する槍の応酬。

 ゴルッ!

 左近の槍の穂先が、一益の肩を掠め、鎧の破片が削れて飛び散る。

 ザシュッ!

 逆に一益の槍が、全身肌襦袢を着た左近の腕に傷を作る。

 左近が優勢?

 それとも押されてる?……。



 左近も一益も、全身がバラバラになるような凄まじい連撃を相手に叩き込み、二人の体は傷だらけになっていく。

 まるで宗教画のように荘厳な打ち合い。



 お互いに致命傷を与えられないまま、互角の闘いを繰り広げていたが、示し合わせたように、一歩後ろに下がった。



 左近はふ~と息を吐きながら、構えを変える。

 左前半身構えのまま、体を捻り、左肩を少し前に出す。

 迷いなく両足をズバッと広げて重心を下げた。

 左近の雰囲気が変わった。

「シィィィィィィ」

 左近は歯を食い縛りながら息を吐く。

 鬼気迫る気質。



 一益も槍を悠然と構えるが、警戒感からか目が細められる。

 左近と一益のお互いの槍の先端が、警戒するように小刻みに揺れる。



 その時、二人の間に風が吹き、フワっと砂煙が立ち込めた。

 左近は、その瞬間、重心をスッと更に落として脱力すると、地面を蹴りつけて移動し、渾身の一撃を放った。



 ドウッ!!!

 槍が空気を切り裂く。

 極限まで研ぎ澄まされた突きは、まさに人外の動き。

 凝視していても目で追うことすら難しい超加速。

 俺は、左近の身体がブレて見えた。



 一益も咄嗟に槍を合わせたみたいだが、一瞬間に合わなかったようだ。

 唸りを上げた左近の槍が一益の胸に突き刺さる。 

 骨が砕ける音がして、一益はそのまま顔を歪めて、前のめりに崩れ落ちた。 



 さ、左近が勝った!!!


 

 一益は、槍が刺さっても悲鳴一つあげなかった。  

 うつ伏せに倒れた一益の胸から血が溢れ出る。

 ただ、左近の左頬からも、一益の槍が掠ったのか、血がダラダラと流れ、全身肌襦袢を赤く染めている。

 頬を深く斬られたようだ。



 あの左近の速さについていったのか……。

 一益もさすがの強者だったな。



 一益は、うつ伏せのまま、歯を食いしばって、顔だけを左近に向けた。

 全身から発せられる覇気のようなものが消えかけている。

 一益は、左近を見ながら、口を微かに開き…………。

「くっ……、み、見事だ。わ、儂の愛槍をお主に託そう……」

 そう言うと、そのまま、ガクッと力尽き、ゆっくりと瞼を落とした。




「儂の最速の技にまで合わせるとは……。一益殿。今まで出会った敵の中で一番手強かったですぞ」

 左近は、自分の頬から出た血を手の甲で拭いながら、倒れている一益に深く頭を下げた。



 その後、左近は味方を鼓舞するように、大声を張り上げる。

「敵将滝川一益を、島左近が討ち取ったっー! 皆、残った敵に打ち掛かれー!」



 滝川一益は、史実では織田家の重臣として幾多の戦場で活躍する、俺の大好きな武将の一人だった。



 左近との戦いを見ていても戦巧者の数値が異常に高そうだったし、あのクラスの武将はそうそう存在しないだろう。



 俺は不謹慎だが、正直、討ち取ったのは勿体ないと思ってしまった。



 ただ、敵だし、仕方がないか……。

 敵将の滝川一益が死んだことで、味方は奮い立ち、残りの織田家の兵を蹴散らしていく。



 俺は、首を振って気持ちを切り替えると『敵を討ち取れぇ!』と、号令を出した。

 ここで、敵の力を削れば削るほど、これからの戦に有利になる。

 ここは攻めどきだ。



 逃げ惑う敵兵たち。

 滝川一益が討たれたことを恨んで、打ちかかってくる者もいるが、統制が取れていなく、その多くは左近や左近の部下たちに倒されていく。



「兜首は絶対に逃がすなぁ! 全員討ち取れぇ!」

 俺は、兜首を優先的に討ち取るよう指示を出した。


 

 身分の高そうな鎧を着た武将は標的になり、逃げるところを、後ろから斬りつけられ、討ち取られていく。



…………………



 それから、半刻ぐらい経っただろうか。

 死体が転がり、血に染まった平原。

 血の臭いで、むせるようだ。



 大勢は決した。



「降参すれば殺さぬ。手向かえば斬り捨てるぞ!」

 俺は、敵が全面崩壊するのを見計らって、大声で触れて回ると、追い詰められた敵は、抵抗を止めていった。

「こ、降参するっ」

「い、命だけは助けてくれっ」

 逃げ回っていた敵も武器を捨て、その場に座り込んだ。



 土で汚れた敵は、疲れきって表情が暗い。 

 降参したものは、腰縄を打って捕虜とした。 

 その兵達は、ひとつの場所に集めさせた。

 数は分からないが千人以上はいるだろう。



 味方を見渡すと、俺を含め、全身肌襦袢が敵の返り血で染まっている。

「皆、良くやった! このまま、南伊勢に攻め込むぞ!」

「「「おぉー!」」」



 ここまで、夜襲が上手くいくとは正直、思わなかった。

 味方の士気は高い。

 降参した兵は、田城城に送ることにして、見張りの兵以外の全軍で南伊勢に侵攻することにした。



………………



 そのまま朝方になり、近隣の各村を通ると、どの村も痩せ細った領民ばかりだ。

 気になったのが、家から煙が出ていないことだ。

 調べさせたところ、食糧が少なく、料理をするために火を起こすことさえしていないそうだ。

 冬を越せずに、餓死者も多数出ていた。

「これは、ひどい……」

 奈々が悲しそうに呟く。

「……ああ、酷いことをする」



 北畠家は、俺たちを攻めるために、相当無理をしていたようだ。

「近郷、宗政に命じて、九鬼家の備蓄を配給するよう、大至急手配してくれ」

「あと、光俊! 各村に、九鬼家は略奪はしないこと、食糧を配給することを着実に伝えてほしい。不安がらせないように、くれぐれも注意してくれ」



「はっ!」

 俺は、信雄の居城がある大河内城を目指して、そのまま進軍した。





 大河内城内。 

 信雄は、爪を噛みながら、イライラと足を揺すっていた。



 信雄たちが城に逃げ帰ると、父である信長が朽木谷で浅井家の落武者狩りにあって討たれたという、驚愕の凶報が入った。



 信雄は動揺を隠すことなく、顔を顰めて言い放つ。

「お、尾張国に戻るぞ」

「信雄様! 何を言っているのですか!? 九鬼家は必ずや、この城まで攻めてまいります。北畠家当主として、信雄様にこの城で陣頭指揮を取って頂かないと、戦いになりませぬぞ!」



「き、北畠家なんか知らん。主玄が何とかしろ。俺は、父上の後継者となるため、尾張に戻って、家中の味方を早急に増やさなければならん」

「ま、待ってくだされ!」

 源浄院主玄は、信雄を引き留めようとしたが、信雄は聞く耳を持たなかった。



「ええい! 本当に無能なやつらめっ! 荷物をまとめろ! 早く尾張に戻るぞ」

 信雄は、怒鳴り散らしながら、織田家の兵を引き連れて、尾張国に逃げていった。

お読みいただき、ありがとうございます。


狼煙の数ですが、一本が『朽木谷に信長現れず』、二本が『信長は現れたが逃げられた』、三本が『事を成した』と決めておりました。


次回も南伊勢が舞台になります。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 信雄がめちゃくちゃしてくれたおかげで南伊勢は確実に食えるというか接収に近いことになりそうだね 北伊勢は兵も人材も足りなそうなうえに南伊勢がぼろぼろで民への施しも必要だから難しいかな
[良い点] 今回も楽しかったですー 全軍での夜襲、手に汗握る展開でした。 全身タイツ?も思わず笑っちゃいました。 次回も南伊勢が舞台とのこと。 楽しみにしてますねー
[一言] どこぞの探偵漫画の犯人みたいなのが集団で来たら、そら怖いわー 滝川さんの一番得意なのは鉄砲、鉄砲無い時点で最初から詰んでたんだ… 北畠の重臣はアホが粛清しちゃってるし、きっと雪姫は置き去りに…
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