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第四八話 朽木谷の退き口 その二

▽一五七〇年四月、織田信長(三十五歳)朽木谷


 

 ジメジメとした暗い谷底。

 大雨で、走る道は泥濘み、足が取られる。



 信長たちは、地理に詳しい松永久秀の案内のもと、悪路に悪戦苦闘しながらも逃走を続けた。



「うおっ!」

 すると、一番前を走っていた兵が、突然、悲鳴を上げた。

 ぬかるんだ地面の上で、豪快に転ぶ。

 その兵は、足元に張られていた縄に、足を引っ掛けていた。

「だ、大丈夫か!?」

 転んだ味方に駆け寄る兵たち。



 この時、土砂降りの雨の音が邪魔をしなければ、縄に連動した罠が作動する音が聞こえていただろう。



 ガラガラガラガラ!!

 地響きとともに、信長たちの側面の斜面から、何十本もの丸太が転がってきた。



「うぉぉぉ、逃げろっ!」

「ぐえっ!」

「ぐぎゃ!!」

 信長や久秀は、後方にいて難を逃れたが、先頭にいた十名ほどが逃げ遅れ、丸太の下敷きになった。



「くそっ! 止まれっ! 周辺を確認しろっ!」

「ははっ」

 信長は兵たちを散開させ、周辺を調べさせると、足元に張られた縄を何本も発見した。



「信長様……この周辺は、絶妙な位置に罠が張り巡らされております。この暗さの中、罠に触れないように慎重に進むのには、相当の時間がかかるかと……」

「そうか……」

 顔を顰めながら報告する久秀に頷く信長。



 すると、家臣たちが決意を込めた顔で、信長を仰ぎ見ながら発言する。

「信長様……。信長様が無事に京にお戻りになるために、我々の命をお使いください。信長様が逃げる時間を稼ぎます。ここは、捨て置き陣を取らせて頂きます……」



 信長は、目を一瞬閉じ、眉間に皺を寄せる。

 信長には珍しく、決断に時間がかかった。

「すまぬ……頼む……」

「ははっ!」

 信長の声は、いつもの自信に満ちた声色は影を潜め、苦渋に満ちていた。


 


 小太郎たちが、信長を追う中、その前に、数人の織田兵が立ちはだかった。

 皆、精鋭で、勇猛果敢に戦うため、倒すまでに時間がかかる。



 逃げる道筋に沿って、数人ずつ点々と兵が待っていて、死ぬまで足止めしてくる。

「拙者、織田家馬廻、福富秀勝! 死ねぇ!」

「同じく菅屋長頼! これ以上は行かせんっ!」

 大柄な二人の織田兵が名乗りを上げながら、風魔一族に飛びかかった。



 二人の織田兵は、何度も斬られながらも、その場から動かず、何人もの忍者を道連れにして息絶える。

 


 小太郎は、討ち取って倒れている織田兵を見ながら、感嘆の声を出した。

「これは、信長を逃がすために命を捨てていますね……。さすが、信長、忠義が厚くて良い兵をお持ちだ。ですが、逃がす訳にはまいりません。手はず通り、谷の出口に待機している喜の隊に合図しなさい。挟み撃ちにしますよ……。あとは、怒の隊にも奇襲をしかけるよう伝えなさい」

 小太郎が命令すると、隣にいた哀の面をした忍者が、持っている笛を吹いた。





 深い闇に覆われた森の中。



 信長たちは、逃げ続けたが、怒の面をつけた忍者たちが、所々で奇襲を仕掛けてくる。

 沈黙のまま足音も立てずに、両手につけた鋭い爪で攻撃してきて、死ぬ時でさえ、悲鳴ひとつ出さず倒れていく。

 織田兵も一人、また一人と、倒されていった。



………………



 数刻後……。



 信長たちは、大きな岩を背にして、喜の面をした忍者達に囲まれていた。



 忍者が吹く笛の音が辺りに鳴り響き、驚く鳥たちの鳴き声と交錯する。



「ハァハァ……。恐れながら信長様……。拙者の知っている限りの逃げ道を使ってここまで来ましたが、こやつらは逃げ道を全て潰している様子。無念ではございますが……もはやこれまでです。ここを包囲されたら、逃げられません」

 松永久秀は、息を切らせながら、苦々しく顔を歪め、溜め息を吐いた。


 

 信長は、片手で分銅鎖を振り回す忍者たちを見ながら、疲労の色濃く呟く。

「こんなところで、儂の天下布武の夢が絶たれるとはな……」

「信長様、拙者も黄泉の国にご一緒致します。共に斬り死にを遂げましょうぞ!」

 松永久秀が覚悟を決めた顔で叫んだ。 



 信長は、周りを囲む忍者たちを見ながら、甲高い声を発した。 

「是非に及ばず……。久秀っ! 暫しの間、敵を近づけさせるなっ!」

「!? ははっ! 畏まりました!」 



 久秀や信長の近習たちが、信長を囲むように忍者たちの前に立ちはだかる。

 信長は、そのまま、刀を地面に突き刺すと、懐から扇子を出して、目を閉じた。

 信長は、ふ~と息を吐き出し、そのまま、扇子を広げた。



 扇子には金地に松と三羽の鳩の絵が描かれている。



 その扇子を力強く振りながら、信長は敦盛の一部を謳い出した。

『人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか……』



 敦盛を謳う信長の気迫、圧倒的存在感に飲まれた忍者たちは、思わず、武器を持つ手を止め、暫し、信長を眺めてしまう。



 久秀たちも、信長を守るように立ち、動きを止めた忍者たちを睨み付けながら、信長の謳う敦盛を聞いて涙を流した。



 雨が降りしきる暗闇の中、信長の周りだけが、神々しく薄く光って見えた。



 信長は、敦盛を謳い終わると、憑き物が落ちたような穏やかな顔になって頷く。

「どうした? おぬしら?」

 信長は、深みのある声音で呟くと、地面から刀を抜き、正眼に構えた。



 忍者たちは、躊躇していたが、お互いに頷き合うと、腰を屈め、人間離れした速さで一斉に信長たちに襲いかかっていった。



 信長たちは、最後の一人になるまで戦った。

 


 久秀の胸に、忍者の忍刀が突き刺さる。

「ぐっ!」

 久秀は、口から血を吐きながら、忍者の首に、折れた脇差しを刺し、一緒に倒れた。



 信長は、大きな岩を背にして最小限の動きで分銅鎖をかい潜ると、目で追えないような速さで刀を振り、忍者たちの首を撥ね飛ばす。



 ただ、時間が経つにつれて、疲れからか、信長の動きは遅くなり、肩で息をしている信長の左腕には分銅鎖が絡まり、数本のクナイが身体に刺さっていた。



 そこに、小太郎たちが追い付く。



 信長は、満身創痍ながら、静かな眼差しのまま、小太郎たちに向かって、右腕一本で刀を構えた。

 信長の周りには、首を失った忍者たちが積み重なるように倒れていた。



 音もなく立ち止まった小太郎は、静かに信長に近付いていく。



「さすが、噂に違わぬ英傑ですね……。わたしがやりましょう……」

 小太郎がそう言いながら、両腕を広げるように水平に素早く振った。



 すると、両腕につけている鉄製の手甲から、長さ一尺ほどの刺刀が、カシャンと音をたてて飛び出してきた。



 信長と小太郎が、お互いを凝視している中、雨の音だけが響いている。



 小太郎の表情のない能面、その目の部分には、青みがかった不可思議な色合いの瞳が、暗闇の中でも爛々と輝いていた。



 その小太郎が、信長に向かって勢い良く駆け出すと、跳ね上げた泥水が地面に落ちるより早く、弾丸のように距離を詰め、刺刀がついた右腕を信長に向けて叩き込んだ。



 信長は、左腕が使えない不自由な体勢にも関わらず、小太郎の一撃を半身になって紙一重で躱し、即座に反撃する。

 満身創痍な状態だと思えない程の一撃。



 信長の右手に持った刀が下から上に向かって、逆袈裟に高速に振り抜かれるが、小太郎は左手の鉄製の手甲でぎりぎり受け止めた。

 


 ガキィィンという異常に大きな音が鳴り響く中、小太郎は長いもう一方の腕を曲げ、信長の首を横から刺刀で突き貫いた。



「ぐ、む……、み、見事だ……」

 信長は、口を歪めて笑うと、ごぶりと血を吐く。

 信長の首からはドクドクと赤い血が滴り落ちた。



 信長は、その表情のまま、小太郎を澄んだ目で見つめ続ける。

 小太郎も青みがかった目で、信長の視線を受け止める。


 

 そのまま、信長はスッと目を閉じ、静かに絶命した……。





「小太郎様……。信長たちは、敵ながら、あっぱれな死に際でしたね~。私たちも大分やられました……」

 面が割れ、顔をさらけ出している紺は、味方と敵が折り重なって死んでいるのを見て、悲しそうな顔をしながら言った。



 今回、信長を討つために、風魔一族は、多くの命が散った。

 特に、信長一人に風魔の手練れが十数人、殺された。

「ホホホ…………」

 小太郎は、いつもの高笑いと違い、低い声で笑った。



「紺……。それでは、信長は、落武者狩りに殺された形にしますよ。我々がいた痕跡はすべて消しなさい」

「信長の首はどうします~?」

「楽の隊に、この辺りの農民に化けさせて、浅井家に届けなさい。浅井家に悪者になってもらいましょう」



「分かりました~。信長の愛刀のみ、澄隆様に持って帰りますか〜?」

「そうですね……。そうしましょう。もうすぐ夜が明けます。誰かに見られる前に撤収しますよ。そして、澄隆様に吉報を届けましょう」



 小太郎たちは、甚大な被害を出しながらも、織田信長の討伐に成功した。

お読みいただき、ありがとうございます。

チート武将である信長の討伐を、何とか果たしました。

相当の被害が出てしまいましたが……。

これから、澄隆はどう動くのか!?

次回からは、鳥羽城に舞台が戻ります。

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― 新着の感想 ―
ノッブ、ここで退場か〜……( ・ω・)フム
[良い点] 平蜘蛛の粉砕回避と貴重な裏切らない松永さんと無双シリーズかと言うくらい暴れ回る信長様 [気になる点] 平蜘蛛は無事後世に残るのだろうか。 [一言] 貴重な鈴虫ブリーダー……けふん、松永さん…
[良い点] 今回も面白かったー ホームラン級でした。 信長退場により、これからの展開が楽しみ過ぎます!
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