第四五話 三砦亀籠大作戦 その二
前回、たくさんの感想、ありがとうございました!
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(続きは、後書きをご覧ください)
▽一五七〇年四月、滝川一益(四十五歳)信雄陣内
「まーだーかーよー」
信雄様は、相変わらず、不機嫌な声で北畠家の家臣たちを睨んでいる。
鳥羽城を攻め始めて、三ヶ月。
その間に、大雪で一尺から二尺ほどの雪が何度も積もり、攻められない期間が続いたが、雪が溶け始めて以降、連日攻め込んでも城は落ちない。
城は、海上封鎖もできないことから、水攻めや兵糧攻めなども効果がなく、何より不思議なほど士気が落ちない。
反対に北畠家の兵たちは、最初から低かった士気が、さらに下がり、厭戦的な雰囲気が漂っている。
誰も発言しない中、評定に参加した滝川一益は、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら一歩前に進み、信雄様に進言する。
一益は、橙色の陣羽織を着て、その男振りからも、陣内にいる味方の中で一番目立っていた。
「信雄様。春になり申した。信長様も待っておりましょう。ここは、この一益めにお任せ願います……」
信雄様は父である信長と同じ箇所に青筋を立てながら、苦々しげに言った。
「あーもう、北畠家が無能過ぎて、苦労するよー。一益、任せたー」
「はっ! お任せを!」
一益の目がギラリと光った。
▽
早朝、朝靄が立ち込める中、カチャカチャと鎧が擦れる音を規則正しく響かせながら、敵が現れた。
これまでの兵に比べ、統率も取れており、鎧も綺羅びやかに輝いている。
一定の距離に近付くと、敵勢は整然と並んだ。
ドン、ドン、ドンドン!
敵勢が足を同じリズムで踏み鳴らすと、地面がその振動で震えた。
城の周辺の木々で羽根を休めていた鳥たちが、驚きの鳴き声を上げながら空へと飛び立っていく。
その刹那、敵勢から鬨の声が響き渡り、それに合わせて無数の軍旗が翻ったのが見えた。
その旗を見ると、織田家の織田木瓜の軍旗だった。
「!? 織田家の軍勢か?」
俺は、目を見開いて、敵勢を眺める。
「はい、いよいよ、織田家が攻めてきますな……」
「ああ、近郷。これまで温存されてきた織田家の兵が出てきた……。これまで以上に気を引き締めるぞ。迎撃準備だ!」
俺は緊張で渇いた喉を唾で湿らせながら、敵の動きを確認する。
すると、先頭の兵に人の背丈ぐらいの大きな楯を持たせて、そのまま突き進んできた。
「皆、矢を放てー!」
カンカンカン!
近郷の指示のもと、矢を射かけるが、いくら矢を放っても、大きな盾で防がれる。
桟橋を渡る間も、盾を横一列に並べて、一歩一歩進んでくる。
粛々と進む織田家の兵たちは、訓練が完璧に行き届いているのか、動きに淀みがない。
「……これは、手強いですな」
近郷が苦々しく呟く。
俺の近くにいた味方の兵のゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
敵勢は、あっという間に砦の前まで到達する。
すると、敵の後方からは、門を破るための破城槌が運ばれて来るのが見えた。
破城槌は、先端が補強された巨大な丸太だった。
「澄隆様! どうなさいますか!?」
近郷が焦った声を出す。
今度は、門を破る気か……。
これは、こちらも温存していた切り札の出番だな。
「光俊に伝えろ! 今回は、手榴弾の準備だ」
俺の命令に従って、光俊率いる多羅尾一族の一団が、砦の上に集まる。
多羅尾一族は、運んできた木箱から手榴弾を大事そうに取り出すと、各自、点火準備を始める。
「まだだ。俺の合図を待て!」
巨大な破城槌が、数人がかりで門の手前まで運ばれる。
「押せぇ!」
「盾を上に向けろぉ! 石や矢から守るんだぁ!」
「おい! 息を合わせろ!」
ズーンという重い轟音とともに、破城槌の最初の一撃が門を軋ませる。
門は、固いムクの木に、理右衛門特製の小鉄板でガッチリ補強して、門の背後の閂も鉄製だから、すぐには破れないと思うが、この音は心臓に悪い。
何度も聞きたくない音だ。
門の前には織田の兵が盾を持ってひしめき合い、落ちてくる石や矢を受けても怯まず、門が破れるのを今か今かと待ち構えている。
感心するほど、しっかりと統制が取れている兵たちだ。
ただ、まだ、打つ手はある。
「よし、今だ! 手榴弾を落とせ!」
「ハハッ!」
俺の号令によって、導火線に火を付けた手榴弾が、石垣に設置した『石落とし』から落とされる。
手榴弾は、煙を上げながら敵勢に向かってコロコロと落ちていく。
手榴弾は、敵勢の中に吸い込まれるように落ちた。
そして、爆発。
ババンバンと荒々しい音を立てて、手榴弾がはじけ飛んだ。
ビリビリと痺れる振動を感じた。
手榴弾には、製鉄中にできた鉄屑や礫が目一杯入っており、破裂した勢いで、門の前で密集した敵勢に無慈悲に突き刺さった。
「うぎゃぁぁぁ!」
「いてぇ、いてぇぇ!」
「な、何が起きたぁぁ!?」
絶叫や悲鳴が戦場に轟く。
「くそっ! お前ら、怯むなっ! 早く門を打ち破るぞ!」
喧騒の中でそんな声が響き渡る。
執念深く、破城槌を打ち付けようとする兵が、門の手前に殺到するが、そこに手榴弾が容赦なく落とされる。
手榴弾がバンと破裂する音に合わせて、敵勢の悲鳴が轟く。
▽
後方で指揮をしていた一益は、驚きの声をあげた。
「なんだと……。敵にこんな切り札があったのか」
血だらけになった兵が、崩れるように倒れるのが、遠目からでも見えた。
織田兵は、必死に破城槌を打ち付けようと、門の前に集まるが、その度に、破裂する何かに吹き飛ばされていくのが分かる。
ギリッ!
一益は、それを見ながら、奥歯を噛み締める。
城を攻め始めて三カ月あまり。
これまで、この切り札を温存していたということか。
「くそっ! これでは被害が増すばかりだ。ひとまず退却させろ!」
一益は、思わず怒鳴るような声を出し、隣で指示を出していた木全忠澄に退却を命じた。
織田兵は、おびただしい死傷者を出しながら退却していった。
▽
信雄に退却したことを伝えると、信雄は相変わらず、だらーんと足を投げ出しながら、上を見上げている。
「一益。織田家の兵も期待はずれかー」
一益は、一瞬、怒気をおびた顔付きになったが、すぐに消して話し出した。
「信雄様、ご安心を。こちらも切り札を出します。おい、あれをここに……」
「ははっ」
信雄が見ていると、一益の指示で、一益の家臣たちが数人がかりで、頑丈な車盾を押してきた。
一益は、待機している間に、織田家の大工を使って車盾を作っていた。
車盾は、盾の下部に車輪を有した攻城用盾で、固いムクの木を使った、高さが約一間、幅が約一丈にもなる屋根もついた大盾だ。
「これなら、敵の破裂する兵器にも耐えれると思われます」
信雄は、興味も無さそうに車盾を一瞥して、言う。
「早く、落とせよー」
一益は、信雄の言動に苛つきながらも、頭を下げた。
▽
「ん? 何だあれは?」
次の日、攻めてきた織田兵を見ると、奇妙な物を持ち出してきた。
車輪付きの頑丈な盾で、数人がかりで押している。
ズズズッ!
「車盾ですな……。あんな大きな物は見たことありませんが……」
近郷が、冷静な中にも緊張をはらんだ声を出す。
車盾は、ゆっくりと押されてくるが、石や矢をいくら当ててもびくともしない。
あれには、手榴弾も効かないだろう。
北畠家が攻めている三ヶ月の間に、あれを用意していたのか?
あれほど大きい車盾だと、長距離を運ぶのは無理だろう。
この城の近くで、作ったはずだ。
指揮を取っている滝川一益の指示なのか、さすが、やることが抜かりない。
ただ、こちらにも、まだ、奥の手がある。
「光俊! 焼夷弾の準備だ。急いでくれ」
多羅尾一族は、あわただしく焼夷弾の準備を進めた。
………………
車盾が、砦の門の所まで押されてきたが、本当にごつくて大きい。
板を何層にも重ねてあるようで、まるで現代の装甲車のようだ。
その凶悪なフォルムに圧倒される。
車盾は、何十本もの矢を生やして針鼠のようになっているが、特に影響はないようだ。
車盾の先端には、破城槌が準備されている。
これは、焼夷弾がなければ、何も出来ずに、門を破壊されていただろうな……。
俺は、車盾を見ながら、思わず寒気がした。
俺は、慌ただしく準備をしている光俊を見る。
「早くするんだ! 急げっ!」
光俊が配下の忍者に怒鳴り、焼夷弾への火付けの準備を急がしている。
普段であれば、光俊は配下の忍者に怒鳴ることはない。
しかし、今は緊急事態だ。
忍者たちも、それが理解できているのだろう。
ただ、黙々と準備を急いでいる。
光俊は準備が終わると、俺の目をしっかりと見て頷いた。
「光俊、よし! 焼夷弾を落とせ!」
俺の指示で、黒色火薬が目一杯入った、増し増し焼夷弾に火が付けられ、『石落とし』から投げ落とされた。
上手くいってくれよ……。
俺は、祈るような気持ちで、落ちていく焼夷弾を見ていた。
焼夷弾は地上に落ちると、装甲車のような車盾の近くで弾けた。
ドォンッという耳をつんざく爆音と共に、一瞬、凄まじい光芒の束が辺りに投げつけられる。
それに続いて、天をも焦がす炎が上がった。
ボォォォォォォ!!
うお、凄い……。
頑丈な車盾は、一気に燃え広がり、焼夷弾が弾けた場所にいた織田兵は吹き飛ばされ、動かなくなっている。
炎の爆風が幾重にも重なり、荒れ狂う。
「あ、あついぃぃ!」
「た、助けてくれぇぇ!」
その炎の周辺にいた兵は、服に火が移り、身の毛がよだつような悲鳴をあげながら転げ回るうちに、島から足を踏み外して、崖を転げ落ちていく。
俺は、黒煙で、目が痛くなったが、砦から身を乗り出して、門の辺りを見る。
ブァァァァ!
肌を焼くような強烈な熱風が砦の上まで押し寄せてくる。
焼けた木と火薬が空気を焦がすのを感じた。
ここでこの熱さなら、地上ではとんでもない灼熱地獄になっているだろう。
「し、死にたくねぇぇ!」
「ひぃひぃ」
どんなに精強な兵でも、あまりの火勢に恐れおののき、逃げ出していく。
火薬臭い大気がジリジリと肌を撫でる。
「光俊! 作ったは良いが、凄まじいな……。門には燃え移らないか?」
光俊は、俺の隣で門を見ながら、落ち着いた声を出す。
「はい……。理右衛門殿が薄く伸ばした鉄板で重ねて補強した門ですので、大丈夫かと。念のため、門の内側から、門全体に打ち水はかけております……」
確かに、車盾が勢いよく燃えて、門にまで火がかかっているが、燃え移るほどではないようだ。
焼夷弾の攻撃、上手くいったな……。
俺は燃え盛る車盾を目をショボショボさせながら、注意深く状況を確認していた。
▽
「なんだあの兵器はっ!」
一益は、激しく燃える車盾を見ながら、苦々しく舌打ちをした。
一益の近習たちは、砦の前が辺り一面、火の海になっていることに浮き足立っている。
火の粉が天高く舞い上がり、使われた兵器の凄まじさが分かる。
兵たちも何が起こったのか、呑み込めず、ただ呆然と立ち尽くす。
青ざめた顔で、言葉も出ない。
前線に送った味方が、這々の体で逃げ出しているのを見ながら、冷静に一益は考える。
まずは、兵の治療を最優先だ。
ここは一度、退却するしかないだろう。
それにしても、なんだ、この城は?
こんな片田舎に、これ程の兵器が存在するなんて、信じられん。
目の錯覚だと分かっているが、目の前の城が、ズンズンと大きくなっていくように感じる。
一益は、肺の中を空気を吐き出すほどの大声で、退却の指示を出した。
「ちぃっ! 引けっ! 引けぇっ! 火傷をした兵たちの治療をすぐに始めるぞっ! 早く準備をしろっ!」
織田兵は、おびただしい死傷者を出しながら退却していった。
▽
相橋口門の砦上。
九鬼家が焼夷弾で織田兵たちを退けた後。
九鬼家の兵たちは、砦から外を覗いている澄隆を仰ぎ見ながら、話していた。
「今日、使った兵器も凄かったな……」
「あぁ。あの燃える兵器、心底驚いた。この前の破裂する兵器も、以前に海戦で使った兵器も、澄隆様が発明したらしいぞ。俺たち、とんでもない方の下にいるんじゃないか?」
志摩国を統一してから集められた兵たち。
兵たちは、志摩国から外に出たことがないため、火薬を使った兵器自体、初めて見るものだった。
こうして戦場で、澄隆の戦い方を見て、自分たちの当主の凄さを再認識していた。
そして、この鳥羽城は、三カ月にも及ぶ長期間の籠城でも、水や食料は豊富にある。
水は、溜め池に湧き水が溢れ、どんなに使っても無くならない。
食料は、備蓄した兵糧以外にも、大手門の港から海に出れば、新鮮な魚や貝が手に入る。
また、砦には、たくさんの厠があり、通常の籠城では有り得ないほど、衛生面でも快適な生活が送れている。
籠城するための全てが揃った城。
兵たちの士気は、さらに上がっていった。
お読みいただき、ありがとうございます!
皆様からたくさんの予想を頂きました。
感謝しております。
それで、正解ですか、もう少しお待ちください。
小太郎たちが登場するのは、次の次の回になります。
なので、まだまだ、予想、お待ちしております!




