第四四話 三砦亀籠大作戦 その一
▽一五七〇年一月、澄隆(十五歳)鳥羽城
俺は光俊が報告に来てから毎日、織田軍が攻め寄せてきた時の対応を考えている。
各砦に置く人数も増やした。
「見張りは一刻交替だ。夜襲の恐れもある。忍者たちに周囲を警戒させてはいるが、お前達も気を引き締めて見張ってくれ」
「ははっ!」
俺は、各砦にちょくちょく顔を出しては、兵たちと話をして、士気を保つようにした。
そして、月日が経ち……。
城内での簡易な正月行事も済ませ、一月も半ばを過ぎた頃。
事態は動いた。
「澄隆様、お耳ヲ拝借」
うお、ビックリした。
世鬼政定が目の前にいた。
今まで、その場所には誰もいなかったはずだ。
瞬間移動してきたみたいだな……。
相変わらず、藍色の布で顔を覆っていて、表情は分からない。
「織田家と北畠家の連合軍が、南伊勢で内々に集結している……。近日中に攻めてくル。数は一万五千ぐらいダ」
「政定、よく知らせてくれた」
俺は、物見の報告をしてくれた政定を労うと自分の顔を両手で叩いて、気合いを入れた。
▽
俺は、評定部屋に家臣一同を集めた。
俺は、皆の顔を一人ひとり見てから、話し出す。
「皆、いよいよ織田家と北畠家が攻めてくるようだ……。俺たち、九鬼家は、兵が千人ほどと少ない。敵は一万五千ほどだという。繰り返し攻め寄せれば、守りに穴が空くと考え、間断なく攻めてくるだろう」
一同、顔が強張っている。
それはそうだろう。
人数差は十倍以上だ。
一呼吸置いて、今回の作戦を伝える。
「そこでだ。今回は、三砦亀籠大作戦だ!」
俺は、鳥羽城の間取り図を広げながら、指示を出していく。
俺が描いたから、幼児のイタズラ描きのような図だ。
「陸地から鳥羽城があるこの小島に侵入するには、三箇所の砦を攻略するしかない。この三箇所の砦に我々の戦力を集中して、亀のように守りながらも敵を叩いて追い返す作戦だ……」
皆、前のめりになりながら聞いている。
「まず、砦が最も大きくて敵が大人数で攻めやすく、北畠家との国境に近い相橋口門には、島左近と島勘左衛門と兵四百を置く。そして、横町口門には渡辺勘兵衛と兵三百、藤口門には伴三兄弟と兵三百を置く。俺は、遊軍として近郷や近習と一緒に残りの兵を率いて、各門に駆け付けることにする。最初は島左近の相橋口門にいる。ここまでは良いな?」
呼ばれた面々は頷く。
「多羅尾一族は手榴弾と焼夷弾の準備をしてほしい。これは俺たちの切り札だ。数は揃えたが長丁場になるだろう。使うのは、よっぽど困った時だけにすること」
俺が光俊を見ると、真剣な顔で、『ははっ』と応えた。
「よし。あとは……世鬼一族だな。世鬼一族は、敵を出来る限り混乱させて、敵の力を削ぎ落としてくれ。頼りにしているぞ」
「…………」
評定部屋の壁側に立ち、無言で頷く世鬼政定。
「皆、何か意見はあるか?」
反論は何も出てこない。
これまでの俺の戦振りで、皆、俺のことを信頼しているらしい。
戦えない家臣たちの家族は、敵の攻撃が届かない東側のエリアに避難させた。
鳥羽城付近に住んでいる領民は、志摩国の奥地に避難済みだ。
「そういえば、小太郎を近頃見ないですな」
近郷が、思い付いたように呟く。
近郷は鈍いようで、たまに鋭い。
「あ~、小太郎たちには、俺があることをお願いして、城から出てもらっている。籠城中は、いないと思ってくれ」
近郷が目を細めて、また悪巧みかと、じと~と俺を見ている。
近郷、目つきが怖いぞ。
俺は、手を叩いて、話を戻す。
「おほん! さあ、戦の時間だ。皆、よろしく頼む!」
俺がお願いすると、皆、一斉に平伏した。
▽
俺は、相橋口門がある砦の上の広場で、敵の軍勢を待ち構えている。
今の俺の装備はこうなっている。
〜装備〜
主武器:三日月刃文の刀・銘 三条宗近(拾参等級)
副武器:刀・無銘 兼元(漆等級)
頭:三鍬形兜(伍等級)
顔:無し
胴:樫鳥糸肩黒威胴丸(陸等級)
腕:瓢籠手(伍等級)
腰:佩楯(伍等級)
脚:脛当て(伍等級)
騎乗:無し
其他:無し
昨日から雪が少し降り始め、周辺を白く染めている。
ハァー……ハァー……。
誰も喋らず、大勢の味方の息づかいだけが聞こえてくる。
潮の匂いが、風に乗って、微かに感じられた。
ウォォォオォォォ!
その時、敵勢の喚声が遠くからあがった。
「澄隆様、いよいよですな」
「そうだな……」
俺の隣にいる緊張した面持ちの近郷に返事をしながら、前面の景色を眺める。
白い靄も立ち込める中、光俊から注進を受ける。
「澄隆様! 敵が攻めてまいります! 三ヶ所全ての門に向かっております」
俺は、覚悟を決めて言う。
「よし! 迎撃の準備だ!」
俺たちは、弓を構え、砦の上に並ぶ。
全員、寒さ対策で首回りには布を巻いている。
地を踏む多数の音。
鎧の擦れ合うカチャカチャという微かな響きが、津波のように近づいてくる。
これは、総攻撃だな……。
大軍勢が迫ってくる。
俺たちは、緊張した顔で、待ち構える。
隣りにいる左近を見ると、悠然と構え、立ち振るまいに気負いを感じない。
ふう、俺も落ち着かなくては。
俺は、深呼吸を繰り返しながら、自分に『落ち着け落ち着け』と言い聞かせる。
心臓の鼓動が異常に速いのを感じる。
俺が大きく深呼吸すると、ちょうどその時、大地を揺らす足音を響かせながら、白い靄の中から敵兵が次々と現れた。
「………」
見渡す限りの人、人、人。
その人数の多さに、俺は息を呑んだ。
ゴクリ……。
これだけの人数に攻め込まれるのは、もちろん初めての経験だが、迫力が凄すぎて圧倒される。
「「ワァァァァ!!」」
そのまま怒号を上げ押し寄せてくる。
「よーし! 矢を放て!」
俺たちは、砦の上から矢を引き絞り、敵に向かって放った。
数十人が矢に当たって倒れるが、気にせずに走ってくる。
「落ち着け! 頭を狙え!」
島左近が味方に声をかけながら、一矢一殺で敵を倒している。
ただ、見渡す限り敵だ。
敵兵が地を埋め尽くさんばかりにひしめいている。
この門だけでも、とんでもない人数が攻めてきた。
「澄隆様、これは、相橋口門だけでも五千以上はおりますな……。下手をすれば七千ぐらいはいるかと」
近郷が、顔を強張らせながら呟く。
弓矢を構えた奈々も顔が硬い。
「ああ、近郷。正念場だ」
俺は背中が汗でびっしょりになっている。
ドドドと地を踏み鳴らし、獰猛な顔で押し寄せる大群に、心を鷲掴みにされたような怖さを感じる。
ただ、俺は、当主だ。
恐いなんて、言ってたら、すぐに家臣に裏切られるだろう。
裏切られるほうが怖い。
三砦亀籠大作戦、開始だ。
「よし! 桟橋を渡ってきた敵を重点的に射殺せ!」
敵勢は、矢を受けながらも、桟橋を渡り始めた。
桟橋の幅は一丈ほど。
同時に歩ける人数は、横に並んで五人ぐらいだ。
桟橋を渡っている最中の敵に集中的に矢が浴びせられ、バタバタと倒れ、桟橋から海に落ちていく。
ただ、それでも人数は圧倒的。
やがて、桟橋を渡った敵が砦の前までたどり着いた。
「梯子をかけろぉぉぉ!」
「どんどん登れェェ!」
敵勢は、先端を岩に掛ける爪付きの梯子を石垣に立て掛け、よじ登ってくる。
俺は、落ち着いて下知を出す。
「敵は梯子で石垣を登ってくるぞ! 石垣にとりついた敵に、石を落とせ! 矢も隙間から狙いをつけて射て!」
「「ハハッ!!」」
石垣は反っていて、登るのに時間がかかる。
俺たちは、石垣を登ってくる敵勢を見下ろしながら、集めておいた石を落とし、塀に設けた狭間から矢を何度も何度も射った。
「ぐわっ!」
敵は、石や矢が当たって、転げ落ちるが、新手が続々と押し寄せてくる。
近郷は、梯子を力づくで外すと、梯子を登っている人ごと、梯子を蹴飛ばして倒している。
奈々も石垣を登ってきた敵に向かって、矢を次々と放っている。
ただ、時間がたつと、俺たちの努力も実らず、敵は梯子を至るところにかけ、俺たちがいる砦の上まで、石垣の大きな反りに苦労しながらも次々と登ってくる。
「左近! 登ってきた敵は槍で仕留めろ!」
「ははっ!」
十文字槍を構えた左近の装備はこうだ。
〜装備〜
主武器:十文字槍・無銘(漆等級)
副武器:刀・無銘(伍等級)
頭:桃形兜(伍等級)
顔:無し
胴:紫裾濃威胴丸(陸等級)
腕:筒籠手(伍等級)
腰:佩楯(伍等級)
脚:脛当て(伍等級)
騎乗:無し
其他:無し
左近は唇をつり上げて俺に向かって頷き、愛用の十文字槍を正面に構えると、深く息を吸いこむ。
そして、砦に登ってきた敵の群れに、何ら気負う事なく風を巻いて突っ込んでいく。
「フゥゥゥゥゥ! 滅っ!!!」
左近は、野太い掛け声を上げながら両手に力を入れると、そのまま、水平に振り抜いた。
それだけで、ブァァァンという爆裂音とともに、敵の先頭の一団が悲鳴をあげて吹き飛んだ。
「「ギョアアッ!」」
宙を舞いながら、悲鳴を上げる敵兵たち。
間髪いれず、左近は地を蹴って一瞬で間合いを詰めると、突きを連続して繰りだす。
敵は、左近の縦横無尽の龍の動きのような突きに対応できず、防御する間もなく、倒されていく。
「う、うぎゃぁぁぁ!」
「後ろ、後ろ押すなぁぁぁ!」
その鬼のような強さに、砦の上に登った敵勢の足が止まっていく。
「くっ、死ねぇぇぇ!」
敵の指揮官らしき体格の良い男が前に出て、左近に襲い掛かった。
「それゃあぁぁ!」
その男の首を十文字槍で一閃すると、ずるりと首が落ちて、左近の足下にコロコロと転がる。
遅れて赤い花が咲くように血が吹き出た。
頭を失った身体は、ピクピクと痙攣しながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
左近の鎧が血に染まって真っ赤になっている。
「お、鬼だ……」
「ひ、ひぃ……」
「い、石丸様が殺られたぁ!」
敵兵たちはカタカタと震えて、身体を縮こまらせるようにしながら、呟いている。
恐怖して錯乱し、後ずさる敵兵までいる。
何だ、今の攻撃は……?
俺から見ても、信じられない強さだ。
有り得ない光景に目が点になる。
戦が当たり前のこの時代、生き死にに関わる戦闘技術は、信じがたいレベルにまで達している。
例えとして、合っているか分からないが、2D対戦型格闘ゲームが前世で大流行した時、多くの子供たちの操作技術が信じられないほど上がったように、この時代の兵たちの戦闘技術は凄まじい。
それにも関わらず、左近と敵とは戦闘技術に、圧倒的な差がある。
左近は戦巧者が90オーバーと高く、なおかつ稀代者が拾なのも、関係しているのか……。
稀代者って、ゲーム的に考えるとレア度みたいなものなのかな?
稀代者の拾は、レア度でいうと、最高ランクのLRなのかもしれない。
それで、稀代者の数値だが、戦巧者の数値に何か影響を与えている気がするが、俺の頭では全く分からん。
ここまで、常識をぶっちぎった強さを見せつけられると、稀代者の数値も重要な数値なのだろう。
それと、武適正の歩士術の数値が拾なのも圧倒的な力に関係していると思う。
いずれにしても、左近を味方としてスカウトできて良かった。
敵として、目の前に現れなくて本当に良かったと、心から思った。
敵は左近の一撃に驚いて、凍りついたように勢いが止まる。
「左近、良くやった!」
「澄隆様! あちら側から新手が!」
左近が槍を向ける先を見ると、その奥から敵たちが叫び声をあげながら、こちらへと向かってきた。
「ここはお任せします! 拙者はあちらを蹴散らしてまいります!」
槍の柄をギュッと握り、左近は、凄みのある笑みを浮かべた。
「みんな気合いを入れろよ! ウワッハッハー!」
「おっ、おい!」
奇声のような馬鹿笑いを発しながら、左近は敵勢に信じられない速度で飛ぶように走っていく。
訓練も変態だったが、戦闘も変態だったか。
よく、あの人数の敵に笑って突っ込めるな。
「勘左衛門! 左近を頼むぞ!」
槍を振り回しながら、敵勢のど真ん中に突っ込む左近を横目に見ながら、島勘左衛門の率いる槍隊に支援を頼む。
新たな敵勢に突っ込んだ左近を見ると、槍を振る度に、敵の一団が吹き飛ぶ。
左近の直撃を受けた敵は、衝撃で何度もバウンドしながら転がっていった。
ほんと、なんて動きだ。
槍の振りが速すぎて、左近の持つ槍がグニャリと曲がって見える。
に、人間やめてるような動きだな……。
強いことはステータス機能で分っていたが、こんなに強かったんだな。
これで、勘左衛門たちが行けば、新手の敵勢の心配はなくなるだろう。
あとは、ここにいる敵兵だ。
「近郷! 勢いがなくなった敵を押し返すぞ!」
「し、承知しました! 澄隆様も十分にお気をつけてください!」
「よし、いくぞ!」
俺は愛刀である三日月刃文の刀を抜くと、近郷や近習を引き連れて、敵勢に向かった。
近郷が耳が痛くなるほどの大音響の声で、気合いを入れると、敵の先頭にいた兵の頭をかち割る。
敵兵が近郷に怯んだ隙に、俺は、横から刀で突いて、二人を倒した。
敵が倒れると、すぐにまた別の敵兵が飛び込んでくるが、敵の目線や足の動きからどこを狙っているのか判断して、刀を合わせて防ぎ、剣道の『籠手打ち』の要領で、敵の手首を半分ほど斬る。
「ひ、血、血がぁぁぁ!」
敵は、斬られた手首から血を吹き出しながら、悲鳴を上げる。
……さすが、三条宗近の刀だ。
凄まじい斬れ味だ。
そして、俺も人を斬るのに慣れてしまったな。
自分でも分かる……。
前世で熱中した剣道の打つ動きが、この身体でも恐怖なく落ち着いて再現できるようになってきた。
面ならば、敵の頭を一寸ほど斬る。
小手ならば、手首を半分だけ落とす。
この時代に憑依して、戦いを重ねるうちに、剣道は最小限の動きで、敵に致命傷を与えてくれることに気が付いた。
前世で、何度も何度も素振りを繰り返し、魂が覚えていた剣道の技。
竹刀と比べて刀は重いため、竹刀のように手首のスナップを使った小さな振り方はできないが、腕全体を使うことで、その技の再現ができるようになってきた。
この剣道の技のおかげで、敵の戦闘技術の高さにも何とか対応できている。
それに、剣道の防御も役に立つ。
敵の上半身の動きだけでなく、構えの時の足の位置や、動き出す足の運びを見る癖が剣道で培われているため、先手先手で防御できている。
そう言えば、前世で剣道を教えてくれたお爺さんは、古武道にも造詣が深く、剣道を競技ではなく死合いだと考えていて、『相手の竹刀は刀だと思って、刃が少しでも体に当たったら負けと思え』と、口を酸っぱく言っていた。
意識していなかったが、この教えが体に染み付いていたおかげもあって、何度も死ぬ目には遭いはしたが、何とか生き残れている面もあると思う。
お爺さんに感謝だな……。
俺は、落ち着いて敵兵の攻撃を刀の反りを使っていなすと、バランスを崩して蹈鞴を踏んだ敵の手首に正確な一撃を与えていく。
「……すごい」
俺の近くで矢を放っていた奈々が、俺の方を見ながら呟くのが聞こえた。
ん?
左近のことかな?
あの動き、凄いよな。
「澄隆様ぁぁ! お怪我はありませんかぁぁ!」
近郷が心配な顔をして、耳がキーンとなるほどの声をかけてきた。
ほんと声が大きいな。
「近郷、大丈夫だ。状況はどうだ!?」
「まだまだ、登ってきます!」
次々に来襲する敵兵たち。
すると、敵の一部が急に崩れ、慌てた声を出している。
世鬼一族が鉄筒毒蜂で放った吹き矢で攻撃しているのが見える。
一族全員が、包帯のように藍色の布が顔に巻かれている。
「バグゥ!?」
「フグゥ!?」
「ヒィッ、な、何が起こった!?」
血を吐いて倒れる敵兵が続出している。
世鬼一族の毒矢だ。
これだけの即効性。
相当の猛毒なのだろう。
それと、いつの間にか、俺の近くに光俊たちがいて、棒手裏剣で敵の注意を逸らしてくれている。
敵は数は多いが、石垣をよじ登れる人数は限られる。
数の有利をいかせず、なんとか防ぎきれている。
俺たちは、できるだけ味方の方が多い状況を作り、殺到する敵兵たちを一人ずつ倒していった……。
………………
敵も味方も耳が痛くなるほどの雄叫びをあげ、槍や刀がぶつかる甲高い音が何度も響く。
「くそっ! 敵も動きが速い! あそこっ! 守りの穴を塞げっ!」
俺は、事前の想定通り、周りを見ながら、指示を出していく。
忍者たちも使いながら、何とか防ぎきっているが、いつまで続くか分からない守備は、思った以上に精神的にきつい。
……これは、対応を間違ったら、簡単に死ぬな。
押し寄せる敵兵たち。
敵も凄い形相で、俺たちを殺そうと迫る。
繰り返される斬り合いの応酬。
響き渡る怒号、悲鳴。
俺も、敵を何人斬ったか分からないが、相手の刀で傷を負い、鎧に血が滲んでいく。
斬られた傷は、焼きゴテを当てられたかのような熱と痛みでズキズキする。
額には玉のような汗が浮かぶが、それを拭く余裕もない。
いつまで、この攻防が続くのか。
時間が、まるでカタツムリの動きのように遅く感じる。
「澄隆様! 一度、後ろに下がって休んでくださいっ!」
左近が、血がべったりとついた禍々しい輝きを放つ槍を振り回して現れると、敵を片っ端から叩き斬っていく。
「ブワァ!」
斬られた敵は、地面に血溜まりを作りながら、バタバタと倒れていく。
『ウッハッハ』という左近の笑い声が響き、その異常な武勇に敵兵たちの動きが止まる。
「左近っ、助かる!」
左近は、俺に顔を向けて、男臭い笑顔を見せて頷く。
俺は、敵との距離を少し取ると、大きく息を吸った。
血なまぐさい空気が肺に流れ込んできた。
俺は、どこかに守備の穴が出来ていないか確認すると、砦に登ってきた敵兵たちが集まりつつある場所があった。
すぐに、その場所への迎撃命令を出すと、島勘左衛門の率いる槍隊の一部が槍ぶすまをつくった。
敵勢は、斬りかかってくるが、訓練通り、槍隊が呼吸を合わせてリーチの長い槍を上下に振って、攻撃を払い、足元を狙い、かつ上から叩きこむことで、効率良く、敵兵を減らしていく。
左近の地獄の変態訓練が効いているな……。
ここまでは、突出した左近の武力、島勘左衛門の率いる槍隊の組織力、忍者たちの奇襲力、近郷たちの奮闘など、それらが組み合わさり、砦の上の攻防を何とか有利に進めている。
ただ、一瞬でも、綻びが出れば、建て直すのは難しい。
俺たちは、胃が痛くなる攻防を続けていった。
…………………
空は、青から暗い藍色へと変化してきた。
そのまま陽が沈んでいく……。
あっという間に、周囲が暗闇に支配されていった。
「アッハッハ! もう終わりかぁぁぁ」
闇の中に溶けていく島左近の馬鹿笑いが頼もしく感じる。
「ゼハァ、ゼハァ……」
トーントーン!
日が陰り、気温が急激に低くなる中、引き上げらしい太鼓が鳴り響く。
敵は、怪我人をかかえながら、引き上げていく。
息を切らしてフラフラな俺に、小太り体型の光雅が遠慮がちに近付いてきた。
片膝をついて頭を下げながら、報告する光雅。
「澄隆様、光雅でございます! ご報告です! 他の二つの門も問題ありません。敵の多くは、この相橋口門に殺到した模様!」
何とか、他の門も防ぎきったか……。
敵は、砦が大きく、大挙して攻め込みやすい相橋口門に殺到したようだ。
俺はぜぇぜぇと息を切らせたまま、報告担当にした光雅に、よく知らせてくれたと労いの言葉をかける。
「は、はいぃ!!!」
俺に声をかけられ、緊張したのか、光雅は裏返った声で、慌てて返事をしてきた。
俺は光雅に笑顔を向けて頷くと、息を整えながら、皆に声をかける。
近くにいる近郷と奈々を見ると、二人とも息は切らしているが、大した怪我はしていないようだ。
「皆、よくやった! 次に攻め寄せてくるまで、多少の時間があるだろう。一度、兵を砦の中で休ませよう。寒いから、食事に澄み酒も少しつけて。ただ、飲みすぎないように注意してくれ」
特に、酒乱の近郷は気を付けろよ。
▽
夜明前の薄暗がりの頃。
暖を取るために設けた篝火が、風が吹くたびにバチバチと音を立てて勢いよく燃え盛る。
今日は、海風が強いな……。
カチャカチャカチャカチャ。
風の音に乗って、敵勢の鎧の擦れる音が遠くからさざ波のように聞こえてきた。
今日も戦いが始まる……。
俺は、疲れている心を奮い立たせて、砦の上から外を眺める。
砦に近付いてくる敵は、相変わらず凄い人数だ。
待機している味方の吐く息が白く立ちこめる。
家臣たちには、手がかじかまないように、上下にブラブラと素早く振るよう指示した。
東の空がうっすら明るくなる凍えそうな寒さの中、敵勢の第二波攻撃が始まった。
「ウォォ!」
「攻め込めェェェ!」
敵は、初日と同じように、梯子を使った力攻めを繰り返してきた。
今回も、北畠家の兵は、砦に登ったはいいが、左近の槍の一閃により次々、砦の下に落ちていく。
ただ、敵も工夫してくる。
「左近! 危ないっ!」
俺は、敵が左近の死角から小型の弓で狙っているのに気づき、思わず叫んだ。
バシッ!
なんと、左近は飛んできた矢を、振り向きざま、そのまま左手で掴んでしまった。
矢を放った敵が目を見開いて驚いている。
俺も驚いたよ。
左近は、掴んだ矢を後ろに放り投げながら、矢を放った敵の頭を槍でかちわった。
「どうしたぁ! かかってこい! ワッハァァァ!」
左近の良く通る声が戦場に響き渡る。
敵は、それだけで、雷に打たれたかのごとく棒立ちになったり、尻込みをしている。
左近は、超人的ともいえる跳躍をもって、動きの止まった敵兵たちの眼の前に着地すると、自らの手に持つ十文字槍を水平に振り回す。
敵兵の一人が勇敢にも左近の槍を受けようとするが、左近の神速の一閃は刀を弾き飛ばし、そのまま肉体を斬り裂く。
「ウワッハッハー!」
左近の馬鹿笑いが響くと、敵はジリジリと後ずさり、勢いが目に見えてなくなる。
左近が敵の一人を力任せに蹴り飛ばすと、くの字に折れ曲がって吹き飛んでいく。
ま、漫画みたいだな……。
味方は、左近を中心に守りを固めており、このまま行けば、無事に守りきれそうだ。
俺は、定期的な報告にきた光雅に話しかける。
「光雅! 他の門はどうかっ!?」
「はっ! 敵は相変わらず、一番大きくて目立つこの相橋口門に殺到しているようです」
敵は、無為無策に攻めてくる。
それに、落ち着いて見てみると、敵の旗は北畠家のものしか見えない。
北畠家の兵しか攻めてこないのも、何か意図があるのか……
もしかして、織田家の兵を温存している?
「光雅! 織田家の旗が見えたら、必ず報告してくれ」
「はっ! 畏まりました!」
一礼する光雅。
俺は、必死に守りながらも、織田家の兵が攻めてこない不気味さを感じていた。
▽
二週間後。
北畠家陣内。
「だーかーらー。そんな報告はいいから。早く城を落としてこいよ」
信雄様は相変わらず、鎧も着けず、前線にも出ず、保重の報告を受けている。
毎日、力攻めを繰り返しているが、そのたびに撃退されている。
どの砦にも、手練れがいて、特に相橋口門にいる左近と呼ばれる男は、兵たちから『狂い笑いの鬼』と恐れられている。
北畠家の重臣たち、柘植保重や木造具政などが並んで座っている中、末席にいる日置大膳亮がおそるおそる信雄に確認する。
「信雄様……。九鬼の城は大軍を相手に迎撃できるよう、考え尽くされた城のようでございます。また、敵の中にいる手練れが一騎当千。強すぎる……。ここは、滝川一益殿のお力をお借りしたらいかがですか?」
それを聞いて、信雄は、不愉快そうに言う。
「北畠家の兵は弱いなー。織田家の兵を借りたら、俺が目立てないじゃないかー。一万も用意したんだぞ。北畠家が独力で堂々と真正面から攻めて城を落とさないと意味がないだろー。なんとかしろよー」
大膳亮は、顔を痙攣させながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
北畠家の重臣たちは、不平不満の表情をした者たちも少なくない。
皆、好きでここに攻めにきた訳でなく、士気も低く、北畠家として一枚岩に全くなっていなかった。
殺伐とした空気が流れるが、信雄は特に気にした様子もなく、大きな欠伸をした。
信雄への報告後、保重はため息を吐きながら、その足で、一益のいる陣に向かった。
「一益殿。信雄様は北畠家のみで戦う意思を変えませぬ。なんとかなりませぬか?」
一益は、左右に首を振りながら呟く。
「保重殿……。総大将の信雄様が頑なに北畠家だけで攻めると言い張っているなら、拙者にはどうにもできん。信長様は、信雄様を総大将にせよと命じられた。命令違反はできんよ」
そう言うと、保重は、トボトボと肩を落として帰っていった。
それを見ながら、一益の家臣の木全忠澄が、一益に話しかける。
「一益様、よろしいのですか?」
肩を竦めて鼻を鳴らす一益。
「九鬼家には援軍は来ない。どんなに粘っても降伏するしか道はないんだ。拙者たちの勝ちは揺るがない……。信雄様が北畠家だけで攻めたいと言うなら、時間はかかるが任せるしかない。ただ、春までだ。春になれば、信長様も他国を攻めるために動かれるはずだ。春になっても落とせないなら拙者たちで落とすぞ。準備は進んでいるか?」
頷く忠澄。
「はっ。織田家から大工を呼び寄せ、進めております」
「いつでも使えるようにしておけよ」
一益は、寒さで白い息をはきながら、鳥羽城を睨みつけた。
次回も、鳥羽城での死闘が続きます。
さて、小太郎たちは、澄隆の命令で、どこに行っているのか……。
(予想した場所を、感想に書いて頂けると、とても嬉しいです!)
次回もお楽しみに!




