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第三八話 フランキ砲

▽一五六九年十月、九鬼嘉隆(二十七歳)安宅船上



「かははっ! 信長様から借り受けた大砲は凄い威力だ……」

 織田水軍を率いている九鬼嘉隆は、尊大な態度で言い放った。



 信長から、与力として付けられた生熊長勝が頷く。

「嘉隆殿、大淀城攻めは上手くいきましたな……」



………………



 九鬼嘉隆は織田信長から、織田水軍を率いて北畠家の大淀城を攻めよと命じられた。

 命令するのは簡単だが、船で城を攻めることは至難の技。

 だが、嘉隆は手柄がほしい。

 二つ返事で承知した。



 信長としては、陽動のつもりで命令したのかもしれないが、嘉隆は城を船で攻略するつもりでいた。

 そこで、目を付けたのが大砲だった。



 信長は、目新しいものが好きで、火縄銃はもとより、フランキ砲と呼ばれる最新鋭の大砲まで、外国から既に三門購入していた。



 大砲の大きさは、全長一丈ほど、砲の口径は三寸超。

 台座に据えて、大砲の後部のチャンバーから弾丸と火薬を詰める。

 有効射程距離は約五町、重さ約一貫の弾を飛ばせる。

 


 九鬼嘉隆は、安宅船に大砲を乗せて、海上から艦砲射撃で大淀城を攻めることを思いついた。



 安宅船の矢倉に、大砲を搭載。

 大砲の射程距離を生かし、日本初の艦砲射撃を行い、そして機を見計らって上陸して城を攻略するという作戦だった。



 信長に提案したところ、新しい物好きな信長は喜色満面でやってみよと命令した。

 安宅船三艘に、一門ずつフランキ砲を配備した。



 大淀城を海上から大砲で攻撃すると、城内が面白いほど動揺し、抵抗をほとんど受けることなく上陸でき、驚くほど短時間で城を落とせた。



 火縄銃も二百挺ほど借り受けて攻め立てたのも城兵が立ち直る隙を与えず効果的だったが、なにより大砲の威力が凄まじかった。



 大淀城を落とした報告を信長に入れると、信長は手放しで褒め、嘉隆に志摩国攻略を命令した。

「嘉隆! 準備が整い次第、織田水軍を率いて志摩国を攻めよっ! 大淀城と同じ攻め方は可能か?」

「ははっ! 九鬼澄隆は、陸沿いの小島に城を築城していると聞いております。船で近付き、大砲で攻撃すれば容易に落ちましょう。九鬼澄隆の首を取ってまいります!」



「であるか……嘉隆っ! 足軽を千人、新たに嘉隆にやろう。澄隆の首を持ってこい。しくじるなよ」

 信長は、甲高い声で命令した。

「はっ! 必ずや」

 嘉隆は、直ちに志摩国攻めに向け動き出した。



………………… 



 織田水軍は、新たに弾薬などを補給し、大淀城を出港した。


 

 今回、志摩国の澄隆を攻めるために、用意した戦力が、大型の安宅船が一艘、中型の安宅船が二艘、関船が八艘、小早船が三十一艘、荷船は四十艘だ。

 船を漕ぐ水夫を除いて、足軽は二千人をこえる。

 三艘の安宅船には、フランキ砲を一門ずつ搭載し、火縄銃も二百挺以上ある。



 織田水軍の全戦力である。

 志摩国を攻めるのには、どう考えても過剰戦力だ。

 これだけの船団を相手にする澄隆のことが憐れに思えてくる。



 くくく……。これで、澄隆は終わりだな……。

 嘉隆は、率いる水軍を眺めながら、仄暗い笑みを浮かべた。





 大淀城を出て、数刻後……。

 九鬼嘉隆が率いる安宅船の矢倉の上。


 

 矢倉の上で汗をかきながら、嘉隆の家臣達が備え付けられたフランキ砲を磨いている。

 嘉隆に大砲頭を命じられた男が嬉々として大砲を撫でている。

「大砲頭」

「なんだぁ? 磨くのに疲れたか?」

「大砲頭は、楽しそうですな!」

「ああ、楽しいな! この大砲があれば、船の戦が変わる。儂たちを志摩国から追い出した澄隆達を殺すのも楽しみだ!」



 大砲の威力は、嘉隆の家臣達に、絶大な自信を植え付けていた。

 大砲頭は、大砲で澄隆達の城や船を撃ち砕くところを思い浮かべ、笑いが止まらなくなっていた……。





 俺が鳥羽城の評定部屋にいると、光俊が、いつも見せない慌てようで報告に来た。

「澄隆様! 澄隆様の指示通り、見張りの人数を増やしていた鳥羽湾入口の見張り台ですが、狼煙が上がりました!」



「て、敵なのか!?」

  近郷が叱責するような大声を出した。

 近郷、うるさい。



 見張り台を作っておいて正解だったな。

 鳥羽港の入口からこの城までは距離がある。

 早めに知ることができたのは僥倖だ。

「織田家の船かどうか、至急確認してくれ!」

「はっ!」



 史実通りの時期に敵襲か……。

 九分九厘、九鬼嘉隆率いる織田水軍だろうな。

 俺は、右手を強く握りしめながら、戦の準備をするよう、指示を出した。





 俺は、家臣達を、鳥羽城の港がある大手門砦に集めた。

 そこに、光俊が報告に現れた。



「澄隆様! 見張り台に確認を取ったところ、織田家の旗が見えたとのこと! 九鬼家の旗もあります。九鬼嘉隆の率いる織田水軍かと思われます! 数はおよそ、八十艘! そのうち、安宅船が三艘!」

「澄隆様、さすが澄隆様の読み通りですな! ただ、八十艘ですか……」

 近郷が、感嘆しながらも心配そうな声で言った。

 俺は、近郷に頷く。

 


 織田家が海から志摩国を攻める時期を俺は、史実である程度知っていた。



 やっぱり来たかー。

 来なければ良いなと思っていたけど。

 九鬼嘉隆は、近い将来、織田信長から『日本一の水軍の将である』と称えられるほどの海戦の名手だ。



 その九鬼嘉隆とこれから戦う。 

 考えるだけで、プレッシャーがかかり、動悸が激しくなる。



 織田水軍は、八十艘がひとかたまりになって、鳥羽城に向かってどんどん向かってくる。

 間違いなく、史実通りに、事が進んでいる。

 安宅船が三艘もいることは予想外だったが……。



「澄隆様、織田水軍を船で迎撃しますか!?」

 地頭の一人、血の気の多い越賀隼人が、鼻息荒く、聞いてきた。

「船で迎撃するなら、この城までの距離を考えますと、あと半日ほどしか余裕はないかと」

 地頭の中で、船の戦術に明るい三浦新助が言った。

「いや、余裕を持たず、今すぐ迎撃に出るぞ。嘉隆は、近づかないでも、遠くから城や港に攻撃できる方法がある」



「は、はい? 火縄銃ですか?」

 三浦新助が首を傾げながら、聞いてきた。

 織田信長が新しい兵器、火縄銃の活用を始めたのは、有名になっている。

 ただ、大砲はまだ知られていない。

 光俊に死力を尽くして織田家のことを調べてもらったところ、織田水軍に大砲を積み込んでいることは分かっている。

 どうも、大淀城攻めに使われたらしい。



 史実でも織田水軍は大砲を積んでいた。

 大砲から撃ち出した弾は、だいたい三町から五町は飛び、それ以上遠くに飛ばそうとすると、砲身が持たずに破裂すると、前世でいくつか見た書物には書いてあった。

 射程距離は、多く見積もって五町ぐらいとみて良いだろう。

 


「いや、火縄銃も使うと思うが、大砲だ。南蛮から仕入れた大砲で撃ってくるはずだ。大砲は、大きな鉛の弾を五町の距離まで飛ばす。今、迎撃しないと間に合わない」

「なんと!?」

 近郷がビックリした声を上げた。

 そりゃ、前世で大砲のことを知っていなければ、俺だって驚く。



「大砲は脅威だ。早く船で迎撃に出ないと、船上から一方的に城や港に攻撃される。船を出港させないと、停泊している港の中で船を沈められる。今すぐ、船で迎撃するぞ」

 皆、狐につままれたような顔をしている。

 まあ、大砲を知らないから仕方ない。



 俺は、控えている光俊に声をかける。

「光俊! 試していたあの兵器の数は揃ったか? 錬度もどうだ? 船で迎撃して、船上から狙って撃つなら、五町より離れていても届くだろ?」



 光俊は、一瞬考えて口を開いた。

「はっ! 数も五十ほど揃っております。船上からも狙うのも可能であります。もしかして澄隆様……。澄隆様は、これを予測して、あの兵器を準備させたのですか……」

 光俊は、珍しく目を見開いて、驚嘆した声を出した。



 俺は困ったように頭をかくと、光俊に頷く。

「ああ……準備だけで済めば良かったがな。とにかく、今すぐ手持ちの船をすべて使って迎撃に出るぞ。全船、出港だ! これから俺の作戦を伝える。こちらの射程距離に入り次第叩く」



 俺は皆の顔を見ながら、大声で作戦名を伝えた。

「焙烙火箭大作戦を始めるぞ!」

お読みいただき、ありがとうございます!

いつも、励みになります。

次回から、九鬼嘉隆との海戦が始まります。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 焙烙火箭大作戦ですか!? どんな戦いになるのか、楽しみにしています!
[一言] もうフランキ砲導入してるとか早いなあ 史実だと大友が最初でだいぶ後だよね
[良い点] 包囲殲滅陣(難聴)
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