第三五話 左近の変態訓練
▽一五六九年一月、澄隆(十四歳)鳥羽城 訓練場
俺は、今、猛烈に後悔している……。
左近に訓練の教官を任せたことも、俺も参加すると言ったことも。
「よし、槍を構え! そのまま、上下に振ること、連続一万回!」
なにぃぃぃぃぃ!?
加減しろ、ばかぁぁぁ!
いくら何でも、こんな訓練、有り得ないだろぉぉぉ!!
▽
今朝方。
左近は、常備兵が俺の指示した千人ほど集まったため、今日から本格的に訓練を始めると報告にきた。
俺も一四歳になって、身長はさらに伸びたが、どんなに鍛えても身体に筋肉がつかなくて悩んでいた。
だから、俺も参加すると伝えた。
すると、左近が気になる一言を呟いた。
「某がいつもやっている訓練を皆にやってもらおうと考えております。この訓練は、最後までやらないと効果は薄いので……。最後までやって頂けるのでしたら、ぜひともお願い致します」
俺は、気軽に良いぞと言ってしまった。
あの時の俺を小一時間問い詰めたい。
次の日、左近に連れられて、鳥羽城に作った広場に行った。
ここは、将来、倉庫を増やすつもりで空けてある場所だ。
島左近と従弟の島勘左衛門、渡辺勘兵衛、伴三兄弟、後は常備兵千人が集まっている。
勘兵衛は、俺を見ながら、顔を赤らめている。
なんで?
なんか、ゾクゾクするぞ。
左近が前に出て、話し出す。
「皆、某は島左近だ。澄隆様のご命令で、皆を鍛えることになった。なんと! 澄隆様も参加して頂けるそうだ。皆、澄隆様のためにも気張ってくれ」
左近の表情から、穏やかな雰囲気が消失し、戦う者の顔つきになる。
なぜだか、従弟の島勘左衛門の顔が強張っている。
ここで気づけば良かった。
ここから地獄の訓練が始まった。
朝の卯の刻(六時頃だね)から、ずっと槍を振った。
昼の午の刻(一二時頃……)になっても終わらず、ずっと槍を振った。
夜の戌の刻(二十時頃………)でも変わらず、ずっと槍を振った。
左近の訓練には、終わりがないっ!!
握り飯を食べる時以外、いっさい休みのない訓練だった。
「連続、上下振り一万回、終わりぃぃぃ!」
「よーし、皆、大丈夫か?」
う、腕が取れそうなほど、腕の筋肉がぶるぶると震えている!
「左近殿! も、もう腕が上がりませぬ!」
「も、もう無理です!」
兵達が、口々に泣き言を言う。
俺も言いたい!
だけど、俺は皆の目の前で情けない姿を見せる訳にはいかない。
呆れられて、裏切られるのは嫌だ。
「皆! 腕が上がらなくなってからが本番だ! ここから、槍で突くこと一万回っ! 楽しいなぁっ?」
あっはっは。
笑うしかない。
左近は、訓練の変態だった。
笑いすぎて、涙が出そうだ!
いや、すでに出ているっ!
「せいっ! はぃっ! はははっ! ぎゃははっ!」
酷使された両腕を死ぬほど振り続け、俺を含め、皆、壊れていく。
跳躍しながらの早素振り、片手素振りなども増え、肉体的にも精神的にも追い詰められていく。
汚いが、槍を振りながら、吐く者もいる。
「よーしっ! 今日の訓練終わりっ! 皆、体が覚え込むまで十日間はかかる。また、明日の早朝から始めるぞ!」
訓練は、深夜まで続き、皆、死んだように気絶している。
俺も這うように自室に戻り、死んだように眠ったが、次の日の朝、筋肉痛による激痛で、うんぎゃ~と転げ回りながら、起きることになる。
俺は、訓練から逃げようとしたが、左近から、少なくとも十日間が訓練期間ですが……と言われた。
ああ、良いだろう。
過去の俺のせいだから、やってやろうじゃないか!
……ただ、一人では死なない。
俺は、小姓のうち、訓練に参加できそうな、おにぎり小西、クール吉継と不良五助などを道連れにすることにした。
小姓たちは、皆、身長が急激に伸び、背の高さだけ見たら大人並みだ。
幼い頃から澄み薬を飲み続けて寄生虫を退治し、栄養がある食事をたっぷり取っているおかげだろう。
このまま成長したら、将来、九鬼家の武将たちは、皆、デカくて屈強と言われるだろうな。
それで、近郷は、残念ながら、俺の代わりに雑務があって引きずりこめず。
とんがり三成は、是非とも訓練に参加したいと言うので認めた。
岸嘉明と福島正則は、さすがにまだ幼すぎるから、訓練に参加するにしても来年か再来年だ。
………………
二日目の地獄の訓練が始まった。
「がぎぐぐげごげぎゃぁっ!!」
おにぎり行長が途中で崩壊した。
「あいううえおかかぁぁっ!!」
とんがり三成も壊れた。
「うううううううううっっ!!」
クール吉継は、う、しか言わなくなった。
不良五助は途中で気を失い、壁に立て掛けられている。
みんな、人にあるまじき奇声、悲鳴をあげている。
二日目からは、槍以外にも刀も手渡され、さらに無限地獄を味わった。
至らない技術を左近から次々にダメ出しされ、徹底的に鍛えられる。
左近が実際に手本を見せながら、分かりやすく何度でも何度でも何度でも、滝のように汗を流しながら、倒れるまで繰り返し指導される。
訓練が始まってから、毎日、死ぬような筋肉痛が続く。
訓練が始まって五日目。
俺は筋肉痛に顔を顰めて、広場に這うようにして行くと、訓練に参加している兵達は、なぜだか地べたに直接、体育座りをして並んでいる。
みんな、目は虚ろ、焦点が合っていない。
その中には、行長、三成、吉継もいる。
不良五助は、訓練が始まってもいないのにうつ伏せに倒れている。
広場に来ただけで、力尽きたのだろう。
うん……。
道連れにしてごめんな。
俺も頑張る。
みんなも頑張ってくれ。
俺と壊れた仲間たちは、永遠と思われる時間、槍と刀を振り続けた。
すると、訓練を始めてちょうど十日目の深夜、うんぎゃ~という激痛がほとんど消え去り、身体中の感覚が鋭くなり、身軽になった感覚があった。
この感覚に驚いている俺を優しい目で見て、左近は話しかけてきた。
「澄隆様、壁を一つ乗り越えましたな! これで、一応、訓練はひと区切りになります。常備兵達には、これから実践訓練に移ってもらいますが、続けますか?」
なんだか力も湧いてくるようだ。
変態訓練も意味があったのだなと感心した表情で、俺は自らの手をぐっぱと握ってみる。
考えてみると、島左近も島勘左衛門も、戦巧者の現在の数値が異常に高かった。
この左近の変態訓練に付き合えば、自分の限界まで追い込まれるから、嫌でも数値が上がるのだろう。
……それで、これからの実践訓練だが、こんな変態訓練を続けていては、他のことが何も手につかなくなってしまうため、即答でご遠慮した。
ただし、小姓たちには、続けてもらうぞ。
皆、涙目になっているけど、頑張ってね!
これから常備兵にした農民たちは、左近の変態訓練のおかげで、著しい進歩を遂げていくことになる。
俺も、この変態訓練で人としても成長できたと感じている。
俺の心にあった甘さが、奇声をあげながら槍を振ることで、ぶっ壊された。
ただ、こんなに苦労したのに、俺に筋肉はつかなかった。
解せぬ……。
こうして、左近の地獄の変態訓練により、小姓や兵たちはこれからも毎日奇声を発し、俺は寝ている間に訓練を思い出して悲鳴を上げて飛び起きるという毎日を送るのだった……。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、いよいよ鳥羽城が完成します。
お楽しみに!




