第三四話 農業チート
▽一五六九年一月、澄隆(十四歳)鳥羽城
九鬼家では、戦う兵は全て、お金はかかるが常備兵を考えている。
志摩国全域を支配下に置いて、約二年。
その兵農分離の考えが、領民にだいぶ浸透してきた。
この時代、各村は、農民の自治組織である『惣』と呼ばれる組合を持ち、大名は、各村の惣に参戦要請をして、農民を動員していた。
俺は、惣を解体して、農民は農業に専念してほしいと思っている。
惣を解体するということは、農民が組織的な武力を放棄することにも繋がる。
風魔一族や世鬼一族が、領内を巡回して野盗などは始末しているし、領内の治安はすこぶる良いが、自衛手段がなくなることへの抵抗もあるだろう。
そこで、農業チートの出番だ!
領民を豊かにすると共に、常備兵を増やし、農民に武力が必要ない生活を実現する。
志摩国を統一するまでは、目立ちすぎるので控えていた分野だ。
農業チートで、惣をなくし、直轄村みたいな感じにしたい。
まずは農具作りだな。
前世で、歴史民俗資料館巡りをしていた際、便利そうな農具がいくつかあった。
俺は、その農具をこの時代で再現することにした。
相変わらず下手なイメージ図を描くと、鍛冶場まで持って行って、鍛冶職人の理右衛門に見せた。
「理右衛門、忙しいところ、すまないが、これも作ってほしい!」
俺がそう言うと、理右衛門は、イメージ図を凝視しながら、息を吐いた。
「あ、い……」
俺は眉間に皺を寄せる。
うん? ああ、良いということかな?
イメージ図を見て、感心しているような顔をしているから、そういうことでいいだろう。
最初に会った頃より、もっと喋らなくなって、余計に何を言っているのか分かりにくくなった。
俺はイメージ図から目を離さない理右衛門の顔を覗き込んで、口を開いた。
「理右衛門、頼むぞ!」
「…………」
理右衛門は、無言で図面を受け取った。
俺は、喋らない理右衛門に頷きながらも苦笑する。
……後日、不安になって、鍛冶場に確認に行くと、試作品を毎日、夜遅くまで作ってくれているようだ。
良かった良かった。
………………
あれから二週間後。
鍛冶場から試作品が送られてきた。
まず、万能鍬だ。
万能鍬は、硬い地面を掘る歯の部分を鋼鉄製にしたもので、歯は四本、フォークのような形をしている。
イメージ図通り、出来ている。
領民が喜びそうだな!
深耕や水田開拓などに使ってもらおう。
次に、千歯扱きだ。
脱穀用の農具で、これまでの扱き箸の代わりになるものだ。
髪をとく櫛のような部分を鋼鉄製にしてもらった。
これも出来映えは素晴らしい。
これで、領民の脱穀の手間が省ける。
それ以外にも、田畑に水を引くための龍骨車を作ってもらった。
長さ二丈ぐらいのキャタピラーの様な大きな道具で、水路より高い場所にある水田にも水を引けるポンプ装置だ。
材質はほとんどの部分が木だが、装置の両端に付けた車輪と桶を運ぶチェーンの部分を鋼鉄製にしてもらった。ハンドルを手で回すと、樋が動き、樋の中の水を高い場所にかき上げられる。
これで、今まで水田に出来なかった場所も開拓できる。
理右衛門には、素晴らしい出来だと褒め、万能鍬を中心に量産するように伝えた。
次は、宗政だ。
▽
「宗政、これを見てくれ」
「こ、これは、農具ですか?」
「そう、理右衛門に作ってもらった万能鍬だ! まず、この万能鍬を使って、農民たちにお願いすることがある」
俺は、農民たちに対して、万能鍬を無償で渡すから、農民たちが持っている武器や防具を差し出すように伝達した。
この時代、どの農家にも刀や鎧があった。
俺は、刀狩りを円滑に行うために、万能鍬を活用することにした。
万能鍬の性能は素晴らしく、これまでの木製の農具に比べ、耕作に使うと三倍は作業が楽になったとのことで、農民たちはこぞって、交換に応じてきた。
刀狩りが進むにつれて、今度は惣の代表者たちを集めて、俺の考えを伝えることにした。
▽
「皆、城まで来てもらって他でもない。これを見てくれ」
代表者の前には、千歯扱きと龍骨車がある。
代表者に対して、実際に使う所を見せるため、多羅尾一族に人を出してもらった。
「俺が考えた農具だ。千歯扱きは脱穀、龍骨車は水を引く道具だ。使ってみせよう……。どうだ? 皆なら、これの良さが分かるだろう」
代表者たちは、お互いに顔を見合わせて、ざわついている。
「俺が皆から武器や防具を取り上げていること、色々不満はあるだろう。ただ、俺は、皆が農業に専念し、皆の生活を豊かにしたいと考えている。これを皆に渡すから、俺が考えたことをやってみてくれないか?」
まず、前世の知識から、正条植え農法を提案する。
この時代、苗はバラバラに水田に植えていた。
それをまっすぐ等間隔に植える農法だ。
等間隔で植えることによって、日当たりや風通しが良くなり、成長が促進されるとともに、害虫の駆除が容易になり、稲作でも特に過酷であった除草作業の負担を軽減させる効果がある。
……本当は、正条植え農法の普及と一緒に、形が揃っていない歪な水田を壊して、現代のような正方形の水田作りを進めていきたいが、そこまで指示すると、領民の苦労が大きすぎる。
正方形の水田作りは、今後の課題だ。
続いて、塩水選だ。
実がしっかり詰まった発芽しやすい種子を選ぶために、塩水に籾を入れ、底に沈んだものだけを水洗いして選別する方法だ。
発芽しやすい籾を使うことで、収穫量に大きな違いが出る。
この時代、塩の値段は高価なため、塩水をわざわざ作るなんてあり得ない。
そこで、伊勢湾流域の満潮時に流入する塩水を含んだ川水を使って、塩水選をすることを提案した。
そして、鯉を使った農法だ。
宗政が堺で買い付けた鯉を、水田に放し飼いにして、害虫や雑草を食べてもらう。
正条植えにすることで、稲が大きくなっても、鯉が生活できる環境ができる。
鯉がいることで、水田内の土が混ざり、栄養分が稲に効率良く吸収される効果もある。
鯉は、稲を収穫する時に捕まえれば、この時代では貴重なたんぱく源になるし、良いことづくめだ。
後は、将来を見越して、稲の品種改良も提案した。
水田で元気に育っている稲を優先的に取り上げて、それを何年間も繰り返し栽培してもらう。
新品種はお米の収穫量を増大させるだろう。
腹が減っては戦は出来ぬ。
収穫量が増えれば、戦える人数や戦える期間も増やせる。
さらに、肥料についても、糞尿や緑肥、堆肥、泥肥、魚のあらなどを集めてリサイクルし、水田に撒くことを提案した。
俺が次々に、農業改革の内容を伝えると、代表者の一人が発言した。
「澄隆様……。澄隆様が当主になられてから、あっしらのことを考えてくれること、感謝しかございやせん。今日の内容、初めて聞くことが多いですが、澄隆様がすすめるなら、やりやしょう」
代表者たちは、皆、頷いている。
年長のおじいさんは、手を合わせて俺を拝んでいる。
俺に対する視線に、崇拝を感じる。
だから、俺は、神様じゃないぞ。
俺は、返事の代わりに頷くことしかできなかった。
居心地が悪くなったので、皆に感謝を述べて、すぐに解散した。
それで、千歯扱きと龍骨車は、不公平にならないように、各村に平等に分配した。
………………
「澄隆様、皆、喜んでくれましたね。さすがです」
奈々が、代表者たちが帰ってから、俺に笑顔を向ける。
「ああ、急な農業改革に従ってくれるか心配だったけど、良かったよ。これで、豊作になれば良いな」
「皆、澄隆様を信頼してますね」
キラキラと瞳を輝かせて返事をする奈々。
奈々の笑顔を見ていると、俺は、また居心地が悪くなる。
もちろん、領民のことを考えてはいるが、武力を取り上げて一揆を起こさせないようにするという邪な気持ちもある。
刀狩りを進めることで、惣としての力が確実に減ってきている。
「俺のためでもあるのだけどな。皆の信頼に応えるためにも、これからも良い当主になるよう努力するよ」
感極まったかのような表情を浮かべる奈々。
そんな目で見ないで欲しい。
罪悪感が募る。
奈々を見ながら、俺は、ぎこちなく笑顔でこたえた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、左近が活躍?します。




