第三二話 兵器開発
▽一五六八年十二月、澄隆(十三歳)鳥羽城 禁秘ノ部屋
多羅尾光俊と風魔小太郎を禁秘ノ部屋に内々に呼んだ。
この部屋は、誰にも入るなと、厳命しているが、護衛をお願いしている光俊と小太郎だけは、信用して入って良いことにしている。
あと、芝辻理右衛門も、この前、部屋に入れたな。
三人に共通するのが、口が固いことだ。
まあ、芝辻理右衛門は、口が固いというより寡黙なだけだが。
今日は、光俊と小太郎の二人の前に、銭が入った大きな袋を無造作にドサドサッと積んだ。
光俊が珍しく、ぎょっとしたよう目を見開いて仰け反る。
小太郎は面をつけているから顔は分からないが、動きが止まっている。
「澄隆様、こ、これは?」
光俊が、声を裏返しながら聞いてきた。
袋の中には、全部で三千貫入っている。
まずは、このお金で、忍者の戦力増強を考えていると伝える。
「光俊、小太郎。この支度金を渡すから、忍者の人数を増やしてほしい。あてはあるか? ……まず、光俊、どうだ?」
「はっ。……正直、この金額に驚きました……。近江国にいる甲賀忍者に声かけをしてまいります。澄隆様に絶対の忠誠を誓うもののみ、勧誘して増やしてまいります」
光俊は、いつも忠誠心が凄いね。
有り難いよ。
「次に、小太郎だ。どうだ?」
「ホホホホ……。そういうことなら、世鬼一族に声をかけてもよろしいですか?」
「世鬼一族? 毛利家に雇われている世鬼一族のことか?」
「ホホ……。さすが、澄隆様。世鬼一族を知っておいででしたか」
小太郎によると、世鬼一族は、風魔一族が住んでいた相模国の隣の国、駿河国(駿州国とも呼ばれる、静岡県だね)から安芸国(芸州国とも呼ばれる、広島県だよ)に移住した一族で、風魔一族とは、ずいぶん昔から知り合いだったらしい。
小太郎は、その世鬼一族を九鬼家のためにスカウトしたいとのこと。
どうも、ここ最近、氏素性が分からない人間が九鬼家の領内を探る事例が増えているらしく、その対応を世鬼一族に手伝って欲しいそうだ。
俺は、快諾した。
何も聞かずに承諾したことで、小太郎の肩がビクッと大きく動いた。
驚いたみたいだ。
俺の前世の知識で、世鬼一族は知っていたし、能力は高いだろ。
それに、風魔小太郎の推薦だ。
これまでの行動で、俺は小太郎を信頼している。
もちろん了解するよ。
「二人とも渡したお金は好きに使って良い。とにかく人が欲しい。足りなかったら、言ってくれ。よろしく頼む」
「ははっ」
光俊と小太郎は揃って、深々と平伏する。
よし、これで、忍者も増えたら、できることも増える。
できれば、忍者の握手会もしたいな。
楽しみだな!
そして、もう一つ、光俊に、新しい兵器の開発をお願いする。
ここで出てくるは、俺の設計図だ!
下手だからって、笑うなよ。
「澄隆様、これは、兵器ですか?」
「そうだ、焙烙玉だ」
炮烙玉とは、料理器具である焙烙に火薬を入れ、導火線に火を点けて、手で投げ込むか、縄を付けてハンマー投げのように投擲するかして、敵の中で爆発させる兵器だ。
爆発させる先に、引火するものがあれば、燃え広がらせることも期待できるため、焼夷弾として使える。
硝石作りも順調だし、黒色火薬に使う硫黄にも拘り、質の悪い青色のものは除き、赤か黄色のものを使用することで、火力が高い黒色火薬も増えてきた。
俺の設計図には、焼夷弾として使う黒色火薬増し増しの炮烙玉の他、炮烙の中に、石や鉄屑等を入れて爆発した時に撒き散らして敵を殺傷する手榴弾も描いた。
この時代、城の建築物や軍船のほとんどが木製だ。
この炮烙玉を運用できれば、敵の城や船を燃やして、戦闘で有利に戦えるだろう。
「それで、こちらは何ですか………」
「ああ、それは、炮烙玉の発展型だ。これが、これからの九鬼家の主力兵器になる。すぐに必要になる可能性もある。試作を作ったら、すぐに見せてくれ」
「はっ! 急いで作ります。ただ、設計図に描いてある、この鉄の大筒は、我々では作れませんが……」
「ああ、それは分かっている。先日、鍛冶職人の芝辻理右衛門を家臣にした。理右衛門には、堺から鍛冶職人を連れてきてもらうから、一緒に作ってみてくれ」
「はっ! 承知しました」
いつも、光俊は良い返事だね。
よろしく頼むよ。
▽
光俊と小太郎と話して、一ヶ月後。
小太郎が、わざわざ安芸国まで出張ってくれて、世鬼一族を連れてきてくれた。
どんな忍者か、楽しみだな!
俺は、近郷と一緒に評定部屋に座って、世鬼一族を待っている。
世鬼一族には、俺に会うときに武器の携帯は厳禁と伝えてあるが、近郷は今回も心配して兵を十人ほど、刀を持たせて俺の周りに配置することにしたようだ。
そこに、小太郎に連れられた忍者が二人、部屋に入ってきた。
その瞬間、部屋の雰囲気がおどろおどろしく変わる。
世鬼一族のうちの一人目は、背が高いが病的にも思えるほど、身体が細い男。
顔の表面すべてを包むように包帯のように藍色の布が巻かれていて、どういう顔なのか、どういう瞳なのか、表情も含めて分からない。
服は無地の藍色、黒い帯、腰には細長い袋をつけているのが特徴的だ。
二人目は、対照的に背が極端に低い。
同じく藍色の布が巻かれ、服も細長い袋をつけているも一緒だ。
何故か、小刻みに身体が揺れ、顔を神経質そうにキョロキョロと左右に振っている。
俺は、世鬼一族の二人をしげしげと見つめる
顔に布があんなにぐるぐる巻いてあって、ちゃんと見えているのかな?
何より全身から発散される闇の雰囲気が、その異質さを際立たせている。
ぞわりと背筋を何かが這うような妖怪じみた不気味さを感じる。
俺は首を傾げながら、俺の目の前に少し距離をおいて平伏した二人を見ていた。
「……質問ガある」
背が高い方の男が、平伏しながらも顔を上げて、尋ねてきた。
布で、口の動きも分からない。
野太く、くぐもった聞きづらい声だ。
「我々、世鬼一族を全員、雇うということデよろしいカ?」
「ああ、もちろんだ。九鬼家で全員、家臣として働いてもらいたい。それで、小太郎から聞いたが、諜報や流言が得意とのことだが……」
隣に座っていた背の低い男が、気味の悪い低い笑い声をあげながら、答えた。
「キヒヒッ、諜報、流言だけでなく、意に沿わない相手の暗殺も得意なんですがね……。あたしらは相手に気取られることなく証拠を残さず殺せる……」
近郷が、目に見えて不機嫌になって、俺を見て、ボソッと呟く。
「危ない、危ないですぞ」
まあ、見た目から、近郷の不安な気持ちは分かるが。
風魔一族と初めて会った時も危険度満載で驚いたが、それ以上の危なさを感じる。
「ああ、最初に言っておく。九鬼家では、原則、悪逆非道なことは禁止だ。民への乱暴狼藉も禁止。戦では、暗殺をお願いすることもあるかもしれないが、暗殺以外に手段がない時だけだ。どうだ? この内容を守れるか?」
「……キヒヒ、我々に悪行を求めないとは不思議な方ですな」
背の低い男が奇妙に身体を揺らし、薄気味悪く笑う中、背の高い男の方が、前のめりになりながら、聞いてくる。
「我々は、これまで悪党風情と呼ばレ、蔑まれてきタ……。悪行を求めないなら、我々に何を求めるのカ?」
忍者って、本当に汚れ仕事をやらされてるよな。
今回も、忍者の不遇さ全開か。
「九鬼家では、世鬼一族を武士として取り立てるつもりだ。もちろん、お前たちの得意な諜報や流言には期待しているし、戦でも戦って欲しいが、俺は悪党と呼ばれるようなことは求めていない」
背の高い男は、低い笑い声をあげながら話す。
「くふふ。ここは面白い家だナ……。毛利家では当主様に会ったことなどナい……。今日も直接、澄隆様に会えるとは思っていなかっタ」
「キヒヒ、それに、我々を見ても、毛嫌いしないなんて、本当に変わっておりますな……」
「ああ、俺は毛嫌いなんてしないぞ。会えて嬉しい」
俺は、こんな忍者がいたら良いなと思っていた。
嬉しくてニヤニヤする。
俺の受け答えに、世鬼一族の二人は暫し沈黙している。
「なるほど……。肝も据わっておりますナ。澄隆様と話してみて、小太郎殿が心酔しているのもよく分かっタ。我々は悪党になることしか生き残れないと諦めていたガ……。その考えが早計で浅はかすぎたということカ……」
背の高い男は、少し間を置くと、低い声で話し出した。
「一つだけお願いガ……。世鬼一族は、これまで毛利家で働いていタ。毛利家にも恩義がある。これまで知り得た毛利家の情報は渡すことはできナい。その代わり、周辺の国の情報は全て渡そう……」
「ん?」
「それを認めてくれるナら、我々世鬼一族、澄隆様に忠誠を誓おう」
世鬼一族の二人は、合わせたように深々と平伏した。
義理人情に厚いのは良いことだ。
まあ、毛利家の情報は欲しいが、毛利家は遠い国の情報だし、毛利家は有名で、俺も前世の知識である程度は知っているし、まあ、良いか。
俺は、自分を納得させるように何度か頷く。
「分かった。構わないぞ。よし、これからは俺の家臣だ。まず、握手をしよう。ここまで来てくれ」
俺は、気軽に二人に近くに来いと伝えた。
近郷はため息を吐くと、俺を守るために俺にぴったりとくっつく。
暑苦しいぞ。
二人は、固まっていたが、俺がコイコイと手で招くと、腰を低くしてスススと近づいてきた。
「じゃあ、よろしく頼む」
俺は発言しながら、二人の手をぎゅうと握る。
これで、新たな忍者が家臣になった!
二人のステータスを握手した時に確認した。
背の高い方が世鬼政定、背の低い方が世鬼政矩で、二人は兄弟だった。
随分、体型が違う兄弟だな。
【ステータス機能】
[名前:世鬼政定]
[年齢:28]
[状態:良好]
[職種:忍之者]
[称号:無し]
[戦巧者:51(78迄)]
[政巧者:39(65迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:弐]
[天運氣:漆]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:壱
弓士術:漆
銃士術:壱
船士術:壱
築士術:参
策士術:参
忍士術:捌
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:世鬼の頭巾(参等級)
顔:世鬼の覆面(参等級)
胴:世鬼の上衣(参等級)
腕:世鬼の籠手(参等級)
腰:世鬼の袴(参等級)
脚:世鬼の足袋(参等級)
騎乗:無し
其他:無し
【ステータス機能】
[名前:世鬼政矩]
[年齢:25]
[状態:良好]
[職種:忍之者]
[称号:無し]
[戦巧者:53(76迄)]
[政巧者:27(44迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:壱]
[天運氣:参]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:弐
弓士術:弐
銃士術:壱
船士術:弐
築士術:弐
策士術:弐
忍士術:捌
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:世鬼の頭巾(参等級)
顔:世鬼の覆面(参等級)
胴:世鬼の上衣(参等級)
腕:世鬼の籠手(参等級)
腰:世鬼の袴(参等級)
脚:世鬼の足袋(参等級)
騎乗:無し
其他:無し
……予想以上の強さだ。
最初は、風魔一族と一緒に行動させて、九鬼家に慣れさせることにしよう。
小太郎、世鬼一族の面倒、よろしく頼むな。
あ、あと、腰につけている細長い袋が何か聞いてみた。
「……鉄横笛などを入れている袋ダ。今は、笛は入っていない」
世鬼の話を聞くと、いつもは、長さは一尺三寸ぐらいの鉄製の横笛を袋の中に入れているとのこと。
横笛は、内側に貼り付けるように紙を入れ、穴をふさいで吹き矢筒になっており、これが世鬼一族の主力武器らしい。
吹き矢は、当たって数十秒で死亡する毒矢と、動けなくする痺れ矢があるそうだ。
なるほど、吹き矢が主力武器なら、暗殺は大得意なのかもな。
横笛は鉄製で先端が尖っているため、敵を突き刺したり、敵の刀を受け止めることもできるそうだ。
二人に聞くと、どうも、これ以外に別に、近接戦闘用の武器もあるとのこと。
戦っているところを、早くみたいな。
―――――――status―――――――
[名前:世鬼政定]
[年齢:28]
[状態:良好]
[職種:忍之者]
[称号:無し]
[戦巧者:51(78迄)]
[政巧者:39(65迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:弐]
[天運氣:漆]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:壱
弓士術:漆
銃士術:壱
船士術:壱
築士術:参
策士術:参
忍士術:捌
〜装備(戦闘時)〜
主武器:鉄筒毒蜂・無銘(伍等級)
副武器:烈風鉄扇・無銘(伍等級)
頭:世鬼の頭巾(参等級)
顔:世鬼の覆面(参等級)
胴:世鬼の上衣(参等級)
腕:世鬼の籠手(参等級)
腰:世鬼の袴(参等級)
脚:世鬼の足袋(参等級)
騎乗:無し
其他:無し
[名前:世鬼政矩]
[年齢:25]
[状態:良好]
[職種:忍之者]
[称号:無し]
[戦巧者:53(76迄)]
[政巧者:27(44迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:壱]
[天運氣:参]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:弐
弓士術:弐
銃士術:壱
船士術:弐
築士術:弐
策士術:弐
忍士術:捌
〜装備(戦闘時)〜
主武器:鉄筒毒蜂・無銘(伍等級)
副武器:烈風鉄扇・無銘(伍等級)
頭:世鬼の頭巾(参等級)
顔:世鬼の覆面(参等級)
胴:世鬼の上衣(参等級)
腕:世鬼の籠手(参等級)
腰:世鬼の袴(参等級)
脚:世鬼の足袋(参等級)
騎乗:無し
其他:無し
世鬼政定が兄、政矩が弟。
毛利家の忍衆の一つだったが、小太郎からの説得と、澄隆の忍者へのリスペクトに魅力を感じ、九鬼家に従うことにした。
メインの武器は吹き矢だが、鉄扇も使う。
世鬼一族の全員が藍色の布を巻いている理由は、素顔を隠すことで、暗殺等の悪行を平然と行えるようにするため。
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お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、防具開発を進めます。




