第二八話 ここを本拠地とする!
▽一五六八年一月、澄隆(十三歳)鳥羽湾
宗政が北畠家に外交に行っている間に、俺は波切城に向かうことにした。
嘉隆が海賊働きで貯めこんだ宝の鑑定をするためだ。
俺は、波切城に着くと、早速、刀や槍が乱雑に差し込まれている樽から一つ一つ手に取り、鑑定していく。
「うお! これは良い刀だな」
俺の手に持つ刀は、漆等級の刀だった。
太刀・無銘 直江志津(漆等級)
俺が、その刀を持ちながらニヤついていると、護衛として付いてきた近郷が声をかけてきた。
「澄隆様、儂は刀に詳しくありませんが、それは良いものなのですかな?」
俺は、近郷に頷く。
「ああ、これは掘り出し物だぞ。俺の勘がそういっている。近郷が使っていいぞ」
近郷は、不思議そうな顔で、刀を受け取る。
価値が分からない近郷に渡すのは、猫に小判な気がするな。
まあいい。
俺は、鑑定を続けていく。
近郷にあげた刀以外にも、漆等級の刀が二本と槍が一本、陸等級の刀と槍が一本ずつ見つかった。
それが、こちらだ。
刀・無銘 兼吉(漆等級)
刀・無銘 兼房(漆等級)
十文字槍・無銘(漆等級)
短刀・無銘 波平(陸等級)
卍短槍・無銘(陸等級)
状態の良い物の鑑定は終わり、次は、錆びた物を鑑定していく。
俺は、期待をしないで、樽に無造作に入っている錆びた刀を鑑定していく。
ほとんどがガラクタのような粗悪品の刀だったが、その中に驚きの逸品があった。
「う、うおぉぉぉぉ」
思わず、俺は、変な声を出してしまった。
なんと拾参等級の刀だ!
錆びた刀・銘 三条宗近(拾参等級)
平安時代の刀工・三条宗近は、確か、三日月宗近と呼ばれる国宝指定の刀を作った人物だ。
三日月宗近は、天下五剣の一つになっていたはずだ。
そんな刀工の刀がこんな所にあるとは。
錆びているから、誰も使うことなく、こんな所に埋もれていたのだろう。
………後日、研ぎ直した刀を鑑定すると、こうなっていた。
三日月刃文の刀・銘 三条宗近(拾参等級)
刀は、細身で反りが大きく、刀身の鍔元の幅が広く、切先の幅が狭く、その差が大きい。
三日月の形をした刃文(刃の模様だね)が、刀身に付いていて、ウットリするほど綺麗だ。
そして、この刀で試し斬りをしたが、滅茶苦茶、斬れる。
さすが、天下五剣を生み出した刀工の刀だ。
俺の愛刀として大事に使おう。
………………
波切城で刀や槍の鑑定が終わった次の日。
宗政が北畠家から無事に戻ってきた。
北畠家とは、上手く話がついたようだ。
さすが、宗政。
宗政に詳細に話を聞くと、北畠家の当主、北畠具教は、鳥羽家が滅ぼされたことなど、さほど気にもせず、上納金が増えて喜んでいるとのこと。
北畠家に媚び諂うように頭を下げ、上納金を払うのは正直悔しいが、今は仕方がない。
宗政が戻ってきたから、俺は、予定通り、近郷、宗政、光俊、奈々と、近習達を連れて、ある場所に向かった。
▽
「ここを本拠地とする!」
皆、また、俺が突拍子もないことを言ったと思って、固まっているな。
俺の発言した言葉に、近郷たちの顔から血の気が引いた気がした。
皆が見ている場所は…………。
鳥羽湾に浮かぶ小島だ。
島の大きさは、十町ぐらいだろう。
小島と陸地との離れは、近い所で一段、遠い所で五段ぐらい。
「え、えと、本拠地にするとは、築城すると言うことですか?」
「宗政、その通り! あの小島に城を作るぞ!」
俺が今いる田城城は、平地に建てられた城で、守りに向かない。
そして、波切城は、場所が志摩の南端にあるため、波切城で籠城すると志摩全域が簡単に占領されてしまう。
ここは、敵勢が攻めてくる志摩国の北側の国境沿いに、築城して備えるしかない。
幸い、前世の知識で、築城に良い場所を知っている。
それが、あの小島だ。
史実だと九鬼嘉隆が強引に築城し、戦国の世を乗り切った鳥羽城があった場所だ。
正直、ここから見えるあの小島にわざわざ築城するなんて、史実を知っている俺でさえ、正気を疑うレベルの場所だ。
皆、固まるのも仕方がない。
ただ、俺は、ここに城を築きたい。
宗政が、お腹をさすりながら、聞いてくる。
「澄隆様、築城に必要な材料は、すぐには揃えられませんが……」
「城の材料は、地頭達の城を全て廃城にして、全てここに持ってくる。宗政、地頭達の城から材料を持ってくれば、城に必要な材料は賄えるはずだ」
「なるほど。それなら確かに……築城は可能かもしれません」
俺はあらかじめ描いて用意してあった、下手な絵を皆に見せた。
絵には、小島にどういう城を作るかのイメージを書いてある。
下手な絵だけど、小島を見ながら説明すれば、何とか分かるだろ。
「小島の北側と西側と南側は、陸地と近いから、三ヶ所に桟橋を作って、陸地と繋げる。攻められた時のためにその三ヶ所とも島の中に迎撃用の大きな砦を作って固い門をつける。ここまでは良いな?」
皆、顔を見合せながら頷く。
「よし、あとは、島の東側は海に面しているから、ここには港を作る。港にも砦を作って、ここを大手門にする。今のところ、島の真ん中が盛り上がっているから、城は平城で充分だ……。まずは、東西南北の砦がこの城の生命線だから、砦をしっかり作る。廃城で生まれた石材は全部砦の石垣作りに使うぞ」
近郷が、頷きながら大声を出す。
「ううむ……。確かに、小島は真ん中辺りが高いから、平城でも周りを見渡せそうですな」
続いて、俺の下手な絵と、小島を見比べながら、奈々が感嘆の声をあげる。
「それに、小島は陸から離れているから、新たに堀を作る必要もなく、築城には最適な場所かもしれませんね」
俺が考えた訳ではないんだけどね。まあ、皆が乗り気になってくれそうで、良かった。
「澄隆様。強固な砦を作るには、石垣の高さが少なくても二段ぐらいは必要です。そこまで高くできるかどうか……」
小島をじっと見つめて話している宗政に、俺は尋ねた。
「築城は、志摩国の領民達に声をかけて、夫役をしてもらう。もちろん、足軽達にも一緒にやってもらう。炊き出しなどは、家臣の女房達にも手伝ってもらう。それで、宗政、完成までどのくらい日数がかかると思う?」
「ええと、領民の夫役を千人ほど用意できるとして、廃城の材料なら加工には時間がかからないとしても、四ヶ所の砦をある程度形にするのに、そうですね……。築城の専門家の力も借りたとしてもこれだけの規模の城となると……。しっかりとした工程管理をして手戻り無く進めたとして、だいたい百五十日ぐらいかと。島内整備や港の整備を含めると、一年ぐらいはかかると思いますが……」
宗政が顔を曇らせながら、ブツブツ言っている。
おお、宗政。
だいたいでも築城期間が分かるなんて凄いじゃないか。
成長したな!
久しぶりに、宗政の能力を確認しよ。
宗政の肩をバンバン叩いてみた。
こけし顔を痛いと顰める宗政。
俺は宗政のステータスの数値に釘付けになった。
【ステータス機能】
[名前:田中宗政]
[年齢:20]
[状態:良好]
[職種:為政者]
[称号:澄隆の懐刀(政巧者↑)]
[戦巧者:3(3迄)]
[政巧者:74(86迄)]
[稀代者:捌]
[風雲氣:伍]
[天運氣:捌]
~武適正~
歩士術:壱
騎士術:壱
弓士術:壱
銃士術:壱
船士術:壱
築士術:玖
策士術:玖
忍士術:壱
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:絹の小袖(参等級)
腕:無し
腰:絹の袴(参等級)
脚:厚手の草鞋(弐等級)
騎乗:無し
其他:無し
おおー!
政巧者がずいぶん上がった。
70をこえたな。
無茶振りに近い大抜擢をしてきた甲斐があったね!
それに、称号に『澄隆の懐刀』という記載がある。
『政巧者↑』ともなっているし、政巧者の数値に補正が掛けられているのかな?
ステータス機能のおかげで、成長度合いが明確に分かって便利だな。
宗政がここまで伸びれば、築城を全面的に任せても良さそうだ。
絵に描いたようなブラックな職場環境かもしれないが、俺たちが生き残るためにも、必要なことだ。
宗政、頑張ってくれ。
俺がニヤニヤしていると、近郷が俺の様子にまったく気付かず、心配そうに呟く。
「統治を始めたばかりで、夫役を百五十日も課すと、食事は出すとしても、領民の不満が高まりそうなのが心配ですな……」
まあ、近郷の懸念も分かる。
この時代、基本的に夫役は税の一部であり、賃金は支払われない。
現代の感覚だとビックリだ。
だから俺は、毎日の食事はもちろん、働いた分だけ、雑穀などの現物支給はしてあげたいと考えていた。
「近郷、領民の不満が出ないよう、食事の他に、夫役の褒美に雑穀などの現物支給を考えたらどうかな? 確か、嘉隆から奪った戦利品に大量の雑穀があったはずだ。それを活用しよう」
近郷がううむ、それならと納得している。
「それでは宗政、九千貫だ。九千貫以内は使っても構わない。何とかそれで城の形にしてほしい」
「は、はい……承知しました」
宗政が、顔を強ばらせながら、頷く。
「後は、築城の専門家だ。光俊、心当たりはあるか?」
「はい、砦作りは我々多羅尾一族の大工でも可能ですが、石垣作りは専門家が必要です。石工が得意な穴太衆が近江国におります。雇うことはできるかと」
「よし! 百貫出そう。雇ってきてくれ」
「畏まりました」
「あと、光俊……。小島に城ができたら、多羅尾一族が田城城や光俊の村で作っている物は、全部、この島に移してほしい。何も残さず、誰にも見られずにできるか?」
「…………はっ。必ずや。すぐに準備を始めます」
光俊はいつも良い返事だね。
宗政には、縄張りをお願いして、島内で作る施設の配置を大至急考えてもらおう。
宗政、よろしく!
「それで、近郷、俺は留守にするから、その間、指揮を任せる」
「はい!? 澄隆様はどこに行くのですかな?」
俺は、ニヤっと笑って、答える。
「俺は、新しく統治する領内の各村を訪ねて、夫役のお願いと、握手会をする!」
また、近郷に白い目で見られた。
ただ、俺を前より信頼しているのか、小言も言わず、大人しく、築城の指揮をしてくれるようだ。
さあ、俺の初めての築城スタートだ!
握手会も楽しみだな!
▽
皆が築城に頑張っている間、俺と奈々、そして護衛として伴三兄弟の三男友安と近習を加えて、領内の各村を訪問した。
各村に夫役をお願いする際、毎日、充分な食事を出すこと、働きに応じて雑穀などを現物支給することを伝えると、どの村も、喜んで参加すると言ってきた。
地頭連合との戦いで、農民達に被害を出さなかったことも、プラスに働いているようだ。
奈々がニコニコしながら、俺に話しかける。
「澄隆様。気前が良い当主だと、澄隆様の評判がさらにうなぎ登りみたいですね」
友安が、ニヤニヤ笑って、余計なことを言う。
「それに、村の娘達の視線が澄隆様に釘付けですな! 澄隆様が剣豪で名高い和具豊前を直接討ち取ったのも凄い評判になっていますし、本当に人気者ですな」
友安、うるさい。
俺なんかより、奈々の方が、武者振りが良いぞ。
「友安、そんなこと言ってないで、急ぐぞ」
………………
各村で、握手会を続けているが、正直、成果は芳しくない。
戦巧者も政巧者も、30をこえている者は何人かいて、できる限り仕官するように、声をかけたが、突出した人材がいない。
各村を渡り歩くうちに、疲れてきた。
友安は、飽きて、村に着く度に、村娘達と話している。
友安、仕事しろ。
………………
そして、ある村。
握手会をしている時、この村の村長に話を聞くと、母親が流行り病で亡くなり、父親も同じ病で寝込んでいて、生活に苦労している五歳の幼子がいるとのこと。
他国から流浪してきた家族だったらしく、親戚もいないそうだ。
扱いに困っているとのことで、その幼子を連れてきてもらった。
五歳というと、俺が転生した年だ。
能力が少しでもあれば、小姓として雇ってやろう。
目の前に来た子供は、癖っ毛のある少し茶色がかった黒髪、目はくりくり丸くて、子犬みたいな顔だった。
よし、握手。
子供の手を握って、能力を確認する。
【ステータス機能】
[名前:岸嘉明]
[年齢:5]
[状態:良好]
[職種:無し]
[称号:無し]
[戦巧者:3(69迄)]
[政巧者:2(78迄)]
[稀代者:漆]
[風雲氣:陸]
[天運氣:漆]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:陸
弓士術:伍
銃士術:肆
船士術:捌
築士術:漆
策士術:漆
忍士術:弐
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:麻の小袖(壱等級)
腕:無し
腰:麻の袴(壱等級)
脚:無し
騎乗:無し
其他:無し
うぉっ!
予想以上に数値が高い。
今回の握手会で、一番の能力だ。
稀代者の漆って、七だろ?
……ん? 岸嘉明?
嘉明って、どこかで聞いた気がするな……。
もしかして、賤ヶ丘七本槍の一人の加藤嘉明か!
確か、幼少期は、岸姓を名乗っていたはずだ。
こんな所に何でいるんだろう?
まあ、良い。
良い人材を見つけた。
嘉明と話すと、母親が亡くなっているからか、沈んでいて、ちょっと暗い。
俺の小姓にして、豪快な近郷に任せよう。
あ、もちろん、寝込んでいる父親も俺が引き取るぞ。
それから数日かけて、領内をくまなくまわったが、岸嘉明以外は、突出した人材は見つからなかった。
まだまだ人材が足りない。
これは、第三次スカウトを本格的にやるしかないな……。
―――――――status―――――――
[名前:岸嘉明]
[年齢:5]
[状態:良好]
[職種:無し]
[称号:無し]
[戦巧者:3(69迄)]
[政巧者:2(78迄)]
[稀代者:漆]
[風雲氣:陸]
[天運氣:漆]
~武適正~
歩士術:漆
騎士術:陸
弓士術:伍
銃士術:肆
船士術:捌
築士術:漆
策士術:漆
忍士術:弐
〜装備〜
主武器:無し
副武器:無し
頭:無し
顔:無し
胴:麻の小袖(壱等級)
腕:無し
腰:麻の袴(壱等級)
脚:無し
騎乗:無し
其他:無し
賤ヶ丘七本槍の一人。
一揆に与した父親が戦に敗れ、流浪の身となったため、嘉明も各地を転々とした。
母親は流行り病で既に亡くなっている。
顔はポメラニアンのようなつぶらな瞳をしていてとても愛らしいが、少し陰がある。
虫が苦手で、特に百足が大嫌い。
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お読みいただき、ありがとうございます。
次回から、第三次スカウトを始めます。




