第二七話 ヌード回
▽一五六七年十月、澄隆(十二歳)田城城
志摩国の地頭連合との戦に勝利をおさめた。
敵である十一の地頭達と戦い、五つを破り、六つを降伏させた。
連戦に次ぐ連戦。
地頭連合に勝てたといっても、途中で一度でも躓けば、九鬼家が滅ぶ、薄氷の上を歩くような戦いの連続だった。
これからも戦いは続くが、今日だけは、田城城で戦勝祝いとして、羽目を外すことにした。
田城城の一番大きな部屋に、料理を並べ、家臣達に集まってもらった。
もちろん、用意したお酒は澄み酒だ。
今回の勝利の立役者、多羅尾一族と風魔一族も呼んだが、小太郎が風魔一族はご遠慮したいと言うので、小太郎には澄み酒を樽ごと渡しておいた。
部屋に集まった皆に、お酒が注がれたところを見計らって、俺が上座から挨拶をする。
俺は、集まった家臣たちの顔を見回す。
「皆! 良く戦ってくれた。嘉隆、そして地頭連合に勝てたのは皆のおかげだ。感謝しかない……。働きに応じて、相応の褒美を出すぞ。期待していてくれ。今日は無礼講だ。澄み酒もいくらでも飲んで良い。では、乾杯っ!」
皆が喜色満面で、勢い良く、乾杯をして飲み始める。
皆、お酒が好きだよな。
……あれから、半刻もしないうちに、皆、ぐでんぐでんに酔っぱらっている。
特に、近郷は泥酔状態だ。
近郷の隣では、妙が一生懸命、お酒を注いでいる。
妙も女らしくなり、背も大きくなったよな……。
雛人形のような可愛さは、相変わらずだ。
近郷の顔は真っ赤っか。
お禿げなので、ゆでダコみたいになっている。
それでも、勢いは止まらず、飲み続けている。
「近郷殿ぉ! も、もう、飲み過ぎですぞぉ」
ろれつが回らなくなったこけし人形似の宗政が、近郷を止めようとしているが、全然止まらない。
「うわぁっはっは! 九鬼家が志摩国を統一したんだぞ! 儂が生きている間に、こんな日が来るなんて……ううう」
近郷が感極まって泣き出した。
近郷は、泣き上戸か。
「ううう……」
泣いている近郷を見て、泣き上戸が伝染ったのか、同じように泣き出す家臣がたくさんいる。
皆、志摩国統一がよっぽど嬉しいのか。
苦労したものな。
泣いていた近郷を眺めていると、急にクワっと目を見開いて、器に残っているお酒を一気に飲み込んだ。
そして、突拍子もないことを言い出した。
「おーし、脱ぐぞー!」
服を投げ散らかし、裸躍りを始めた近郷。
おいおい、足の傷は大丈夫か?
器用に、足の傷を庇いながら、ゆっくりと踊っている。
ムキムキなゴリラみたいな体で踊ると、迫力がある。
ただ、近郷のヌードは、筋肉がプリプリしていて、胸毛もフサフサしていて、正直、俺は見ていて気分が悪い。
これは、レッドカードだ。
俺は、裸躍りをしている近郷をここから退場させるため、顔をしかめながら、体格の良い近習を探した。
そこに、徳利を持った奈々が来た。
「戦勝、おめでとうございます。澄隆様」
「あ、ああ……」
白い素肌をほんのり薔薇色に染めた奈々が、俺に澄み酒を注いでくれた。
元々の肌が白いだけに染まった肌の変化がはっきりと分かる。
お祝いだからと、俺も奈々も今日はお酒を飲んでいる。
「奈々、ありがとう。奈々にも苦労をかけたな」
「はい、苦労しました」
奈々は、ニッコリと花が咲いたような笑顔で答える。
そんな奈々の笑顔を見るだけで、俺は顔が赤くなる。
ああ、美しい。
天使だ、天使がいる。
「奈々、正直に言い過ぎだろ」
「澄隆様……。ふふ、冗談はさておき、皆が笑顔になるのは、良いものですね。父上のあんな笑顔、初めて、見ました」
奈々の目線の先には、近郷の裸踊りを見て、手を叩いて笑っている光俊がいる。
俺の心に爽やかな風が駆け抜ける。
光俊達も喜んでいるし、近郷のレッドカードは大目にみてやるか。
「ああ、皆が笑顔なのは、全員が頑張ってくれたおかげだ」
「ふふふ、勝てたのは、澄隆様のお力が大きいと思います……。本当に澄隆様は鬼の神様なのかもしれませんね」
奈々は俺に澄み酒を注ぎながら、ずっとコロコロと笑っている。
奈々は、笑い上戸か?
「それにしても、暑いですね」
パタパタと手で顔をあおぎながら、服の襟元を広げた奈々。
着物の合わせ目が緩む。
……あ、ほんのりと薔薇色になっている首筋から鎖骨辺りの艷やかな肌が見えた。
俺は思わず頭が真っ白になる。
奈々を見ていたら、その色っぽさに頭がくらくらする。
イカン、誠にイカン。
水だ。水を飲まないと。
頭を冷やすため、桶一杯の量の水が欲しい。
ニコニコしている奈々から無理矢理視線を外して、俺は冷たい水を飲みに行くと言って、席を立った。
あれから、深夜までばか騒ぎが続いたようだが、俺は、冷たい水を求めて歩いているうちに、ぶっ倒れて、記憶がない。
朝になると、自分の部屋で寝ていた。
誰か、ここまで連れてきてくれたのか。
護衛をしてくれている多羅尾一族かな?
後でお礼を言っておこう。
▽
頭が痛い……。
次の日、俺は、二日酔いになった。
起きて、ボーとしていると、妙が、心配そうな顔をして、水を持ってきてくれた。
俺は、妙の頭を撫でる。
妙と初めて会った日から、妙は俺に頭を撫でられるのがお気に入りだ。
まるで猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている。
可愛くて、癒されるな。
この後、近郷に会って昨日のことを聞くと、裸踊りのことは、覚えていないそうだ。
近郷、泣き上戸の上に、酒乱だったか。最悪だな。
頭も痛いが、ずっと戦い続きだったせいで、体全体も痛い。
肩の傷も化膿はしていないようだが、ズキズキする。
このまま、何もせず、ゆったりしたいが、近隣の情勢を考えると、そうもいかない。
俺は、近郷に評定をすることを伝えた。
………………
評定に集まった面々は、皆、お酒が抜けていないのか、顔色が悪い。
光俊でさえ、疲れが見える。
あ、近郷だけは、肌がツヤツヤしている。
「皆、疲れている所、集まってもらったのは、他でもない。今後の方針を決めておきたい。まずは、地頭達の仕置きだ」
俺は、地頭達には厳しい対応をする。
「地頭達の所領は全て没収して九鬼家の直轄地とする。その代わり、今回、降伏してきた六つの地頭達には、支配していた石高の半分を給金として支払う。地頭達は家臣を含め、ここで暮らすように伝える。あと、筆頭地頭の鳥羽宗忠は国外に追放。皆、良いな?」
皆、ざわついたが、反対意見は出ない。
「次に、隣国の北畠家の対応だ。光俊、北畠家を探った感じはどうだ?」
「はっ。北畠家は表向き、何も動いておりません。ただ、北畠家は、鳥羽家と懇意にしていたのは周知の事実……。鳥羽家から北畠家に年貢の上納もしておりました。何かしら、北畠家から、苦情を言ってくると思われます」
「光俊、鳥羽家は北畠家にどのくらい上納していたか、調べたか?」
「はっ。降伏した鳥羽家家臣に確認しました。年当たり二百貫ほどだと聞いております」
「そうか……北畠家には、これまでの倍を渡す」
「倍ですと!? 出しすぎでは?」
近郷がビックリした声を出した。
「構わない。宗政、北畠家に対して、鳥羽家を滅ぼした迷惑料も含めて、四百貫渡すことで、外交をしてきてくれ」
「は、はい。分かりました」
宗政が二日酔いで顔色が青白いこけし人形になっているが、俺の命令に頷く。
とにかく重要なのは、北畠家にすぐに攻め込まれないことだ。
志摩国を統一して、石高だけを見たら、三万石になった。
志摩国は三方を海に囲まれた地形で、領地が接しているのは、伊勢国の北畠家のみだ。
この北畠家は、前世の知識によると、確か、二十万石をこえる領地を支配しているはずだ。
今のままでは、絶対に勝てない。
今は、九鬼家がいる方が、北畠家にメリットがあると思わせるしかない。
「次に、領内の年貢割合だ。俺は四公六民にするつもりだ。九鬼家は、急に領地が増えた。領民の協力を得るためにも、年貢は減らしたい」
この戦国時代、大名達が統治する国ごとに、独自ルールを作っていた。
このルールにより、それぞれの大名によって年貢を納める量は、まちまちだった。
普通は、六公四民か七公三民で、作った年貢米の約六割から七割が税金として納められていた。
前世の知識からすると、暴動が起きそうな税金だが、この時代はこれが普通。
四公六民なら、とっても良心的だ。
反対の意見が出ると思ったが、澄み酒などの年貢以外の収入があるからか、誰も何も言わない。
「最後に、募兵だ。近郷。足軽を増やしたい。支度金を出して、領民の二男か三男を大至急登用してくれ。嘉隆はもういないから、派手に募集して構わない。公募のための立て札も出そう」
「澄隆様、どのくらい、増やしますかな?」
「降伏した地頭達の家臣等もいるし、その者らを加えて、常備兵を千人以上にしたい。銭は奮発して構わないぞ。とにかく早く集めてくれ」
近郷は、今までの十倍以上の兵力にするという俺の考えに、ビックリしたようで、言葉が出ない。
何だよ、これでも考え込んで決めた人数だぞ。
領地が増えた今、俺は多少無理をしても兵数を急激に増やしたいと考えている。
例えば、戦略ゲームでも、兵数は力だ。
現状の俺は、領地が三万石になったとしても、日本の大名の中では最弱に近い。
努力を怠ると、強者に簡単に喰われてしまう。
喰われないためにも兵力を増やしていきたい。
そして、年貢割合を四公六民にしたのは、募兵を考えたことも理由の一つだ。
他国より年貢を安くして、人の流入を促し、人口を増やせば、募兵できる人数も相対的に増える。
そこで、募兵に並行して、流入した農民のために農地の開墾なども行おう。
近郷がゴクリと唾を飲み込みながら、掠れた声をあげる。
「す、澄隆様、半農半兵でも良いのではないですかな? いきなり常備兵を千人以上はやりすぎでは?」
「近郷。嘉隆にも地頭連合にも勝てたのは、常備兵で戦ったのも大きな理由だ。俺は、戦う人間は常備兵だけにしたい。農民は農業を頑張り、兵は戦を頑張る。そういう体制を築くぞ!」
心配性の近郷は、常備兵の給金が大幅に増えるのが不安なんだろうが、俺の言葉に渋々頷く。
ただ、お金をパァ~と使うのは、これだけじゃないんだなー。
皆、ビックリするぞ。
俺は、ニヤリと笑って言う。
「宗政が北畠家から戻ってきたら、行きたい所がある。それまで、今の方針で動いてくれ」
皆、顔を見合わせて平伏した。
次回は、『ここを本拠地とする』です。
お楽しみに!




