第二六話 吃驚大作戦 その五
▽一五六七年九月、澄隆(十二歳)田城城
地頭達に降伏勧告を出した後、俺たちは、田城城に戻った。
田城城は特に変わりはなく、奈々達も心労で疲れは見えるが、無事だった。
俺は、心底ホッとした。
「澄隆様、無事なご帰還、安心しました……」
奈々は満面の笑みで俺を迎えてくれた。
それだけでなんだか、嬉しい。
妙も、俺のことが心配だったようで、俺が帰ってきてから離れない。
俺が座ると、隣にチョコンと座ってくっついてくる。
座りづらいぞ。
『一緒じゃなきゃやだ~』って感じで、くっつきながら袖を掴んでいる。
俺と目線が合う度に、ちょっと頬を染めているのが可愛い。
でも。これから評定だ。
妙、ごめん、離れてね……。
………………
俺は評定部屋に皆を集めた。
これまでに落とした四つの城は、取手山城以外は、全ての門を閉め、人の出入りを禁止し、牢の見張り以外は、田城城に戻した。
取手山城は、降伏の使者が来た時のために、開けておいた。
鳥羽宗忠は牢から出して、城の一室に幽閉した。
もちろん、風魔一族の監視付きだ。
それで、降伏勧告の書状を出した日から、一週間経ったが、結局、どの地頭からも、音沙汰がない。
筆頭地頭の鳥羽家の威光もこの程度か……。
それとも、まだ、勝てる気でいるのか……。
「光俊、各地頭の様子はどうだ?」
「はっ。地頭同士で連絡を取り合っております。戦うか、降伏するか、どの地頭も決めかねているようです。ただ、和具家だけは、本日、農民への参集要請を出しました」
俺は、深く頷き、光俊に尋ねる。
「そうか……。確か、和具家の当主は、強いと有名な男だよな?」
「はっ。和具家当主、和具豊前は志摩一の剣豪と言われております」
志摩一の剣豪か……。
相当強そうだ。
俺は、顔を顰めながら、光俊に確認する。
「その和具家には、どのくらいの戦力がいる?」
「はっ! 農民兵を動員すると五百ぐらい……農民兵を除くと半分ぐらいかと」
「多いな……」
俺たちは、四つの城を落とし、支配している城の数だけを見たら優勢のように見える。
ただ、動員できる兵の数を見たら、敵の方が断然上だ。
俺たちが強いように錯覚させ、各地頭の足並みが揃わないように、筆頭地頭の鳥羽家から降伏勧告を出したが、もう一度、戦う必要がありそうだ。
「近郷。農民への参集要請をした和具家を攻めるぞ。農民兵が集まる前に仕留める」
「澄隆様……九鬼家が夜襲をかけたことは、もう、地頭達にも知れ渡っているかと。夜襲にしっかり備えていると思いますぞ」
近郷が不安そうな声を出す。
「近郷。心配は分かる。ただ、九鬼家が夜襲をかけたことは知っていても、忍者達を使って夜襲をしていることは、ちゃんと知られていないだろ? まだ、有利に戦える」
そう言うわけで、光俊だ。
「光俊! 小太郎と協力して夜襲の準備をしてくれ。今夜、和具家に夜襲をかける」
「畏まりました。それで、一つ、ご提案なのですが、朝襲にしてはいかがですか?」
ん? 朝襲?
あさしゅう?
あーなるほど!
夜襲を仕掛けられると思いきや、夜襲がなくホッと気が緩んだ朝方に攻める。
意表を突くってことね。
「光俊! さすがだ! それ採用だ。朝襲にしよう。準備してくれ」
「はっ! 直ちに」
光俊は、自分の意見がすぐに通って、笑顔になった。
さあ、戦の時間だ!
…………………
田城城から出陣してから、所々で休憩しながら数刻は歩いてきた。
空の高い位置に輝く月があった。
月明かりだけを頼りに目を凝らしながら進む。
今は、時間は分からないが、丑の刻ぐらいかな?
光俊達の先導で、無事に和具城の近くに陣取ることができた。
緊張から深呼吸をすると、海が近いからか、むせ返るような潮の匂いが鼻腔に流れ込んでくる。
物音をたてないようにしながら、城の様子を見る。
城には篝火が焚いてあって、深夜なのに明るくなっている。
大きい城だな。
見張りらしき影が、城内で動いているのも分かる。
「澄隆様、だいぶ警戒されておりますな」
近郷、ヒソヒソ声が大きいって。
「小太郎、いるな? 城に忍び込み、朝方まで隠れることはできるか?」
「ホホホ、もちろんです。怒と哀の隊に忍び込ませます」
どこにいるか分からないが、小太郎の声だけがした。
「小太郎、フクロウの声の合図で門を開けろ。朝襲をするぞ」
「畏まりました。お任せください………」
小太郎の声が、話しながら、遠ざかっていく。
さあ、朝襲まで、気付かれないように待機だ。
ここまでの行軍の疲れをできるだけ休んで取るぞ。
………………
待つこと数刻。
東の空が薄く白み始めた。
薄暗く不気味だった森が、日の光で照らされていく。
さあ、和具家の皆に朝のご挨拶をする時間だ。
確認するように俺へと視線を送る光俊に指示を出す。
「光俊、小太郎に合図をしてくれ」
「はっ」
ホーホーとフクロウの鳴く声が響く。
俺たちは固唾を飲んで、門が開くのを待つ。
合図を出してから小半刻ほどすると、門がキィ〜と音をたてながら開く。
城の中の気配を探ると、城兵は朝襲に驚いたのか、『げ、迎撃の準備を早くしろぉ』、『ま、まさか、この時間に攻めてくるとは!?』という焦った声が聞こえてくる。
やはりこの時間に襲撃したのは正解だったようだ。
「よし、攻めるぞ! 伴三兄弟、攻め込めー!」
俺が命令すると、三組に分かれて、城の中に攻め込んだ。
カチャカチャという鎧の擦れる音が辺りに盛大に響き渡った。
………………
城内に入ると、和具家は、寝間着姿の兵ばかりで、完全に不意打ちになった。
和具家の城は中も広く、早足で城の奥深くに入っていく。
俺の近くには近郷と、伴三兄弟のうちの二男、長信が率いる隊がいる。
長男正林と三男友安が率いる隊は、既に城内を荒らし回っているようだ。
遠くから争う声が聞こえてくる。
俺たちは、鎧もしっかり着ていて完全防備。
兵の数は、九鬼家の方が少ないが、相手は動揺し、連携が取れていないため、見た感じ、どの場所でも優勢に戦えている。
城のさらに奥に進んでいくと、怒鳴り声が聞こえてきた。
「九鬼めぇぇ! 見張りは何をやっていたぁ!?」
お、あれが和具豊前か。
豊前の後ろには、豊前の家臣が数名付いてきている。
豊前は、日サロに通ってんの?と思うぐらい色黒の厳つい爺さんで、寝間着姿のまま、刀だけ持っていた。
城の見張りは、相当な人数がいたと思うが、小太郎達、風魔一族が全員、対処しているんだろうな。
できる部下がいると良いな!
「豊前、覚悟ぉぉ!」
長信率いる隊が豊前たちと激突した。
何処からともなく現れた、哀の面を付けた忍者達も、忍び鎌を振り回しながら、豊前たちとの戦いに加わる。
「ちいぃっ!」
豊前に九鬼家の兵や忍者達が殺到し、頭や胸を狙って攻撃したが、豊前は舌打ちをしながら、ヒラリヒラリと躱して、掠り傷一つ付かなかった。
豊前の鋭い動きから、只者じゃないのが分かる。
噂通りの強さらしい。
豊前の家臣たちも強く、味方が押されている。
「くらえっ!」
「ぐぎゃ!」
豊前が刀を鋭く振る度に、味方の兵や忍者が斬られ、その死体が積み重なっていく。
「取り囲んで潰すぞっ!」
長信が味方に号令し、四方八方から豊前に、様々な攻撃を仕掛けるが、豊前はその全てに対応して反撃してくる。
そこに、長信の悲鳴が上がる。
「!? ぐわっ!」
長信は豊前の力を込めた斬撃を間一髪で後方へと跳んで躱したが、左腕を斬り飛ばされ、鮮血が舞った。
膝をつく長信を見て、俺は思わず焦った声で叫んだ。
「長信!!」
豊前に殺到した味方は、なんと、全員が斬られた。
このままだと長信が斬られる。
俺は、無意識に体が動いて、豊前に刀を振り抜いていた。
ガキィィン!
爺さんの豊前は、その年に思えないほどの力で、俺の刀を受け止め、そのまま弾き返した。
その場から微動だにしない豊前。
「ふむ、袈裟斬りか。良い腕だが、まだまだ甘い……」
豊前は、身が竦むような濃密な殺気を発しながら、目を細めて前屈みになる。
俺の全身から冷や汗がブワッと吹き出る。
纏い付くような強烈な圧を感じる。
「くっ……」
俺は、刀を正眼に構えながら、不自然な浅い呼吸が口から洩れる。
本能が早く逃げろと訴える。
俺は、馬鹿だ……。
後先考えずに、前に出てしまった。
「澄隆様ぁぁぁ! 危ない! 皆、豊前に打ちかかれぇぇぇ!」
近郷が大声を張り上げながら、間合いを詰めると、大太刀で強烈な一振りを見舞う。
「ふんっ!」
「なんと!」
「「ぐぎわぁっ!」」
豊前は自身に振り下ろされた近郷の一撃を刀を滑らすように受け流すと、近郷と一緒に打ちかかった九鬼家の兵二人の胴を、流れるような動作で水平に切り裂いた。
鎧の隙間を寸分違わず斬り裂く一文字斬りだ。
「……こ、これほどの腕とは……」
唖然として間の抜けた顔で呟く近郷。
豊前は、返り血を浴びて、真っ赤になった顔を左手で拭いながら、値踏みするかのように俺を見てニヤッと笑う。
「お若いの。九鬼家当主の澄隆なのかぁ? わざわざ儂の目の前に出て来るとは、度胸だけはあるではないか……」
豊前が俺を殺そうと刀を向けると、近郷は目を怒らせながら、うぉ~と叫び、俺を庇うように、大太刀を振り回す。
くそ……。
このままだと近郷まで斬られる。
こうなったら、戦うしかない。
「近郷、一人で無理するなっ! 連携するぞっ!」
俺は近郷に叫びながら、一緒に刀を振り抜くが、豊前は刀をフワリフワリと動かしながら、俺たちの攻撃を綺麗にいなしていく。
そのまま豊前が下から掬い上げるように、刀の残像を追うのがやっとの鋭い一閃を放つ。
刀で受けると、ギィィンという大きな音が鳴り、その強い衝撃に驚く。
うおっ。なんだこの斬撃。
これは絶対にヤバい!
豊前の次の斬撃が、兜を被った俺の頭に掠った。
鼓膜が破れるようなキーンという鋭い金属音が響き、その衝撃で視線は一瞬にして床を映した。
意識が遠のく。
衝撃による裂傷で、額から血が滴る。
兜を被っていなかったら、今の一撃で意識が混濁して動けなくなったかもしれない。
「ぐわっ!」
近郷も俺を庇うように前に出たところ、右股を深く斬られた。
俺は、背中に冷たい汗をかきながら精一杯、刀を振る。
どうする、どうする?
このままだと殺されるぞ……。
俺の頭を狙って高速で放たれる豊前の一撃。
俺は刀で軌道を逸らすが、完全には逸らしきれずに、左頬を薄く削り取られた。
「痛っ!」
俺は、顔を顰めながら、円を描くように細かに足を動かして間合いを取る。
可能な限り豊前の攻撃を躱し、できないものは刀を使っていなす。
…………俺は、豊前と斬り合いを始めて長い時間が経った気がするが、実時間は数分ぐらいだろう。
俺は息が上がって、肩で息をしている。
呼吸が苦しい。
刀を合わせる度に、肋骨が軋むほどの衝撃を受け、身体が悲鳴を上げている。
俺は顔をしかめ、歯を食いしばる。
近郷も、深く斬られた右股から血が流れ、踏ん張りが利かなそうだ。
「ほれほれ、集中しないと死ぬぞ死ぬぞぉ」
豊前の鋭い蹴りが、近郷の腹に刺さる。
「ぐがっ!?」
腹部を蹴られた近郷は、苦悶の表情を浮かべながら大きく後退して、膝をついた。
冷酷な眼差しをした豊前は、嗜虐的な目を俺に向けながら、口を歪めて笑っている。
人殺しを心底楽しいと思っている顔だ。
「くそぉっ! 豊前は敵をいたぶるのが趣味とは本当だったか……」
近郷が、苦々しく呟く。
「「澄隆様ー!!」」
俺を助けるために、正林や友安率いる別働隊や忍者達が駆け付け、奮戦しているが、豊前の手練れの家臣たちに阻まれて、すぐには俺の近くに来るのは無理だ。
俺への助太刀はない。
豊前は、燥ぐように声を出しながら、俺に向かって斬撃を繰り出す。
「そらっ! そらっ!」
「ぐっ! うぉっ!」
俺を弾き飛ばすような斬撃が続く。
耳のすぐ横を通り過ぎる風斬り音に足が竦みそうになる。
怯むな、良く見ろ……。
俺は、己を鼓舞し、傷付きながらも、何とかその攻撃を躱していく。
「!? くそっ!」
豊前のフェイントを入れた一閃に体勢を崩されながらも、紙一重で躱す。
首が危うく斬り飛ばされるところだった。
「はぁはぁ……」
俺は息を切らしながら、額から血が滲み、滴る。
豊前は、スッと目を細めると、笑い出した。
「かははっ。見事だ。ここまで耐えた者は久方ぶりだぞ。褒めてやるっ。ただ、息が随分上がっているなぁ? そろそろ死ぬかぁ? 儂の刀が貴様の血を欲しているぞぉ……」
上段に構えを変える豊前。
「秘技、唐竹割り……」
そう言った瞬間、爆発するような勢いで強烈な殺意が放たれた。
濃厚な殺気に、息が詰まる。
俺の周りには、味方は近郷しかいない。
その近郷もこれ以上は戦えない。
これは、負ける?
こんなところで死ぬ……?
一度は四十五歳の人生を生きて死んでいるし、正直、死ぬのはあまり怖くはない。
斬られて痛いのは嫌だし、憑依した元人格の澄隆にも悪いとは思うが、ここまで従ってくれた皆のためにも、豊前と相討ちにはもっていきたい。
豊前が死ねば、俺がいなくなっても、近郷や光俊や小太郎がいるし、九鬼家が和具家に勝てるだろう。
その後も俺がいないことで苦労するかもしれないが、俺の代わりになり得る影武者の奈々もいる。
新しい当主が決まるまで、奈々が俺に化けていれば、何とかなるはずだ。
うん、仕方がないな……。
皆のために死のう。
俺は、覚悟を決めた。
ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。
そのまま相討ち狙いで、豊前に突っ込もうとする。
その時だ…………。
豊前の身体に何かが当たって、くぐもったうめき声をあげた。
なんだ?
豊前の様子がおかしい?
注意深く、豊前の身体を見ると、肩と脇腹に手裏剣が深く刺さり、血が流れ落ちている。
辺りを素早く見渡すと、歯を食い縛って、立ち上がっている長信が視線に入る。
残った右手で、持っていた棒手裏剣を投げたようだ。
長信、良くやった!
豊前が鎧を着ていれば防げたかもしれないが、寝間着姿だったため、手裏剣が体に深く刺さっている。
苦悶の表情で、焦った声を出す豊前。
「ちぃっ! 雑魚が小癪な真似を! 澄隆を殺したら、お前もすぐに殺してやるからなっ!」
憤怒の形相をした豊前の怒気を込めた声に、俺は唾を飲み込む。
「まずは澄隆、お前からだ! 死ねぇ!」
豊前は俺の頭の正中線を狙って真っ直ぐに刀を振り下ろしてきた。
眼の前に迫る豊前の刀。
刃先が俺に少しずつ近付いてくる。
そのとき、フラッシュバックのように前世の記憶が甦った。
剣道教室で教えてくれたお爺さんの言葉が頭によぎる。
お爺さんは、剣道で打ち勝つには『気・技・体の一致』が重要だと言っていた。
そうだ。
今、この時、豊前は体に手裏剣が深く刺さり、焦りと痛みからか、振りが鈍い。
『気と体』が崩れているのが分かる。
今だ、今なら豊前に隙がある。
動けっ! 俺の身体!
「うぉぉぉ!!」
俺は、豊前の一撃を命懸けの必死さで強引に体を傾けて躱すと、反射的に豊前の懐に飛び込んだ。
俺は、このまま突きをするか一瞬迷う。
突き技は敵に躱されると、自分の体がガラ空きなってしまう。
躱されたら俺は斬られて死ぬだろう。
ただ、この体勢から突き以外に豊前に届くイメージがわかなかった。
構うかっ!
俺は、死んでも良いと思いながら、豊前の喉笛を狙って、力一杯突きを入れた。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
「!? ちぃぃぃぃぃぃ!!」
………………。
…………。
……。
ザシュ!
「ぐ、ぐふっ」
俺の死ぬ気で突いた攻撃は、会心の一撃となり、狙い違わず、豊前の喉元を貫いた。
「ゴポァ……、バ………」
豊前は血を吐きながら、くぐもった声を出し、目が驚愕で見開かれる。
噴き出す血飛沫が俺の顔にかかり、俺の視界が真っ赤に染まる。
俺は返り血で目が痛くなりながらも、『残心』の心構えで、豊前から目をそらさなかった。
豊前の目は驚愕に見開かれ、俺を睨み付けていたが、みるみるうちに光が失われていく。
豊前は、そのままゆっくりと倒れ、血溜まりに沈んだ。
け、剣豪を倒せた……。
豊前が討たれたことが信じられないのか、敵は倒れた豊前を見て固まっている。
「澄隆様……な、なんと…………」
九鬼家の兵たちも攻撃の手を止めて呟いている。
俺は返り血の臭いにむせ返りそうになりながら、息も絶え絶えに近郷を見る。
近郷も、重症だが、死ぬような傷ではないようだ。
「わ、和具豊前を、澄隆様が討ち取ったぞぉぉぉ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
近郷の耳キーンとなる程の大声と、家臣たちの歓声が、城内に響く。
俺は、肉体の限界をこえる動きをしたからか脚がブルブルと痙攣して、思わずよろめく。
す、座りこみたいが我慢だ……。
な、何とか勝てた。
剣道教室のお爺さんに感謝だな……。
俺は息を深く吐きながら、刀を持つ手を見ると、微かに震えているのが分かる。
やはり人を斬るのに、まだ抵抗がある。
俺は、皆に気付かれないように、その場で歯を食いしばって気合を入れると、大声で勝鬨をあげながら、家臣たちに追撃を命じた。
そして、その後……。
豊前が討たれて浮き足だった残りの敵は、呆然自失に陥り、組織的な抵抗ができなかった。
そのまま、戦意を喪失して、和具家は降伏した。
………………
「澄隆様ぁぁぁ! なぜ、前に出たのですかぁぁあ! こんな危険なことは、金輪際お止めくださいぃぃぃ!」
戦いが落ち着くと、近郷が血相を変えて、傷の手当てをしてもらっている俺に注意してくる。
近郷も重症なのだから、そんな大声を出すと、傷に響くぞ。
「近郷、悪かった。何とかなったから、もう良いだろ」
「絶対に絶対に止めてください! いいですね!」
近郷が心配してくれるのは嬉しいが、あの時は動揺して、長信を助けるために思わず体が動いてしまった。
後先考えずに行動してしまった。
身体中の刀傷もヒリヒリと痛いし、右肩の傷も無理やり体を動かしたからか酷く痛む。
長信を助けることができたから良かったが、これからは、もう少し慎重に行動しないとな……。
「ふぅぅぅ……。それにしても、澄隆様……豊前に放ったあの最後の突きは驚きましたぞ。惚れ惚れする一撃でした……」
俺は手放しで褒める近郷に、恥ずかしくなって、はいはいと頷くと、伴三兄弟の三男、友安に手当してもらっている長信に声をかけた。
「長信、大丈夫か?」
「はっ。傷口をきつく縛り、軟膏をつけましたので、血は何とか止まりました。……澄隆様を危険な目にあわせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。この償いは、いかようにも……」
血が止まって良かった。
この時代、輸血はできないから、大量の出血は死につながる。
長信は、包帯を巻いて、切り株のようになった左腕をワナワナと震わせながら、謝ってくる。
「それは、気にしなくて良い。長信が助かって何よりだ。重傷なのだから、ちゃんと養生しろよ」
長信は、目に涙をためながら頷く。
そんなに痛いのか。
手を斬り飛ばされたら、そりゃ痛いよな。
俺は、そのまま、家臣たちから戦後報告を受ける。
俺を見る家臣たちの目が、なんだか崇拝に溢れ過ぎていて、なんか怖い。
俺は居心地悪く、報告を聞いた。
九鬼家の死者は、忍者も含めて多数出た。
重軽傷者も多い。
朝襲は上手くいったが、豊前やその家臣達が強く、被害は大きかった。
死んだ部下が多数出たことは、本当に悲しい。
冥福を祈る……。
戦いのあと、俺たちは、降伏した和具家の家臣たちを手を縛ったまま引き連れて、田城城に急いで戻った。
和具城は、田城城から遠いので、門を固く閉めて、置き捨てた。
門の前には、和具豊前と討ち取った家来達の生首を並べておいた。
九鬼家に敵対したから成敗したという立て札付きだ。
「澄隆様、城を燃やさずに、置き捨てて、良かったのですかな?」
足を斬られて速く歩けない近郷は一間ぐらいの板の上に乗せられて、四人かがりで担がれているが、その近郷が俺に顔だけを向けて、聞いてきた。
「ああ、近郷。燃やしたら勿体無いだろ?」
「そうですが……」
「ああ、好戦的な和具家を滅ぼしたんだ。剣豪と名高い豊前も討った。あとは、待つだけだ」
俺たちは、ボロボロになりながらも、無事に城まで戻ってこれた。
城に凱旋すると、城内の兵たちの歓声が青空に響き渡起きる。
そして、奈々と妙が城門の前で待っていた。
大歓声の中、奈々が『お帰りなさいませ』と上目遣いにそう言って、妙と一緒に、ボロボロの俺に本当に心配そうな、それでいて無事で嬉しそうな、はにかんだ笑顔を向けた。
心から気遣ってくれているのが分かる笑顔だ。
二人の微笑みに、思わず俺も笑顔で頷いた。
………………
豊前を討ち取ってから、光俊達に、残りの地頭達の動向を見張らせていたが、これ以上は戦う意思はなく、和具豊前達の生首が効いたのか、田城城に戻って数日後、残りの地頭達が降伏の使者を寄越してきた。
地頭連合との戦いは、俺たちの勝利で終わった。
▽
……今回、俺が使った吃驚大作戦は、弱者の戦略だ。
まずは、自らの戦力を分散させずに一点集中。
その戦力で、こそこそ動いて、各地頭と一対一の戦いをすることで戦力の差を少なくする局地戦に持ち込む。
そして、田城城から近い敵から攻め、地頭達に気付かれる前に叩く。
その後に、敵の戦力が集中しづらくなるように、偽の書状で撹乱。
降伏勧告の書状を出して、敵が動揺しているうちに、各個撃破で、また叩く。
地頭達は、各々が独立した勢力で信頼関係がなく、横の連携が少なかったこと、農民兵が動員される前に叩けたことが、勝因だろう。
そして、忍者の力が本当に大きい。
ここまで、上手く事が運べたのは、忍者たちの暗躍のおかげだ。
レーダーも通信機器もない戦国時代に、忍者たちは近隣の情報を迅速に集めてくれた。
敵中に潜って、バレずに探ってくる役割は、忍者でなくては無理だ。
それに、夜道の誘導や、城内への侵入、攻城戦なども、忍者がいなかったら成功しなかっただろう。
多羅尾一族、風魔一族をスカウトできて良かった。
こうして、討ち取った地頭以外の全ての地頭が降伏し、九鬼家が志摩国を統一した。
澄隆が志摩国を統一しました!
皆様の温かい応援のおかげで、ここまで来れました。
ありがとうございます。
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