第二三話 吃驚大作戦 その二
▽一五六七年九月、澄隆(十二歳)行軍中
夜までしっかりと寝ると、吃驚大作戦を開始した。
田城城の手勢およそ七十名のほか、近郷、伴三兄弟、多羅尾と風魔の一族の忍者達と行軍中だ。
今は、戌の刻。
戦国時代には、現代のような電灯は存在しない。
そのため、この時代だと、戌の刻でも、暗黒の世界と化している。
月明かりだけが頼りだ。
どんよりとした重い空気の漂う夜の山道を歩いていると、木々が擦れる音が聞こえる。
不気味なその音に、不安感が増す。
俺は足を止め、周囲を窺った。
「近郷、夜襲なんだから、誰にも声を出させるなよ」
「はっ、分かっております」
近郷、声が大きいって。
ちなみに、近郷の今の装備は、波切城にあった武具を装備して、こうなっている。
〜装備(戦闘時)〜
主武器:数打・無銘(参等級)
副武器:短刀・無銘(参等級)
頭:煉革木字紋陣笠(参等級)
顔:無し
胴:黒韋威肩色糸腹巻(伍等級)
腕:籠手(肆等級)
腰:草摺(肆等級)
脚:厚手の草鞋(弐等級)
騎乗:無し
其他:無し
味方の兵たちも、近郷と同じような装備だ。
カチャカチャカチャ。
俺たちは、かがり火も持たず、鎧の擦れる音を微かに響かせながら進んでいる。
道がよく分からないが、そこは夜目が利く多羅尾一族の忍者達に先導させた。
忍者たちは暗がりでも特に迷うこともなく、自信を持って先導している。
今回の作戦で不安視していた、夜道で迷子になってしまう可能性は低そうだ。
俺たちは同士討ちを避けるため、兜には白い笠印を吊り下げ、両腕にも同じく白い袖印をつけている。
俺は、敵である十一の地頭のうち、田城城から近く、地頭の中で最も兵力が多い小浜家を夜襲することにした。
小浜家は海賊働きをしていて、志摩国内で最大の船団を持っているそうだが、農民兵がいなければ、小浜家の城にいる戦力は三百ぐらいだろう。
戦力が整わないうちに叩く。
皆が、俺の指示に従ってくれたが、緊張感からか、ピリピリとした雰囲気を出している。
俺たちは、精神をすり減らしながら、懸命に行軍した。
………………
幸いにも、敵の地頭たちに気付かれることもなく、無事に小浜城の近くまで着くことができた。
海鳴りが静かに聞こえてくる。
海がだいぶ近いな……。
空の低い位置に、月が見えた。
月は煌々と輝き、青白い冷たい光を大地に放っている。
気をずっと張っているからか、精神的に疲れを覚える。
湿った空気が重くのしかかるように感じる。
小浜城の目と鼻の先の距離になると、光俊の配下からの報告を受けた。
「城の備えはどうだ?」
「確認したところ、見張りは数人のみ。我々から攻めてくるとは考えていないようです」
よーし!
俺の狙い通りに、城の守りは手薄のようだ。
「澄隆様のご指示通り、既に小太郎殿の手勢が城に忍び込み、フクロウの鳴く合図に合わせて、門を開ける手はずになっております」
おお、さすがだ。
フクロウの鳴き声を真似るなんて、ロマンを感じるな。
俺は、頷くと、刀を抜いた。
さあ、戦の時間だ。
▽
ホーホーと、フクロウの鳴く声が響く中。
「何だ? あれは?」
小浜城の見張りが、門を開けようとしている人影に気づいた。
見張りが声を出そうとすると、暗闇からヌッと異常に長い腕が現れ、口を塞がれる。
必死の形相で逃れようと暴れるが、口を塞いだ手は力強く、まったく動かない。
そのまま首を真横に斬られ、見張りは息絶えた。
「ホホホ、静かにしていてくださいね」
影の中からヌゥと現れた小太郎が、指を一本立てながら、シーっと言う。
そのつぶやきに続いて、小浜城の門が軋む音をしながら開いていく。
そして、小太郎の後ろから、怒の面をした忍者達が音もなく現れる。
「ホホホ、怒の隊は、城内の掃除を手伝ってきなさい」
小太郎の後ろにいた怒の面をした忍者達は頷くと、猫手をきらめかせながら、滑るように城内に散っていった。
▽
俺たちが物陰に隠れて待つと、ギギギと重い音を立てながら、門が開いた。
門が開くと、物音に気付いたのか、城の中が騒然となる。
「よしっ! でかした!」
ここまで来たら、攻めるのみだ。
さあ、やるぞ……。
俺は刀を抜くと、己を鼓舞するように、その柄を強く握り締めた。
「伴三兄弟、かかれーっ!」
伴三兄弟が、俺の指示で、それぞれ兵を率いて、月明かりの下で、三方向にさっと動く。
武適正の歩士術が陸の伴三兄弟が率いることで、歩兵達の動きが上がっているのが分かる。
「光俊! 誰も城から外に逃がすな!」
「ははっ!」
多羅尾一族には、城から逃げた敵を捕捉するよう指示し、俺は、近郷と一緒に門の前で、敵を待ち構える。
▽
小浜景隆の寝室に血だらけの家臣が転がり込んできた。
「な、何があった!」
「景隆様っ! 九鬼家が攻めてまいりましたーっ!」
血だらけの家臣は、そのまま血を吐いて、崩れ落ちる。
「なにぃぃぃ! 九鬼家か! 者共、出合え! 出合えぇぇ!」
城内では、怒号や喚声が響き渡り、予想外の夜襲に混乱のるつぼになっていた。
「者ども、集まれーっ!」
小浜景隆に指示されると、家臣や近習達が集まってくる。
夜襲は、まさしく寝耳に水の状況だったため、鎧を着る時間の余裕もなく、平服や寝間着に刀を持った姿の者が多い。
「お前は、鳥羽城に援軍要請の伝令を出せっ!」
小浜景隆から近習の一人に指示が飛ぶ。
近習は、すぐさま数人の兵に伝令を命令すると、駆け出した。
「九鬼など、返り討ちにしてやれ! 者ども、続けー!」
▽
「澄隆様、敵は大混乱ですぞ!」
伴三兄弟が、上手く城内を荒らし回っているようだ。
そこに、伴三兄弟のうちの三男、伴友安の声が響く。
「小浜景隆がいたぞーっ!」
「こっちにまわれ!」
「小浜景隆、必ず討ち取れーっ!」
門の封鎖は光俊達に任せて、俺達も、声がする方に向かった。
城内に入ると、九鬼家と小浜家が入り乱れて、戦っている。
倒れているのは、圧倒的に鎧を着ていない小浜家の兵が多い。
うわっ。
猫手をした怒の面をした忍者が、俊敏な動きで、敵の胸を貫いている。
「ぐぎゃわぁぁぁ!」
悲鳴をあげる小浜家の兵。
風魔一族が味方で良かった。
………………
「小浜景隆っ! 覚悟ーっ!」
さらに奥に進むと、伴友安が景隆と斬り合っていた。
景隆は、右目に刀傷があって、赤い眼帯をつけた男だった。
まるで海賊船にいる船長みたいだ。
全体的に白っぽい寝間着姿で、鎧は着ていない。
その景隆は、天井板が付いていない梁がむき出しの大広間で、長槍を縦横無尽に振り回している。
槍さばきに相当の自信があるのだろう。
友安は刀、景隆は槍のため、懐に入れず、友安は次第に傷が増えていった。
俺は、友安を助けようと前に進んだところ、そこに、伴三兄弟の長男正林と二男長信が応援に駆けつけた。
正林が俺を守るように前に立ち、友安に向かって叫ぶ。
「友安! よく耐えた! 三連撃を仕掛けるぞ!」
「!? おう、分かった!」
正林の掛け声に応えるように、三兄弟が縦一列に重なって並ぶ。
そのまま、対峙した景隆に真正面から突撃する。
「やぁぁぁあ!」
一番前にいる正林が、刀を振り上げたまま、景隆の槍の間合いぎりぎりに体をさらして、攻撃を誘う。
「しゃらくさいぃぃ!」
景隆が叫びながら、くり出した槍を、正林が刀身を使って、間一髪、横に受け流した。
ジャキィィィン!
火花が飛び散る。
「長信! やれぇっ!」
「うぉぉぉおぉぉ!」
正林の後ろにいた次男の長信が、タイミング良く滑るように飛び出すと、景隆の持つ槍の柄の部分を、刀で両断した。
すると、正林が、三男の友安に向かって叫んだ。
「友安、今だっ!」
「よぉぉぉしっ!」
正林の背後にいた友安が、正林の背中に足をかけて一気に肩まで上がると、正林の右肩を踏み台にして、景隆に向かって跳び上がった。
「くらえっ!」
「な、何だと!?」
友安は、そのまま景隆に肉薄すると、持っている刀を垂直に振り抜く。
「ぐぎゃ!」
景隆の額が斬り裂かれ、赤い血が周囲に飛び散った。
さすが、三兄弟。
息がぴったりだ!
景隆は斬られた額を押さえて、ヨロヨロと二三歩後退した。
額から血が吹き出し、みるみるうちに白い寝間着が赤く染まる。
これは致命傷だろう。
「ぐ、ぐふっ……」
景隆は、くぐもったうめき声を上げると、そのままぐったりと力なく倒れた。
「小浜景隆、伴三兄弟が討ち取ったりー!」
よーし、良くやった!
「勝鬨を上げろ! 後は、残敵を掃討しろ!」
俺が号令をくだすと、皆、歓声を上げながら、遮二無二攻め立てる。
それから、半刻後、残った城兵達は降伏した。
光俊からの報告で、城から逃げようとした伝令達も、多羅尾一族が一人残らず捕捉したようだ。
「やった! やりましたな!」
近郷が片手を上げて力こぶを作り、明るい声をあげている中、俺は『ふぅ~』と息を吐いて、頷いた。
俺たちの完勝だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
これからも、地頭達との戦いが続きます。




