第二二話 吃驚大作戦 その一
▽一五六七年九月、澄隆(十二歳)田城城
お墓作りの後片付けは兵達に任せて、田城城に戻ってきた。
「光俊、地頭達の家臣が密かに取手山城に集まっていると!?」
「はい、各地頭を見張っている配下からの連絡です」
光俊が答えると、集まった近郷達がどよめき、深刻な顔になった。
「それと……敵領内の各村に参戦要請もあったようです」
「これは、いよいよ、我ら九鬼家を攻めるということか?」
「はい、確認したところ、九鬼家以外の全地頭の家臣が取手山城に集まっております。九鬼家を攻めるための会合とみて、間違いないかと……」
俺の問いに光俊が渋い顔で答えた。
光俊のその言葉で、評定の間のざわめきはさらに大きくなった。
志摩国には、十三の地頭がいた。
取手山城にいる鳥羽宗忠の鳥羽家が筆頭地頭、それ以外に、小浜景隆の小浜家、安楽島左門の安楽島家、浦豊後の浦家、千賀志摩の千賀家、国府大膳の国府家、甲賀雅楽の甲賀家、三浦新助の安乗家、和具豊前の和具家、越賀隼人の越賀家、的矢次郎の的矢家。
ここまでで十一地頭。
そして、俺が生まれるずっと前に、九鬼家が肥沃な土地がある田城家を乗っ取り、田城家は滅んでいるため、地頭の数は一つ減って、九鬼家を入れて十二になっている。
これまでは波切城に九鬼嘉隆がいたことで、他の地頭への強い抑止力になっていたと思う。
だが、俺が嘉隆と派手に戦い、嘉隆を志摩から追い出したため、その均衡が崩れた。
嘉隆は波切城から、数十艘の船で逃げた。
他の地頭たちには、九鬼家の逃げている船団が見られたはずだ。
他の地頭からしたら、九鬼家の兵力が大幅に減って、今が攻め時だと思っているのだろう。
「光俊、分かる範囲で良いから全地頭の兵力を教えてくれ」
「はっ! 兵力ですが、敵である十一の地頭が、農民兵を加えると、それぞれ二百から五百ぐらいの兵を用意できると思います。合計すると少なく見積もっても二千から三千にはなるかと……」
「二千から三千か……。皆、何か考えはあるか?」
集まった家臣に聞いてみるが、皆、沈んだ顔で発言はない。
負ける。
その雰囲気が家臣たちから漂っている。
うん、皆が沈んだ顔でいるのも分かる。
嘉隆勢を打ち破ったが、俺たちにも被害が出て、足軽の数は百を切っている。
対して、敵は二千から三千。
多羅尾一族や風魔一族はいるといっても、普通に考えたら、戦って勝てる訳がない。
「澄隆様……儂達は百にも満たない兵、それに、怪我人も多い。どうやって二千から三千の軍と戦えば良いのか……」
近郷が、ガックリと肩を落として、呟く。
近郷の表情は見たことがないほど暗い。
他の家臣達は言葉も出ない。
どうすれば良いのか……。
俺が顎に手を添え、考え込んでいると、皆が俺をじ~と見ている。
皆、俺に期待しているのか。
まあ、嘉隆勢を鮮やかに破ったばかりだ。
また、何か作戦を思い付くかと思っているのかもしれないが、そんな簡単に閃く訳がない。
ただ、こんな期待を込めた目を向けられるのは前世を含めて初めてだな……。
何も思い付かないなら、まずは、現在の状況の確認だ。
「光俊、志摩国の地図を頼む」
「はっ。ここに」
地図を見ると、まず、志摩国の北側にある田城城に近いのが、四つの家。
鳥羽家、小浜家、安楽島家、浦家だ。
残りの地頭は、田城城からかなり遠く、志摩国の南側にある城にいる。
「光俊、敵が攻めてくるのはいつ頃になる見込みだ?」
「各村に参戦要請をしたばかりですので、農民兵が集まるまで攻めてこないと思いますが……このままだと、三日から五日後には攻めてくるでしょう」
このまま何もしなければ、二千以上の敵に攻められて終わりだな。
このままだと詰む……。
俺は頭の中で、全地頭とどう戦うかを何度も何度もシミュレーションする。
うん……。
勝ち目がなさそうな状況だが、地図を見ていたら、一つだけ、作戦を思い付いた。
戦力は、圧倒的に負けているが、これしかないだろう。
「近郷! お墓作りの後片付けが終わったら、全員、明日の夜まで休ませろ。明日の夜までしっかりと休養を取らせて、全員、夜に城に集まること。光俊達には、別にお願いしたいことがあるから、今から俺が呼ぶまで休め」
「澄隆様!? 戦うということですか? 普通に戦ったら勝ち目はありませんぞ!」
近郷が、不安な声を上げる。
まあ、普通に考えたら、そう思うよね。
「近郷、勝ち目が少ないのは分かるが、俺は戦うぞ!」
隣にいる奈々や、宗政、伴三兄弟などが心配そうな顔をしている。
そして、顔色を変えない光俊。
全員の目が俺に集まる中、俺は、声を張り上げる。
「吃驚大作戦をやるぞ!」
皆、また、キョトンとした顔をしたが、気にしなーい。
弱者の戦略だ。
吃驚とは、こっそり動いて、驚かせる作戦だと皆に伝え、その内容を説明した。
勝てるかもしれない方法は、これしかない。
俺は、戦う覚悟を決めた。
嘉隆勢と戦って死んだ味方。
ここで降伏したら、無駄死にに等しい。
俺の身体は肩の傷も酷く、体調は最悪……。
ただ、ここで立ち止まる訳にはいかない。
俺は、戦うぞ!
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