第一五話 硝石作り ~内政結果~
▽一五六五年四月、澄隆(十歳)田城城
続いての成果は、硝石作りだ。
これは、作るのにえらい時間がかかった。
六歳の頃から初めて、今年になって、やっと成功した。
作った光俊たちに感謝だな。
◇思い出澄隆(六歳の頃……)
光俊達は、忍者道具の一つ、癇癪玉といって、火薬を利用して大きな音を立てることで、敵を驚かす忍具を作っていた。
外皮の中に火薬と小石が入っていて、地面に叩きつけると、パンと大きな音を立ててはじける。
俺は、光俊に火縄銃に使う黒色火薬も作れるか、聞いてみた。
「作れる者もおりますが、硝石が手に入りづらく、申し訳ありませんが、今はできません……」
それは残念だな……。
光俊によると、黒色火薬は、だいたい、硝石が八割、他には木炭と硫黄が合わせて二割、それを薬研ですり下ろしながら混ぜるそうだ。
そう言えば、この時代、日本では硫黄は取れたが、硝石は貿易による中国やインドからの輸入に頼っていたよね。
黒色火薬が、唯一の火縄銃の火薬で、希少だったから、輸入する金額も目が飛び出る値段だった。
確か、硝石を一斗樽で買うと、十貫以上したらしい……。
ぼったくり値段だよな。
ただ!
前世の知識で、越中国(今の富山県だね)の五箇山では、秘密裏に硝石作りをしていて、塩硝と称して、莫大な富を得ていたと思い出した。
前世の俺は、興味があって五箇山の資料館に行ったんだよね。
作り方は分かっている。
硝石作りを試してみよう。
宗政だ!
「宗政、出番だ! ヨモギと蚕糞を大量に集めてくれ」
「は、はぁ」
宗政、いつも悪いな。
……………………
一ヶ月後。
宗政にお願いしたヨモギと蚕糞が集まった。
蚕糞は、生糸作りで大量に蚕を育てていて、糞もたくさん出ていたから、ちょうど良かった。
悪巧み決行だ!
俺は、宗政と奈々を連れて光俊達が住んでいる村に視察に行くと近郷に伝えて、城を飛び出してきた。
近郷が、『気軽に出ると危険ですぞぉ』と文句を言いながら、慌てて俺の後を付いてくる。
仕方がない。
近郷は連れていくか。
だが、宗政、奈々、近郷以外の者は、付いてきていないよな?
俺は、周りを注意深く観察する。
……うん、大丈夫そうだ。
硝石作りは、知っている人数を極力減らしたいと思っている。
俺のことを当主と認めていない者もいるだろうし、中には裏切る者もいるだろう。
どこから噂が立つか分からないから、信用できる者だけで硝石作りを進めたい。
硝石は、火縄銃に使う黒色火薬にはなくてはならないもの。
それが作れるなんて他国に知れたら、この志摩国にいっぱい攻めてくる。
それは怖い、怖すぎる。
硝石作りは、多羅尾一族、宗政と奈々、近郷だけの秘密にする。
多羅尾一族の村に着くと、光俊がすぐに出迎えに現れた。
「澄隆様、わざわざお越し頂き、ありがとうございます」
深々と頭を下げる光俊。
相変わらず渋いな。
「光俊、早速で悪いが、囲炉裏がある家に案内してくれ」
「はっ! こちらに」
………………
「澄隆様、これは何をしているのですかな……」
近郷が、今までで一番、不思議そうな顔をしている。
俺だって、知らなかったら、そう思うよ。
「ああ、後で教える」
家の中にある囲炉裏周りを、光俊の配下に深さ一間ぐらいまで穴を掘らせた。
そこに、下から乾いた土、蕎麦殻を入れ、その後はヨモギ、干し草と蚕糞を交互に積み重ねて埋めた。
今日、できることはここまで。
これからやることは、レシピに書いて、光俊に渡した。
まず、蚕糞や尿を加えて、年二回、春と秋に混ぜる。
蚕糞の中にいる硝化菌を、冬でも活動を活発にさせるため、囲炉裏で部屋を暖める。
そうすると、硝化菌から硝酸アンモニウムが生成されるが、それが、焚き火の灰から生成される炭酸カリウムと反応すると硝石化する。
このまま、四年間発酵させる。
四年経って硝石化がさらに進んだ土を取り出して、水を注ぎ、その水を煮て濃縮させる。
それを沈殿させ、上澄みの部分を木綿布で濾過して、また煮詰め、そのまま置くと硝石の結晶の出来上がりた。
俺が硝石を作れると、皆に伝えると、唖然とした顔をしている。
奈々が何か言いたげに口を開き、思い直したように口を閉じた。
俺は、奈々に問いかける。
「ん? どうした奈々?」
「澄隆様……。これまで聞くのをずっと我慢しておりましたが……。澄隆様はどうして誰も知り得ないことをこんなにも知っているのですか?」
奈々が、遠慮がちに聞いてきた。
いつ聞いても、奈々の声は鈴の音のように綺麗だな。
ただ、一番聞かれたくない質問だね。
澄隆に憑依したなんて言ったら、頭がおかしいと思われるかもしれない。
今の関係が崩れるかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
九鬼家がバラバラになるかもしれない。
……正直に言うことはできないな。
「ああ……。奈々、俺が流行り病で死にそうになったのは知っているよな? その時、走馬灯のように、夢の中で色々な体験をしたんだ。それを思い出して皆に伝えているだけだよ」
五歳の澄隆が死にそうになって、現代の体験の記憶がある俺が憑依したから、言っていることは、あながち嘘ではない。
こんな言い方しかできないが、許してくれ。
「澄隆様……。領民は、澄隆様のことを、『鬼神様』と呼んでおります」
「へ? どういう意味だ?」
「九鬼家から生まれた神のような振る舞いをするお方という意味だそうです」
鬼の神様か。
だから、領民は、俺を見ると手を合わせていたのか。
俺は、豆は怖くないぞ。
俺なんかのことを拝む必要はないのに。
奈々は、俺の話を聞いて、うんうんと頷きながら言う。
「澄隆様は、澄み薬を領民に渡す際、お金も、礼すらも求められませんでした。まるで、それが当然のことのように……。夢の中の体験を実践して、領民にまで還元する澄隆様の行い、本当に神様のようだと思います」
奈々も、だいぶ、俺のことを勘違いしているようだ。
ただ、奈々は納得してくれたみたいだ。
良かった良かった。
これからもこの理由でいこう。
◇今の十歳澄隆……
四年後の今、硝石ができたと光俊から報告があった。
「光俊、やっとできたか!」
光俊は、硝石を陶器に入れて、わざわざ持ってきてくれた。
俺は、陶器の中身を見ると、確かに硝石らしきものが入っている。
実物を見るのは初めてだ。
ジワジワと嬉しさが溢れてくる。
待ちに待った硝石だ。
本当にできたことに、近郷はゴリラ顔を崩して驚いている。
近郷、信じてなかったのか。
硝石は色々、活用できるから、売らずに、秘密裏に光俊に管理させることにした。
硝石を取った土は穴に戻し、培養土として再利用すると、連年採取できるし、これからはもっと量産だな!
次回、いよいよ第二次スカウトを始めます!




