15 王宮探検
翌日。
会議に出るアレンを見送り、簡単に部屋の片づけを済ます。掃除はここの女中の仕事だからと断られてしまったので、手持無沙汰のまま部屋を出る。
(午後の視察までまだ時間もあるし…どうしようかな?)
取り合えず、問題にならない程度のエリアから偵察を開始する。
今回の滞在で私たちに与えられたのは玉ねぎ型の屋根4つ分の宮殿、その名も『翡翠宮』というのだそうだ。王宮を中心に放射線状に建てられた宮殿の一つで南側の一番大きな建物。護衛の兵士と外交官、それに数人のメイドが使うにしては広すぎるが、一国の王子のもてなしとしては妥当なところなのかもしれない。
中央の王宮とは回廊で繋がってはいるものの、出入りに関してはかなり厳しく、何人もの屈強な兵士が槍を片手に常駐し睨みを利かせている。王族の居住であるとともに、この国の政のすべてがここで執り行われているそうなのでまあ当然の警備と言えるだろう。
それならばと、メイドならではの場所を中心に攻略を進める。
調理場に炊事場、住み込みの使用人の住まい、庭園に東屋、それに洗濯場。広い敷地なだけにそれなりに見ごたえのある探索となった。一通りの見学が終わり、さあ戻ろうかなと振り返ったところでようやく気づく自分の愚かさ。
(帰り道が分からない)
先に言っておくけど決して私は方向音痴なんかじゃない。それなのに、なぜかいつも帰り道を見失うのが不思議で仕方がない。今回も来た道を戻っているだけなのに事あるごとに袋小路にぶつかる。
(これ絶対道が動いてる。結界とか張られてるんじゃないの?)
行き止まる度に茂みをくぐり、建物の隙間を無理やり抜け、小さな水路を飛びこえる。気が付けば本格的な迷子になっていた。
(だめだ…ここがどこかもわからない)
途方に暮れその場にしゃがみ込む。また怒られるんだろうなぁと落ち込んでいる私の耳に、どこからかじゃぶじゃぶと水音が聞こえてきた。
(おお!誰かいる…っ?!)
もしかしたらさっき通った洗濯場に戻ってこられたのかもしれない。そう考え一目散に音のする方へ突き進む。小さな茂みを飛び越え、中くらいの茂みをかき分け、高い生垣をくぐり抜けたその先に見つけた小さな東屋。思っていた場所とは違ったが、ようやく見つけた人の気配に小走りで駆け寄る。
「あの…っすみませんっ。私ロクシエーヌのメイドなんですけど…っ」
背中越しに声をかける。振り返った人物には見覚えがあった。
「あれ?サナ?」
そこにいたのは昨晩会った笛の少年だった。
大きな木桶の前にしゃがみ水音を立てながら何かゴシゴシとやっている。
「どうしたのこんなところで。迷子?」
どうして彼はいつも私を迷子だと思うんだろう。でも今回は間違っていないので素直にこくんと頷く。
「探検してたら帰り道が分からなくなっちゃって…。ここどこなの?」
私の言葉に少年が少し困った顔をした。
「ここはアイーシャ様の離宮だよ。それにしても警備の兵がたくさんいたのによくここまで入ってこられたね?」
「私にもわからないの。普通に歩いてきただけなんだけど…」
「とにかく見つかったら罰を受けるかもしれない。これが終わったら翡翠宮まで案内してあげるから少し待っててくれる?」
少年はにっこり笑って作業に戻る。ザブザブと何かを持ち上げゴシゴシと板にこすりつける様子からどうやら洗濯をしているようだ。
「何を洗ってるの?」
桶の中には白い何かが沈められている。
「ドレスだよ。主に今日中にきれいにするように言われてるんだけど、このシミがなかなか落ちなくて…」
持ち上げて見せてくれたのは真っ白な生地の胸元から腰の部分にかけて大きな赤いシミが広がっているドレス。
「あれ?…もしかしてこれ、昨日の晩餐会でアイーシャ様が着てたドレス?」
昨晩アレンの話に出てきた件のドレス。ワインをこぼしたって言ってたから間違いないだろう。
「そうだよ。よくわかったね」
「昨日、殿下がおっしゃってたの。ん?ってことはもしかしてあなたの主人って…」
「うん。アイーシャ様だよ」
屈託のない笑顔を浮かべる。
昨夜も思ったけど、彼の服装は下位の使用人が着るようなものではない。白いトーブと金の刺繍の入った深緑のロングベスト、腰には薄手の赤いサッシュベルトを結んでいる。
(そこそこ身なりのいい少年が洗濯…?こういうのってもっと下位の女中の仕事じゃないの?)
理由はわからないが、ごしごしと手洗いする彼の姿は妙に手馴れている感がある。
「ねえこれ、中に何か入れてるの?」
木桶の中を覗き込む。たっぷりと張られた水はなにやら白っぽく濁っていた。若干の泡のようなものが浮かび石鹸水のように見えなくもないが、決して泡立ちがいいとは言えない。これでは到底シミは落ちないだろう。
「サポーネの実をつぶして入れてるんだ。この国では一般的な洗濯方法なんだよ。こうしてかき混ぜると泡が出て、汚れを落としてくれるんだ」
「サポーネの実…」
実というからには植物なんだろう。ロクシエーヌでは聞いたことのないその植物に興味がわく。でも、
(これでシミはちょっとなぁ……)
この分ではシミが落ちる前に生地が擦り切れて痛んでしまいそうだ。
「あ、そうだ。もしよかったら」
私は肩かけのカバンから小さな固形物を取り出し彼に差し出した。
「これ使ってみて」
渡したのはこぶし大の白い塊。
「なに?これ」
「『石鹸』っていうの。まだ試作段階だからどこにも出回ってないんだけど、汚れはびっくりするほど落ちるから。試しに使ってみて」
「せっけん……?」
少年が不思議そうな顔でそれを見つめた。
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